今日も相楽がほっといてくれない

 ライブハウスを抜け、誰もいない夜の公園に着いた俺と相楽。ベンチに座った俺を残し、相楽は近くの自動販売機に向かった。

「はい」
 戻ってきた相楽に水を差し出された俺は、目を合わせる余裕がなかった。
「ありがと…」
 隣に座った相楽は、自分用の紅茶を一口飲んだ。
「…これ、結構甘いやつだ。佐野も飲む?甘いの好きでしょ?」
「あ、いや、大丈夫」
ペットボトルの蓋を開け、ゆっくりと水を口に流し込んだ。
「……。」
 いつものように何か明るく喋らなきゃいけないと頭では分かっているのに、家で1人の時みたいに黙ってしまっている。
 そんな俺に合わせてなのか、横にいる相楽も何言わず遠くを見ているのだが…。

 やばい。段々と冷静になってきたけど、この状況なかなかの危機じゃない?ライブのノリについていけない人間だって自ら言ったようなもんで…。

「ご飯食べ行かない?一駅ぐらい離れたとこに」
 やっと口を開いた相楽の提案に「あ、うん」と返事をした。

 ✳︎

 二駅移動し、ファストフード店に入店した。
「ここの店、土日でも空いてるんだよね」
相楽は慣れた様子で奥の席に進んでいく。
 一度素に戻ってしまったからか、俺はここに着くまでほとんど喋っていない。相楽も自分からペラペラ話しかけてくるタイプではないから、無言の時間が続いていた。


「いただきます」
「…いただきます…」
 向かい合う席で、ハンバーガーにかぶりついた。
「ライブ無理しなくてよかったのに」
 相楽の言葉に一瞬身体に力が入る。
「…ああいうライブ行くの初めてでさ、その、行ってみなきゃ楽しいかどうか分かんねーじゃん?」
「で、楽しかったの?」
「……浅野と楠木を見るのは、楽しかったってゆうか、良い経験できたなとは思う。…ただ」

 この先の本音を伝えていいんだろうか…

「…大勢が盛り上がるあの空間で、知らない人たちの演奏を楽しむ余裕は…なかったかな」
 俯いていた俺は、恐る恐る相楽の顔を見た。
「まぁ、赤の他人だしね」
相楽の表情と口調があっさりしていて、自分の緊張が馬鹿らしくなってくる。
「ごめんな。相楽も途中で抜けさせてしまって…」
「全然。付き合いで行っただけだし」
「そっか…」

 周りにどう思われるかを全く気にしていない相楽が心底羨ましくなった。俺もそんな風に生きられたら、もっと違う毎日が待っているのかな…。

 ◇

 翌朝、顔を洗った俺は鏡の前でいつものルーティンをする。
「…。」
いくら笑顔を作ってみせても、なんだかしっくりこない。
「はぁ…今日休みたいな…」

 ま、絶対休まないけど。だって、休んだらその分の課題を教授や友達に聞かなきゃいけない。それが俺にとってどれだけ避けたいことか。

「今日乗り切れば週末だ。…よしっ!頑張るぞ」


 講義室に入ると、いつもの席にしおみーとヤマモが座っていた。
「佐野っち、おはよー」
「おはよう!」
「おはよー!…あれ、相楽は?トイレ?」
「いや、まだ来てねぇのよ」
「そうなんだ」
 昨日の今日で相楽に会うの少し気まずいな…と思っていたらスマホのバイブが鳴った。
「あ」
 通知は相楽からの連絡だった。
「どした?」
「相楽、体調悪いから休むって」
「まじか。昨日ライブでハメ外しすぎたんじゃね?」
「あはは、かもな」

 あの後、解散する時も元気そうに見えたけど、大丈夫かな…。

 ✳︎

「お疲れ様でした…」
 夜、バイト終わりにスマホを確認すると相楽から返事が来ていた。

 …!?

 体調は良くなった。ノートを写させてほしいのだが明日か明後日で暇な時間があるか、という内容だった。
 人助けをしたい気持ちと休日に友達と会うことを避けたい気持ちで揺れ動いたが、相手が相楽だったからか、
『明後日の夕方以降なら空いてる』
と返事を打っていた。

 送信した後、どこで会うんだろう、カフェ?俺の家?…もしかして相楽の家とか?そもそも俺のノートでいいの?と色んな疑問が頭の中をぐるぐる。

 ◇

 2日後。俺は早朝からシフトに入っていた。

 昼過ぎに休憩をしていると鎌田さんが出勤してきた。
「あ、お疲れ様」
「…お疲れ様です…」
「今日ムシムシするねぇ。もう梅雨入りするのかなぁ」
「どう…すかね」
「出勤前に雨雲レーダー見たけど、今夜は降るかもね」

 ✳︎

 バイト終わり、駐輪場で空を見上げると薄暗くどんよりしていた。
「…うわ、ほんとに降りそう」
 雨具を持ってきていないため、漕ぐスピードを上げて急いで家に帰った。


 家に帰りつき、すぐにシャワーを浴びる俺は、刻々と迫る相楽との約束の時間を気にしている。
 結局、ノートを写すのは俺の家ですることになった。前に住所を伝えているため、相楽は直で家までやって来る予定だ。

 シャワーから出てバタバタと出迎える準備をしていたら、スマホの通知が鳴る。差出人は、相楽。

『さっき駅に着いたんだけど、傘持って来るの忘れてた。駅やコンビニの傘売り切れてて…迎えにきてもらうことって可能?』

 窓の外に視線を移すと、外はどしゃ降りだった。
 迎えに行くから待っててと返事をして、駅へ急いだ。

 ✳︎

 駅で待つ相楽を見つけ、小さく手を上げた。
「ほんとごめん」
「全然。途中で降って濡れなくてよかったな」
「うん。…俺も入ればいい?」
「え?」
 問いかけが何のことか一瞬分からなかったが、傘の中という意味だとすぐに理解した。どっからどう見ても、俺の手には傘が1本しかない。というか、家には1本しかなかったから途中で買って来るのが正解だった。

 うわぁ、完全にやらかした…。

「あ、悪りぃ。急いでて…っ!」
 相楽が俺の手から傘の持ち手を奪い、そのまま2人で傘の下にいる状態になった。

 これは…あの有名な相合傘ってやつ?

「狭いけど許して」
 耳元に相楽の囁き声が響き、ドキッとする。
「…大丈夫」
 ぴったりとくっついたまま、土砂降りの中へ歩き出した。

 地面に激しく打ちつける雨音よりも、自分の心音の方がうるさいのは気のせい…かな?


「ノートとか濡れてない?大丈夫?」
 リビングで脱衣所から取ってきたタオルを渡しながら相楽に尋ねた。相楽はすぐに鞄の中を確認する。
「…うん、大丈夫。ありがと」
「よかった。あ、裾や肩乾かすならドライヤー貸すけど」
「借りていい?」
「おっけ。取りに行くついでに俺は履き替えて来るわ」


 乾燥を終わらせた相楽はノート写しを開始した。ノートを見る相楽から少し離れた所に座る俺はソワソワしている。
「字が分かりづらいとことかあったら遠慮なく言ってな」
「字もまとめ方もすごい見やすい」
「まじか。よかったぁ」
「あ、ここなんだけど、先生なんて説明してた?」
「ん、どこ?」
 俺は相楽の真横に座り直して、ノートの文面を確認した。
「あぁ、ここか。これはたしか…ー」

 説明の終わった俺が「今ので理解できた?」と横を向いた瞬間、相楽の顔が目の前にきた。

 …っ!!近……

「……。」
「佐野ってさ…」
 じっと見てくる相楽が俺の頬に手を添えた。

 え、なに……

 鼓動はありえないぐらい急加速する。

 なんかこの距離、この雰囲気…まるでキスするみたいな…

「目尻にホクロあるよね」
「……え」
「顔見るたびに言おうって思ってて、やっと言えた」

 いやいやいや、俺のドキドキを返せーっ!

 なんて言えるわけもなく、
「…いや、言うタイミングおかしいだろっ」
と精一杯のツッコミをした。

 そういや、前に相楽が家に来た時もキスされるかもって勘違いしたよな。…俺の脳みそは男子中学生かって!

「あはっ。…このホクロ好きだわ」

 …ちゅ…

「…っ……」

 …え…今……ホクロにキスされた!?