出張女子の至福

「神原さんも、一緒に帰ります?」

 金沢駅の改札前で、上司が新幹線のチケットを手に振り返る。

「すみません、お土産だけ買ってから帰るので、先に行ってください。お疲れ様でした」

 愛想笑いを添えてぺこりと頭を下げると、上司は「じゃあお先に。お疲れ様!」と慌ただしく改札へ吸い込まれて行った。背中が見えなくなった瞬間、私__神原 咲は長めの息を吐き出した。

(よし)

 別にお土産を買う予定はない。
 ただ1人になりたくて、咄嗟に出た軽い嘘だった。

 理由はひとつ。

__ひとりで食べたい。

 都内の広告代理店で営業を務めて3年。
 今回の出張は、大手クライアントを相手にした新商品のプロモーション企画だった。

 プレゼン前日は資料の最終確認、当日は朝からクライアントとの打ち合わせ。昼食は上司と後輩を交えた慌ただしい弁当。プレゼンが終われば「お疲れさま」の一言を交わしながら、すぐ次の案件の話。

 もちろん仕事は嫌いじゃない。
 むしろ、自分の考えた企画が採用されていく瞬間には、それなりの喜びを感じる。

 ただ、ずっと誰かと一緒にいると、無性にひとりになりたくなる時がある。そして、そんな時に私が欲しくなるのは、決まって美味しいものだった。

(せっかく金沢まで来たんだもの)

 観光名所を巡る時間はない。
 兼六園も、ひがし茶屋街も、近江町市場も、今回はお預けだ。

 でも、食事ならできる。
 しかも今夜は、誰にも予定を合わせなくていい。

 何を食べるかも自由。
 どこに入るかも自由。
 予算だって、自分のお財布と相談すればいい。

 私はスマートフォンを取り出した。
 検索画面を開いて、……やめる。

(調べないでおこう)

 出張先のひとりメシで1番楽しいのは、知らない街を歩いて偶然見つけた店に入ることなのだ。

 口コミ評価も、星の数も、写真もいらない。
 自分の鼻と勘だけで勝負をする。

「お疲れさまでした」

 誰にともなく呟いて、私は夜の金沢へ歩き出した。