ライちゃんじゃなくて、この声で君とお話ができたら

「志優のお弁当、毎回凄いよね」

 御昼休みの体育館裏。荒井君に問われて、志優は頷いた。

「これってライ太?」

 志優の膝の上に広げたお弁当。隣に座る荒井君が覗き込んでくると、アライグマに模した御飯を指して問うてきた。
 志優は透かさず深く何度も頷く。
 
 梓紗(あずさ)お手製のお弁当。卵焼きにミートボール、アライグマの顔をしたキャラ弁。
 正直、高校生にもなって恥ずかしいから止めて欲しいと梓紗に伝えたがそれでも作り続けてくれる。
 母親の優しさが鬱陶しくも擽ったい半面で、一人の時にこのキャラ弁を見ると凄く元気を貰っていた。

 あの日から御昼は荒井君と御飯を食べることが日課になっていた。
 教室では座席が離れていることもあってなかなか話せるタイミングはないが、こうして荒井君は御昼だけは志優といてくれる。

 志優としては無理に喋らなくていいし、何か聞きたいことがあればスマホに文字を打ってみせれば答えてくれる。

 荒井君自身も騒ぐタイプではないのか、必要最低限のことしか話してこないので、それが逆に心穏やかにいられる気がした。
 
 しかし、荒井君の周りには常に派手な友達がいる。そんな人たちと比べたら志優といてもテンポよく会話ができないからつまらないだろうに……。

 
 なんで自分なんかと居てくれるのか疑問だった……。

 荒井君が売店で購入したパンをかじりながらスマホ画面を眺めている隣で、ライ太を隣に体に添わせるように座らせ、黙々とお弁当をつつく。

 『志優、今日こそline交換しろよ』

 ふと、心の中でライ太がそう訴えてきた。

「でも……。荒井君はただ単純に一人の僕に付き合ってくれてるだけだし」

 一緒にいるとはいえ、友達かと言われれば胸を張って言える関係ではない。
 志優が友達と思っていたって相手はそう思ってくれていないかもしれない……。

『友達になりたいんだろ?ならまず連絡先交換しなきゃ始まらないだろ。昨日あんなに意気込んでたじゃないか』

 荒井君と関わるようになってから志優は次第に連絡先の交換をしたいと思うようになった。
 周りがスマホひとつで人と繋がりを持っている様が羨ましくて羨望を向けていた。
 自分にもそんな日が来るのではと僅かな期待を抱く。

 昨晩だってライ太に相談して勇気づけて貰った志優は、強気に行くつもりで居たが、いざ本人を目の前にすると行動を移せずにいる。
 それに苛立ったライ太が『俺が出て聞いてやろうか?』なんて言ってきたが、自分で聞かなきゃ意味ない。そう思った志優はライ太が出てくるのを拒否した。
 
 このままではライ太が勝手に出てきかねないので、この昼休み中に絶対聞くと決意してお弁当を食べ進める。
 お弁当を食べ終え、お弁当箱を巾着に仕舞ったところで、志優は自分のスマホを手にしてメモ帳に、「連絡先を教えてくれませんか?」と文字を打った。

 荒井君が自身のスマホ画面に集中している中、肩に手を触れ、言葉を掛けようとしたとき、体育館へと繋がる裏の扉がガラガラッと開けられた。
 
「やっぱここじゃん。慶一。バスケしない?」
「うわっ、何でバレた」

 荒井君が苦笑を浮かべている目線の先には同じクラスで荒井君の友達である上原達樹(うえはらたつき)くんの姿があった。

 荒井君の友達の中で一番派手な風貌の彼は、どうやら荒井君と一番仲がいいらしいことは遠目で見ていてわかった。

 志優が抱いた第一印象通り、毎日ギターケースを背負って登校してくることから軽音部であることは明確。じゃなくてもバンドか何かに所属しているのだろう。
 
 肩まである髪は運動の為か高めの位置にゴムで結われ、制服のワイシャツは二の腕までたくし上げられている。

 志優はスマホ画面を咄嗟に伏せて隠す一方で、荒井君は足を投げ出すように伸ばして、手を地面に着くと、上原くんを上目遣いで見ている。

「えー。嫌だ。疲れんじゃん」
「それがいいじゃん。お前だってよく知ってんだろ、運動が一番心と体の健康にいいって。暇してんだから来いよ」
「別に暇じゃないんだけど」
「どこをどう見たって暇そうじゃん」

 上原君の言葉に志優はドキリとした。
 やっぱり傍から見ても暇そうに見えるのなら、志優といると荒井君は退屈なんじゃないんだろうか。
 本人は優しさで付き合ってくれているのではないだろうか。

 荒井君の一緒に過ごしてくれる優しさに甘えてしまっていたけど、自分の立場を弁えなきゃいけなかったのかもしれない。

「志優も一緒ならやる。そうじゃないならやらん」
「はぁ⁉」

 荒井君から突然の誘いを受けて、驚きのあまり口を開ける。上原君は驚きというよりも『何で此奴?』というような顔で志優に視線を向けてきた。
 上原君の反応は当然だ。
 大して関わったことがないやつをいきなり仲間に引き入れようとは思わない。
 志優だって特別運動神経がいいわけではないし、声を出してなんぼのスポーツで声を出せないという致命的な欠点がある。

 ここは引き下がるべきかと思ったが、荒井君は志優が一緒じゃないとやらないと言っていた。
 折角誘われているのに、志優が理由で断ってしまうのは申し訳ない気持ちになる。

 志優はスマホ画面に目線を落とすと文字を打ち込む。「僕のことは気にせず行って来て」と文字を打って見せたが、荒井君は首を横に振って断固としていた。

「まぁ、仕方ない。柚木だっけ?お前も一緒に来いよ」

 『でも僕、運動得意じゃないし……。足手まといになるかも』

 頑なに返事をしない荒井君に折れた上原君が、志優のことを誘ってくれたが、肝心のバスケをできる自信がない。
 その旨を伝えるべく、文字を打った画面を上原君に見せる。

「いいよ、柚木のカバーはこいつがしてくれるだろうし。ガチの試合でもない単なる遊びだからさ」
「カバーって……。俺、達樹よりバスケ上手くねぇんだけど⁉」
「慶一が発端なんだから責任もてよな。なぁ?柚木。困ったら遠慮なく慶一を当てにしろよ」

 動揺して耳朶が真っ赤になっている荒井君に対して、上原君はその様子を見てケタケタ笑っていた。
 単なる友人同士のやりとりに過ぎないのに漫才のようで面白かった。
 思わず頬が緩み、笑みが零れる。

「お、志優が笑ってる」

 ふと、荒井君が此方を見て呟いたことで我に返った。まるで不思議なものでも見るようにじっと見つめられ、恥ずかしくなった志優は顔を俯かせる。
 
 「おい。お前ら昼休み終わるからさっさとこっちに来い」

 いつの間にか上原君は体育館内に戻り、ボールを頭上に掲げては室内から、外にいる志優らへ声を掛けてきた。

 「志優、行こうか」

 荒井君は気だるそうにその場から立ち上がると志優に言う。
 どうやら自分はこれからクラスメイトとのバスケに参加するみたいだ。
 
 体育館裏の扉で外靴を脱ぎ、靴を手に持って室内へ上がって行く荒井君を見て、志優も慌ててお弁当をリュックに仕舞い、ライ太を手に持って外靴を脱いだ。

 靴下で体育館へ降り立った時、足の裏にひんやりとした床の温度を感じる。志優は何だか凄く胸の高鳴りを感じた。