アイスティーとナポリタン

新幹線と私鉄と地下鉄を乗り継いで取引先に伺い、書類を受け取って会社に戻ること。
それが今日の私の仕事。

「ありがとうございました。またお願いします!」
「こちらこそ。遠くまですいませんね」
「いえいえ」
本当に遠かったです、と心の中で答えながら、大事な書類を抱えて頭を下げる。
単独弾丸大阪出張と聞いた時は、何か美味しいものが食べれれるならと思って引き受けたけども。
新大阪駅から30分離れた工業都市で、大阪名物を探すのは、初心者には困難だった。
新大阪駅に戻ってたこ焼きに並ぶ?
肉まん、チーズケーキ、かすうどん、お好み焼き。
脳裏に浮かんでは消える数々の大阪名物。
時刻はランチタイム。
新大阪駅はきっとどこも大行列だ。
並ばずに買える穴場の店を知っているわけでもない。
コンビニでサンドイッチを買って新幹線で食べることならできるかもしれないけど、それでは今日唯一の楽しみがなくなってしまう。
それならいっそ駅弁?
ああいけない、空腹で思考が鈍っていく。
こんな時に頼れるのはひとつだけ。
スマホを取り出して、マップを開く。
位置情報で『喫茶店』を検索。
徒歩圏内、できればチェーン店は避けて、ランチが食べられそうな店は…
「…ここ、いいかも」
いい感じの写真をみつけて、急に元気になってきた。
そのまま案内をスタートする。
スマホと見知らぬ町並みを交互に見ながら、歩くこと数分。
目の前に現れた老舗喫茶店のドアに、燦然と輝く硬質な文字。
『営業中』
質実剛健を感じるこのレトロなプレートに引き寄せられて、手動ドアを押した。

カラン、と頭上で音がする。
「いらっしゃいませ、一名様ですか?カウンターで良ければすぐにご案内できます」
「カウンターで大丈夫です」
ベテラン風の店員さんに案内されて、カウンター席に座る。
厨房で忙しそうにフライパンを振るマスター。
ラミネートの上からシールで値段を訂正してあるメニュー。
その中にお目当てをみつけて、心は決まった。
タイミングよく、さっきの店員さんがお水とおしぼりを運んできてくれた。
「すいません。ナポリタンと、アイスティーお願いします」

ナポリタンとアイスティー。
これが私の、困った時の鉄板メニュー。
どんな喫茶店にも大抵はあるし、ナポリタンは同じように見えて具材や麺に個性が出るし、そして何より、美味しい。
毎日の服を黒の上下にしていた経営者や、毎朝のメニューをカレーに決めていたスポーツ選手のように、私は、食べたいものに困ったらナポリタン。
さて、今日のナポリタンはどんなのだろう?
店内のテレビでは天気予報が流れていて、常連らしきお客さんの関西弁のやり取りが飛び交っている。
本棚をチェックすると、新聞や週刊誌に混ざって古ぼけた少女マンガ。
「なっつかしぃ〜」
小学校の時に流行っていたドラマの原作だ。
手に取ると、日焼けした紙のざらつきを感じる。
カウンター席に戻って、ぱらぱらとページを巡っているうちに運ばれてきたのは、真っ白なお皿。
スパゲッティに赤ウインナー、たまねぎ、ピーマンは細め、マッシュルームも入っている。
フォークで巻いて一口。
もちもちの麺に甘めのケチャップ。
いつ何時でも安心させてくれる味。
「…生き返る」
食べて食べて食べ終わった口をアイスティーで潤していると、ふと、目の前のメニューが目に入った。
ドリンクメニューの一覧の真ん中あたりに、何でもないように、ミックスジュースの文字。
ミックスジュース!
こんなところで大阪名物に会えるなんて!
当たり前の顔をしてメニューの中にいたなんて!
ドリンク2杯は飲み過ぎ?
このあとは新幹線に乗るだけだし。
でも一期一会、デザートだと思って、お許しくださいカロリーの神様!
ひとしきり頭の中で大騒ぎしたあと、すっ、と片手を上げて通りかかった店員さんを呼び止める。
「すいません、ミックスジュースをひとつ」

目の前に燦然と輝く、グラスいっぱいの優しい黄色。
ちょこんと乗ったさくらんぼがまた可愛い。
ストローで啜ると、フルーツと牛乳の甘みが一気に口の中に広がる。
せっかく来たからには、何か大阪名物を食べなくちゃ、と焦っていた気持ちが浄化していく。
ミックスジュースをすっかり飲み干して、グラスの底に溶けた氷と一体になっていたアイスティーで口の中をリセットして、席を立った。
お手洗いを借りて、鏡で口周りのケチャップ残りをチェックする。
落ちたリップを直して、いざ、蜻蛉帰り。
電車と新幹線を乗り継いで、会社に戻って、今日受け取った書類を上司に確認してもらって、自分の仕事をやっつけなくちゃ。