断れない委員長、アメリカンなドーベルマンに懐かれる

「それじゃあ新見、自己紹介だ」
 先生に促されて教壇のところに立った彼は「はい」と明るい笑顔でクラスを見回した。
「アメリカから来た新見乃亜(にいみのあ)です。父親が日本人だから日本語は話せます。分からないことがあったら聞くので、教えてください。三月までよろしく」
 彼がぺこりと頭を下げると、夏休み明けのクラスから拍手が湧いた。俺も拍手をしながらその顔を見た。
 へえ。外国人っぽい人を想像していたけど、顔立ちは日本人寄りだ。あんまりハーフに見えない。焦げ茶っぽいくせの強い毛先があっちこっちを向いていて、高い鼻が目立つ。ぱっと見は、一軍の陽キャ。
 ただ、でかい。
 背も高いし、胸板もある。同じ白シャツの制服なのに、サイズ感が違う。
 なんか、こういう雰囲気の犬がいた気がする。でかくて、顔がシュッとしてて――なんだっけ。
 俺が考えている間にも彼は続けた。
「オレ、飛び級してるんで、高校三年生なんですけど今十六歳です。年は気にせず仲良くしてください」
 にかっ。白い歯を見せた笑顔にみんなが「おお」とどよめいた。
「飛び級って、ドラマとかでしか見たことないんだけど」
「すげえ。頭いいんじゃん」
 でかくて、顔がシュッとしてて、頭がいい。そこで思い出した。ドーベルマンだ。
「じゃあ席は嵯峨の隣な」
 先生の指さしにドーベルマンが隣にやって来た。こちらをちらりと見たので言う。
「俺、嵯峨涼介(りょうすけ)。よろしく」
「よろしく、涼介」
 ……いきなり、呼び捨て。
「えっと、新見、普通初対面で下の名前は呼ばない」
「えっなんで?」
「なんでって……普通は名字。仲良くなってから下の名前」
「アメリカだと下の名前だけど?」
 彼はためらいもなく言った。
「オレは涼介って呼ぶから。そっちもノアでいい」
 ……は? 俺に拒否権なし!? なにお互い様ですねみたいな言い方してんの!?
 ガタンと隣に座ったドーベルマンの圧がすごい。やっぱりがたいがいい。名前呼びを訂正しようと思ったけど、やめた。このドーベルマン、絶対引かない。そういうオーラがぷんぷんしている。
 早々に朝会が終わると、クラスメイトがわっとドーベルマンを囲んだ。
「アメリカのどこから来たの?」
「十六ってことは本当は高校一年ってこと?」
「ノアって呼んでもいい?」
 ノアは笑顔で「東海岸のほう」「そう、一年生」「いいよ」と答えていく。ひとりの男子が言う。
「体大きくねえ? スポーツやってた?」
「チームには入ってないけどバスケやってた」
「そうなんだ。十六でその身長はでかくない?」
「そうでもない。チームにはオレより大きいやつら、たくさんいる」
 ひとりの女子が「ねえねえ」と少し声を高くして聞いた。
「身長、何センチなの?」 
「えっ分かんない」
 ぴたっ。盛り上がっていた興奮が一瞬止まった。みんなが顔を見合わせる。隣の席の俺も思わずノアを見た。
 自分の身長を知らないとか、ある? アメリカには身体測定とかないのか?
「……えー、なにそれ! マジでウケる!」
 どっと笑いが起こって、中には「ノアって天然?」などと早速レッテルを貼りだすやつもいる。
 ノアはやっぱり陽キャっぽい雰囲気で、あははと声をあげて笑っている。
 チャイムが鳴るまで俺の隣は盛り上がっていた。犬の人気ランキングは知らないけど、うちのクラスのドーベルマンは初日の朝だけで一気に上位に躍り出た。
「なあ、涼介」
 チャイムが鳴ってみんなが席に着くと、ドーベルマンが話しかけてきた。慣れない名前呼びに一瞬びくっとする。だが、ドーベルマンはさっきとは打って変わって真剣な顔だ。
「マジでとウケるってなに? あと天然ってどういう意味?」
 ノートを広げようとしていた俺は、不意を突かれて手を止めた。
「え、日本語じゃん」
「父親がしゃべらない日本語は分かんない」
 あ、なるほど。俺は脳内で手をぽんと打った。さすがに若者言葉は分かんないか。
「『マジで』は本当に? って驚いたときに使う。マジで何々って言い方もする。『ウケる』は、笑えるとか、おもしろいとか。『天然』は……」
 ん? 天然ってなんだ。深く考えたことなかった。
「ええと、ちょっと不思議っていうか、本人は普通にしてるのにおもしろい人」
「オレ、悪口を言われた?」
「いやいや、そうじゃないって!」
「じゃあ褒められた?」
「褒めて……はない」
「good?(いい?)」
「……場合による」
「bad?(悪い?)」
「だから、場合によるんだって。空気だよ、空気」
「……空気?」
 しまった。説明しなきゃいけない単語を増やした。
「空気は忘れて。今のはおもしろい人って言われたってこと。ノアが身長を知らないって言うから」
「マジで? なんでおもしろいことになるんだ?」
 習得、早っ。もう使ってる。
 ……さすが飛び級。こういうのを頭がいいっていうのか。
 そう思ったのが顔に出たのか、ノアがにやっとした。
「使い方、合ってた?」
「……合ってた」
 ノアは「Perfect!(よし) 使えた」ふふんと片方の口端をあげて頬杖をついた。
 なんで教わった側が得意げなんだよ。いや、合ってたから得意げでいいのか。……なんかこいつ、生意気じゃない?