先生、あのね。


季節は巡り、私は二年生になった。

新しいクラスの名簿を見て、思わず飛び跳ねた。

担任は、またしもちゃんだった。

「やった!」

もう一年、しもちゃんと一緒に過ごせる。

それだけでとてもうれしい気持ちがあふれた。

そして、一年生の入学式。

ついに、私のチューリップが咲いた。

赤と黄色の、立派な花だった。

先生たちは、そのチューリップを入学式の看板の前へ移動してくれた。

今度は、新しい一年生たちを迎える番だった。

その中には、一つ年下で同じマンションに住んでいた子もいた。

その子のお母さんが、写真を撮りながら言ってくれた。

「鮎海ちゃんのチューリップ、きれいだね」

その一言が、とても嬉しかった。

私は急いで、しもちゃんのところへ走った。

「しもちゃん!」

「チューリップ咲いたよ!」

「きれいだねって言ってくれた!」

しもちゃんは、満面の笑みでうなずいた。

あの日の笑顔を、私は今でも忘れていない。

それが、二年生最初の思い出だった。



* * *



私の通っていた小学校には、「兄弟班」という活動があった。

一年生から六年生までが一つの班になり、担当の先生と一緒に遠足へ行く。

上級生が下級生のお世話をする。

子どもながらに、「お兄さん」「お姉さん」ができたようで嬉しい時間だった。

私の班を担当していたのは、小西郁美先生だった。

遠足も終わり、みんなで学校へ戻る帰り道。

私は転んだ。

膝を強く擦りむき、痛くて立ち上がれなかった。

列は少しずつ前へ進んでいく。

六年生のお姉さんは一年生のお世話で精一杯で、私が後ろに残っていることには気づいていなかった。

そこへ、小西先生が来た。

先生が助けてくれる。

そう思った。

でも、違った。

先生は私を立たせると、服についた泥を勢いよく払い、

「列を離れてはいけません!」

と大きな声で言った。

膝からは血が出ていた。

でも、その時の私には、それよりも「列を離れたこと」がいけなかったように感じた。

しもちゃんは、悪いことをした時は叱ってくれる。

良いことをした時は、たくさん褒めてくれる。

だから私は、

「転ぶことはいけないことなんだ」

そう思った。

「ごめんなさい」

「ごめんなさい」

「もう列から離れません」

泣きながら、何度も謝った。

その時だった。

「あらあら、どうしたの?」

優しい声が聞こえた。

保健室の中川先生だった。

「血が出てるね」

「転んじゃったの?」

「先生のところへおいで」

その一言で、張りつめていた気持ちがほどけた。

今まで私は、保健室のお世話になったことがほとんどなかった。

身長や体重を測る時くらいしか、中川先生と話したことはなかった。

そんな私の手を、中川先生はそっと取ってくれた。

「下石先生のクラスの、鮎海ちゃんね」

「痛かったね」

「もう大丈夫だからね」

そう言いながら、丁寧に膝の傷を手当てしてくれた。

そして、私と手をつないで、一番後ろをゆっくり歩きながら学校へ戻った。

楽しかったはずの遠足。

最後は、痛い思い出になってしまった。

でも、その日私はもう一人、忘れられない先生と出会っていた。

保健室の中川先生。

それが、私と中川先生との最初の思い出だった。



* * *


ある日の給食。

みんなが大好き、カレーライス。

私もカレーは好きだった。

でも、一つだけ問題がある。

カレーに入っている人参だ。

私は人参が苦手だった。

家では、人参は弟の悠太の大好物。

私のカレーに人参が入っていると、悠太はすぐに私のお皿へスプーンを伸ばし、人参を食べてしまう。

だから私は、人参を食べてはいないが、人参を残してもいなかった。

一年生の頃の給食は、そもそも量が多すぎて食べきれなかった。

嫌いなものも、食べきれなかった給食と一緒に残していた。

でも二年生になると、少しずつ適量を食べられるようになった。

そうなると、今度は好き嫌いが目立ってしまう。

しもちゃんは、

「一つでもいいから食べてみようね」

と、みんなに少しずつ食べるよう声をかけていた。

でも、私は困った。

人参を最後に食べたら、口の中に人参の味が残ってしまう。

せっかく美味しかったカレーが、最後に全部、人参の味になる。

それが、とても嫌だった。

真剣に悩んだ。

悩んだまま、いつも以上にゆっくりカレーを食べていると、しもちゃんが声をかけてくれた。

「鮎海ちゃん、どうしたの? カレー大好きだったよね?」

私は、しもちゃんに悩みを打ち明けた。

すると、しもちゃんは言った。

「じゃあ、人参をスプーンで細かくして、ルーに混ぜて、じゃがいもの下に隠しちゃおう」

人参をスプーンで小さくする。

ルーに混ぜる。

そして、じゃがいもと一緒に食べる。

人参の存在感が消えた。

食べられる。

私はカレーを全部食べることができた。

最後の一口は、ごはんとルーとお肉。

大好きな味のまま、給食を全部食べられるようになった。



* * *



学芸会

私たち二年生の劇は、カエルの劇だった。

一人ひとつくらいのセリフがあり、衣装は全員、緑色の洋服。

緑であれば何でもいいので、それぞれ家から用意する。

そして、お腹の部分に白い布を縫いつけ、そこにマジックテープで手作りのおへそをつける。

私はピンクと水色が大好きだったので、緑色の洋服なんて持っていなかった。

そこでお母さんが、誰かからお古の緑色の上下をもらってきた。

長袖、長ズボン。

ちょっと厚手の生地。

そして何より、変なドット柄。

誰よりもカエルだった気がする。

みんなは半袖、半ズボン。

緑だったり、黄緑だったり。

全員緑ではあるけれど、なんだかカラフルで可愛かった。

なんで私だけ、こんなにカエルっぽいんだ?

なんなの、この丸い模様は。

そして、お母さんが作ってくれたおへそは青かった。

弟の悠太の幼稚園バッグを作ったときに余った、青い布。

「ピンクがいい」

と言ったけれど、そんな少しの布のためにわざわざ買いに行くのが面倒だったのだろう。

却下だった。

友達のおへそは、色とりどりの大きなおへそ。

ピンクに黄色、オレンジに赤。

とにかくカラフルで大きい。

×マークの入った、凝ったおへそまであった。

一方、私のおへそは余り布の青。

しかも余り布だから、大きくもできない。

小さい。

可愛くないうえに、みんなより小さい。

これでは歌えない。

「カエルの宝は〜
でっかいおーへーそ〜
磨けばピカッ
光るぞピカッ
でっかいおーへーそ〜」

と歌って踊るのだ。

でっかいおへそが宝なのに、私のおへそは小さい。

ただでさえ、一人だけ長袖長ズボンで目立つのに。

おへそまで小さくては話にならない。


* * *


そんなある日。

幼なじみの慶太の家へ遊びに行ったとき、このおへそ問題について話していた。

すると、裁縫がとても上手な慶太のおばあちゃんが、

「鮎海ちゃん、おへそって何の話〜?」

と聞いてくれた。

事情を話すと、おばあちゃんは家にあった小さな余り布をいくつも縫い合わせて、カラフルなおへそを作ってくれた。

お母さんが作った青いおへそよりも、大きい。

可愛い。

大満足のおへそだった。

おばあちゃん、ありがとう。


* * *


そして学芸会当日。

私は新しいおへそをつけて、堂々と歌って踊った。

「カエルの宝は〜
でっかいおーへーそ〜
磨けばピカッ
光るぞピカッ
でっかいおーへーそ〜」

今度はちゃんと、でっかいおへそだった。


* * *


二年生が終わった。

毎日が楽しくて、毎日学校へ行くのが待ち遠しかった。

嬉しいことがあるたびに、しもちゃんが笑ってくれた。

悲しいことがあるたびに、しもちゃんが「大丈夫」と頭を撫でてくれた。

子どもだった私は、それが当たり前だと思っていた。

先生はみんなしもちゃんみたいに優しくて、

学校は楽しい場所なんだと信じていた。

でも、それは少しずつ変わっていく。

まだ、その頃の私は知らなかった。

三年生で出会う先生や友達が、私の学校生活を大きく変えていくことを。