断れない委員長、アメリカンなドーベルマンに懐かれる

「今日は文化祭の話し合いだ。毎年三年生がやっている学校紹介の企画だな」
 先生が黒板に大きく文化祭と書いた。
 この学校の文化祭は毎年十一月に行われる。文化祭の準備が話題にのぼり始めると、秋が来たという感じがする。
「今年も中学三年生がたくさん来る。クラスでひとつ案を出して生徒会に提出してもらう。じゃああとは嵯峨に頼む」
「――はい」
 こういう話し合いのとき、委員長は駆り出される。俺は教卓のところに立ってみんなを見回した。
「じゃあ案がある人ー」
 俺が声をかけると、ノアが「学校紹介って?」と周りを見回した。みんなが口々に説明する。
「中学三年生はどんな学校か見に来るんだよ」
「知りたいことはたくさんあるだろ」
「どんな授業をやってるかとか、どんな部活があるかとか」
「学校紹介の方法を決めるのは三年生の仕事なの」
 ノアは「なるほど」と言い、こちらを見た。早速別のところから手があがる。
「去年はいろんなポスターの貼り出しだった。今年もそれでいいんじゃね?」
「ポスターは素通りされやすい。先輩や先生のインタビューを動画で流すとか」
 次々と出される案を黒板に書いていく。
 いいぞ、今日は早く決まりそう――と思ったんだけど。
「それ、オレはおもしろくない」
 しん。一瞬クラスが静まり返る。
 ……おい。
 俺は頭を抱えたくなった。
 なんでそんな言い方しかできないんだよ。ストレートすぎるだろ。
「ノアはなんかいい案があるの?」
 誰かが助け船を出した。するとノアが真剣に言う。
「オレ、この学校に来たとき、どこになにがあるのか校舎を歩くのが楽しかった。スタンプラリーはどう?」
 おお、と小さなざわめきが起きる。周りの空気がちょっと変わった。実際体験した人の言葉には説得力がある。
「スタンプラリー……あちこち回って集めるってことか」
「でも、ちょっと子供っぽくない?」
「動画なら先生とか先輩の生の声を聞けるし」
 するとノアが「あ、そう?」と目を見開いた。
「それじゃ、そっちのほうがいいか」
 ……あれ、自分の意見を引っ込めた。なんでも我を通したいわけじゃないんだ。
 そう思ったら、ぱちりとノアと目が合った。
「涼介はどう思う?」
「……いや、今、俺は委員長だから。みんなの案をまとめるのが仕事」
「でも、涼介もクラスメイト」
 うっ。至極ごもっとも。教卓のところに視線が集まって首がすくむ。
「……俺はスタンプラリー案はいいと思ったけど。ノア、本当に楽しそうだったし」
 図書室へ案内したときや、自販機にジュースを買いに行ったときのことを思い出す。
 すると、周りもへえという顔になった。そういや、ノアは十六歳だ。案外こういう感覚は中学生に近いノアのほうが――。
「あっ、涼介、今、オレが年下だから中学三年生と近いって思った!」
 ドーベルマン、本当に賢い。肩をすくめる。
「だって、実際そうだし」
「またそれ」
「事実だからしょうがないでしょ」
 俺たちが言い合っていたら、「はいはい、仲が良いのは分かったから」「話がまとまらないぞ」とみんなに遮られた。……恥ずかしい。一瞬教壇に立っていることを忘れた。
「案外スタンプラリーもいいのかも。動画をたくさん見続けるのも疲れるし」
「それはそう」
「でも、ただ場所を回るのっていうは動機が弱いっていうか」
 クラスはスタンプラリーと動画の二択の方向になってきた。
「涼介はどっちがいい?」
 ……またノアから質問が飛んできた。ドーベルマン、少しは大人しくしろ。
「えっと、どっちでもいいよ。多数決を取ればそれで決まるんだし」
 するとノアが怪訝そうな顔になった。
「今は涼介の意見を聞いてる」
「周りに合わせることも大切でしょ。日本はそういうところがあんの」
 みんながAって言ったらA、Bって言ったらB。それが正解だ。これが平穏に生きる秘訣。
「ノア、また委員長にちょっかい出してる」
 周りがちょっと笑った。ノアがきょとんとする。
「ちょっかいってなに?」
 ノアを含めたみんながこちらを見る。なんで毎回俺が説明しなきゃいけないんだ。
「……わざとからかったり、絡んだりすること」
「からかってない。涼介の意見が聞きたいだけ」
 するとみんながあははと笑いだした。
「ノアってホント委員長に懐いてんなー」
 またノアがきょとんとする。
「懐くってどういう意味? 犬とかに使う言葉だろ?」
 またみんなの視線が集まる。なんでまた俺を見るんだ。
「……好きな人とか、安心できる人のそばに行きたがるっていうか。人にもそうするっていうニュアンス」
 渋々答えると、ノアが平然と言った。
「じゃあオレ、涼介に懐いてる」
「自分で言うなよ」
「だってオレ、毎日涼介のところに行く」
 周りが「確かに」とうんうん頷く。
「委員長、飼い主じゃん」
「飼ってない!」
「なんか委員長明るくなったよな」
「ノアがいろいろうるさいから!」
 ドーベルマン、ちょっとは黙ってろ。ドーベルマンって内心あだ名をつけているのがバレるだろ。
 みんながざわざわと意見を交わす。しばらく黙って聞いていたノアが手をあげる。
「スタンプラリーに行った先に動画があるのはどう? 四角いパズルみたいなマークをスマホで読み取る」
「QRコード?」
「それ! 詳しく知りたい人は動画を見る。見学者のペースで見るかどうか決められる。全部の場所に動画を置かなくてもいい」
 あ、それいいかも。同意の声があがり、みんなの表情が明るくなった。
「ノア、頭いいじゃん」
「じゃあ二つを組み合わせて」
 ノアが先陣を切って案を整理し始めた。……すごい。あっという間にクラスをまとめた。なんか、かっこいいじゃん。
 ぼうっとしそうになって、急いで黒板にノアの意見を書いていく。そこでノアがまた言った。
「涼介、これならいい?」
「え、俺?」
 なんでいちいち俺に確認する。
「さっき涼介はスタンプラリーがいいって言った」
「……この案は、まあいいと思うけど」
 そこでノアがにやっとした。
「その『まあいい』はどっち?」
「うるさい!」
 思わず言い返すと、クラスから笑い声があがる。
「出た、嵯峨語」
「ノア、通訳して」
「これは多分、本当にいいやつ」
「なんで分かるんだよ!」