うーんと腕組みすると、ノアがスマホを取り出した。ノアの壁紙は、今も変わらず二人で初めてネクタイを締めて撮った画像だ。
ノアがスマホをスクロールする。ちらりと見ると、日本に来てからの画像がいっぱいだ。
ノアが画面を見ながら言う。
「これまでいろんなことがあった。涼介もオレとしゃべってていろいろ思ったことがあるだろ。それをスピーチにすればいい」
「……簡単に言う」
「オレと交流してなにを学んだのかを話すんだろ」
「そうなんだけど。ううん」
シャーペンの頭で頭を掻く。するとノアが足を組んで肘をつき、こちらを見た。
「涼介はオレが来てからなにした?」
ノアとしたこと。日本語の質問に答えて、お弁当を一緒に食べて、メッセージ練習に付き合って、一緒に帰って、お互いの家で遊んだりして――。
「いろいろしたけど」
「なんか変わった?」
「俺が?」
「じゃあ、涼介はオレが来る前からみんなを昼飯に誘ってた?」
「……いや」
「知らない外国人に英語で道を教えてた?」
「それはこの間たまたま!」
「ほら、ノアナイズドされてる」
生意気なドーベルマンがにんまりする。クソ、飼い主の俺、まんまと踊らされている。
でも。
「……確かに、自分からなにかするようにはなったかも」
「なんで前はしなかったの?」
「人に合わせておけば、大抵のことは丸く収まるし」
「じゃあオレが涼介とは違うことをしたいって言ったらどうする?」
「ノアに合わせるよ」
「Why?」
「どっちでもいいし」
「でも、涼介にはやりたいことがある」
「……俺、昔からそうなんだよな。あんまり自分の意見を言わないっていうか」
シャーペンを置いて頬杖をつく。こういうとき、思い出すのはいつも同じやつだ。
「昔さ、親戚のお土産で俺がサッカーボール、航平がキャラもののおもちゃをもらったんだよ」
ちょっと笑う。
「俺はおもちゃのキャラクターが好きで、航平がもらったほうがほしかった。だけど、俺のためにボールをくれたんだからって思って笑顔でお礼を言ったわけ」
ノアが黙ってこちらを見ている。
「でも、航平はボールがほしいってすごく泣くんだよ。俺、イライラしてさ。じゃあやるよってボールを押しつけたんだよ」
「ほしかったおもちゃはもらえたんだ?」
「そうなんだけど、全然嬉しくなくて。そのキャラも見たくなくなって引き出しにしまった。親はさすがお兄ちゃんねって褒めてたけど」
「それのどこが丸く収まってるの? みんなハッピーで、涼介だけ嫌な思いしてる」
「収まってるでしょ。航平も親も満足」
航平が泣きやむまで、親があやしていたのを思い出す。
「航平って昔からそうなんだよ。ほしいものはほしいって言うし、嫌なものは嫌だって言うし。そういうの、苦手なんだよ」
航平はいつも俺から奪っていく。そう思ってしまう。でも、航平が悪いわけじゃない。
「……なんか、航平が羨ましいのかも」
ふうと息をつく。
「思ったことを言えるところ。周りが不快になるかもって思うと、俺は言えない」
するとノアは口をへの字にした。
「みんな満足して、涼介だけほしいものを諦めるの?」
「結果的にはそうだけど、俺は航平が泣き喚いてイライラし続けるほうが嫌だった。そっちのほうが楽なんだよ。楽なほうを選んでるだけの自分は好きじゃないけど、実際楽だから」
シャーペンを握った。くるくるとペン回しする。
「ま、ノアからしたら理解できない変なやつだと思うけどさ」
みんながAって言ったらA、Bって言ったらB。俺だけ違うことを言わなければ、誰ともぶつからない。俺にとっては、それが一番簡単な正解だった。
「……変だとは、思わない」
ノアがそう呟いたので、ノアのほうを見た。
「だって、涼介は人のことを考えてる」
ノアがぽつりと言った。
「涼介は優しい」
「別に優しくしたわけじゃない。ただ航平がうるさいと思っただけ」
「だけど、航平が嫌な思いをしないようにした」
「でも、ノアは俺が自分の意見を言うと喜ぶじゃん」
「そっちもいいって話。どっちも涼介なんだからそれでいい」
ノアはちょっと笑った。
「人の意見も聞けて、自分で思ったことも言える。それって最高だろ。そういう涼介、嫌いじゃない」
ことり。胸の奥でなにかが音を立てた。
そんな俺に気づかずノアが遠くを見ながら言う。
「最初日本に来たときは、みんななんで言わないんだろって思ってた。嫌なら嫌とか、やりたいならやりたいとか。でも言えばいいってわけじゃないっていうのも最近分かってきた」
ノアがふふっと口元を笑わせる。
「涼介を見てると、そう思う」
……ノアがそんなふうに思ってたなんて知らなかった。俺ばっかりノアに影響されていると思ってたのに。
ノアがスマホをスクロールする。ちらりと見ると、日本に来てからの画像がいっぱいだ。
ノアが画面を見ながら言う。
「これまでいろんなことがあった。涼介もオレとしゃべってていろいろ思ったことがあるだろ。それをスピーチにすればいい」
「……簡単に言う」
「オレと交流してなにを学んだのかを話すんだろ」
「そうなんだけど。ううん」
シャーペンの頭で頭を掻く。するとノアが足を組んで肘をつき、こちらを見た。
「涼介はオレが来てからなにした?」
ノアとしたこと。日本語の質問に答えて、お弁当を一緒に食べて、メッセージ練習に付き合って、一緒に帰って、お互いの家で遊んだりして――。
「いろいろしたけど」
「なんか変わった?」
「俺が?」
「じゃあ、涼介はオレが来る前からみんなを昼飯に誘ってた?」
「……いや」
「知らない外国人に英語で道を教えてた?」
「それはこの間たまたま!」
「ほら、ノアナイズドされてる」
生意気なドーベルマンがにんまりする。クソ、飼い主の俺、まんまと踊らされている。
でも。
「……確かに、自分からなにかするようにはなったかも」
「なんで前はしなかったの?」
「人に合わせておけば、大抵のことは丸く収まるし」
「じゃあオレが涼介とは違うことをしたいって言ったらどうする?」
「ノアに合わせるよ」
「Why?」
「どっちでもいいし」
「でも、涼介にはやりたいことがある」
「……俺、昔からそうなんだよな。あんまり自分の意見を言わないっていうか」
シャーペンを置いて頬杖をつく。こういうとき、思い出すのはいつも同じやつだ。
「昔さ、親戚のお土産で俺がサッカーボール、航平がキャラもののおもちゃをもらったんだよ」
ちょっと笑う。
「俺はおもちゃのキャラクターが好きで、航平がもらったほうがほしかった。だけど、俺のためにボールをくれたんだからって思って笑顔でお礼を言ったわけ」
ノアが黙ってこちらを見ている。
「でも、航平はボールがほしいってすごく泣くんだよ。俺、イライラしてさ。じゃあやるよってボールを押しつけたんだよ」
「ほしかったおもちゃはもらえたんだ?」
「そうなんだけど、全然嬉しくなくて。そのキャラも見たくなくなって引き出しにしまった。親はさすがお兄ちゃんねって褒めてたけど」
「それのどこが丸く収まってるの? みんなハッピーで、涼介だけ嫌な思いしてる」
「収まってるでしょ。航平も親も満足」
航平が泣きやむまで、親があやしていたのを思い出す。
「航平って昔からそうなんだよ。ほしいものはほしいって言うし、嫌なものは嫌だって言うし。そういうの、苦手なんだよ」
航平はいつも俺から奪っていく。そう思ってしまう。でも、航平が悪いわけじゃない。
「……なんか、航平が羨ましいのかも」
ふうと息をつく。
「思ったことを言えるところ。周りが不快になるかもって思うと、俺は言えない」
するとノアは口をへの字にした。
「みんな満足して、涼介だけほしいものを諦めるの?」
「結果的にはそうだけど、俺は航平が泣き喚いてイライラし続けるほうが嫌だった。そっちのほうが楽なんだよ。楽なほうを選んでるだけの自分は好きじゃないけど、実際楽だから」
シャーペンを握った。くるくるとペン回しする。
「ま、ノアからしたら理解できない変なやつだと思うけどさ」
みんながAって言ったらA、Bって言ったらB。俺だけ違うことを言わなければ、誰ともぶつからない。俺にとっては、それが一番簡単な正解だった。
「……変だとは、思わない」
ノアがそう呟いたので、ノアのほうを見た。
「だって、涼介は人のことを考えてる」
ノアがぽつりと言った。
「涼介は優しい」
「別に優しくしたわけじゃない。ただ航平がうるさいと思っただけ」
「だけど、航平が嫌な思いをしないようにした」
「でも、ノアは俺が自分の意見を言うと喜ぶじゃん」
「そっちもいいって話。どっちも涼介なんだからそれでいい」
ノアはちょっと笑った。
「人の意見も聞けて、自分で思ったことも言える。それって最高だろ。そういう涼介、嫌いじゃない」
ことり。胸の奥でなにかが音を立てた。
そんな俺に気づかずノアが遠くを見ながら言う。
「最初日本に来たときは、みんななんで言わないんだろって思ってた。嫌なら嫌とか、やりたいならやりたいとか。でも言えばいいってわけじゃないっていうのも最近分かってきた」
ノアがふふっと口元を笑わせる。
「涼介を見てると、そう思う」
……ノアがそんなふうに思ってたなんて知らなかった。俺ばっかりノアに影響されていると思ってたのに。


