断れない委員長、アメリカンなドーベルマンに懐かれる

 翌日曜日、ノアが家にやって来た。弟が「兄ちゃんが友達を連れてくるなんて珍しい」と目を丸くさせる。
「こっちが弟の航平。航平、ノア。航平と同い年」
「えっ同い年なの? 連絡先交換しよ」
「Okay.」
 陽キャ同士ってすごい。言葉を交わした二言目で連絡先を教え合っている。
「飛び級とかすげー」
「日本にその制度がないから珍しいだけ」
「あったとしても俺は無理」
 もうあははと笑い合っている。二人ともコミュ力どうなってんだ。
 航平とノアのおしゃべりが治まってから自室へ行く。ノアが床にあぐらを掻いて、嬉しそうにスマホを触った。
「航平がいるのいいな。ゲームとか一緒にできる」
「そんなにしないよ。高校も違うし、趣味も違うし」
 ノアが一瞬口をへの字にした。
「航平と仲良くない?」
「別に。そういう意味じゃないけど」
「別にって言った」
「また言っちゃった! 口癖なのかも」
「じゃあ本当は?」
「……仲は悪くないよ」
「Hmm......is that (ふうん? そうなんだ?)so?」
 なんだよ、その顔。ノアにはいろいろ見抜かれてる気がしてそわそわする。
 そこでコンコンとノックの音がした。航平がドアからひょいと顔を覗かせる。
「兄ちゃん、ノア、ウノやろ。せっかく三人いるんだし」
「えっ、ノア、ウノって分かる?」
「ウノ、アメリカのゲームだよ」
「そうなの? じゃあやるか」
 コーラのペットボトル一本を持ってきて、三人で輪になった。
「兄ちゃん配って」
「はいはい」
 手札を見る。やった、ワイルドドロー4がある。順番は俺、ノア、航平。ノアに痛い目見せてやろ。
「ワイルドドロー4、赤」
「Crap(最悪!)! 涼介、色を変えるな! しかもオレが四枚取ることになる!」
「正当なルールですぅ」
 案外白熱した。俺が一番にあがり、二戦目に入る。
「兄ちゃん、コーラ取って」
「はいはい」
「涼介、オレにも取ってほしい」
「ノアは自分で取れ」
「差別!」
 ぎゃあぎゃあ言いながら、二戦目、三戦目と続く。三戦目が終わったとき、航平がスマホを手にして「あ」と言った。
「友達から電話。抜ける。ノア、じゃあなー」
「うん、また」
 航平が部屋を出ていき、ノアが肩を落とした。
「兄弟揃って強すぎる……オレずっと負けてた」
「手札はほぼ運でしょ」
「そうだけど」
 ウノを片づけていると、ノアがぽつりと言った。
「涼介、航平がいるときなんかちょっと違う」
「なにが?」
「分かんない。なんとなく」
 だが、ノアはそこでにんまりした。
「涼介、いろいろやっててお兄ちゃんっぽかった」
「実際お兄ちゃんなんだから当たり前でしょ」
「オレもいろいろやらせてやろ」
「悪巧みすんな!」
 俺が最後の札をケースに入れると、ノアがふうとコーラを飲んだ。なんていうか、雰囲気がアメリカン。いや、そうやってくくるのはよくない。ただノアっぽい。陽キャとコーラはよく似合う。
 驚いたのは後日だった。夜のノアのメッセージ射撃を撃退して自室を出ると、航平が「兄ちゃん」と話しかけてきた。
「ノアと遊びに行くならなにがよさそう?」
「えっ、遊びに行くの?」
「昨日電話もしたし。今度の日曜に遊びに行く」
「電話!?」
 いつの間にそんなに仲良くなってんだ。
「……スポーツ系がいいんじゃない? 二人ともそういうの好きそうだし」
「ふーん。じゃあボウリングに誘ってみよっと」
 航平はそれだけ言ってさっさと自室に戻った。
 二人とも明るくてスポーツ好きで、同い年。航平もノアも人と仲良くなるのが早い。
 ……俺よりずっと気が合ったりして。
 スマホのノアのメッセージを開く。
『冬になるとコンビニでおでんが売られるって本当?』
 いつも通り、どうでもいいような軽いおしゃべり。いつも通りだ。なのに、「昨日電話した」が引っかかる。
 ……俺、ノアと電話したことないんだけど。
 日曜日の朝、航平が出かけた。なんとなく英語の教科書を広げる。英語を見てても最近はアレルギーみたいに嫌にならない。だけど今日は目が上滑りしてしまう。結局途中でやめた。ゲームのコントローラーを握ったけど、集中できない。
 二人でなにしてるんだろ。
 時計を見る。午前十時。
 ぽん。スマホが鳴った。
『涼介、おはよう』
『航平とボウリング場に来た』
『ボウリング、久しぶり』
『航平に負けてる』
『最悪』
 思わずぷっと噴き出した。
 なんだ。いつものノアだ。心が少し軽くなる。ドーベルマンは今日も朝から元気。飼い主に全部報告してくる。
『ノア、下手なの?』
 メッセージを打つとすぐに返信が来た。
『オレは下手じゃない』
『久しぶりなだけ』
『航平に笑われてる』
『次は絶対に勝つ』
 勝手に口元が緩んでいた。ノアが楽しそうならそれでいいか。こういうことも留学体験のひとつなんだろうし。
 鼻歌交じりに立ち上がり、キッチンで紅茶をいれる。戻ってくると、またスマホにメッセージが来ている。
『今度涼介も行こう』
『三人で勝負しよう』
『航平をやっつけよう』
『今日はその練習』
 俺がいなくても楽しそうなくせに。そう思いながら「行けたらね」と返す。
『行けたらって、行く? 行かない?』
『どっち』
『涼介、返事ほしい』
『涼介ー』
『既読スルーって言葉、知ってるぞ』
『Hey!(ちょっと!)』
 ドーベルマンをからかうとおもしろい。普段の生意気そうな顔が崩れていると思うと笑える。
 俺はゲームのコントローラーを握り、コンティニューボタンを押した。