断れない委員長、アメリカンなドーベルマンに懐かれる

「……ノアはなんで身長が分かんないの。普通は自分の身長くらい知ってるでしょ」
「身長は知ってる。Five eleven」
「なにそれ」
「5フィート11インチ。オレの身長。センチじゃ知らない」
「……ああ」
 そういうことか。アメリカって単位が違うんだ。
 ……待て。日本語しゃべれるから楽勝って思ったけど、こいつ、案外意思疎通が難しくない?
「委員長が留学生のお世話係してる」
 後ろのやつがつんつんと俺の背中をつついてきた。
「委員長?」
 ノアが目を見開く。
「涼介がクラスのリーダーってこと?」
「いや、違う」
「委員長なんだろ?」
「やりたいやつがいなかったから、俺になっただけ」
 俺はみんなに推されてなるきらきらした委員長じゃない。誰も手をあげなかったから仕方なくなるタイプ。委員長ってのもただのあだ名。羨望の眼差しなんて一ミリもない。
 でも、ノアは続けた。
「でも、ちゃんと委員長やってるんだろ」
「……適当にだけど」
 するとそこでノアがにやっと笑った。
「涼介、頼まれたら断れない性格なんだ」
 図星。言葉に詰まったらノアがにやにやした。
「いろいろ頼もう。最高の席に座った」
「利用しようとするな!」
 決定。やっぱこいつ生意気! 十六だろ、ちょっとは遠慮しろ!
 一時間目の休み時間には、ノアはもう前の席の男子とスマホを覗き込んで笑っていた。
 二時間目には、廊下で女子二人に呼び止められていた。
 その次は、窓際で誰かのキーホルダーを指して、「それ、なんのキャラ?」と勝手に会話を始めていた。
 コミュ力どうなってんだ。転入初日だぞ。
 なのに数分すると、「涼介」と俺のところへ戻ってくる。
「なあなあ、涼介。ガチでとマジでって同じ? 今言われた」
 また聞いてくる。日本語のスラング、世の中に溢れすぎ。こいつ、外で遊んで、なにか拾って、俺のところへ戻ってくる。……やっぱ犬じゃん。
「ガチでとマジでは同じ意味。ガチでのほうがガチっぽい」
「ガチでをガチで説明されても困る」
「ガチでのほうがより強さがある」
「日本語、ガチで難しすぎる」
「……もう使えてるじゃん」
 朝なら驚いていた。だけど半日で慣れた。人間って、環境に順応する生き物らしい。
 昼休みになると、「涼介涼介ー!」とノアが話しかけてきた。なんで二連続。
「一緒にお昼ご飯食べたい」
「いいけど……あ、机くっつければ?」
 俺がノアのほうへ九十度机を傾けると、ノアがぱっと顔を明るくさせた。
「It’s awesome!(最高だ!) これをやってみたかった! 日本に来てよかったよ!」
「机くっつけただけで……?」
 ふふんと口端をあげたノアが「これで一緒に弁当を食べるんだろ」といそいそと机の頭同士をくっつける。
「こんなのに憧れてたの?」
「日本の学校生活の動画を見るとよく出てくるシーン。アメリカじゃカフェテリアでさっと食べて終わり」
「……もっと大勢とお弁当食べればいいのに」
 ちらっとクラスを見るといろんなやつらと目が合った。先を越された、みたいな目。人気者を横取りしたみたいで首がすくむ。
 でも、ノアは「いいだろ」と満足そうに箸を取り出した。
「涼介と食べたかったから、これでいい」
 ……なんだよ、嬉しそうな顔して。俺はドーベルマンの飼い主になった覚えはないぞ。
「明日も涼介と一緒に食べよ」
「明日も?」
「明日も」
「なんで?」
「涼介と食べたいから」
「……まあ、いいけど」
「じゃあ決まり」
 ノアが決定事項とばかりに頷く。
 ……俺の明日の昼休み、予約された? 俺、犬に弱かったっけ。
 ノアは初めてのお弁当に「色がおいしそう」「たくさん種類があっていい」などと、あれこれ感想を言いながら楽しそうに食べた。
「涼介、それなに」
「卵焼き」
「知ってる! 甘いのとしょっぱいのがあるやつだ。涼介の家は?」
「甘い」
「一個ほしい。交換しよう」
「……俺の取る気満々じゃん」
 ノアがぱくっと卵焼きを食べて親指を立てた。
「すごくおいしい! 毎日これを食べたい。涼介の親に感謝する」
 俺の卵焼き、めちゃくちゃ褒められている。なんか、ぐいぐいペースを掻き回されて調子が狂う。