「なんだよ。変だっていうのか?」
「いいや、面白いなーって」
ライ太がそう問うと、男はクスリと笑う。暴言を吐かれるよりはまだマシだが、明らかに志優たちを馬鹿にしている態度が気に食わない。頭に血が上ったライ太は、腰を浮かせると右足を一歩前へと出し、男の胸倉を両手で掴んだ。
「お前、馬鹿にしてんだろ」
「してないよ。人形手にした途端、人が変わったみたいだなーって思っただけ」
「人形じゃねえ、おれは志優の友達だ」
「分かったから。離して」
男は志優の手首を掴んでくると、苦しそうに顔を顰めていたので手を離してあげた。
直後に男は首元を抑えて、深呼吸を繰り返していたので少し強く掴み過ぎたようだ。
確かにライ太は見た目こそ可愛いフォルムをしているが、ちゃんと志優の中に居る。
志優を守ってくれている。だから唯の人形だなんて思われるのは心外だった。
ライ太は「ごめん」と呟き、仕切り直すと男に向かって話す。
「志優は弱いんだよ。自分の意志をちゃんと言葉で喋ることができない。だから俺が代わりに喋ってんだ。守ってやってんだ。だから唯の人形だって馬鹿にされるのは許さねえ」
「そうだね。俺も言い方が悪かった。謝るよ」
「分かればいいんだよ、分かれば」
ライ太は頬を膨らませながら胡座をかく。すると横から「あのさぁー……」と声を掛けられて振り返った。
「ひとつ聞いていい?君の中にはそのシユウと……君は?」
「ライ太だっ。アライグマだからライ太。志優がつけてくれた名前だっ。志優はライちゃんって呼んでるんだぜ?可愛いだろ。お前は何て言うんだ?」
「荒井慶一」
「ふーん、そうだ……」
どこかライ太と似てるような名前だ。
何年生の人だろうか。校内のことを熟知していそうだから上級生な気がするけど……。
するとライ太が志優のことを見つめ、心の中で話し掛けてきた。
『いい機会だから、こいつに自己紹介のリベンジしてみろよ』
『む、無理だよっ』
『いいから。大勢はダメでも一人はいけるかもしれないだろ。話した感じ悪いやつじゃ無さそうだぜ』
ライ太はそういうが、自宅で何度練習したのにクラスでは結局自分の名前ですら言葉にすることが出来なかった。
完全に折れてしまった心。
もう一度チャレンジするなんて無理だ。梓紗にですら真面に喋れない志優が一丁前に他人と話せるわけがない。
「どうした?」と言わんばかりに荒井くんが志優のことを見つめてくる。
ライ太は完全にお休みモードに入ってしまったのか、出てこなくなってしまった。
「あ、あ、あ、あ、。ぼ……っっく」
正座をし、掠れる声を振り絞り、一音一音言葉を発しようと頑張ってみる。けれど、たった一人だとしても浴びる視線に緊張して言葉が詰まる。口の中が渇き、喉の奥が締まる感覚を覚える。
このまま、志優との会話の間に相手が堪えられずに打ち切られてしまうのだろうか。
折角ライ太がくれたチャンスを無駄にしてしまうことになってしまう。
早く、スムーズに、新学期前に自宅で練習したように自己紹介を……。と思っているうちにどんどん言葉が出せなくなる。
「一度、ゆっくり深呼吸してから話しな。俺は急いでないから」
話せないことへの焦りで一杯いっぱいになっていると荒井が静かに諭してきた。
志優に注目されていると焦ってしまうことを察してか、荒井は膝を立てて右腕を乗せるとスマホを弄り始めた。
荒井は耳だけで聞いているような状況。見られていないことが判ると少しだけ気が楽になったきがした。
志優の気持ちが落ち着いたところで、言われた通りに鼻から酸素を吸い込み、口から大きく息を吐く。
「しゆう‼」
もう一度息を吸い込み、その勢いで発した言葉に自分でも驚いた。
それでも名前だけじゃ自己紹介にならない。苗字も名乗らなければ意味がない。
志優はズボンの布地を強く握ると、目を瞑り再び口を開いた。
「ゆ、ゆ、柚木志優です……」
自分の趣味だとか相手との話のきっかけになるような気の利いたものではなかったけど自分の名前を名乗ることは出来たことに安堵する。
ふと、顔を上げて荒井君の方を見ると、スマホを弄っていた手を止めて驚いた表情で此方を見ていた。
向けられた双眸に怖気づいた志優は、咄嗟に顔を俯かせる。
「しゆう……か。どう書くの?」
荒井君からの次の問いに狼狽える。確かに一対一で会話をしているのだから問われるのは当然のことなのに、志優の中で次の一手は考えていなかった。問われたことを答えるだけだったとしても志優には難しいことだった。
こんな時、ライ太ならスムーズに会話のキャッチボールができるのに……。
すると、荒井君がスマホを振って合図を送ってくる。
そうか……。文字を打てばいいんだっ。それくらいなら志優にもできる。
志優は自らの鞄からスマホを取り出すと、メモ帳に文字を打ち込んだ。
『志優』
「こころざしに優しい……。いい名前」
『母が付けてくれた。志優は信念を持った優しい子になるようにって……』
「そう、母親に愛されてんだな」
志優は大きく頷く。志優にとっては唯一の家族、いつも味方で居てくれる存在。
苦しい過去を共に経験した分、沢山愛情を注いでもらっていることは自覚している。
「よろしく、志優」
母親やライ太以外に自分の事を認識し、名前を呼んでくれるものはいなかった。だから荒井君に名前を呼ばれたことが嬉しくてたまらない。昂る感情に熱が上がり、体が火照る。
声で会話はできていないけど、ちゃんと文字でなら会話が成立している。
ライ太の直感は間違いない。荒井君は悪い人ではない気がする。
志優は文字を打ち込む手が忙しなくなった。会話を止めたくない。
荒井君ともっとお話がしたい……。
『荒井君、よろしく‼荒井君は、何年生ですか?僕は1年2組です』
「内緒」
荒井君は人差し指を口元に当てて、悪戯な笑みを浮かべる。
志優が問い掛ければ教えてくれるものだとばかり思っていただけに、不安で瞳が揺らいだ。
問えば返答が返ってくるものだと思っていた。もしかして鬱陶しかっただろうか。
長らく母親やライ太以外の人物と会話をしたことがないから、人との会話でどこまで踏み込んでいいのか分からない。
荒井君の反応に落胆し、スマホを握りながら俯いていると目の前の荒井君がクスリと笑う。
「そんなあからさまに落ち込んだ顔しないでよ。冗談だから。でも、志優とは同じ学年かな」
同じ学年と聞いて志優の胸が躍った。同じクラスであれば真っ先に気づいているので、きっと違うクラスなのだろう。
それでも同じ年の人と話せたことは志優にとっては大きなことだった。
学級の事は聞いてもいいだろうか。迷いながらもスマホに文字を打ち込んでいると、一時限目の終わるチャイムが鳴る。
もっと聞きたいことがあったが、流石に二時限連続でサボるわけにはいかない。
志優は文字を打つのをやめ、慌ててリュックを背負う。ライ太を抱えて立ち上がると、荒井君に向かってお辞儀をした。
その場を後にし、口元を綻ばせながら校舎の玄関口へと向かう。
「ライちゃん、やったよ。僕、話せた。ありがとう、ライちゃん」
校舎へ向かいながら志優はライ太に報告した。
ライ太がアシストしてくれなかったら、荒井君に自己紹介をする勇気はなかっただろう。
いつもは怖気付くとライ太に頼ってばかりだったので、志優は嬉々としていた。
ライ太の瞳が『良かったじゃん』と訴える。
また荒井君に会えるかな……。
億劫になっていた志優の学校生活に希望が見えた気がした。
「いいや、面白いなーって」
ライ太がそう問うと、男はクスリと笑う。暴言を吐かれるよりはまだマシだが、明らかに志優たちを馬鹿にしている態度が気に食わない。頭に血が上ったライ太は、腰を浮かせると右足を一歩前へと出し、男の胸倉を両手で掴んだ。
「お前、馬鹿にしてんだろ」
「してないよ。人形手にした途端、人が変わったみたいだなーって思っただけ」
「人形じゃねえ、おれは志優の友達だ」
「分かったから。離して」
男は志優の手首を掴んでくると、苦しそうに顔を顰めていたので手を離してあげた。
直後に男は首元を抑えて、深呼吸を繰り返していたので少し強く掴み過ぎたようだ。
確かにライ太は見た目こそ可愛いフォルムをしているが、ちゃんと志優の中に居る。
志優を守ってくれている。だから唯の人形だなんて思われるのは心外だった。
ライ太は「ごめん」と呟き、仕切り直すと男に向かって話す。
「志優は弱いんだよ。自分の意志をちゃんと言葉で喋ることができない。だから俺が代わりに喋ってんだ。守ってやってんだ。だから唯の人形だって馬鹿にされるのは許さねえ」
「そうだね。俺も言い方が悪かった。謝るよ」
「分かればいいんだよ、分かれば」
ライ太は頬を膨らませながら胡座をかく。すると横から「あのさぁー……」と声を掛けられて振り返った。
「ひとつ聞いていい?君の中にはそのシユウと……君は?」
「ライ太だっ。アライグマだからライ太。志優がつけてくれた名前だっ。志優はライちゃんって呼んでるんだぜ?可愛いだろ。お前は何て言うんだ?」
「荒井慶一」
「ふーん、そうだ……」
どこかライ太と似てるような名前だ。
何年生の人だろうか。校内のことを熟知していそうだから上級生な気がするけど……。
するとライ太が志優のことを見つめ、心の中で話し掛けてきた。
『いい機会だから、こいつに自己紹介のリベンジしてみろよ』
『む、無理だよっ』
『いいから。大勢はダメでも一人はいけるかもしれないだろ。話した感じ悪いやつじゃ無さそうだぜ』
ライ太はそういうが、自宅で何度練習したのにクラスでは結局自分の名前ですら言葉にすることが出来なかった。
完全に折れてしまった心。
もう一度チャレンジするなんて無理だ。梓紗にですら真面に喋れない志優が一丁前に他人と話せるわけがない。
「どうした?」と言わんばかりに荒井くんが志優のことを見つめてくる。
ライ太は完全にお休みモードに入ってしまったのか、出てこなくなってしまった。
「あ、あ、あ、あ、。ぼ……っっく」
正座をし、掠れる声を振り絞り、一音一音言葉を発しようと頑張ってみる。けれど、たった一人だとしても浴びる視線に緊張して言葉が詰まる。口の中が渇き、喉の奥が締まる感覚を覚える。
このまま、志優との会話の間に相手が堪えられずに打ち切られてしまうのだろうか。
折角ライ太がくれたチャンスを無駄にしてしまうことになってしまう。
早く、スムーズに、新学期前に自宅で練習したように自己紹介を……。と思っているうちにどんどん言葉が出せなくなる。
「一度、ゆっくり深呼吸してから話しな。俺は急いでないから」
話せないことへの焦りで一杯いっぱいになっていると荒井が静かに諭してきた。
志優に注目されていると焦ってしまうことを察してか、荒井は膝を立てて右腕を乗せるとスマホを弄り始めた。
荒井は耳だけで聞いているような状況。見られていないことが判ると少しだけ気が楽になったきがした。
志優の気持ちが落ち着いたところで、言われた通りに鼻から酸素を吸い込み、口から大きく息を吐く。
「しゆう‼」
もう一度息を吸い込み、その勢いで発した言葉に自分でも驚いた。
それでも名前だけじゃ自己紹介にならない。苗字も名乗らなければ意味がない。
志優はズボンの布地を強く握ると、目を瞑り再び口を開いた。
「ゆ、ゆ、柚木志優です……」
自分の趣味だとか相手との話のきっかけになるような気の利いたものではなかったけど自分の名前を名乗ることは出来たことに安堵する。
ふと、顔を上げて荒井君の方を見ると、スマホを弄っていた手を止めて驚いた表情で此方を見ていた。
向けられた双眸に怖気づいた志優は、咄嗟に顔を俯かせる。
「しゆう……か。どう書くの?」
荒井君からの次の問いに狼狽える。確かに一対一で会話をしているのだから問われるのは当然のことなのに、志優の中で次の一手は考えていなかった。問われたことを答えるだけだったとしても志優には難しいことだった。
こんな時、ライ太ならスムーズに会話のキャッチボールができるのに……。
すると、荒井君がスマホを振って合図を送ってくる。
そうか……。文字を打てばいいんだっ。それくらいなら志優にもできる。
志優は自らの鞄からスマホを取り出すと、メモ帳に文字を打ち込んだ。
『志優』
「こころざしに優しい……。いい名前」
『母が付けてくれた。志優は信念を持った優しい子になるようにって……』
「そう、母親に愛されてんだな」
志優は大きく頷く。志優にとっては唯一の家族、いつも味方で居てくれる存在。
苦しい過去を共に経験した分、沢山愛情を注いでもらっていることは自覚している。
「よろしく、志優」
母親やライ太以外に自分の事を認識し、名前を呼んでくれるものはいなかった。だから荒井君に名前を呼ばれたことが嬉しくてたまらない。昂る感情に熱が上がり、体が火照る。
声で会話はできていないけど、ちゃんと文字でなら会話が成立している。
ライ太の直感は間違いない。荒井君は悪い人ではない気がする。
志優は文字を打ち込む手が忙しなくなった。会話を止めたくない。
荒井君ともっとお話がしたい……。
『荒井君、よろしく‼荒井君は、何年生ですか?僕は1年2組です』
「内緒」
荒井君は人差し指を口元に当てて、悪戯な笑みを浮かべる。
志優が問い掛ければ教えてくれるものだとばかり思っていただけに、不安で瞳が揺らいだ。
問えば返答が返ってくるものだと思っていた。もしかして鬱陶しかっただろうか。
長らく母親やライ太以外の人物と会話をしたことがないから、人との会話でどこまで踏み込んでいいのか分からない。
荒井君の反応に落胆し、スマホを握りながら俯いていると目の前の荒井君がクスリと笑う。
「そんなあからさまに落ち込んだ顔しないでよ。冗談だから。でも、志優とは同じ学年かな」
同じ学年と聞いて志優の胸が躍った。同じクラスであれば真っ先に気づいているので、きっと違うクラスなのだろう。
それでも同じ年の人と話せたことは志優にとっては大きなことだった。
学級の事は聞いてもいいだろうか。迷いながらもスマホに文字を打ち込んでいると、一時限目の終わるチャイムが鳴る。
もっと聞きたいことがあったが、流石に二時限連続でサボるわけにはいかない。
志優は文字を打つのをやめ、慌ててリュックを背負う。ライ太を抱えて立ち上がると、荒井君に向かってお辞儀をした。
その場を後にし、口元を綻ばせながら校舎の玄関口へと向かう。
「ライちゃん、やったよ。僕、話せた。ありがとう、ライちゃん」
校舎へ向かいながら志優はライ太に報告した。
ライ太がアシストしてくれなかったら、荒井君に自己紹介をする勇気はなかっただろう。
いつもは怖気付くとライ太に頼ってばかりだったので、志優は嬉々としていた。
ライ太の瞳が『良かったじゃん』と訴える。
また荒井君に会えるかな……。
億劫になっていた志優の学校生活に希望が見えた気がした。



