出張女子の至福

 駅周辺の大通りは、まだ観光客で賑わっていた。
 スーツケースを引く人や地図を片手に歩く人、写真を撮る人。それを横目に見ながら、私は少しずつ人通りの少ない道へ入る。

 大通りから1本外れるだけで、街の空気はガラリと変わる。飲食店の明かりがぽつぽつと並び、どこからか焼き魚の香ばしい匂いが漂ってくる。

 ふと、足が止まった。

(魚……)

 胃袋が、仕事中には一度も聞かせてくれなかった主張を始めた。
 そういえば、今日の昼食はクライアントと打ち合わせをしながら食べたサンドイッチだけだった。思い出した途端、お腹がぐうっと鳴る。

「…これは大変」

 今日は絶対に、ちゃんと食べよう。
 もう一度歩き出したところで、小さな木製の引き戸と柔らかな橙色の暖簾が目に飛び込んできた。

 暖簾には、控えめな文字で店名が記されている。

__割烹風居酒屋『つむぎ』。

 軒先には小さな黒板が出ていて、達筆な文字で「本日のおすすめ」と書かれていた。
 その下に並んでいる文字を目で追う。

 金沢おでん
 ガスエビ刺し
 のどぐろ塩焼き
 加賀野菜の炊き合わせ
 白山麓のきのこ天ぷら

(…………)

 私は黒板を見つめた。
 そして、もう一度上から読む。

(ここだ)

 理屈ではない。胃袋がそう言っている。
 私は引き戸に手をかけた。

 ガラガラッ