「涼介、今日は一緒に帰ろー!」
翌日の終礼後、ノアが誘ってきた。早い。今全員でさようならを言ったばかりだぞ。
「ノアは部活ないの?」
「ある。涼介は図書室に行くだろ。終わったら待ち合わせよう。オレ、今日駅まで行くから」
「……駅まで十分なのに待ち合わせ?」
「オレは一緒に帰りたい」
ドーベルマンは今日も人懐っこい。歩いて十分の散歩道が犬にとっては大事らしい。
「駅まで行くって、どこか出かけるの?」
「ホストファミリーと外食に行く。駅で待ち合わせだから、涼介と一緒に駅まで行きたい」
こいつ、夜にその外食の感想を大量に送りつけてくるんだろうな。ドーベルマンの未来は予想しやすい。
「じゃあ部活終わったら連絡して。俺も図書室を出るとき連絡するから」
「やったー。じゃあまたあとで!」
ノアは楽しそうにジャージを鞄に詰め込み、教室を出ていく。なんだろう。俺もちょっと気分があがった。苦手な英語の予習もいつもより進んだ。犬との散歩が楽しい気がするのは、多分気のせい。
「涼介涼介ー!」
下校のチャイム後、昇降口でノアの姿を見つけたときも当たり前の風景のようだった。一緒に靴を履き替えて駅へ向かう。
「今日のバスケ、一回もゴールできなかった。まったく、人生で最低のバスケだったよ」
ノアがオーバーに言って肩を落とす。
「ノアでもそういうことあるんだ」
「背の高い子相手だと怯む。でも、身長を言い訳にするのはよくない」
ノア、案外真面目。部活は本気でやっているみたいだ。陽キャで忘れがちだけど、日本にわざわざ留学してくるところも勉強熱心って感じがする。
「ノアってさ――」
俺がそう言おうとしたときだった。
「Excuse me, do you speak English?」
突然話しかけられてびくっとした。目の前に大きなバックパックを背負った背の高い外国人が、二人連れでこちらを見下ろしている。
げ、英語。一瞬今日予習した英語の教科書が思い浮かんだが、口からなにも出てこない。ところが隣からすぐに英語が飛び出した。
「Yeah, I do. Can I help you?」
「We're a little lost.」
ノアがペラペラと英語を話し始めた。スマホを取り出し、指をさしながらなにやら説明している。ノアが英語をしゃべっているところを見たのが初めてで、俺の口がぽかんと開いた。
「Thanks! That really helps.」
「No problem.」
外国人二人が笑顔でそう言い、ノアも笑顔で締めた。彼らが去ってからノアが言う。
「ヨーロッパから来たって言ってた。日本って観光客が多い」
だが、思わず興奮して「ノア、すごい!」と言ってしまった。
「本当に英語しゃべってる!」
「オレ、アメリカ人だけど?」
「でもしゃべってるの初めて見た!」
「そうだけど」
ノアは驚いたように目をぱちぱちさせた。
「英語をしゃべるだけでびっくりされたのは初めて。すごく驚いた」
「どっちもペラペラじゃん! そういう人初めて見た!」
「英語の先生も話せるだろ?」
「そうかもしれないけど!」
なんなんだこいつ。勉強ができて、スポーツができて、コミュニケーションができて、初対面の外国人と英語がしゃべれる。いつもなら、俺に「涼介、これなに?」って聞きに来るくせに。
ノアがいつもの調子に戻ってにやりとする。
「英語しゃべれるオレ、かっこいい?」
「調子に乗るな」
「でも、オレすごいんだろ」
「そうだけど」
「最高。今日はいい日だ」
ノアが急にご機嫌になった。ふふんと鞄を肩にかけ直す。
「オレ、涼介といると楽しい」
「なんで?」
「普通のことでもおもしろくなる」
そのあと、駅でノアのホストファミリーに会った。ノアが俺を友達と紹介してくれて、そういやいつの間にか友達みたいになってるなと思う。ただのお世話係だったはずなのに、気づいたら誰よりもしゃべってる。
その日の夜、ぽんとスマホの音が鳴った。
『Hey Ryosuke, what are you up to?』
……読める。読める単語だけど、正確にはなに言ってるのか分からない。
『日本語でしゃべれ』
『Why?』
『やめろ!』
『lol』
lol、調べた。日本語でいうところの「www」みたいな感じらしい。完全に遊ばれている。
スマホを投げ出して返事はしなかった。ドーベルマンめ、飼い主を手玉に取るんじゃない。
翌日、ノアは朝からご機嫌だった。「おはよ」で教室に入ってきた俺を発見してにんまりする。ノア、ちょっとムカつく。
でも、その日のロングホームルームで、付属大学に入る内部進学者への課題が発表されて「げ」と思った。英語の本を読んでのレポートだ。指定の図書から選ばなきゃいけない。一番短そうなのは『星の王子さま』だ。
はあとため息をついて昼休みに図書室へ行く。入ってすぐのところにもう指定図書のコーナーができていた。並ぶ英題の本にげんなりし、一冊借りる。……ここはノアの手を借りたい。
放課後、ノアの部活がなかったので「頼む」と手を合わせて教室で本を広げた。
「涼介が難しい本を選んでる」
ノアが表紙を眺めて言う。
「そうなの? 一番薄い本だから選んだんだけど」
「これ、内容が難しい。大人向けの絵本だ」
「大量の英語を読むよりマシだよ。手伝って」
「Okay.」
ノートに原文を写して日本語に訳す。よく分からないところはノアに聞いた。でも、ノアの言っている日本語もよく分からない。「だから?」という感じ。途中で「ああ」と机に突っ伏した。
「ダメだ、俺の体が英語を受け付けない……」
「涼介、英語がそんなに苦手?」
「苦手。嫌い。ローマ字を見ただけで拒絶反応が出る」
「なんで?」
「最初動詞とbe動詞の区別が分かんなかったし、単語は一文字間違えただけで間違いになるし、長文はどこで切れてるのか分かんないし、とにかくなにもかもだよ」
「日本だって、漢字の一本間違えるだけで間違いになる」
「そうだけどさ……」
もうやだ。なんで日本に住んでるのに英語を勉強しなきゃいけないんだよ。
翌日の終礼後、ノアが誘ってきた。早い。今全員でさようならを言ったばかりだぞ。
「ノアは部活ないの?」
「ある。涼介は図書室に行くだろ。終わったら待ち合わせよう。オレ、今日駅まで行くから」
「……駅まで十分なのに待ち合わせ?」
「オレは一緒に帰りたい」
ドーベルマンは今日も人懐っこい。歩いて十分の散歩道が犬にとっては大事らしい。
「駅まで行くって、どこか出かけるの?」
「ホストファミリーと外食に行く。駅で待ち合わせだから、涼介と一緒に駅まで行きたい」
こいつ、夜にその外食の感想を大量に送りつけてくるんだろうな。ドーベルマンの未来は予想しやすい。
「じゃあ部活終わったら連絡して。俺も図書室を出るとき連絡するから」
「やったー。じゃあまたあとで!」
ノアは楽しそうにジャージを鞄に詰め込み、教室を出ていく。なんだろう。俺もちょっと気分があがった。苦手な英語の予習もいつもより進んだ。犬との散歩が楽しい気がするのは、多分気のせい。
「涼介涼介ー!」
下校のチャイム後、昇降口でノアの姿を見つけたときも当たり前の風景のようだった。一緒に靴を履き替えて駅へ向かう。
「今日のバスケ、一回もゴールできなかった。まったく、人生で最低のバスケだったよ」
ノアがオーバーに言って肩を落とす。
「ノアでもそういうことあるんだ」
「背の高い子相手だと怯む。でも、身長を言い訳にするのはよくない」
ノア、案外真面目。部活は本気でやっているみたいだ。陽キャで忘れがちだけど、日本にわざわざ留学してくるところも勉強熱心って感じがする。
「ノアってさ――」
俺がそう言おうとしたときだった。
「Excuse me, do you speak English?」
突然話しかけられてびくっとした。目の前に大きなバックパックを背負った背の高い外国人が、二人連れでこちらを見下ろしている。
げ、英語。一瞬今日予習した英語の教科書が思い浮かんだが、口からなにも出てこない。ところが隣からすぐに英語が飛び出した。
「Yeah, I do. Can I help you?」
「We're a little lost.」
ノアがペラペラと英語を話し始めた。スマホを取り出し、指をさしながらなにやら説明している。ノアが英語をしゃべっているところを見たのが初めてで、俺の口がぽかんと開いた。
「Thanks! That really helps.」
「No problem.」
外国人二人が笑顔でそう言い、ノアも笑顔で締めた。彼らが去ってからノアが言う。
「ヨーロッパから来たって言ってた。日本って観光客が多い」
だが、思わず興奮して「ノア、すごい!」と言ってしまった。
「本当に英語しゃべってる!」
「オレ、アメリカ人だけど?」
「でもしゃべってるの初めて見た!」
「そうだけど」
ノアは驚いたように目をぱちぱちさせた。
「英語をしゃべるだけでびっくりされたのは初めて。すごく驚いた」
「どっちもペラペラじゃん! そういう人初めて見た!」
「英語の先生も話せるだろ?」
「そうかもしれないけど!」
なんなんだこいつ。勉強ができて、スポーツができて、コミュニケーションができて、初対面の外国人と英語がしゃべれる。いつもなら、俺に「涼介、これなに?」って聞きに来るくせに。
ノアがいつもの調子に戻ってにやりとする。
「英語しゃべれるオレ、かっこいい?」
「調子に乗るな」
「でも、オレすごいんだろ」
「そうだけど」
「最高。今日はいい日だ」
ノアが急にご機嫌になった。ふふんと鞄を肩にかけ直す。
「オレ、涼介といると楽しい」
「なんで?」
「普通のことでもおもしろくなる」
そのあと、駅でノアのホストファミリーに会った。ノアが俺を友達と紹介してくれて、そういやいつの間にか友達みたいになってるなと思う。ただのお世話係だったはずなのに、気づいたら誰よりもしゃべってる。
その日の夜、ぽんとスマホの音が鳴った。
『Hey Ryosuke, what are you up to?』
……読める。読める単語だけど、正確にはなに言ってるのか分からない。
『日本語でしゃべれ』
『Why?』
『やめろ!』
『lol』
lol、調べた。日本語でいうところの「www」みたいな感じらしい。完全に遊ばれている。
スマホを投げ出して返事はしなかった。ドーベルマンめ、飼い主を手玉に取るんじゃない。
翌日、ノアは朝からご機嫌だった。「おはよ」で教室に入ってきた俺を発見してにんまりする。ノア、ちょっとムカつく。
でも、その日のロングホームルームで、付属大学に入る内部進学者への課題が発表されて「げ」と思った。英語の本を読んでのレポートだ。指定の図書から選ばなきゃいけない。一番短そうなのは『星の王子さま』だ。
はあとため息をついて昼休みに図書室へ行く。入ってすぐのところにもう指定図書のコーナーができていた。並ぶ英題の本にげんなりし、一冊借りる。……ここはノアの手を借りたい。
放課後、ノアの部活がなかったので「頼む」と手を合わせて教室で本を広げた。
「涼介が難しい本を選んでる」
ノアが表紙を眺めて言う。
「そうなの? 一番薄い本だから選んだんだけど」
「これ、内容が難しい。大人向けの絵本だ」
「大量の英語を読むよりマシだよ。手伝って」
「Okay.」
ノートに原文を写して日本語に訳す。よく分からないところはノアに聞いた。でも、ノアの言っている日本語もよく分からない。「だから?」という感じ。途中で「ああ」と机に突っ伏した。
「ダメだ、俺の体が英語を受け付けない……」
「涼介、英語がそんなに苦手?」
「苦手。嫌い。ローマ字を見ただけで拒絶反応が出る」
「なんで?」
「最初動詞とbe動詞の区別が分かんなかったし、単語は一文字間違えただけで間違いになるし、長文はどこで切れてるのか分かんないし、とにかくなにもかもだよ」
「日本だって、漢字の一本間違えるだけで間違いになる」
「そうだけどさ……」
もうやだ。なんで日本に住んでるのに英語を勉強しなきゃいけないんだよ。


