断れない委員長、アメリカンなドーベルマンに懐かれる

 そこでノアがにやりとして俺を見た。
「That's i(それだ!)t! 今のだよ、涼介。今のをスピーチにすればいい! もう半分できた!」
「俺の性格を全校生徒に知らしめることになるんだけど!?」
「いい。涼介のスピーチなんだから!」
「よくない!」
 俺が叫ぶとノアはくくっと笑って、こちらに身を乗り出してきた。
「それで、他になに話す?」
「うーん……」
 そこで、シトラスのにおいがしてどきっとした。ちらとノアを見る。
 肩が近い。横顔が近い。睫毛が上下する。鼻筋が通ってて、くせっ毛がくるりと上を向いている。……なんで俺、こんなに見てるんだ。
 ノアがスマホを机に置いて頬杖をついた。
「ほら、ざっくばらんに。オレのスピーチを思い出して」
「あれは恥ずかしかった!」
「でも、オレの実体験でおもしろかっただろ」
「そうだけどさ……全校生徒の前で言うんだし。きっと先生たちもいるよ」
 ピン。ノアの指が俺の額を弾く。
「涼介、真面目すぎ。オレを最初に見たときどう思った?」
「……でかいと思った」
「ええ、そこ?」
「だって、でかいし」
「他は?」
「いきなり下の名前で呼んでくる変なやつ」
「ひどい!」
 ノアがおかしそうに笑う。――あれ、ドーベルマン、こんなふうにやわらかく笑うんだっけ。最初見たときは、もっと生意気そうで、我を通しそうなオーラがぷんぷんしてたのに。……なんで変わったの?
 ふと、ノアがなにかに気づいたような顔をした。
「涼介」
 俺の髪を摘まんで、すっとすいた。
「寝癖。跳ねてる」
 ノアの手が耳に触れて、急にかあっと顔が熱くなった。
「……涼介?」
 ノア、目がちょっとグレーがかっている。俺と違う。すごくきれい。睫毛まで焦げ茶色。長くてきれいに上を向いてる。
「……涼介」
 なんだか、目が逸らせない。ノアのくちびるが俺の名前を呼ぶ。そのくちびるに目が行って――。
 ガラッ。突然教室の扉が開いた。
「あれ、委員長、ノア、まだいたの?」
 思わずぱっとノアと離れた。慌ててそちらを見て「あれ」と言う。
「そっちも帰ってなかったんだ?」
「古文の課題、提出し忘れてた。なんで現代に生きてんのに昔の日本語を勉強すんだよ。意味分かんねー」
「あとちょっとの我慢だって」
 そう言いながら、意味もなくルーズリーフを揃える。
「二人も早く帰れよー」
「うん、そうする」
 バイバイとクラスメイトに手を振る。扉がガラガラと閉まった。
 夕方の教室に光が斜めに差し込む。そっと隣を見ると、ノアの輪郭がオレンジ色に輝いて、すごくきれいだ。
 ……きれいだって、なんだ。俺、なんかおかしい。なんか、変だ。ノアを見ると心臓がうるさくて、息の仕方が分からなくなる。ノアのなにを見ても目が惹きつけられて、流暢な日本語を話す声で耳がくすぐったい。
 俺、もしかして、ノアのこと――。その先を考えようとしたとき、ノアが口を開いた。
「今さ」
 どきん。心臓が一拍跳ねる。だが、ノアは続けて言った。
「あとちょっとって涼介が言ったけど、ホントにあとちょっとだ」
「えっ? ああ、卒業式は三月の初めだからね」
「まだ日本に来たばっかりって思ったのに、ここに通うのもあと三ヶ月くらいか」
 一瞬、息が止まった。
「早いな。オレ、やっといろんなことに慣れてきたのに」
 そのあともノアがなにか言ったが、聞き取れない。
――ノアといられるの、あと三ヶ月だけなんだ。
 さっきまで心臓がうるさかったのに、急に胸がすうっと冷たくなった。