ライちゃんじゃなくて、この声で君とお話ができたら

「ライちゃん……。やっぱり僕、だめだった」

 体育館裏のコンクリートの段差に腰かけて、膝を抱えた志優は顔を伏せた。
 志優の傍に座っているライちゃんに向かって話し掛ける。
 
 不安と期待を背負って挑んだホームルームの自己紹介の時間。廊下側の席から順に各々の出身校と名前、趣味、三年間の抱負などを話して自分自身をアピールしていた。

 けだるそうに惰性で挨拶するもの、志優と同じようにこの一瞬に全力をかけて自己紹介するものもいた。中には黒板にSNSの自身のアカウントのIDを書き込んで『彼女募集中でーす』と宣言している男子生徒はユニークだった。

 志優はあいうえお順で最後から3番目。自己紹介も終盤を迎え、志優の前の女子生徒が自分の番を終え着席した。
 いよいよ志優の番。教壇に立つ担任、クラスメイトの視線が一気に志優へと集まる。

 ゆっくりと座席から立ち上がったが、集まる視線に緊張して身体が竦む。
 練習した通りに話せばいい。他の人のように難しいことは話さなくていい。「柚木志優です。よろしくお願いします」と言うだけ。
 それだけのことなのに、緊張で喉が空気で堰き止められたみたいに苦しくて声にできない。

「ゆ……ゆ、ゆゆ」

 辛うじて発音出来た言葉。凍てつく空気に、鋭く刺してくるクラスメイトの視線。
 空気に耐えられなくなったのか、クラスメイトの一人が志優を急かしてくるように咳払いをしてきた。
 
 微かに聞こえてくるヒソヒソ話。「あいつ、大丈夫か」「自己紹介くらいさっさとできないのかよ」と心無い言葉が聞こえ、志優は完全に言葉を発することができなくなってしまった。
 いよいよ我慢ならなくなったのか真後ろから「早くしてくんね?」と急かす言葉を掛けられる。
 それが起爆剤になったのか、「おーい、聞こえてる?」と次第に野次がクラス中に伝染して志優の耳に五月蠅く届いてくる。

この場から逃げたい……。

 担任が「柚木、もう座っていいぞ。柚木志優だよな。みんなよろしくしてやってくれ。次の奴いいぞ」と助け舟を出してきたことでその場は収まったが、志優は落胆していた。

 それが一時限目のホームルームでの話。授業が始まってからも後悔は続いてた。
 クラスメイトの中で志優のイメージは最悪であるに違いない。此処から巻き返せる自信も勇気も、志優には持てなかった。

 今は昼休み。当然、志優に話し掛けてくるものもいなければ。自ら見知らぬ同級生の輪に入って行く勇気もない。
 唯、教室で孤立する自分に耐えられなく、登校初日にして教室に居ずらくなった志優は体育館裏に逃げてきた。
 
 ライ太に慰めて貰いながら母親が持たせてくれたお弁当を食べていると、背後から声がしてきた。
 振り返ってみると声の方向は体育館の中からだだった。裏口の室内へと繋がる引き戸が僅かに空いてるせいか、隙間から人影が見えた。かなり近い場所にいるのだろう中の声が聞こえてくる。
 
 志優は慌ててお弁当を仕舞い、ライちゃんを持って扉にピタリとくっついてバレないように隠れた。
 
「あいつさ、ヤバくね。なんだっけ、自己紹介のときキョどってた奴」
「名前なんだっけ?柚木とかいう奴?」
「そうそう。明らかに虐められそうな雰囲気してるよな。そのうち学校来なくなるんじゃね?」
「ありえる。そうだ、あと初日から来てない奴居たよな。荒井だろ……?アイツさ……噂で」

 単なる同級生同士の世間話これから一年間過ごすクラスメイトの第一印象の見定め。
 きっと本人は軽い気持ちで話のネタとして話題にあげているだけだと判っていても、本人が見えないところで、ありもしない話をされるのはショックだった。

 
 もうダメなんだろうか……。折角変わろうと決意したばかりだったのに……。

 志優はその場にしゃがみ込むと膝に突っ伏した。

「ライちゃん……。僕もうダメかな」

 顔を上げ、ライ太に話し掛ける。つぶらな瞳が『諦めないで。志優のこと分かってくれる人はいる』と励ましてくれているような気はしたが、ショックが大きすぎて立ち直ることなどできなかった。