愛してるよ、大嫌い

 ——そして現在に至り……。
 俺の嫌な予感は見事的中。
 ゲームはゲームでも、俺が最も苦手とする類のゲームに付き合わされてしまっていた。
 ……ほんと、こいつの綺麗な顔面を殴ってでも逃げればよかった。
「大嫌いだ」
「俺は愛してますよ」
「俺は、大嫌いだ」
 眉間に皺を寄せた俺と口許に微笑みを湛えた柊。
 向かい合わせに座った俺たちは、互いに「大嫌い」と「愛してます」を繰り返していた。
「ほんと、なんなんだよこのゲーム……」
 加藤の言葉を真に受けて柊が提案してきたのは、“愛してるよゲーム”を柊独自に改変した”愛してるよ・大嫌いゲーム“というものだった。
 さらに、台詞を言えなかったり、相手の言葉に照れたり悲しんだりしたら、相手の言うことを一つ聞くという罰ゲーム付き。
 ……なんでこれで親交を深められると思ってんだよ、この後輩は。
 げんなりしていると、柊が得意げに言った。
「俺なりに、那津先輩に配慮してアレンジしたつもりです」
「これのどこが」
「『愛してるよ』だけじゃ、圧倒的に俺が有利ですから。『大嫌い』なら、先輩言いやすいですよね?」
「まあ……」
「でも、さっきから『大嫌い』ばっかりで飽きたんで、そろそろ『愛してるよ』って言ってくださいよ」
 頬を膨らませて不満をこぼす柊に、俺は睨むように目を眇めた。
「そっちだって片方しか言ってないだろ」
「俺はたとえゲームでも先輩に酷い言葉言いたくないんで」
 ……こいつは何を言っているんだ。
 完全にゲームが破綻する発言に頭を抱えた。
「あのなあ……」
「だって、大好きな那津先輩傷つけたくないし」
 真剣な眼差しで告げてくる柊。
 あまりにも真っ直ぐに向けられるそれを、俺は受け止めきれず視線を逸らした。
 ——”大好き“、なんて形容詞を俺につけるなよ。
 それは柊にとっては簡単に言える挨拶程度の言葉なんだろうけど……。
 言われる度に、いちいちどきりとして、一瞬真に受けて、狼狽えて。
 ……でも、こいつにとっては不特定多数にばら撒ける愛の言葉だと思い直して。
 結局は俺も、柊の中で不特定多数の内のひとりでしかない……。だから簡単に“好き”だなんて言えるのだ。
 そんなことわかってる……。
 わかっているのに。
 つい、勘違いしたくなるから。
 ——那津先輩を傷つけたくない。
 本当にそう思ってくれているのなら、もう“好き”だなんて言うな。
 不特定多数に向ける言葉を与えられるくらいなら、“大嫌い”の方がずっとマシだ——。
「じゃ、仕切り直して那津先輩から。是非、俺に『愛してるよ』って言ってください。俺は毎日先輩に『大好き』って言ってるのに、俺は言われたことないから不平等だなって常々思ってたんです」
 俺の気持ちなんて露知らず。
 柊は文句を垂れつつ俺の言葉を促してくる。
 俺だって……ゲームでなんか言いたくないのに。
 でも断るには、言いたくない理由をこいつに言わなきゃいけない。
 俺の心の奥底で重く沈んでいる、こいつへの気持ちを——。
「ね、先輩。早く早く」
 期待の眼差しを向けられる。
 言いたくない理由は……やっぱり言えそうもない。
 俺は仕方なく口を開いた。
「……あ、あー…………」
「頑張って、先輩」
 柊の謎の合いの手。
「あ……、あー……あい、し……」
「あと少しっ」
「あ……」
「ほら、もう一息っ」
 柊がわくわくするに増して、俺の気持ちは沈んだ。
 ……柊にとって、これはゲームだもんな。
 俺が普段絶対に言わない言葉を言わせて面白がっている。ただそれだけなんだろうな……。
 それなら、やっぱり、俺は——
「——————言いたくない」
 こいつにとってはただのゲームの台詞でも、俺にとっては本当の言葉だから。
 言って、あっさりと流されて、なかったことにされるのは、辛い。
 ”愛してる“なんて言ったら、俺の心は元に戻らないくらいぺしゃんこになる。
 想像しただけで、涙が滲む。
 俺は俯き、下唇を強く噛んだ。
 俺の顔を隠す前髪を柊の細長い綺麗な指先が退ける。
「……那津先輩?どうした——」
 柊が俺の顔を覗き込もとした瞬間、賑やかな声が教室内に入ってきた。
「あれー?椛くんじゃーん?」
「なに、放課後まで佐倉っちのとこ来てんの〜?」
「流石春夏秋冬コンビかわいい〜」
 すでに帰っていたはずの一軍女子の三人衆が、なぜか教室に現れた。
「あれ?カナちゃん先輩たち、帰ったんじゃなかったんですか?」
「そう〜、帰ったんだけど、美咲が途中で学生証忘れたのに気づいて」
「ないとカラオケで学割受けらんないじゃん?」
「だから戻ってきたってわけー」
「なるほど〜。あ、友香先輩、今日髪の巻いつもと違う?めっちゃかわいい」
「そうなの〜。え、正直どう?どっちがいいと思う?」
「俺的には今日の巻き方が好き——」
「俺、帰るわ」
 立ち上がり、鞄を手にして宣言した。
 これ以上、ここにいたくない。
「えっ、那津先輩?」
 驚いたような声を上げる柊を無視して、早足で出入り口に向かった。
 ——好き。
 ただの髪型への感想だなんてことはわかっている。
 でも、やっぱり、“好き”を俺以外に向ける柊を見ていられなかった。
 あのままあそこにいれば、柊のことが“大嫌い”な表面上の俺を押し破り、柊を“大好き“な俺が悲鳴を上げて外に出てきてしまうから。
 廊下に出たと同時に、俺は全速力で駆け出した。
 柊からも、本当の俺からも逃げるように——。