ライちゃんじゃなくて、この声で君とお話ができたら

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荒井君と直接話していたライ太が急に、心の扉を開けてくると志優の手を引っ張った。
 入れ替わるようにしてライ太が「俺の役割は終わったから、あとはお前がちゃんと話せ」と舌を出して扉の中へと引っ込んで行った。

 瞼を開けると、目の前には荒井君がいる。
 首を傾げてじっと見つめてくる彼に志優は背筋を正すと、徐々に顔を俯かせる。

 ライ太との会話はちゃんと聞いていた。全部志優の勘違いだった。荒井君は揶揄うため、自分に関わってきている訳じゃない。
 志優の勝手な思い込みで人のことを疑ってしまったことが、申し訳なくて気まずさのあまり目を合わせられなかった。

「志優?」

 目線を下ろしている志優に目の前の荒井君が問うたことでハッと我に返る。このまま何もリアクションしなければ荒井君に誤解を与えたままになる。志優はコクリと頷き、慌ててライ太を脇に抱えると、リュックからスマホを取り出した。

『さっきはありがとう』

 急いでメモ欄に文字を打ち込み、荒井君に見せる。
 荒井君は画面を見ると優しく微笑んできた。
 
「ううん、志優の助けになったんなら良かった」

 彼の表情からは今の所、怒りや志優に対して不快だとか否定的なものは感じられない。
 ライ太と変わる前、荒井君は教室から出る時、目が合ったことを気づいていた。
 もしかしたら避けられていると感じ取られてしまったかもしれない。弁解する必要があった。
 避けるどころかむしろ、荒井君ともっと話たいと思っていたから……。

『教室出る時の、あれは荒井君のことを避けていたわけじゃなくて。ライ太の言ったように僕が勝手に勘違いしてただけなんだ。だから気にしないで。本当に助かったから』

 打ち込んだ文字を荒井君に見せていると、足音が聞こえた後、角から通りがかりの男子生徒が出てきた。
 茶髪で肩ぐらいの長髪だからか、一瞬見た時、女子かと思った。けれど、男子の制服を着ているし、女子にしては長身で体格がいい。オマケに荒井君とは少し違う、耳のピアスをしている。軽音部とかに居てもおかしくなさそう……。
 
 「いたいた。慶一、皆どこ行ったって話してたんだけど。こんなとこで何してんの」
 
 長髪の男は荒井君に声掛けてきた後、志優のことを一瞥してくる。その瞬間、志優はスマホ画面を伏せて胸に押し当てた。
 多分クラスの人だ……。
 先程荒井君を囲っていたうちの一人だろうか。
 こんな志優と一緒に居るところをクラスの人に見られたら、荒井君が変な奴だって思われてしまう。

「あー。達樹(たつき)、用事あったから。それにアイツらの質問攻めから逃げたかったし」

「げどなぁ、みんなからしたら、入学初日から今まで学校来ないで何してたか気になるだろ。聞かれて当然だ」

 長髪の男はため息を吐くと「まぁ、いいんだけどさ」と眉を8の字にして呆れている様子だった。
 
「だって、教室に居てもつまらないし。それに学校にはいたよ。屋上とか体育館裏で昼寝してた」
「はぁ?お前は猫か」
「猫っていいよねー。一日中、ゴロゴロしてればいいし。何も考えなくていいし」

 荒井君は「にゃお」と言うと両手をグーにして猫の真似をする。二人の様子から、かなり心を許した仲だということが見ていて分かった。
 
「相変わらずだな。戻らないのか?」
「あーうん。用事あるって言ったじゃん。皆には適当にはぐらかしといてよ」

 荒井君の友達が待っているなら、志優のことなど気にせず行って欲しい所であったが、言葉を発せられない以上会話のテンポにはついていけない。志優がワナワナしているうちに、長髪の男に視線を向けられて緊張のあまり喉がひきつった。
 
 志優の存在について話題を振られてしまうのではないかと心臓が五月蠅く鳴る。

 しかし、男は視線を向けただけで「そう、分かった」と頷くとその場を去って行ってしまった。

 長髪の男が去った後、荒井君と目が合い、志優はすかさずスマホ画面に文字を打ち込む。

『友達待ってるなら、行かなくていいの?』

 どうせ荒井君と約束をしているわけじゃないし、これから体育館裏に行ってお弁当を食べるだけ。
 ただ少しだけ、荒井君にもちゃんと御昼を一緒に過ごす友達がいたことにショックを受けている自分がいた。
 友達がいないのは志優だけで、そりゃあそうだよね……。

「うーん、アイツらはいいよ。どうせ適当に連んでるだけだし。それより志優はこれからどこ行くの?」

『体育館裏でお弁当を食べようと思ってます』

「じゃあ、俺もついていっていい?」

 こんな自分と一緒に居てもつまらないのに荒井君にそう問われ戸惑った。
 先程の疑いは晴らされたけど、誰かとお昼なんて、 自分には一生訪れることはないと思っていたイベント。

「嫌だ?志優が嫌なら無理にとは言わないけど」
 
 荒井君は困ったようにこめかみを人差し指でかくと志優に問う。
 嫌なわけがない。寧ろ志優でいいのだろうか。
 自信はなかったが、体育館裏くらいで露骨に断るのも相手に悪い気がして、志優は小さく頷いた。

 志優が頷いてやると、荒井君は「良かった」と胸元に手を当てて安心したようだった。
「志優、行こう」と先に階段を降りていく荒井君の後を着いていく。

 会話ができないので到着するまで無言で荒井君と歩いていたが、気まずいとかいう感情はとうに無くなっていた。

 期待をして裏切られた時を思うと怖いけど、荒井君なら信じてみてもいい気がしてくる。
 荒井君はどうして僕なんかに声を掛けてくれるんだろうか……。