ブチッ
何気なく触ったブレザーから聞こえたのは、明らかに何かが取れた音。確認すると、ボタンの1つがプランと取れかかっていた。
「やばっ、ボタン取れそう」
「まじ?直そうか?」
そう言って、向かいに座る和真は裁縫セットを取り出した。
「なんでそんな物持ってんだよ」
「基本じゃね?」
「ほら、貸して」と言われるため、そのまま渡す。すると、慣れた手つきでどんどん直されていく。
「前から思ってたけど、和真ってやけに家庭的だよな」
「そうか?」
「料理できて、裁縫できて。あと、勉強と運動もできるだろ?」
指折りで数えるうちに、ボタンが修復されたブレザーが返ってくる。縫い目も綺麗で、目を見張るほどの出来である。
「さすがだな」
「ありがとう。で、俺の有能さを再度確認してくれたところで付き合う気になった?」
「ならないかな~」
「なんでだよ!!!」
ダンッと強く机に拳を打つ和真は、恨めし気に俺のことを見つめる。その目には恨みというか悔しさというか、複雑な感情が浮かんでいる。
「よく考えてみろって。モテまくりな和真と付き合ったらなんてバレたら、俺は絶対に女子に刺される」
「そんなことさせるわけないだろ」
「だとしても、俺はまだこの世とおさらばしたくないんだよ。分かってくれ」
和真はしばらく黙ったまま、俺のブレザーを見つめていた。
「……じゃあさ」
「ん?」
「俺と付き合ってるってこと、誰にも言わなくていいから」
「いや、そういう問題じゃ、」
「俺も言わない。お前も言わない。これなら女子に刺される心配ないだろ?」
「そういう問題じゃないって」
思わず笑ってしまう。こいつは、本当にどこまで本気なんだろう。
冗談みたいな顔をして、冗談みたいなことを言うくせに、たまにこうして真っ直ぐな目をする。
その目が、俺はちょっと苦手だった。
「……そもそも、なんで俺なんだよ」
「何が?」
「いや、だから。なんで俺と付き合いたいわけ?」
聞いた瞬間、和真が珍しく黙った。
いつもなら「顔が好み」とか「性格」とか、適当なことを言って笑うところなのに。
「……それ、今聞く?」
「聞く。だってずっと分かんないし」
「分かんない方がおかしいだろ」
「いや、分かんねえよ」
和真は頬杖をついて、俺をじっと見る。その視線が妙に真剣で、なんとなく居心地が悪くなった。
「……好きだから」
「うん、それは知ってる」
「じゃあ十分だろ」
「十分じゃないって」
「なんで?」
「好きって言われても、俺、お前のこと恋愛的に好きじゃないし」
「……そっか」
あまりにも素直な返事だった。
思わず和真を見る。さっきまであんなに騒いでいたくせに、今度は目を伏せている。ガシガシと頭をかくと、深いため息を吐いた。
「……悪い」
「いや、謝んなよ。俺が聞いたんだし」
「でも、その……ちょっと傷つく」
なんだよ、その言い方。まるで俺が悪みたいじゃないか。
胸の奥が、ほんの少しだけざわついた。
「……まあ」
「ん?」
「そのうち気が変わるかもしれないし」
自分でも何を言っているのか分からなかった。
和真が顔を上げる。
「それ、脈ありってこと?」
「違う」
「じゃあ何?」
「保留」
「保留!?」
「そう、保留。だから今まで通り諦めずに頑張れば?」
「……お前さ」
「何だよ」
「そういうこと言うと、マジで期待するからな」
そう言って笑った和真の顔が、いつもより少しだけ嬉しそうだった。
その笑顔を見ていると、なんだかこっちまで変な気分になる。
――まあ、保留くらいなら。
そう思った時点で、若干押され気味なんだろうな。
目の前で気合を入れ直している和真を見て、俺は小さく笑うのだった。



