今日も相楽がほっといてくれない

 月曜日の朝。朝食のトーストを食べる俺は、昨夜の出来事が頭の中をぐるぐる回って止まらない。

 相楽にキスされた…よな?口じゃなくて、目元だったけど、キスはキスだよな?

 あの後、相楽は何事もなかったかのようにノート写しを再開したし、玄関で見送る時も普通だった。

 え、唇以外にキスするのってよくあることなの?欧米のハグしながら頬合わせてチュッとかする挨拶的なノリと一緒なの?

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 講義室に入ろうとする俺はいつも以上に緊張している。
「ふぅー……よし!」

「おはよー!」
「おはよっ!」
 いつも通り3人と挨拶を交わし、席に着く。もちろん、相楽の様子は普段と何も変わらない。
「あ、そういや相楽、金曜分のノートは大丈夫なの?俺のノート見せるけど」
「ありがと。でも大丈夫」
「そっか」
 相楽が俺に見せてもらったと言わなかったから、俺も自分のノートを見せたと言い出せなかった。

 あ、これも家で会ったのがバレたらいけないからか?

「トイレ行ってくる」
 しおみーとヤマモが講義室を出ていき、急に相楽と2人になってしまい、若干緊張が戻ってきた。そんな俺に相楽は聞いてくる。
「借りた傘返したいんだけど、明後日の夜とか家寄っても大丈夫?」
「安もんの傘だから返さなくていいよ」
「そういうわけにはいかないって」
「分かった。ていうか、わざわざ家まで来なくて大丈夫だぞ?大学で渡してくれたらいいから」
「ここに持ってきて、潮見たちに聞かれたら面倒じゃん。そっち方面に用事あるついでだから気にしないで」
「そっか、了解」

 普通に会話できたけど、やっぱあのキスは挨拶感覚だったのか!?

 ◇

 2日後の昼休み。相楽たちとフリースペースでパンや弁当を食べていた。
「あ、米がもう無かったから帰り買っておいて」
 しおみーがヤマモに言った。
「俺の番に限って重いもんじゃん」
「たまたまだって!あ、クーポン忘れんなよ」
「へいへい」
「…聞きそびれてたけど、しおみーとヤマモって何でルームシェアしてるんだっけ?」
 ふと気になって、珍しく自分から聞いてみた。
「うーん…簡単に言えば利害が一致したからだな」
「利害…」
「家賃折半出来るし、一人暮らしより家事の負担少ないし、あとヤマモは遠恋の寂しさを紛らわせられるしな」
「そんな寂しがり屋じゃねーわ。ま、たまたま同じ大学受かって、友達とルームシェアなんて今しかできないし、やってみるかって半分ノリもあったよな」
「へぇ、楽しそうにしてるもんな、2人とも」
「そぉ?ま、デメリットは彼女を家に連れ込めないってことぐらいかな」
「この先、彼女出来ても同棲するとか言って出てくの無しだからな?」
「分かってるって。佐野っちも、一人暮らしの寂しさで人肌恋しくなったら、いつでも暮らしに来ていいからな!」
「ごめんけど、せっかくなら女子の人肌がいいわ」
「あはは、佐野っち辛口ー」

 ✳︎

 夜、夕飯の後も普段着に着替えることをせずソワソワと待っていると、インターホンが鳴った。
「よ!わざわざごめんな」
「全然。迷惑かけたのこっちだし」
 傘を受け取り、そのまますぐに帰ると思っていた俺に相楽は聞いてくる。
「一緒に食べたいなと思って、デザート買ってきたんだけど、お邪魔してもいい?」
 相楽の手には店の前を通ったことがある洋菓子店の袋がある。
「あ、うん。わざわざありがとな」
「ううん。お邪魔します」

 相楽が家に来るの、少しずつ慣れてきたな。
 
 買ってきてくれたのは、バウムクーヘンだった。
「あ、ここのバウムクーヘン気になってたんだよ」
「よかった。前から思ってたけど、やっぱ佐野も甘党だよね」
「え、相楽も?」
「うん」
「確かに俺並みに甘いもん摂取してるの見るわ。あ、今度新作でプリンフラッペが出るってしおみーが言ってたよな?」
「うん、絶対飲むつもり」
「俺も俺も。しおみーがそんな甘ったるいもん女子しか飲まねーだろって言ってたけど、余裕で飲むけどって内心思ってた」
「分かる。潮見には悪いけど、他の店舗に飲みに行こうよ、2人で」
「そだな」

 バウムクーヘンを食べ終えて、残りのミルクティーを飲んでいると、相楽が何の前触れもなく言ってきた。
「俺も佐野とここで暮らしたい」
「……へ?」
 突拍子もない提案に開いた口が塞がらない。
「どう思う?」
問いかけで冗談ではないことが証明される。

 待って待って!…いやいやいや、どう考えても誰かと暮らすとか無理だから!唯一素で居られるのがこの家の中なのに、それを失ったら四六時中陽キャとして生きなきゃいけないことになるんですけど!何の修行だよっ!

「いや…ルームシェアっていうのは、ヤマモたちみたいに仲の良い奴らがすることで…」
「俺と佐野は仲良くないってこと?」
「え、いや、別にそういうわけじゃなくて…。そもそも相楽がこの部屋でルームシェアするメリットがねぇじゃん?大学から遠いし、広くないし、家賃かかるし…」
「あ、言ってなかったんだけど、俺この辺でバイトしてんだよね。いつも用があるって言ってたのはバイトのこと」
「そうだったんだ。でも、わざわざこんな遠くでバイト?」
「俺、小さい頃から空手習ってて、黒帯なんだけど。その道場で師範のサポート的な役割してて」
「え、すご!」
「今、週2ぐらいで来てるんだけど、最近生徒も増えたから日数増やしてほしいって頼まれてるんだ」
「そうなんだ。…ん?いや、バイト先近くなるメリット以外何もないじゃん!」
「メリット……佐野といる時間が増えることかな」
「…え」

 それは、一体どういう意味で言ってるの?…って、俺の中学生脳引っ込め引っ込め!俺はそんな経験ないけど、友達といる楽しい時間が永遠に続いてほしいって思うんだよな?その延長として一緒に住んだら楽しい時間終わんないんじゃない?って考えですよね!?

「…その、そう思ってくれるのは友達として有り難いし、俺も相楽とルームシェアしたら楽しいだろうなーとは思うけど…けど、一旦冷静に考えた方がいいと思う。あ、暮らすんじゃなくて、バイトから家に帰るのしんどい日だけ泊まりに来るとかどう?」

 いや、それもかなりハードル高いけど。

「俺は至って冷静だけど。つうか、友達として一緒に住みたいって言ってるわけじゃないから。さっきからルームシェアって言ってるけど、俺の求めてる意味とは違う」

 ん!?

「俺は、もっと佐野を知りたいんだよ」
「…え、知りたい…?」
「うん。だって佐野、みんなの前で素を出してないでしょ?」
「…は?そんなことないって」
 焦る手にぐっと力が入る。

 薄々そうじゃないかって思ってた。相楽は俺が人前で誤魔化していることに気づいてるって。というか、ライブの日にバレたも当然で……いや、ドラッグストアで出会した日にはもう…。

「無理してないってこと?」
「…別に俺だけじゃないだろ。みんな家と外じゃテンション違うだろうし、仲良い奴とそうじゃない奴の前で態度だって変わるし…」

 いや、俺何言い出してんの。

「だからそんな、無理してるわけじゃ…」

 やべ、なんか泣きそう…。

ー…ぎゅっ……

 突然相楽に抱き締められた。

 …え……

「みんなの前の佐野を否定してるわけじゃないから。…ただ、俺の前では頑張ってほしくないんだよね」
「……。」
「…むしろ、俺にだけ素の佐野を見せてほしい。俺だけがほんとの佐野を知っときたい」

 また俺の中学生脳が動き出そうとする。鎮まれ、鎮まれ…。
 イケメンに抱き締められながらこんな事を言われて、友情のハグと励ましだと思えるほど俺の心は純粋ではない。

 相楽が家に来るたびに心が乱されていく。