出張女子の至福


 少しひんやりしていて気持ちいい。

 私はしばらく店の前に立ち、深呼吸した。

 さっきまで仕事のことばかり考えていたのに、今は頭の中が驚くほどすっきりしている。
 ふと、駅へ向かう途中でスマートフォンを取り出した。

 会社からメールが届いている。私は画面を見て一瞬迷った後、そっと閉じた。

(明日でいいや)

 今日はもう、仕事は終わり。
 私は夜の街を歩きながら、さっき食べた料理を思い返した。

 思い出すだけで、口元が緩む。

(さて、)

 ふと、次の出張予定を思い出す。
 来月は…たしか、神戸。

(神戸かぁ)

 神戸牛
 明石焼き
 ぼっかけ
 中華街
 瀬戸内の魚

 次は何を食べよう。
 まだ1か月も先なのに、もう楽しみになっている。

 私は小さく笑いながら、金沢駅へ向かって歩き出した。
 仕事のためにやって来た街。

 けれど、今日の私の記憶に残ったのは、プレゼンの内容でも、クライアントの反応でもない。
 知らない街で見つけた、小さな店。

 そこで食べた料理。
 女将さんの笑顔。
 そして、誰にも気を使わず、自分の好きなものを自分の好きな順番で食べた夜。
 
 それだけで十分。
 いや、たまらなく幸せだった。

 気づけば、次の出張がもうすでに楽しみになっていた。