帰り道、ノアが俺を見て言う。
「今日、ちょっとオレびっくりした」
「なにが?」
「涼介が自分からご飯食べよって誘ってた」
「そんなにびっくりする?」
「前の涼介だったらやらなかった」
……そうかもしれない。なんだか照れて、マフラーに口元を隠す。
「なんか、ノアのおかげかも」
鞄を肩にかけ直して言う。
「ノアってやりたいことをすぐ口にして実行するじゃん。コンビニに行こうとか、写真を撮りたいとか」
「うん」
「そういうことで楽しいことが広がったっていうか。俺からもやってみてもいいのかもって」
ノアが立ち止まった。二、三歩歩いてから気づいて立ち止まる。
「どうかした?」
振り返ってノアを見上げる。
夜の迫る夕方に立つノアの髪の毛が、風に揺れた。一瞬目が隠れる。ノアが髪を耳にかけると、いつもよりやわらかく微笑した。生意気なドーベルマンが、ちょっと困ったような――ううん、照れたようにも見える、そんな顔で。
「なに?」
「――なんでもない」
マフラーを巻き直しながらノアが追いついてきた。いつも通りにんまりとする。
「涼介、やっぱりノアナイズドされてる」
「またそれ!」
「でも、嬉しい」
「なんでノアが嬉しいの」
ノアがやけに嬉しそうに笑う。
「オレと一緒にいて楽しいことが増えたんだろ」
「まあ、そうだけど」
「だったら嬉しい」
ノアがちょっと考えたようにしてから、しんみりと言った。
「最初は、涼介はオレのことを先生に押しつけられたんだろうって思ってた」
「えっ」
「委員長だって言ってたし、先生も涼介を頼りにしてたし。だからきっとオレのことも簡単に頼まれたんだろうって思った」
そう言えば、最初はそうだった。また俺か、なんて思って、内心ちょっとめんどくさいなんて感じてて。でも、ノアは最初から俺に遠慮しなかった。
「涼介は先生に頼まれたから一緒にいるんだろうって思ってた」
「――まさか。先生には隣の席にするって言われたけど、それだけ。ノアは自分から俺にいろいろ質問してきたし、自然とノアとたくさんしゃべってた」
そう言えば、メッセージを返すのも面倒だってほったらかしにしたこともあったっけ。いつの間にかノアのペースに乗せられていた。
「ノアがバスケやってるところ見たりして、楽しそうだなって思うと俺も楽しいなって思えて。だから今が楽しいのは本当にノアのおかげ」
三年生の秋なんて、卒業までの日数を減らしていくだけだと思っていた。付属大への進学も決まっているし、特別なことなんてもうないと思っていた。
でも今は、明日はなにがあるんだろうと思う。
その隣には、いつもノアがいる。
素直にそう言うと、ノアがまた満足げに口端をあげる。
「オレのおかげ」
「……ノアが言うと、なんか反発したくなる」
ぽすっとブレザーの腕にストレートを打ち込むと、ノアは嬉しそうに肘でつついてきた。
「照れてる。涼介はかわいいな」
「あ、またかわいいって言った!」
「事実」
「男子にそういうことは言わないの!」
帰り道にいつもの空気が戻ってくる。
そこに、ひとつの影が近づいてきた。
「Excuse me, which way is the station?」
スマホを持った観光客ふうの男性がこちらを見下ろしている。
あ、駅への道を聞いている。この辺、迷いやすいのかも。
「え、えっと、go straight……」
慌てて駅の方向を指さす。
「次右……right、えっと、and turn right!」
ああ、ノアみたいにどっちの言葉も言いたいことが言えればいいのに。もう言葉が出てこない。
そこで、隣にノアがいることにはっとした。
あれ。なんで俺が案内しようとしてるんだ。英語ならノアがいるじゃん!
「ごめん、ノア代わって!」
急いでバトンタッチすると、ノアがくすっと笑ってから英語でしゃべり始めた。……やっぱり英語をしゃべっているノアはかっこいい。
「Oh,thank you!」
彼は俺とノアの両方を見て手をあげた。
「ゆ、You' re welcome.」
彼が去ると一気に肩の力が抜けた。
「ああ、びっくりした」
思わずノアを睨む。
「もう、最初からノアが言ってよ!」
するとノアがなに言ってんだとばかりに、オーバーに肩をすくめて両手を広げた。
「涼介が先にしゃべり始めた」
「そこはノアが『オレが言うよ』って言ってくれないと!」
「でも、ちゃんと通じてた」
「途中まではね!」
だが、ノアは笑っただけだった。ぽん。ノアがこちらの頭に手をのせてくる。
「自分からよく言えました。Nice try!」
更に頭をぽんぽんされて顔が熱くなる。英語、ちょっとだけど話せてよかった。案外言おうとすれば出てくる単語もあるのかも。
ノアが「よしよし」とまた頭を撫でてきた。恥ずかしくなって、手を振り払う。
「俺、ノアより年上だけど!?」
「知ってる。成長したなって思った」
「あっ、馬鹿にしてる!」
ノアはふふんと口端をあげ、鼻歌でも歌いだしそうに満足げに笑う。
「やっぱりノアナイズドされてる」
なんか悔しい。実際そうだけど、完全にノアに乗せられている。
「今日、ちょっとオレびっくりした」
「なにが?」
「涼介が自分からご飯食べよって誘ってた」
「そんなにびっくりする?」
「前の涼介だったらやらなかった」
……そうかもしれない。なんだか照れて、マフラーに口元を隠す。
「なんか、ノアのおかげかも」
鞄を肩にかけ直して言う。
「ノアってやりたいことをすぐ口にして実行するじゃん。コンビニに行こうとか、写真を撮りたいとか」
「うん」
「そういうことで楽しいことが広がったっていうか。俺からもやってみてもいいのかもって」
ノアが立ち止まった。二、三歩歩いてから気づいて立ち止まる。
「どうかした?」
振り返ってノアを見上げる。
夜の迫る夕方に立つノアの髪の毛が、風に揺れた。一瞬目が隠れる。ノアが髪を耳にかけると、いつもよりやわらかく微笑した。生意気なドーベルマンが、ちょっと困ったような――ううん、照れたようにも見える、そんな顔で。
「なに?」
「――なんでもない」
マフラーを巻き直しながらノアが追いついてきた。いつも通りにんまりとする。
「涼介、やっぱりノアナイズドされてる」
「またそれ!」
「でも、嬉しい」
「なんでノアが嬉しいの」
ノアがやけに嬉しそうに笑う。
「オレと一緒にいて楽しいことが増えたんだろ」
「まあ、そうだけど」
「だったら嬉しい」
ノアがちょっと考えたようにしてから、しんみりと言った。
「最初は、涼介はオレのことを先生に押しつけられたんだろうって思ってた」
「えっ」
「委員長だって言ってたし、先生も涼介を頼りにしてたし。だからきっとオレのことも簡単に頼まれたんだろうって思った」
そう言えば、最初はそうだった。また俺か、なんて思って、内心ちょっとめんどくさいなんて感じてて。でも、ノアは最初から俺に遠慮しなかった。
「涼介は先生に頼まれたから一緒にいるんだろうって思ってた」
「――まさか。先生には隣の席にするって言われたけど、それだけ。ノアは自分から俺にいろいろ質問してきたし、自然とノアとたくさんしゃべってた」
そう言えば、メッセージを返すのも面倒だってほったらかしにしたこともあったっけ。いつの間にかノアのペースに乗せられていた。
「ノアがバスケやってるところ見たりして、楽しそうだなって思うと俺も楽しいなって思えて。だから今が楽しいのは本当にノアのおかげ」
三年生の秋なんて、卒業までの日数を減らしていくだけだと思っていた。付属大への進学も決まっているし、特別なことなんてもうないと思っていた。
でも今は、明日はなにがあるんだろうと思う。
その隣には、いつもノアがいる。
素直にそう言うと、ノアがまた満足げに口端をあげる。
「オレのおかげ」
「……ノアが言うと、なんか反発したくなる」
ぽすっとブレザーの腕にストレートを打ち込むと、ノアは嬉しそうに肘でつついてきた。
「照れてる。涼介はかわいいな」
「あ、またかわいいって言った!」
「事実」
「男子にそういうことは言わないの!」
帰り道にいつもの空気が戻ってくる。
そこに、ひとつの影が近づいてきた。
「Excuse me, which way is the station?」
スマホを持った観光客ふうの男性がこちらを見下ろしている。
あ、駅への道を聞いている。この辺、迷いやすいのかも。
「え、えっと、go straight……」
慌てて駅の方向を指さす。
「次右……right、えっと、and turn right!」
ああ、ノアみたいにどっちの言葉も言いたいことが言えればいいのに。もう言葉が出てこない。
そこで、隣にノアがいることにはっとした。
あれ。なんで俺が案内しようとしてるんだ。英語ならノアがいるじゃん!
「ごめん、ノア代わって!」
急いでバトンタッチすると、ノアがくすっと笑ってから英語でしゃべり始めた。……やっぱり英語をしゃべっているノアはかっこいい。
「Oh,thank you!」
彼は俺とノアの両方を見て手をあげた。
「ゆ、You' re welcome.」
彼が去ると一気に肩の力が抜けた。
「ああ、びっくりした」
思わずノアを睨む。
「もう、最初からノアが言ってよ!」
するとノアがなに言ってんだとばかりに、オーバーに肩をすくめて両手を広げた。
「涼介が先にしゃべり始めた」
「そこはノアが『オレが言うよ』って言ってくれないと!」
「でも、ちゃんと通じてた」
「途中まではね!」
だが、ノアは笑っただけだった。ぽん。ノアがこちらの頭に手をのせてくる。
「自分からよく言えました。Nice try!」
更に頭をぽんぽんされて顔が熱くなる。英語、ちょっとだけど話せてよかった。案外言おうとすれば出てくる単語もあるのかも。
ノアが「よしよし」とまた頭を撫でてきた。恥ずかしくなって、手を振り払う。
「俺、ノアより年上だけど!?」
「知ってる。成長したなって思った」
「あっ、馬鹿にしてる!」
ノアはふふんと口端をあげ、鼻歌でも歌いだしそうに満足げに笑う。
「やっぱりノアナイズドされてる」
なんか悔しい。実際そうだけど、完全にノアに乗せられている。


