今日も相楽がほっといてくれない

 相楽が家に来た翌朝。ゴミ箱に捨てられたピザやケーキの箱を見て、昨夜の出来事が現実だと再認識する。

 大学に着き、いつもの定位置に座る3人に挨拶をする。
「おはよー!」
「佐野っち、おはよーっ」
「おはよ」
「…。」
「なに?」
 無意識に相楽のことをじっと見てしまっていた。
「いや、なんでも…。あ、昨日ありがっ…」
 お礼を伝えようしたら、立ち上がった相楽に手で口を塞がれてしまう。

 !?!?

 そのまま、講義室を出てトイレ近くまで連れて行かれた。
「…ぷはっ……え、何!?」
やっと俺の口から手を離した相楽に問いかける。
「俺が佐野の家に行ったこと、ヤマモたちには内緒にしてて」
「え、別にいいけど…なんで?」
「言ったら絶対行きたがるじゃん」

 …たしかに。それはまだ困る。

 ✳︎

 週に一度構内へやって来るキッチンカーで昼ご飯を買った俺たち4人は、中庭のベンチに座って食べ始める。
「あ、そういや、バイト先の女の先輩に相楽の連絡先知りたいって言われたんだけど、教えていい!?」
 タコライスを頬張るしおみーが相楽に問いかけた。
 しおみーのバイト先はコーヒーチェーン店。前に相楽、ヤマモと一緒に飲みに行った事がある。
「いや、顔も知らない人に教えないから」
「知らなくないって!前来てくれた時に、レジで俺の隣にいた茶髪ボブの女子覚えてない!?」

 そういえば、店内に入ったら店員やお客さんの女性が相楽に頬を染めてたっけ。…まともに周りの人の顔を見れなかったから、そんな女子を俺は覚えてないけども。

「覚えてない」
 淡々と答える相楽。
「まじかよー。じゃあさ、今度店来いよ!」
「いや、それ断りづらくなるだけだからヤだ」
「あはは。しおみー、諦めろって。相楽は自分の興味ない人間にわざわざ関わろうとしねーから」
 ヤマモの言葉にしおみーはショボンとしつつ、納得している。
「だよなぁー。ワンチャンあるかなと思って聞いてみただけ。先輩には望みは蜘蛛の糸並みですって言っとく」

 こんな完璧な容姿をしているのに相楽は彼女がいない。もちろん、モテないわけではない。恋愛に興味がないのか、なかなか人を好きにならないのか。
 ちなみにしおみーは彼女募集中で、ヤマモは高校から付き合っている彼女と遠距離恋愛中。…俺は言わずもがな万年フリー。

「佐野を紹介すんのはどう?その先輩に」

 …!?

 ヤマモがしおみーにとんでもない提案をした。
「あぁ、なるほどな。ありかもな!」

 いやいや、ありじゃないっ!

「佐野っち優しいし、ノリ良いし、お洒落だし。絶対良い彼氏になるもんな!」
 顔面以外を褒められて複雑になる俺は、全力で否定に入る。
「やめろやめろ。相楽目当ての女子が俺で妥協するわけねーじゃん!」

 ていうか、それで紹介されて断られた時の俺のダメージが大きすぎる!

「んなことねーって!案外上手くいくかもしれねぇじゃん」
「意外なきっかけで進展するもんだしな、恋は」
 しおみーとヤマモはどんどん話を進めていく。

 やばい、早く暴走を止めないと。だけど、こういう時どうすれば良い感じに収められるんだろ…

「佐野は彼女とか要らないから」
 何故か相楽がそう発言した。
「え、そうなん!?」
「えっ、あーうん、今は彼女作る余裕ねーかな。学業とバイトと友情で忙しいんで!」
 これは嘘ではない。一歩外に出れば、自分を偽ってばかりの俺に彼女を作る余裕なんかないし、そもそもこんな俺を好きになってくれる人が現れる想像がつかない。
「そっかー。んじゃ、彼女欲しくなったら教えて。俺のバイト先女子多いから」
「おん、ありがと。そん時は頼むわ」

 ◇

 あっという間に2週間が経ち、今日は浅野らに誘われたライブに相楽と行く日。朝から俺が憂鬱なのは言うまでもない。

「あー、緊張するー!なんかすでにお腹痛い」
「今日絶対に授業頭に入らないわ」
 浅野と楠木がわちゃわちゃしながら講義室に入ってきた。

 絶対、俺の方が緊張してるから。ほんと、応援してほしいぐらいなんですよ!

 ライブに行くのは、カラオケとは別の難易度がある。ライブでお客さんが見ているのはステージ上の人間で、観客側の俺を見ることはないはずだが、気分が高揚する周りの人に合わせ続けられる自信がない。うん、全くない。

「俺たちの分まで楽しんでこいよー!」
 帰り際に言われたしおみーとヤマモの言葉に
「おう!死ぬほど楽しんでくるわ!」
と、心にも無いことを言ってみせる。

 ✳︎

 ビルの3階にあるライブハウスは、200人が入れる規模らしい。
 到着が少し遅れてしまったため、中に入るとすでに大勢の人がいて、俺と相楽は後ろの方から見ることにした。
 ファイト俺!と心の中で唱える俺に相楽は聞いてくる。
「浅野たち最初に出るって言ってたよね?」
「うん。トップバッターとか緊張しそうだよな」
「浅野は目立ちたがりだろうからしないかもよ」
「あはは、たしかにな!」

 薄暗い空間自体は落ち着くけれど、見知らぬ陽気な人達に囲まれるのは落ち着かない。
 ライブが開始され、浅野や楠木含む4人の女子がステージ上に出てきた。みんな観客に手を振り、とても堂々としている。

 すげぇな、2人とも…。朝の発言どこいった。

 演奏が始まり、ボーカルの浅野、ドラムの楠木の姿をじっと見ていた。緊張どころか楽しんでいるような2人をただただ尊敬する。

 知っている曲だったため、最低限のリズムには乗れるが、前にいる集団のような盛り上げ方は出来ない。
 それでも、知らない人ではなく知っている人がキラキラ輝く姿を見るのはそれなりに楽しめた。

 ✳︎

 ライブ開始から40分ほど経っただろうか。浅野たちの出番は終わり、他の1年や先輩のグループの演奏が続いている。時間が経つにつれ、会場の盛り上がりが増していくのを肌で感じた。
「……。」
 なのに、自分1人だけが取り残されている気分になっていた。200人近い人達が盛り上がる中、俺だけが冷静にその光景を客観的に見ている。多分、ライブハウスに来ている当事者になりきれていない。
 臨場感溢れる大音量に包まれながら、家でゆっくり聴きたい、なんか思っている俺はここにいる資格は無い。

 あぁ、帰りたい…。

「…佐野、来て」
 突然、相楽が俺の腕を掴み、出入り口の方へ足早に進んでいく。
「えっ…」


 ライブハウスの外に出た俺と相楽。
 外に連れ出された理由が分からない俺に相楽は言う。
「帰ろっか」
「…え……」
「佐野…楽しくないっていうか、苦手だったんじゃないの?ライブとか」

 周りのテンションに合わせきれていないのがバレたのか…。

「んなことねーって!めっちゃ楽しんでたし」
 笑顔で嘘をつく俺に、相楽が予想外のことを言ってきた。
「俺はさ、本当の佐野を知りたいんだけど」
「……。」
真っ直ぐに見つめてくる相楽は、次の言葉を探す俺に対し、さらに言葉をかける。
「本当に楽しいなら戻ればいいけど、そうじゃないならこのまま俺とどっか行こ」
「え…」
 一軍男子になりたくて、必死に周りと合わせて約2ヶ月。自分の心に嘘ばっかついてた気がする。

 …相楽にも嘘をついたし。…今、あの場に戻って俺の心は大丈夫だろうか…。

「……相楽と…どこか行きたい…」
 俯きがちに言った俺の言葉に相楽はふわっと笑顔を見せた。
「決まり。じゃあ、行こ」
「…っ!」
 今度は俺の手を握って歩き出した相楽。

 その瞬間、自分の心が軽くなったのが分かった。