ホットドッグは売り切れ、午後三時に文化祭は閉幕した。みんなで拍手をして労う。手分けして片づけをし、四時半には学校を出る。
もう空は茜色で、気温が落ちてきている。片づけで汗を掻いたからか、ちょっと寒い。
「ただいまー」
家に帰ると、少し暖かい。ほっとしてあがり、廊下からリビングに入ろうとしたときだった。
「サプラ~イズ!」
突然、リビングのドアが開いて笑顔のノアが出てきた。グレーのパーカーの長い腕がぎゅっと俺を抱き寄せる。
「涼介ー! 会いたかったよー!」
ぎゅうっ。力強く抱きしめられて、体を包んでくる温かさに心臓がばくんと飛び跳ねた。思わず声をあげる。
「ノア!? なんでうちに?」
奥から航平がひょいと顔を覗かせる。
「ノアがアメリカから帰ってきたって言うから、うちで兄ちゃんを待ち伏せればって誘った」
「航平がお邪魔させてくれたー! 文化祭には間に合わなかったけど、涼介の帰りには間に合った!」
ぽんぽん。肩をそのまま叩かれて、なんでか顔がかーっと熱くなる。
「涼介ー! 寂しかったー! 涼介はー!?」
全然寂しかった人の声量じゃない。ドーベルマン、めちゃくちゃ元気。なのに、急に鼻の奥がつんとした。
ああ、ノア、帰ってきたんだ。
空っぽだった隣の席。鳴らないスマホ。ひとりで回った文化祭。スクリーンの中で笑っていたノア。
うるさいくらいの声も、でかい体も、俺をぎゅうぎゅう抱きしめてくる力強さも、全部本物だ。――やばい。言葉が、出てこない。
「――はいはい」
込み上げてくるものをぐっと堪え、声を絞り出す。そろっとノアの背中に手を回した。ぽんぽん。二回タップする。
「……寂しかったよ」
言った途端、急に恥ずかしくなった。頬が熱くなる。
「ホントに?」
「ホント」
「どのくらい?」
「なんで量を聞くんだよ」
「オレはめちゃくちゃ寂しかった!」
「分かったって!」
「涼介は?」
「しつこい!」
胸を押しやって腕から抜け出そうとしたが、逆に腕の力が強くなった。心臓がまたどくっと跳ねる。
「オレが帰ってきて嬉しいだろ!」
ああもう、心臓もノアもうるさい!
「嬉しいよ!」
思い切って言ったら、途端ノアがしんとした。俺を放して、真顔で見下ろしてくる。
「……どうしたの?」
「……別に」
「別に、言うな!」
俺が突っ込んだら、ノアは小さく、ふっと笑った。いつもと違った笑い方。
「涼介の口癖が移った」
「人のせいにしないで」
むっとして言い返すと、ノアが俺の頭にぽんと手を置いた。――なんだろう。手が、すごくあったかい。
そのとき、奥から母親が出てきた。
「涼介、おかえりなさい。新見君、ご飯食べていく? キーマカレーだけどいいかしら」
俺が答える前にノアがぱっと顔を明るくさせた。
「いいんですか? いつも涼介君とお弁当のおかず交換して食べてるんです。おいしいです」
「あら、ありがとう。新見君のホームステイ先は大丈夫かしら」
「連絡します!」
「じゃあこれから作るからちょっと待っててね」
「ありがとうございます」
ノアがスマホを取り出して、ようやく息をついた。
「ノア、アメリカのおうちの人、大丈夫だったの?」
「うん、もう退院した。だから帰ってきた。オレ、時差ボケで眠い」
「俺、部屋着に着替えたいから部屋に行く。ノアも来たら?」
「行く」
俺が部屋で着替えている間に、ノアはホームステイ先に電話をした。電話を切ると、床に座ってテンション高くにこにこと笑う。
「涼介に会えてよかった。ずっと向こうでばたばたしてたから、連絡できなかった」
「いやいや、大変だったでしょ。俺も忙しいときに悪いかなって思って今日まで連絡できなかったし」
「でも、メッセージくれて嬉しかった。連絡くれたの、涼介だけだった」
「みんな、ノアが忙しいだろうって遠慮したんだよ。ノアのこと心配してた」
「分かってる。でも、涼介から来たのが嬉しかった。ありがと!」
……メッセージ、送ってよかった。ノアの笑顔を見てほっとした。
「そうだ、ノアにクラスTシャツを渡さなきゃ」
「あっ、着たかったやつ!」
俺が鞄からノアのシャツを取り出して渡すと、ノアは丁寧な手つきでシャツを広げて掲げた。
「ああ、残念。文化祭で着たかった」
その呟きに、ふと思いついた。
「ノア、今一緒に着て写真を撮らない? せめて一回くらい着ようよ」
俺の言葉にノアが目を丸くし、すぐに「マジで?」と目を輝かせた。
「着る! 涼介、今着替えたばっかりなのにごめん」
「いいよ。写真の背景が俺の部屋でごめんだけど」
「すっごい嬉しいよ! じゃあ」
二人でいそいそとクラスTシャツを被る。すると、自分の部屋なのに学園祭の名残が僅かに蘇った。ノアがスマホを構える。
「涼介、ピースで」
「はい、チーズ!」
ピコン。スマホが音を立てて、俺たちの笑顔が収まる。夕方の俺の部屋で、文化祭最後の一枚が画像になる。
「涼介、優しい。涼介はこういうところがすごい」
「また大袈裟」
「大袈裟じゃない。オレは本当にそう思ってる」
「……そっか」
なんだよ。そんなまっすぐ言われると照れる。
顔が熱くなって、ノアから視線を逸らした。
「ノア、それ送って」
「Okay.」
送られてきた画像を見る。ノアが嬉しそうに笑っている。俺も――思ってたより、楽しそうな顔をしていた。
「涼介ー、新見君ー、夕飯できたわよー」
母親の声がして、慌てて「はーい」と返事をする。ノアはTシャツの上からそのままパーカーを羽織った。そして胸に手を当てる。
「よかった。残念な文化祭になっちゃったって思ったけど、最後にいいことがあって」
しんみりとした声に口がむずむずする。そんな、大袈裟なことじゃないのに。
「とりあえず、ご飯食べよ!」
俺がぽんとノアの背中を叩くと、ノアは「だな」とにっと笑った。
夕飯は家族にノアを加え、賑やかに終わった。駅まで送り、改札口で「また学校で」と手を振る。ノアはホームに行くまで二回振り返って、大きく手を振ってきた。俺も振り返す。ノアの背中が見えなくなるまで見送った。
――よかった。残念な文化祭になっちゃったって思ったけど、最後にいいことがあって。
……うん。俺もそう思う。
十一月の静かな住宅街にスニーカーの音が響く。
明日は代休だ。ノアもきっと寝ている。でも、次の日になれば、朝から「涼介ー!」って、見えないしっぽをぶんぶん振っておはようを言ってくる。
また、スマホも学校もうるさくなる。
でも、それでいい。
学校が楽しみ。そう思うと、口元がふふっと緩んだ。
もう空は茜色で、気温が落ちてきている。片づけで汗を掻いたからか、ちょっと寒い。
「ただいまー」
家に帰ると、少し暖かい。ほっとしてあがり、廊下からリビングに入ろうとしたときだった。
「サプラ~イズ!」
突然、リビングのドアが開いて笑顔のノアが出てきた。グレーのパーカーの長い腕がぎゅっと俺を抱き寄せる。
「涼介ー! 会いたかったよー!」
ぎゅうっ。力強く抱きしめられて、体を包んでくる温かさに心臓がばくんと飛び跳ねた。思わず声をあげる。
「ノア!? なんでうちに?」
奥から航平がひょいと顔を覗かせる。
「ノアがアメリカから帰ってきたって言うから、うちで兄ちゃんを待ち伏せればって誘った」
「航平がお邪魔させてくれたー! 文化祭には間に合わなかったけど、涼介の帰りには間に合った!」
ぽんぽん。肩をそのまま叩かれて、なんでか顔がかーっと熱くなる。
「涼介ー! 寂しかったー! 涼介はー!?」
全然寂しかった人の声量じゃない。ドーベルマン、めちゃくちゃ元気。なのに、急に鼻の奥がつんとした。
ああ、ノア、帰ってきたんだ。
空っぽだった隣の席。鳴らないスマホ。ひとりで回った文化祭。スクリーンの中で笑っていたノア。
うるさいくらいの声も、でかい体も、俺をぎゅうぎゅう抱きしめてくる力強さも、全部本物だ。――やばい。言葉が、出てこない。
「――はいはい」
込み上げてくるものをぐっと堪え、声を絞り出す。そろっとノアの背中に手を回した。ぽんぽん。二回タップする。
「……寂しかったよ」
言った途端、急に恥ずかしくなった。頬が熱くなる。
「ホントに?」
「ホント」
「どのくらい?」
「なんで量を聞くんだよ」
「オレはめちゃくちゃ寂しかった!」
「分かったって!」
「涼介は?」
「しつこい!」
胸を押しやって腕から抜け出そうとしたが、逆に腕の力が強くなった。心臓がまたどくっと跳ねる。
「オレが帰ってきて嬉しいだろ!」
ああもう、心臓もノアもうるさい!
「嬉しいよ!」
思い切って言ったら、途端ノアがしんとした。俺を放して、真顔で見下ろしてくる。
「……どうしたの?」
「……別に」
「別に、言うな!」
俺が突っ込んだら、ノアは小さく、ふっと笑った。いつもと違った笑い方。
「涼介の口癖が移った」
「人のせいにしないで」
むっとして言い返すと、ノアが俺の頭にぽんと手を置いた。――なんだろう。手が、すごくあったかい。
そのとき、奥から母親が出てきた。
「涼介、おかえりなさい。新見君、ご飯食べていく? キーマカレーだけどいいかしら」
俺が答える前にノアがぱっと顔を明るくさせた。
「いいんですか? いつも涼介君とお弁当のおかず交換して食べてるんです。おいしいです」
「あら、ありがとう。新見君のホームステイ先は大丈夫かしら」
「連絡します!」
「じゃあこれから作るからちょっと待っててね」
「ありがとうございます」
ノアがスマホを取り出して、ようやく息をついた。
「ノア、アメリカのおうちの人、大丈夫だったの?」
「うん、もう退院した。だから帰ってきた。オレ、時差ボケで眠い」
「俺、部屋着に着替えたいから部屋に行く。ノアも来たら?」
「行く」
俺が部屋で着替えている間に、ノアはホームステイ先に電話をした。電話を切ると、床に座ってテンション高くにこにこと笑う。
「涼介に会えてよかった。ずっと向こうでばたばたしてたから、連絡できなかった」
「いやいや、大変だったでしょ。俺も忙しいときに悪いかなって思って今日まで連絡できなかったし」
「でも、メッセージくれて嬉しかった。連絡くれたの、涼介だけだった」
「みんな、ノアが忙しいだろうって遠慮したんだよ。ノアのこと心配してた」
「分かってる。でも、涼介から来たのが嬉しかった。ありがと!」
……メッセージ、送ってよかった。ノアの笑顔を見てほっとした。
「そうだ、ノアにクラスTシャツを渡さなきゃ」
「あっ、着たかったやつ!」
俺が鞄からノアのシャツを取り出して渡すと、ノアは丁寧な手つきでシャツを広げて掲げた。
「ああ、残念。文化祭で着たかった」
その呟きに、ふと思いついた。
「ノア、今一緒に着て写真を撮らない? せめて一回くらい着ようよ」
俺の言葉にノアが目を丸くし、すぐに「マジで?」と目を輝かせた。
「着る! 涼介、今着替えたばっかりなのにごめん」
「いいよ。写真の背景が俺の部屋でごめんだけど」
「すっごい嬉しいよ! じゃあ」
二人でいそいそとクラスTシャツを被る。すると、自分の部屋なのに学園祭の名残が僅かに蘇った。ノアがスマホを構える。
「涼介、ピースで」
「はい、チーズ!」
ピコン。スマホが音を立てて、俺たちの笑顔が収まる。夕方の俺の部屋で、文化祭最後の一枚が画像になる。
「涼介、優しい。涼介はこういうところがすごい」
「また大袈裟」
「大袈裟じゃない。オレは本当にそう思ってる」
「……そっか」
なんだよ。そんなまっすぐ言われると照れる。
顔が熱くなって、ノアから視線を逸らした。
「ノア、それ送って」
「Okay.」
送られてきた画像を見る。ノアが嬉しそうに笑っている。俺も――思ってたより、楽しそうな顔をしていた。
「涼介ー、新見君ー、夕飯できたわよー」
母親の声がして、慌てて「はーい」と返事をする。ノアはTシャツの上からそのままパーカーを羽織った。そして胸に手を当てる。
「よかった。残念な文化祭になっちゃったって思ったけど、最後にいいことがあって」
しんみりとした声に口がむずむずする。そんな、大袈裟なことじゃないのに。
「とりあえず、ご飯食べよ!」
俺がぽんとノアの背中を叩くと、ノアは「だな」とにっと笑った。
夕飯は家族にノアを加え、賑やかに終わった。駅まで送り、改札口で「また学校で」と手を振る。ノアはホームに行くまで二回振り返って、大きく手を振ってきた。俺も振り返す。ノアの背中が見えなくなるまで見送った。
――よかった。残念な文化祭になっちゃったって思ったけど、最後にいいことがあって。
……うん。俺もそう思う。
十一月の静かな住宅街にスニーカーの音が響く。
明日は代休だ。ノアもきっと寝ている。でも、次の日になれば、朝から「涼介ー!」って、見えないしっぽをぶんぶん振っておはようを言ってくる。
また、スマホも学校もうるさくなる。
でも、それでいい。
学校が楽しみ。そう思うと、口元がふふっと緩んだ。


