先生、あのね。

あとがき

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

この話は、私が実際に体験したことをもとに書いた、自伝的小説です。

この話を小説として残そうと思ったきっかけは、いじめや虐待によって、子どもが命を落としてしまったというニュースを目にする機会が多かったことでした。

子どもの頃は、学校が世界のすべてと言っても過言ではないと思います。

だからこそ、悩むし、苦しい。

「大人になったら、今意地悪をしている相手なんて、関わりがなくなるよ」

そう言ったとしても、子どもにはなかなか伝わらないと思います。

でも実際、私は大人になった今、小説に登場した人たちとはほとんど関わりがありません。

今でも会うのは、慶太と慶太のお母さんくらい。

それも、あのカエルのおへそを作ってくれたおばあちゃんにお線香をあげるため、お家へ行く時くらいです。

ほかの人たちが、今どこで何をしているのかも知りません。

同窓会のお誘いが嫌でFacebookも削除してしまったので、本当に関わりがなくなりました。

では、どうして今ではほとんど関わりのない人たちの話を書こうと思ったのか。

三年生の時に起きた、痛くて、悲しい出来事は、忘れたくても忘れられない。

それなのに、忘れたくない記憶は、どんどん薄れていってしまうからでした。

悪いことこそ、心の奥底に深く根を張り、嬉しかった出来事は、たんぽぽの綿毛のようにふわふわと飛んでいきます。

実際に、しもちゃんのことや西城先生のことは、この小説を書きながら、

「そういえば、こんなこともあった」

と思い出すことが何度もありました。

何度も何度も書き直しました。

けれど、一番長い三年生の話だけは、一度も書き直さずに書きました。

忘れたいと思っていたことほど、鮮明に残っていました。

今井先生のことは、大人になった今、少しだけ消化できた部分もあります。

子どもを産んで、育てながら、フルタイムで学校の先生をする。

今の私なら、それが大変なことだったのだろうとは想像できます。

余裕がなかったのかもしれない。

だからといって、子どもにぶつけていいとは、今でも思いません。

そして、小西先生のことは、今でも消化できていません。

許せないと思っています。

大人になった今でも、夢に出てくることがあります。

忘れたい記憶は残っているのに、忘れたくなかった人たちの記憶は薄れていく。

それなら、まだ覚えているうちに書いておこう。

それが、私がこの話を書いた理由です。

* * *

今、学校で苦しんでいる子どもたちへ。

今いる場所が、世界のすべてのように感じているかもしれません。

でも、世界はそこだけじゃない。

大丈夫。

いつかきっと、楽しいと思えることや、大切にしたいと思える人に出会える日が来ると、私は思っています。

そして、今、学校で子どもたちと向き合っている先生方へ。

先生にとっては、長い教師生活の中の、たった一日、たった一言かもしれません。

でも、その一言を、大人になっても忘れられずに苦しんでいる人間がいます。

だから、言葉を発する前に。

手を上げる前に。

一度だけ止まって、深呼吸をしてから、怒ってほしいと思います。

先生の言葉を、子どもは思っている以上に覚えています。

子どもにとって、先生という大人はとても大きな存在です。

あなたが何気なく発した嫌な言葉は、その子をずっと苦しめるかもしれない。

あなたが何気なくかけた優しい言葉は、今もその子を救っているかもしれない。

この小説が、今どこかで苦しんでいる子どもや、子どもたちと向き合う大人に、何か一つでも届いてくれたら嬉しいです。

ここまで、私の小学校六年間の思い出にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。


最後に、ひとつだけ。


中川先生、あのね。

給食のシチューの鶏肉、取り逃がしたのあって、ごめんね。

全部取ったつもりだったんだよな〜。

あの時の先生の悲鳴、今も忘れられない。