志優は満員電車が苦手だ。でも、家の近所ではない学校を選択したからには仕方のないことだった。
だから、志優は満員電車のピークを迎える前の2、3本早い電車に乗る。
けれど今日は昨日の出来事が尾を引いて学校へ向かう足が遅くなっていた。
家を出る前の玄関先で梓紗から「志優、大丈夫?無理してない?」と問われてしまったが、嘘の笑顔で誤魔化し、家を出てきた。
このまま梓紗に内緒で休んでしまおうかと迷ったが、梓紗の毎朝笑顔で見送ってくれる姿を思い出すと良心が痛んだ。
ライ太に相談すると「もう一日だけ頑張る」「ダメだったら、保健室にでも逃げればいい」と逃げ道ができたことで、志優は登校することにした。
そのせいでいつも乗っている電車を逃してしまい、朝の通勤ラッシュのピークに重なってしまった。
座席と通路も、人で埋まり、電車の出入り口付近ですし詰めになるしかないので酸素が薄い。
運悪く体格のいいサラリーマン男性に挟まれてしまい、体が細い志優は今にも押し潰されそうになっていた。
車内の扉上部の電光掲示板を見つめ、早くこの苦しみから解放されることを願う。
このまま自分は人の波に押し潰されてなくなってしまうんじゃないだろうか。
大きい大人は怖い。幼い頃を思い起こさせるからだ。志優の声が上手く出せなかった原因。
今でこそ梓紗と二人暮らしであるが、志優が七歳になるまでは父親がいた。
その父親は家から一歩外に出れば優しい人ではあったが、家に仕事から帰ると志優だけには当たり散らかすような人だった。
梓紗が仕事で、父親が休みである時は地獄で、些細なことでも怒鳴りちらかしては体罰を与えてくることもあった。
他人や梓紗の前では優しい父親を演じているので気づいてもらえない。
梓紗に打ち明けられないストレスと父親への恐怖心で志優は話せなくなった。
志優が話せなくなったのをきっかけ、体罰が梓紗への明るみになったことで彼女は志優を守るために父親と別れる決意をした。
当時の苦しみから解放されても、ふとした時に思い出す。
痛くて、苦しくて、怖くて、「ごめんなさい」って……。
目の前の大きな男性の背中から幼き日の事が想起し、暑さからではない冷や汗が全身から溢れてくる。
志優は次第に酸素の薄さから上手く呼吸が出来なくなっていた。
ライ太に助けを求めたくてもライ太もまた、鞄の中で苦しい思いをしているに違いない。
身体の前で抱えたリュックを強く握り、俯く。
もう限界かも知れない……。そう思った時、誰かに手首を掴まれて引き寄せられた。
出入口前の比較的酸素のある位置に移動させられ、安堵する。
ふと、自分に覆いかぶさるように立っている目の前の男に気が付いた。
同じ学生服の男子生徒。
志優は徐に顔を上げると、見覚えのある顔に息をのんだ。
前髪がセンターに分けられた黒髪。まるでアライグマのようなたれ目に、右目の下には2つ並んだ黒子を忘れるわけがない。
昨日、ライ太を枕にして下敷きにしていた男だ。
「お友達、大丈夫?」
小声でそう囁かれ、志優の抱えているリュックに目線を向けてくる。『お友達』とはライ太のことだろう。
この男はどうやら、先程サラリーマンに挟まれ、リュックもろとも押し潰され、息苦しい思いをしていた志優を助けてくれたようだった。
辛うじて男の問いに頷くものの、昨日のことがあるだけに気まずさと、怖さで俯いてしまう。
志優が喋らないからか、場所が場所なのか男はそれ以降、話し掛けてくることはなかったが視線を感じて居た堪れない。
今は大丈夫かもしれないが、学校の最寄り駅に降りたら詰め寄られるのではないか。
新たな不安を抱え、ホームへ降りて詰められそうになったら、真っ先に逃げることを考えながら到着を待つ。
最寄り駅に到着し、電車の扉が開かれた途端、自分の意志に反して後方の下車する客に押されるように下車した志優は気づけばホームへ降り立っていた。
大勢が吸い込まれるように改札へ繋がる階段へと降りて行く。
先程の男の行方は完全に分からなくなったことから、どうやら志優が逃げるまででもなかったらしくて胸を撫で下ろした。
安心した後で、せめて御礼の行動くらい起こせば良かったかなと後悔した。
見た目で判断して怖い人だとか思っちゃいけない。本当はいい人なのかもしれない。
それでもわざわざ御礼をするために何年生で何組の人かも分からない人を探すなんて困難だ。
そんなことよりもこれから志優にとって長い一日が始まる。
志優はリュックからライ太を取り出すと、額を合わせてじっと願った。
当初のような希望とか期待はないけど、今日が何事もない良い日で終わる事を強く願って……。
深呼吸をして教室後方の扉から中へと入る、リュックの両肩の紐を握り向かうは自分の座席だった。
志優は俯きながら談笑するクラスメイトの横を通り過ぎ、自分の座席向かったがいつもと空気が違うことに気づく。
窓側の3番目の座席には既に先約がいて、クラスメイトの男がそこに座っていた。
目が細くて人相が悪い男。
名前はなんだっけ……。いつも廊下寄りの座席にいたような気がしたので確実に此処の座席ではない。
隣の友人と何やら楽し気に話していたが、志優が近づいたことで相手も此方の存在に気づいたのか視線がかち合う。
目が合ったのですんなり席を譲ってくれるかと思ったが、相手は一向に腰を浮かす様子はなかった。
「何?」
それどころから志優のことを睨みながらそう問うてきた。「僕の席だからどけて」と一言が言えない……。
不穏な沈黙が流れ、「何だよ、言ってみろよ」と更に相手に煽られてしまう。
口を開いて言葉にしようと試みたが、当然上手く行かず、志優は諦めて踵を返すと教室から出て行った。
教室を出た途端、目頭が熱くなり、視界が涙で滲んでいく。
結局僕は変われなかった。
なんで僕は真面に人と喋ることができないのだろうか……。
目元の涙を制服の袖で拭いながら向かった先は、体育館裏だった。上履きのまま出てきてしまったけど今はとにかく誰もいない場所へ行きたかった。始業のチャイムが鳴る。進学して早々、授業をサボってしまった。
後ろめたさはあったが、あの中で自分が勉学に集中できる気がしないのも事実だった。
校舎横の砂利道を通り、裏の方へと廻る。体育館裏へ到着すると、此処でも先約が居たことに息を呑んだ。
今朝の満員電車の男だ。体育館前のコンクリートの段差に片足を上げ座り、膝に腕を乗せてスマホを気だるそうに眺めていた。
会うことは無いだろうと思っていた人物とすぐに再会できた事に驚きは隠せなかった。
御礼の意思を示そうかと思ったが、泣きっ面なうえに先程のショックが大きすぎて誰かと関わるのが億劫だった。
志優は踵を返して来た道を戻ろうとした時、「ちょっと待って。ここ空いてる」と背後から聞こえてきて振り返った。
男は上げた片足を下ろして、右側に腰を移動させると隣を促してくる。顔見知りとはいえほぼ他人の男の隣に居座る勇気は無い。
そもそも自分はまともに会話ができないから、またクラスメイトのように不思議な目で見られてしまうに違いなかった。
「結構です」と応えたつもりで顔を左右に振る。
すると、「他に行く場所あんの?」 と問われて志優は固まってしまった。
確かに他に行くあてなどない。強いて言うなら、保健室だが一度行ってしまえば習慣化されてしまい、もう教室には戻れなくなるような気がした。折角変わろうとした高校生活。結局、現状は変わらないが、志優なりの抗いだった。
「ちなみに、うちの学校厳しくてさ。常に生徒指導が構内うろついてんの。サボってんのバレたら速攻生徒指導行きで下手したら退学になるから気をつけた方がいいよ」
『退学』という言葉を聞いて、身体が震えた。ただでさえ志優が真面に言葉を発することができないことで彼女に心配や迷惑をかけている。 追い打ちをかけるように退学なんてことになったら梓紗はショックどころか寝込んでしまうような気がした。そんな親不孝は避けたい。
「ここに居たら早々、来ないから」
確かに行く当てを探して構内をうろつくより留まっていたほうが安牌。気まずさと退学を天秤にかけたら気まずさの方が勝った。教室へ戻る気がなかった志優は致し方なくお辞儀をすると、男の隣に腰を降ろすことにした。
けれど、近くに座ることへの抵抗があった志優は少しだけ距離を空けて段差の端っこに座る。
志優は徐にリュックからライタを取り出すと、毛並みを整えるように頭を撫でた。ふと、扉越しから囁くような声が聞こえてくる。
『志優、ここは俺に任せておけよ』
頼もしいライ太の声だ。男と二人になったところとて志優は喋れない。ならばライ太に任せるのが得策だった。
志優は大人しく右手にライ太を嵌めると男の前に突き出すと、自分は心の扉の中へと引っ込み、陰ながら様子を眺めることにした。
「今朝は志優を助けてくれて、ありがとう」
ライ太は両手を体の前に合わせると、男に向かって丁寧にお辞儀をする。
ライちゃんはいつだって志優の代わりに話してくれる。志優が話せないから、伝えたい言葉を相手に伝えてくれる。
男はライ太を見て一瞬だけ目を見開いて驚いた表情を見せていたが、すぐに平然として「辛そうだったから……」と正面を向いて呟いた。大概の人は、ライ太の存在を不思議そうに見ては、志優を不気味に思って遠ざけていくのに……。
「でも‼俺を下敷きにしたことは許さねぇからなっ」
両手を挙げ、眉を寄せたライ太は怒りを露わにしている。無理もない、ただのパペット人形だと思って枕にしてきたのだから怒られて当然だ。
「ああ、ごめん。ふかふかしてそうだったし、寝心地良さそうなもの探しててちょうど良かったから……」
「たくっ。俺は枕じゃねぇってんだ」
「じゃあ、君は何?」
「何ってそりゃあ、志優のダチに決まってんだろ」
「なるほど……」
男は曲げた人差し指を顎に当てて考え始める。やはり、志優とライ太のことを変だと思っているのだろうか。
ほぼ初対面の相手だが、相手の反応を見るのが怖い。分かっていても、『気も悪い』だとか『不気味』だとか言葉を浴びせられるのは正直、傷つく。だから、高校からは自分の力で乗り越えてみせようと思ったのに……。
だから、志優は満員電車のピークを迎える前の2、3本早い電車に乗る。
けれど今日は昨日の出来事が尾を引いて学校へ向かう足が遅くなっていた。
家を出る前の玄関先で梓紗から「志優、大丈夫?無理してない?」と問われてしまったが、嘘の笑顔で誤魔化し、家を出てきた。
このまま梓紗に内緒で休んでしまおうかと迷ったが、梓紗の毎朝笑顔で見送ってくれる姿を思い出すと良心が痛んだ。
ライ太に相談すると「もう一日だけ頑張る」「ダメだったら、保健室にでも逃げればいい」と逃げ道ができたことで、志優は登校することにした。
そのせいでいつも乗っている電車を逃してしまい、朝の通勤ラッシュのピークに重なってしまった。
座席と通路も、人で埋まり、電車の出入り口付近ですし詰めになるしかないので酸素が薄い。
運悪く体格のいいサラリーマン男性に挟まれてしまい、体が細い志優は今にも押し潰されそうになっていた。
車内の扉上部の電光掲示板を見つめ、早くこの苦しみから解放されることを願う。
このまま自分は人の波に押し潰されてなくなってしまうんじゃないだろうか。
大きい大人は怖い。幼い頃を思い起こさせるからだ。志優の声が上手く出せなかった原因。
今でこそ梓紗と二人暮らしであるが、志優が七歳になるまでは父親がいた。
その父親は家から一歩外に出れば優しい人ではあったが、家に仕事から帰ると志優だけには当たり散らかすような人だった。
梓紗が仕事で、父親が休みである時は地獄で、些細なことでも怒鳴りちらかしては体罰を与えてくることもあった。
他人や梓紗の前では優しい父親を演じているので気づいてもらえない。
梓紗に打ち明けられないストレスと父親への恐怖心で志優は話せなくなった。
志優が話せなくなったのをきっかけ、体罰が梓紗への明るみになったことで彼女は志優を守るために父親と別れる決意をした。
当時の苦しみから解放されても、ふとした時に思い出す。
痛くて、苦しくて、怖くて、「ごめんなさい」って……。
目の前の大きな男性の背中から幼き日の事が想起し、暑さからではない冷や汗が全身から溢れてくる。
志優は次第に酸素の薄さから上手く呼吸が出来なくなっていた。
ライ太に助けを求めたくてもライ太もまた、鞄の中で苦しい思いをしているに違いない。
身体の前で抱えたリュックを強く握り、俯く。
もう限界かも知れない……。そう思った時、誰かに手首を掴まれて引き寄せられた。
出入口前の比較的酸素のある位置に移動させられ、安堵する。
ふと、自分に覆いかぶさるように立っている目の前の男に気が付いた。
同じ学生服の男子生徒。
志優は徐に顔を上げると、見覚えのある顔に息をのんだ。
前髪がセンターに分けられた黒髪。まるでアライグマのようなたれ目に、右目の下には2つ並んだ黒子を忘れるわけがない。
昨日、ライ太を枕にして下敷きにしていた男だ。
「お友達、大丈夫?」
小声でそう囁かれ、志優の抱えているリュックに目線を向けてくる。『お友達』とはライ太のことだろう。
この男はどうやら、先程サラリーマンに挟まれ、リュックもろとも押し潰され、息苦しい思いをしていた志優を助けてくれたようだった。
辛うじて男の問いに頷くものの、昨日のことがあるだけに気まずさと、怖さで俯いてしまう。
志優が喋らないからか、場所が場所なのか男はそれ以降、話し掛けてくることはなかったが視線を感じて居た堪れない。
今は大丈夫かもしれないが、学校の最寄り駅に降りたら詰め寄られるのではないか。
新たな不安を抱え、ホームへ降りて詰められそうになったら、真っ先に逃げることを考えながら到着を待つ。
最寄り駅に到着し、電車の扉が開かれた途端、自分の意志に反して後方の下車する客に押されるように下車した志優は気づけばホームへ降り立っていた。
大勢が吸い込まれるように改札へ繋がる階段へと降りて行く。
先程の男の行方は完全に分からなくなったことから、どうやら志優が逃げるまででもなかったらしくて胸を撫で下ろした。
安心した後で、せめて御礼の行動くらい起こせば良かったかなと後悔した。
見た目で判断して怖い人だとか思っちゃいけない。本当はいい人なのかもしれない。
それでもわざわざ御礼をするために何年生で何組の人かも分からない人を探すなんて困難だ。
そんなことよりもこれから志優にとって長い一日が始まる。
志優はリュックからライ太を取り出すと、額を合わせてじっと願った。
当初のような希望とか期待はないけど、今日が何事もない良い日で終わる事を強く願って……。
深呼吸をして教室後方の扉から中へと入る、リュックの両肩の紐を握り向かうは自分の座席だった。
志優は俯きながら談笑するクラスメイトの横を通り過ぎ、自分の座席向かったがいつもと空気が違うことに気づく。
窓側の3番目の座席には既に先約がいて、クラスメイトの男がそこに座っていた。
目が細くて人相が悪い男。
名前はなんだっけ……。いつも廊下寄りの座席にいたような気がしたので確実に此処の座席ではない。
隣の友人と何やら楽し気に話していたが、志優が近づいたことで相手も此方の存在に気づいたのか視線がかち合う。
目が合ったのですんなり席を譲ってくれるかと思ったが、相手は一向に腰を浮かす様子はなかった。
「何?」
それどころから志優のことを睨みながらそう問うてきた。「僕の席だからどけて」と一言が言えない……。
不穏な沈黙が流れ、「何だよ、言ってみろよ」と更に相手に煽られてしまう。
口を開いて言葉にしようと試みたが、当然上手く行かず、志優は諦めて踵を返すと教室から出て行った。
教室を出た途端、目頭が熱くなり、視界が涙で滲んでいく。
結局僕は変われなかった。
なんで僕は真面に人と喋ることができないのだろうか……。
目元の涙を制服の袖で拭いながら向かった先は、体育館裏だった。上履きのまま出てきてしまったけど今はとにかく誰もいない場所へ行きたかった。始業のチャイムが鳴る。進学して早々、授業をサボってしまった。
後ろめたさはあったが、あの中で自分が勉学に集中できる気がしないのも事実だった。
校舎横の砂利道を通り、裏の方へと廻る。体育館裏へ到着すると、此処でも先約が居たことに息を呑んだ。
今朝の満員電車の男だ。体育館前のコンクリートの段差に片足を上げ座り、膝に腕を乗せてスマホを気だるそうに眺めていた。
会うことは無いだろうと思っていた人物とすぐに再会できた事に驚きは隠せなかった。
御礼の意思を示そうかと思ったが、泣きっ面なうえに先程のショックが大きすぎて誰かと関わるのが億劫だった。
志優は踵を返して来た道を戻ろうとした時、「ちょっと待って。ここ空いてる」と背後から聞こえてきて振り返った。
男は上げた片足を下ろして、右側に腰を移動させると隣を促してくる。顔見知りとはいえほぼ他人の男の隣に居座る勇気は無い。
そもそも自分はまともに会話ができないから、またクラスメイトのように不思議な目で見られてしまうに違いなかった。
「結構です」と応えたつもりで顔を左右に振る。
すると、「他に行く場所あんの?」 と問われて志優は固まってしまった。
確かに他に行くあてなどない。強いて言うなら、保健室だが一度行ってしまえば習慣化されてしまい、もう教室には戻れなくなるような気がした。折角変わろうとした高校生活。結局、現状は変わらないが、志優なりの抗いだった。
「ちなみに、うちの学校厳しくてさ。常に生徒指導が構内うろついてんの。サボってんのバレたら速攻生徒指導行きで下手したら退学になるから気をつけた方がいいよ」
『退学』という言葉を聞いて、身体が震えた。ただでさえ志優が真面に言葉を発することができないことで彼女に心配や迷惑をかけている。 追い打ちをかけるように退学なんてことになったら梓紗はショックどころか寝込んでしまうような気がした。そんな親不孝は避けたい。
「ここに居たら早々、来ないから」
確かに行く当てを探して構内をうろつくより留まっていたほうが安牌。気まずさと退学を天秤にかけたら気まずさの方が勝った。教室へ戻る気がなかった志優は致し方なくお辞儀をすると、男の隣に腰を降ろすことにした。
けれど、近くに座ることへの抵抗があった志優は少しだけ距離を空けて段差の端っこに座る。
志優は徐にリュックからライタを取り出すと、毛並みを整えるように頭を撫でた。ふと、扉越しから囁くような声が聞こえてくる。
『志優、ここは俺に任せておけよ』
頼もしいライ太の声だ。男と二人になったところとて志優は喋れない。ならばライ太に任せるのが得策だった。
志優は大人しく右手にライ太を嵌めると男の前に突き出すと、自分は心の扉の中へと引っ込み、陰ながら様子を眺めることにした。
「今朝は志優を助けてくれて、ありがとう」
ライ太は両手を体の前に合わせると、男に向かって丁寧にお辞儀をする。
ライちゃんはいつだって志優の代わりに話してくれる。志優が話せないから、伝えたい言葉を相手に伝えてくれる。
男はライ太を見て一瞬だけ目を見開いて驚いた表情を見せていたが、すぐに平然として「辛そうだったから……」と正面を向いて呟いた。大概の人は、ライ太の存在を不思議そうに見ては、志優を不気味に思って遠ざけていくのに……。
「でも‼俺を下敷きにしたことは許さねぇからなっ」
両手を挙げ、眉を寄せたライ太は怒りを露わにしている。無理もない、ただのパペット人形だと思って枕にしてきたのだから怒られて当然だ。
「ああ、ごめん。ふかふかしてそうだったし、寝心地良さそうなもの探しててちょうど良かったから……」
「たくっ。俺は枕じゃねぇってんだ」
「じゃあ、君は何?」
「何ってそりゃあ、志優のダチに決まってんだろ」
「なるほど……」
男は曲げた人差し指を顎に当てて考え始める。やはり、志優とライ太のことを変だと思っているのだろうか。
ほぼ初対面の相手だが、相手の反応を見るのが怖い。分かっていても、『気も悪い』だとか『不気味』だとか言葉を浴びせられるのは正直、傷つく。だから、高校からは自分の力で乗り越えてみせようと思ったのに……。



