夏休み初日。朝、ベッドの上で目覚めると、夏の暑さとは違う温かさが身体を包んでいる。
「…。」
向き合う形で相楽に抱き枕みたいにホールドされている。
我が家のベッドはセミダブル。男子2人が寝るには当然狭い。昨日ルールについて話し合った際、ベッドと床を2人で交互に寝ればいいと提案したが、即却下された。
「仮同棲するってことは、お試しで付き合ってみるみたいなもんでしょ?俺は付き合ったら毎晩佐野と同じベッドで寝たい。だから狭くても一緒に寝て」
と、半強制で同じベッドで寝ることになったのだが、こんな密着して寝るなんて聞いてない!
「…おはよ」
朝とは思えないほど整った顔はまだ眠そうで、今までにない気持ちが芽生えそうになる。
「おはよう…」
夏休みの間は、お互いにバイトの日数や時間を増やしている。相楽は道場のバイト以外に短期のバイトもするらしい。シフトを照らし合わせて、一緒に食べる日や出掛ける日などを決めた。料理と掃除は当番制、洗濯は各自で、スーパーなどの買い出しは一緒に。
自分のスケジュールアプリに相楽の予定を入力するのは新鮮だった。
カップルって、こんな風にお互いの予定共有するのか…。
「帰ってくんの21時過ぎるから、先にご飯食べといてな」
「うん、わかった。気をつけて」
「…行ってきます」
「行ってらっしゃい」
早めに昼ご飯を済ませた俺は、玄関で相楽に見送られてバイトへ向かった。
まさか人生で初めて合鍵渡す相手が相楽になるとは…。
✳︎
夜、バイト先から出た俺は、相楽にこれから帰ると連絡をする。相楽からはすぐに了解と返信があった。
「…帰ったら相楽がいるの不思議だな」
…ガチャ
「あ、おかえり」
ドアを開けたら良い香りがして、キッチンに相楽が立っていた。アパートの間取りは1Kのため、玄関を開けてすぐにキッチンスペースがある。
「…ただいま」
「俺もご飯まだだから一緒に食べよ」
「あ、うん」
大きなクッションを背もたれ代わりにして、ローテーブルに横並びで座った。
「…いただきます!」
相楽の作ってくれた親子丼は店レベルの美味しさだった。
「え、うま!」
「よかった」
ご飯中、俺は無理に話したり、相楽に話題を振ったりすることはしない。だってそれが素の俺だから。
相楽が居ても家の中ではありのままの俺でいることがお試し期間中のルールであり、最大の目的でもある。
✳︎
相楽が風呂に入っている間、俺はキッチンで食器洗いをしていた。昨夜、風呂も一緒に入ろうと言われたらどうしようと焦っていたが、さすがにそこは配慮してくれたようだ。
部屋でテレビを観る俺に「お先でした」と風呂上がりの相楽が言ってくる。俺がすぐに入れるように洗面台ではなく部屋でドライヤーをしてくれるため、髪が濡れたままの状態だ。その色気は普段とは比べ物にならないほど。なるべくその姿を視界に入れないように俯きながら立ち上がり、風呂へ行く。
風呂から出て洗面台を見ると、ドライヤーが戻されていなかったため、部屋に移動した。
俺の観ていたテレビ番組をそのまま観ている相楽は俺に気付くとドライヤーのある端に移動し「座って」と言ってきた。
「え…」
「ほら、乾かすから」
手を引かれ座った俺の髪を乾かし始めた相楽。
人に乾かしてもらうなんか小学生以来だな…。すげぇ、気持ちいい。
「はい、終わり」
「…ありがと」
お礼を言ったら、ふわっとした笑顔で髪を撫でられキュンとなりかける。
なんだよ、その顔〜…
「お盆って実家帰らないんだよね?」
相楽がドライヤーを片付けながら聞いてくる。
「あ、うん。来月に…少し帰ろうと思ってるから…」
「なら、花火大会行かない?」
「花火大会…?」
「さっき調べたら、2人とも予定ない日に花火大会あるみたいで」
「そうなんだ」
花火って男2人で見に行くもんなの?家の中ではお試しで付き合うみたいに言ってたけど、外に出かけるのは友達としてだよな?
「潮見と山本誘ってもいいよ」
そう言った相楽の言葉が本心なのか、俺に気を遣っただけの優しさなのか分からないまま「あぁ…え、ちなみにどこの花火大会?」と若干話を逸らしてしまった。
◇
相楽と仮ルームシェアを始めて約1週間。驚くことがいくつもあった。例えば、相楽の家事能力がレベチなことや、家の中では意外と相楽がお喋りなこととか。中でも1番驚いたのが、あれだけ他人と暮らすことを拒否していた俺の心境の変化だ。家の中で1人になる時間が減ったにも関わらず、精神的負担は増えていない。むしろ、相良との生活に心地よさを感じてきている。どこか開き直っている俺は、ルール通り人見知りのダサいオフモードで過ごしているのだが、相楽はそんな俺に対してこれまでと変わらない態度だし、時折嬉しそうな表情を見せる。
今日は相楽と花火大会に行く日。結局しおみーたちは誘わず、2人で行くことになった。
夕方、2人で電車に乗ると浴衣姿の女子グループやカップルが多くいた。見るからにリア充や陽キャの人間に囲まれ、1人なら途中下車していたかもしれない。
「大丈夫?しんどかったら寄りかかっていいから」
「うん、ありがと…」
今日は相楽という心強い味方がいるからいつもより平気だ。サングラスをかけている相楽は大人っぽくて、周りの女子たちが頬を染めている。
サングラスが似合うって、芸能人かよ…。
✳︎
会場である河川敷には大勢の人が集まり、沢山の露店が並んでいた。
「人多いね」
「そだな」
「露店で買ったら、人少ないとこに移動しよっか」
「うん」
ベビーカステラ、チョコバナナ、焼き鳥などを買った俺たちは、人混みから少し離れた斜面に座った。
「いただきます」
「いただきます…」
焼き鳥ではなく、チョコバナナとベビーカステラから食べるのが甘党の俺たちらしいなと思った。
「19時なのに明るいの感覚おかしくなるよね」
「だよな。半ぐらいになったら暗くなるかなぁ」
「だと思うけど。打ち上げ20時半だよね?」
「うん」
「あと1時間ぐらいか。……佐野、ここついてる」
相楽が俺の唇についたチョコを親指で取った。
「…っ……ありがと…」
当たり前のようにチョコのついた親指を舐めるから、俺の心臓は花火よりも先に打ち上がりそうになる。
一緒に暮らし始めて相楽の距離感はバグりかけている。毎晩俺に抱きついて寝るし、テレビを観る時はピッタリと横に座るし、会話の端々に「かわいい」とか「好き」とかをナチュラルに入れ込んでくるようになった。お試し期間とはいえ、恋人としての相楽は想像以上の破壊力で、俺の心臓はいつも大忙し。
ひと通り食べ終え、日が沈みかけている時。サングラスを首元にかけている相楽は鞄から何かを取り出した。
「佐野、良かったら受け取って」
手のひらサイズのラッピングされた袋を手渡された。
「…え?」
「誕生日おめでと。これ、プレゼント」
「…えぇ!?な…なんで知ってんの!?」
「知ってるに決まってんじゃん。つうか、教えてよ。予定擦り合わせてる時に」
「いや、だって知ってるって知らなくて…わざわざ自分から言うことでもないし……えっと、ありがとう!」
「いえいえ。まだ花火上がんないし、開けてみてよ」
「あ、うん…」
リボンを解き、レザーのケースに入っていたのはサングラスだった。
「…サングラス?」
「うん。俺のこのサングラスと同じブランドのシリーズのやつ」
「そうなんだ…」
「あ、サングラスとか似合わないって思ってるでしょ?」
「いや、そんなこと……ごめん、思った」
「それは佐野の思い込みだから。ちゃんと佐野に似合うやつを選んだから」
「合わせてないのに何で分かんだよ」
「佐野に似合うものは、佐野よりも俺の方が理解してるもん」
「それはないだろ」
「俺がどれだけ佐野のこと見てると思ってんの」
「…っ」
「最近の紫外線は目へのダメージすごいらしいから、お洒落兼紫外線対策ってことで。今度バーベキューする日にかけていこうよ。俺と一緒なら恥ずかしくないでしょ?」
問いかけに小さく頷いた。
「…ありがと。めっちゃ嬉しい」
友達と花火大会に行くのも、サングラスを手にしたのも、小指と小指が触れる距離で打ち上げ花火を見たのも、全てが初めてだった19歳の誕生日。
「…。」
向き合う形で相楽に抱き枕みたいにホールドされている。
我が家のベッドはセミダブル。男子2人が寝るには当然狭い。昨日ルールについて話し合った際、ベッドと床を2人で交互に寝ればいいと提案したが、即却下された。
「仮同棲するってことは、お試しで付き合ってみるみたいなもんでしょ?俺は付き合ったら毎晩佐野と同じベッドで寝たい。だから狭くても一緒に寝て」
と、半強制で同じベッドで寝ることになったのだが、こんな密着して寝るなんて聞いてない!
「…おはよ」
朝とは思えないほど整った顔はまだ眠そうで、今までにない気持ちが芽生えそうになる。
「おはよう…」
夏休みの間は、お互いにバイトの日数や時間を増やしている。相楽は道場のバイト以外に短期のバイトもするらしい。シフトを照らし合わせて、一緒に食べる日や出掛ける日などを決めた。料理と掃除は当番制、洗濯は各自で、スーパーなどの買い出しは一緒に。
自分のスケジュールアプリに相楽の予定を入力するのは新鮮だった。
カップルって、こんな風にお互いの予定共有するのか…。
「帰ってくんの21時過ぎるから、先にご飯食べといてな」
「うん、わかった。気をつけて」
「…行ってきます」
「行ってらっしゃい」
早めに昼ご飯を済ませた俺は、玄関で相楽に見送られてバイトへ向かった。
まさか人生で初めて合鍵渡す相手が相楽になるとは…。
✳︎
夜、バイト先から出た俺は、相楽にこれから帰ると連絡をする。相楽からはすぐに了解と返信があった。
「…帰ったら相楽がいるの不思議だな」
…ガチャ
「あ、おかえり」
ドアを開けたら良い香りがして、キッチンに相楽が立っていた。アパートの間取りは1Kのため、玄関を開けてすぐにキッチンスペースがある。
「…ただいま」
「俺もご飯まだだから一緒に食べよ」
「あ、うん」
大きなクッションを背もたれ代わりにして、ローテーブルに横並びで座った。
「…いただきます!」
相楽の作ってくれた親子丼は店レベルの美味しさだった。
「え、うま!」
「よかった」
ご飯中、俺は無理に話したり、相楽に話題を振ったりすることはしない。だってそれが素の俺だから。
相楽が居ても家の中ではありのままの俺でいることがお試し期間中のルールであり、最大の目的でもある。
✳︎
相楽が風呂に入っている間、俺はキッチンで食器洗いをしていた。昨夜、風呂も一緒に入ろうと言われたらどうしようと焦っていたが、さすがにそこは配慮してくれたようだ。
部屋でテレビを観る俺に「お先でした」と風呂上がりの相楽が言ってくる。俺がすぐに入れるように洗面台ではなく部屋でドライヤーをしてくれるため、髪が濡れたままの状態だ。その色気は普段とは比べ物にならないほど。なるべくその姿を視界に入れないように俯きながら立ち上がり、風呂へ行く。
風呂から出て洗面台を見ると、ドライヤーが戻されていなかったため、部屋に移動した。
俺の観ていたテレビ番組をそのまま観ている相楽は俺に気付くとドライヤーのある端に移動し「座って」と言ってきた。
「え…」
「ほら、乾かすから」
手を引かれ座った俺の髪を乾かし始めた相楽。
人に乾かしてもらうなんか小学生以来だな…。すげぇ、気持ちいい。
「はい、終わり」
「…ありがと」
お礼を言ったら、ふわっとした笑顔で髪を撫でられキュンとなりかける。
なんだよ、その顔〜…
「お盆って実家帰らないんだよね?」
相楽がドライヤーを片付けながら聞いてくる。
「あ、うん。来月に…少し帰ろうと思ってるから…」
「なら、花火大会行かない?」
「花火大会…?」
「さっき調べたら、2人とも予定ない日に花火大会あるみたいで」
「そうなんだ」
花火って男2人で見に行くもんなの?家の中ではお試しで付き合うみたいに言ってたけど、外に出かけるのは友達としてだよな?
「潮見と山本誘ってもいいよ」
そう言った相楽の言葉が本心なのか、俺に気を遣っただけの優しさなのか分からないまま「あぁ…え、ちなみにどこの花火大会?」と若干話を逸らしてしまった。
◇
相楽と仮ルームシェアを始めて約1週間。驚くことがいくつもあった。例えば、相楽の家事能力がレベチなことや、家の中では意外と相楽がお喋りなこととか。中でも1番驚いたのが、あれだけ他人と暮らすことを拒否していた俺の心境の変化だ。家の中で1人になる時間が減ったにも関わらず、精神的負担は増えていない。むしろ、相良との生活に心地よさを感じてきている。どこか開き直っている俺は、ルール通り人見知りのダサいオフモードで過ごしているのだが、相楽はそんな俺に対してこれまでと変わらない態度だし、時折嬉しそうな表情を見せる。
今日は相楽と花火大会に行く日。結局しおみーたちは誘わず、2人で行くことになった。
夕方、2人で電車に乗ると浴衣姿の女子グループやカップルが多くいた。見るからにリア充や陽キャの人間に囲まれ、1人なら途中下車していたかもしれない。
「大丈夫?しんどかったら寄りかかっていいから」
「うん、ありがと…」
今日は相楽という心強い味方がいるからいつもより平気だ。サングラスをかけている相楽は大人っぽくて、周りの女子たちが頬を染めている。
サングラスが似合うって、芸能人かよ…。
✳︎
会場である河川敷には大勢の人が集まり、沢山の露店が並んでいた。
「人多いね」
「そだな」
「露店で買ったら、人少ないとこに移動しよっか」
「うん」
ベビーカステラ、チョコバナナ、焼き鳥などを買った俺たちは、人混みから少し離れた斜面に座った。
「いただきます」
「いただきます…」
焼き鳥ではなく、チョコバナナとベビーカステラから食べるのが甘党の俺たちらしいなと思った。
「19時なのに明るいの感覚おかしくなるよね」
「だよな。半ぐらいになったら暗くなるかなぁ」
「だと思うけど。打ち上げ20時半だよね?」
「うん」
「あと1時間ぐらいか。……佐野、ここついてる」
相楽が俺の唇についたチョコを親指で取った。
「…っ……ありがと…」
当たり前のようにチョコのついた親指を舐めるから、俺の心臓は花火よりも先に打ち上がりそうになる。
一緒に暮らし始めて相楽の距離感はバグりかけている。毎晩俺に抱きついて寝るし、テレビを観る時はピッタリと横に座るし、会話の端々に「かわいい」とか「好き」とかをナチュラルに入れ込んでくるようになった。お試し期間とはいえ、恋人としての相楽は想像以上の破壊力で、俺の心臓はいつも大忙し。
ひと通り食べ終え、日が沈みかけている時。サングラスを首元にかけている相楽は鞄から何かを取り出した。
「佐野、良かったら受け取って」
手のひらサイズのラッピングされた袋を手渡された。
「…え?」
「誕生日おめでと。これ、プレゼント」
「…えぇ!?な…なんで知ってんの!?」
「知ってるに決まってんじゃん。つうか、教えてよ。予定擦り合わせてる時に」
「いや、だって知ってるって知らなくて…わざわざ自分から言うことでもないし……えっと、ありがとう!」
「いえいえ。まだ花火上がんないし、開けてみてよ」
「あ、うん…」
リボンを解き、レザーのケースに入っていたのはサングラスだった。
「…サングラス?」
「うん。俺のこのサングラスと同じブランドのシリーズのやつ」
「そうなんだ…」
「あ、サングラスとか似合わないって思ってるでしょ?」
「いや、そんなこと……ごめん、思った」
「それは佐野の思い込みだから。ちゃんと佐野に似合うやつを選んだから」
「合わせてないのに何で分かんだよ」
「佐野に似合うものは、佐野よりも俺の方が理解してるもん」
「それはないだろ」
「俺がどれだけ佐野のこと見てると思ってんの」
「…っ」
「最近の紫外線は目へのダメージすごいらしいから、お洒落兼紫外線対策ってことで。今度バーベキューする日にかけていこうよ。俺と一緒なら恥ずかしくないでしょ?」
問いかけに小さく頷いた。
「…ありがと。めっちゃ嬉しい」
友達と花火大会に行くのも、サングラスを手にしたのも、小指と小指が触れる距離で打ち上げ花火を見たのも、全てが初めてだった19歳の誕生日。



