そこへ店員の声が飛んできた。
「お次のお客様どうぞー」
「あ、進んだ」
恋愛談義はそこであっさり終了した。さっきまで告白について真剣に聞いていたノアも、店先でクレープ生地を焼く店員のトンボさばきを見る。
「オレ、アップルシナモンにする」
「へえ、おいしそう。一口ちょうだい」
「半分でもいいぞ」
「……俺の大学芋、半分奪う気?」
ノアがにやにやする。
「おいしかったらほしい」
「もう、わがまま」
お次のお客様ー。店員の声かけにどんどん列が進み、俺も大学芋のクレープを受け取った。
「それが大学芋?」
列から離れたノアが尋ねてくる。
「そう。食べてみる?」
「その前にオレは写真撮りたい」
「あ、そうか」
ノアがスマホを取り出すと、いつかのようにまた俺の側にぎゅっと寄った。あれ、全員で一緒に撮るのかと思ったんだけど、またツーショットか。
「全員で撮らないの?」
「そっちも撮るけど涼介とも撮る。Say cheese!」
ノアと肩がぶつかって、ブレザー越しに熱が移った。近い。ちょっと頬が熱くなって笑う。俺たち、教室で撮ったときもこんな距離だったっけ。
全員で撮ったあと、ノアにクレープを差し出したらぱくりと食べた。もぐもぐしながら「Wow.」と目を丸くする。
「これが大学芋? おいしい」
「でしょ? もっと食べたかったらホストファミリーに相談してみたら?」
「ホストマザー、料理が上手なんだよ。作ってくれるかもしれない」
「ノアのアップルシナモン、ちょうだい」
差し出されたクレープにちょこっとかぶりつく。甘酸っぱいリンゴからじゅわっと甘い汁が出て、シナモンの香りが口いっぱいに広がった。
「ん、おいしい」
「涼介、一口が小さい」
「それ、俺がちっちゃいって言いたい?」
ちょっと睨むとノアがにんまりして俺の頭をぽんぽんと叩いてきた。
「オレの服を着た涼介を思い出した。かわいかった」
「男子にあんまりかわいいって言わないの!」
ドーベルマン、外でもボディランゲージに遠慮がない。恥ずかしい。そこで他の四人が笑ってこちらを見た。
「ノアが飼い主にじゃれてる」
「委員長、懐かれすぎてて笑える」
「ノア、委員長に彼女ができたらそんなことできないぞー」
「そうだぞ。そのときは遠慮しろ」
するとノアがちらっとこちらを見た。
「涼介、彼女ができる予定はある?」
「……あるように見える?」
ちょっとむっとして答えたが、ノアはふふんと口端をあげて「じゃあ別にいいな」と言う。
「なにが?」
「これ」
またぽん、と頭を叩かれる。
「だから触るなって!」
おちょくられているみたいでちょっとムカつく。俺に彼女ができるかどうかなんて、ノアには関係ないだろ。……できる予定なんてまったくないんだけど。
ノアがクレープを見て言う。
「文化祭ってこういうお菓子とかも売られる?」
「多分ね。当日見てみればいいじゃん」
「じゃあ一緒に見てなに食べるか決めよう」
「はいはい」
「はいは一回」
「あっまた変な日本語を覚えた!」
ノアが生意気そうににんまりする。
「覚えたのを使えるときが一番楽しい。特に涼介相手だといい」
「俺を練習台にするな!」
「明日も練習する」
「やめろ!」
一緒に帰るのも、図書室に行くのも、夜にメッセージが届くのも。いつの間にかノアが隣にいるのが当たり前になった。
帰りの電車の中、ノアから送られてきたツーショットを眺めて内心ふふと笑った。ノアは写真の中だと笑顔が元気だ。ドーベルマンの生意気さがちょっと減る。
翌朝、「おはよ」と教室に入ると、一緒にクレープを食べに行ったメンバーが「委員長、おはよ」と返してくれた。ノアといるとしゃべる相手が増える。
でも、ノアはまだ登校していなかった。予鈴が鳴っても来ない。
……珍しい。遅刻?
そう思って始まった朝会で、先生が出席簿から顔をあげて言う。
「新見だが、急遽一時帰国することになった」
――え?
思わず隣の席を見た。もちろん、誰もいない。
「ご家族が交通事故に遭われて入院することになったそうだ。それで今朝の便で――」
今朝?
先生の声が遠くなる。
学校に来ない、じゃなくて、帰った。アメリカに帰った。
もう日本にいないってこと?
目が見開く。
「いつ帰ってくるか分からないと連絡が来たから、文化祭の出店担当メンバーから新見が外れるかもしれない。同じ班の者は頭に入れておいてくれ」
――じゃあ一緒に見てなに食べるか決めよう。
昨日、そう言ってたのに。ノア、文化祭にいないの?
教室がざわっとする。
「ノア、大丈夫かな」
「交通事故って、大きな怪我じゃないといいね」
一時間目が始まった。
静かだ。
いつもなら聞こえる、先生の言葉に急いで電子辞書を叩く音がしない。「涼介、今のなに?」って聞かれることもない。視界の隅に入るくせっ毛も見えない。朝から元気なドーベルマンが今日はいない。
俺の席って、こんなに静かだったっけ。
授業中なのにそわそわする。
ノア、大丈夫かな。家族が事故に遭ったなら普通帰るよな。そりゃ、俺に連絡している場合じゃない。そもそも飛行機に乗ってるわけだし、スマホは使えない。
それでも、休み時間ごとにスマホを確認してしまう。スマホまで静まり返って、全然音が鳴らない。朝、こっちから「おはよう」って送ればよかった。
そこで初めて気づく。
メッセージのやり取りをするとき、いつもノアから送られてきた。俺は自分から送ったことがない。
おはようも、今なにしてるも、くだらないおしゃべりも。いつもノアからだった。それが当たり前だった。
じゃあ、俺から送ってみるか?
スマホに指を置いて、止まる。
ノア、大丈夫?
いつ帰ってくる?
……いや、「いつ帰ってくる?」はないだろ。家族が入院することになったんだから。
結局メッセージは送れなかった。もやもやして家に帰る。夜、ベッドにごろんとなりながらスマホを見つめる。
スマホはまだ静まり返っている。……当たり前だ。帰国したらすぐ家族のところに行くはずだし。
スマホを手にする。
『ノア、平気?』
いや、家族が事故に遭ったのに平気なわけがない。
『家族、大丈夫?』
ちょっと踏み込みすぎか? 大怪我だったら、返事しづらくなるし。
打っては消し、また打っては消す。
なにこれ。ノアから来るメッセージにはなにも考えずに返信してたのに。自分から送るって、なんでこんなに難しいんだ。
結局メッセージは閉じて、スマホを伏せて置いた。
……俺、ノアからのメッセージを待ってる。でも、そんな心の余裕があるわけないか。
はあという自分のため息が大きく聞こえた。
「お次のお客様どうぞー」
「あ、進んだ」
恋愛談義はそこであっさり終了した。さっきまで告白について真剣に聞いていたノアも、店先でクレープ生地を焼く店員のトンボさばきを見る。
「オレ、アップルシナモンにする」
「へえ、おいしそう。一口ちょうだい」
「半分でもいいぞ」
「……俺の大学芋、半分奪う気?」
ノアがにやにやする。
「おいしかったらほしい」
「もう、わがまま」
お次のお客様ー。店員の声かけにどんどん列が進み、俺も大学芋のクレープを受け取った。
「それが大学芋?」
列から離れたノアが尋ねてくる。
「そう。食べてみる?」
「その前にオレは写真撮りたい」
「あ、そうか」
ノアがスマホを取り出すと、いつかのようにまた俺の側にぎゅっと寄った。あれ、全員で一緒に撮るのかと思ったんだけど、またツーショットか。
「全員で撮らないの?」
「そっちも撮るけど涼介とも撮る。Say cheese!」
ノアと肩がぶつかって、ブレザー越しに熱が移った。近い。ちょっと頬が熱くなって笑う。俺たち、教室で撮ったときもこんな距離だったっけ。
全員で撮ったあと、ノアにクレープを差し出したらぱくりと食べた。もぐもぐしながら「Wow.」と目を丸くする。
「これが大学芋? おいしい」
「でしょ? もっと食べたかったらホストファミリーに相談してみたら?」
「ホストマザー、料理が上手なんだよ。作ってくれるかもしれない」
「ノアのアップルシナモン、ちょうだい」
差し出されたクレープにちょこっとかぶりつく。甘酸っぱいリンゴからじゅわっと甘い汁が出て、シナモンの香りが口いっぱいに広がった。
「ん、おいしい」
「涼介、一口が小さい」
「それ、俺がちっちゃいって言いたい?」
ちょっと睨むとノアがにんまりして俺の頭をぽんぽんと叩いてきた。
「オレの服を着た涼介を思い出した。かわいかった」
「男子にあんまりかわいいって言わないの!」
ドーベルマン、外でもボディランゲージに遠慮がない。恥ずかしい。そこで他の四人が笑ってこちらを見た。
「ノアが飼い主にじゃれてる」
「委員長、懐かれすぎてて笑える」
「ノア、委員長に彼女ができたらそんなことできないぞー」
「そうだぞ。そのときは遠慮しろ」
するとノアがちらっとこちらを見た。
「涼介、彼女ができる予定はある?」
「……あるように見える?」
ちょっとむっとして答えたが、ノアはふふんと口端をあげて「じゃあ別にいいな」と言う。
「なにが?」
「これ」
またぽん、と頭を叩かれる。
「だから触るなって!」
おちょくられているみたいでちょっとムカつく。俺に彼女ができるかどうかなんて、ノアには関係ないだろ。……できる予定なんてまったくないんだけど。
ノアがクレープを見て言う。
「文化祭ってこういうお菓子とかも売られる?」
「多分ね。当日見てみればいいじゃん」
「じゃあ一緒に見てなに食べるか決めよう」
「はいはい」
「はいは一回」
「あっまた変な日本語を覚えた!」
ノアが生意気そうににんまりする。
「覚えたのを使えるときが一番楽しい。特に涼介相手だといい」
「俺を練習台にするな!」
「明日も練習する」
「やめろ!」
一緒に帰るのも、図書室に行くのも、夜にメッセージが届くのも。いつの間にかノアが隣にいるのが当たり前になった。
帰りの電車の中、ノアから送られてきたツーショットを眺めて内心ふふと笑った。ノアは写真の中だと笑顔が元気だ。ドーベルマンの生意気さがちょっと減る。
翌朝、「おはよ」と教室に入ると、一緒にクレープを食べに行ったメンバーが「委員長、おはよ」と返してくれた。ノアといるとしゃべる相手が増える。
でも、ノアはまだ登校していなかった。予鈴が鳴っても来ない。
……珍しい。遅刻?
そう思って始まった朝会で、先生が出席簿から顔をあげて言う。
「新見だが、急遽一時帰国することになった」
――え?
思わず隣の席を見た。もちろん、誰もいない。
「ご家族が交通事故に遭われて入院することになったそうだ。それで今朝の便で――」
今朝?
先生の声が遠くなる。
学校に来ない、じゃなくて、帰った。アメリカに帰った。
もう日本にいないってこと?
目が見開く。
「いつ帰ってくるか分からないと連絡が来たから、文化祭の出店担当メンバーから新見が外れるかもしれない。同じ班の者は頭に入れておいてくれ」
――じゃあ一緒に見てなに食べるか決めよう。
昨日、そう言ってたのに。ノア、文化祭にいないの?
教室がざわっとする。
「ノア、大丈夫かな」
「交通事故って、大きな怪我じゃないといいね」
一時間目が始まった。
静かだ。
いつもなら聞こえる、先生の言葉に急いで電子辞書を叩く音がしない。「涼介、今のなに?」って聞かれることもない。視界の隅に入るくせっ毛も見えない。朝から元気なドーベルマンが今日はいない。
俺の席って、こんなに静かだったっけ。
授業中なのにそわそわする。
ノア、大丈夫かな。家族が事故に遭ったなら普通帰るよな。そりゃ、俺に連絡している場合じゃない。そもそも飛行機に乗ってるわけだし、スマホは使えない。
それでも、休み時間ごとにスマホを確認してしまう。スマホまで静まり返って、全然音が鳴らない。朝、こっちから「おはよう」って送ればよかった。
そこで初めて気づく。
メッセージのやり取りをするとき、いつもノアから送られてきた。俺は自分から送ったことがない。
おはようも、今なにしてるも、くだらないおしゃべりも。いつもノアからだった。それが当たり前だった。
じゃあ、俺から送ってみるか?
スマホに指を置いて、止まる。
ノア、大丈夫?
いつ帰ってくる?
……いや、「いつ帰ってくる?」はないだろ。家族が入院することになったんだから。
結局メッセージは送れなかった。もやもやして家に帰る。夜、ベッドにごろんとなりながらスマホを見つめる。
スマホはまだ静まり返っている。……当たり前だ。帰国したらすぐ家族のところに行くはずだし。
スマホを手にする。
『ノア、平気?』
いや、家族が事故に遭ったのに平気なわけがない。
『家族、大丈夫?』
ちょっと踏み込みすぎか? 大怪我だったら、返事しづらくなるし。
打っては消し、また打っては消す。
なにこれ。ノアから来るメッセージにはなにも考えずに返信してたのに。自分から送るって、なんでこんなに難しいんだ。
結局メッセージは閉じて、スマホを伏せて置いた。
……俺、ノアからのメッセージを待ってる。でも、そんな心の余裕があるわけないか。
はあという自分のため息が大きく聞こえた。


