ライちゃんじゃなくて、この声で君とお話ができたら

 午前の授業が終わり、チャイムが鳴ると同時に志優はリュックを持って立ち上がった。
 向かう先は体育館裏。ふと荒井君の座席の方を見ると、彼を中心に人が集まっているのが見えた。


 男子2人と女子2人。見た目が派手でキラキラなオーラを纏った人達。
 志優が一生関わることはなさそうな人たちに、自分が荒井君と話していて、名前を呼ばれたことは奇跡だったのだと思い知らされた。
 
 当然だ。クラスに馴染めず友達が居ないのは志優くらいだ。荒井君だって友達の一人や二人、もっと大勢いてもおかしくない。

 荒井君と友達になりたいなどと、舞い上がっていたのが馬鹿みたいだ。
 期待した分だけショックは大きい。
 やはり荒井君が志優に話し掛けてきたのは偶然か、社交辞令。
 それか、志優と話してこいなどと罰ゲームの要因にされたかもしれない。

 志優はリュックを抱え持ちながら、教室の後方から出る。出る直前で荒井君と目が合ったが、見ないフリをした。
 早くこの息苦しいところから逃げたくて、足早に廊下を歩く。
 
 階段前の踊り場まで到着すると、志優は我慢できずにライ太をリュックから取り出した。

 ライ太に話を聞いて貰わないと寂しさや不安に耐えられない。志優は壁に向かって沿うようにして屈みこんだ。

 中で眠るライちゃんのことを呼び出そうとしたとき、「志優?」と自分の名前を呼ぶ声が遠方から聞こえてきて顔をあげる。

 声の主は荒井君で間違いない。正直、今の自分じゃ純粋な気持ちで彼と接することができない気がした。
 これ以上、期待して落胆したくない。

 声は次第に近づいてくると、廊下との曲がり角から荒井君が現れてきた。志優の姿見た瞬間安堵したのか、ホッとしたように一息ついている。
 
 「志優、ここにいた。何処か行くの?いつものとこ?」

 自分を探して、追いかけて来てくれた。嬉しいけれど、これ以上自分に関わって来て欲しくなかった。
 
 荒井と自分とでは住む世界が違う。

 荒井君と言葉を交わしたくなくてうんともすんとも頷かずにいると、「俺が変わってやるよ」とライ太が心の扉を叩いて前へ出てくる気配がした。

 途端に意識が扉の奥の方へ引っ込んだ。

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 「いつものとこ?じゃねえよ」

 ライ太は表に出てくるなり、その場に勢いよく立ち上がると荒井君のことを睨みつけ、詰め寄った。ライ太の怒りがフツフツと煮えたぎる。

 感覚で悪くない奴だと思って志優に良かれと思い、仲良くなれるようきっかけを作ってやった。しかし志優が悲しんでいるなら訳が違う。

 中学の時、志優が喋れないのを面白がって私欲の為に揶揄って来たやつと一緒なら突き放してやる必要がある。

 「志優と同じクラスなら最初から言えばよかっただろ‼わざわざ周りくどい真似しやがって。群がりやがってさ、やっぱり面白可笑しくしてたんじゃねーか。どうせ賭け事のネタにでもしてたんだろ」

 一方荒井はその姿に驚いたのか、身を引かせながら苦笑を浮かべていた。
 
 「賭け事?どういう意味?同じクラスなのに黙ってたのはごめん。志優を驚かせたくて。それに俺、今日初めて教室に来たから事情分かんねぇんだけど」
「はあ?」
 
 荒井は首を傾げてキョトン顔をしている。ライ太も荒井がクラスに初めて来たなんて初耳だった。

 てっきり鈍感な志優を利用して、隠れてある事ないこと、こそこそ噂話をしていると思っていたがらだ。他のクラスメイトのように……。

「ど、どういうことだよ」

 ライ太はふと我に返り荒井君に問う。
 
「そのままの意味、俺教室来てなかったから。志優が居るって分かって今日初めて来た」

 言われてみれば1つだけ廊下側の2番目、丁度荒井君が座っていた座席が今日まで空席ことを思い出す。クラスメイトの誰かも一人だけ登校してこない生徒がいるとか話していたっけ……。
 
「えっ、じゃあ。志優が自己紹介ヘマしたこと知らないのか?」
「あーうん。ヘマって?」

 荒井君の様子から本当に知らないような気がして胸を撫で下ろす。
 
 何も喋ることが出来ず、クラスメイトに野次を飛ばされた初日の出来事。クラス中の誰もが知ってるであろう志優の失態を荒井君だけ知らないということだ。

 志優が一番気にして落ち込んでいることだけに、わざわざ掘り返してやることでもない。
 知らない人間なのならば、尚更知られたくはないだろう。

「いや、いいんだ……こっちこそいきなり突っかかってごめん」

 ライ太は荒井君に詰め寄るのを止めると、半歩後ろに下がって軽く頭を下げた。

「君、ライ太くんだよね」
「ああ、ライ太でいいよ。お前さ、さっき笑ってただろ。仲間と連んで、志優のこと馬鹿にしてたんじゃないのか?」

 教室に初めてきたやつが教室の隅で仲間と屯っていたのも怪しい。
 疑いが晴れた訳では無いが、ここは一旦冷静になってコイツから聞き出そう。

 ライ太は壁に背中を預けるように寄りかかり、左手だけポケットに手を入れて荒井に問う。

「ああ、あれ。中学の同級生。俺が初日から居なかったから何で居なかったのか質問攻めにあってただけ。それで、賭けって何?」

 平然とした表情をして、事情を説明している荒井から嘘をついているようには感じられない。

 荒井が今までクラスに現れなかった事情など気になる点はあるが、ライ太が抱いている疑念は徐々に晴れていく。

「それはっ!!俺はてっきり志優が喋れねぇからそれ利用して、話しかけて志優が喋ってくれたら1000円とか賭け事のコマにされてんのかと思ったって話だっ……。違ったならいいんだ。悪かった」

「志優は気にしてるの?」

「ああ、四時限目の前。見ただろ。クラスメイト態度。あれがいつもの志優に対する扱いなんだよ。喋れないから何言ってもいいと思って邪険に扱ってくんの事情も知らねぇくせに」

 思い出すだけで腹が立つ。志優は常に周りに自分がどう思われているか気にしてる。

 志優は志優なのに、理解できないやつなんかほっとけばいいのに。
 二人の時以外、リュックからライ太を出したがらない。

 さっきだって、何度も助けてって呼ばれるのに。
 
 志優が困っていることが分かっていてライ太が出てきて言ってやれないもどかしさ。

「志優にだって心あんのにさ。だから、あんたみたいに話しかけてくれる奴がいると、アイツ尋常じゃないくらい喜ぶからさ。裏切られたらキツイつーか、志優がすげぇ悲しむの見てられねぇんだよ」

 荒井と話ができて、同学年の奴だとわかった時、志優の頬は久しぶりに緩んでいた。志優は今まで沢山苦労してきているのだから、これ以上苦しむ思いをして欲しくないのがライ太の願いだった。

「そっか、ライ太は志優の用心棒なんだ」

 荒井が納得したように右手の拳を左の手のひらを叩いた動作をする。

 「あったりまえだろっ。今更なんだよ、志優のことを守るために生まれてきたんだからな。だけど、さっきは助かった。志優が苦しんでたから、ありがとう」

 志優はあの男たちに自分の言葉で座席を退いてもらうよう、訴えるつもりでいたのだろう。
 しかし、踏み出す足は震え、膨大なストレスを感じていることはライ太自身も肌で感じていた。

 志優のことだから多分直前で足が竦んで踵を返していたと思う。
 そして自分の意志を伝えられなかったことを後悔して落ち込む姿が目に見えていた。
 だから、荒井があそこで割って入って、クラスメイトに言い放った姿は見ていて爽快だった。
 
「別に……。志優が困ってたように見えたから、逆に迷惑じゃなかった?」

「そんなことねぇよ」

 「でも、さっき出て行くとき目が合ったのに逸らされた気がしたからてっきり避けられたのかと思って」

 深刻そうに眉を寄せ、顎に手を当て考え込む仕草をする。ライ太が見込んだ通り、荒井は良い奴なのかもしれない。

「それはあれだよ、勘違いっつーか。あーもう、めんどくせぇ。直接話せよ」

 ライ太は自身の後頭部を荒く掻き回すと、内にいる志優を無理やり引っ張り出して、自分は扉の奥へと引き下がることにした。