朝起きたら、顔を洗って鏡の前で笑顔の練習をする。微笑む感じじゃなくて、ニカーッて明るく笑うほうのやつ。それが大学に行く日のルーティン。
「おはよーっ…いや、違うな。…おっはよー!…うん、今の感じだ」
鏡の前でこんな独り言を言っていても、誰にもツッコまれないのは、一人暮らしのメリットかもしれない。
佐野 夏樹、18歳。この春から大学1年生になった。親元を離れ、アパートで一人暮らしを始めて1ヶ月ちょっと。少しずつ家事も出来るようになってきたし、学業とバイトの両立も慣れてきた。
アパートの最寄駅から大学の最寄り駅まで約1時間。電車に揺られている間が朝の勉強タイム。
大学の最寄駅に着き、電車を降りる俺は誰にも気付かれないように小さく深呼吸をする。
✳︎
講義室に入ると、1番後ろの中央辺りの席に集まっている男3人の姿が見えた。その内1人が俺に気付き「あ、佐野っちだ!おはよーっ!」と大きな声で挨拶をしてきた。
「おっはよー!」
朝の洗面台で練習した笑顔と言い方を無事にやり遂げた俺は、内心ホッとしながら席に着く。
「そういや、来週の金曜の講義終わった後ヒマ?カラオケ行こうぜ!」
さっき大きな声で挨拶をしてきたしおみーが聞いてきた。
しおみーこと潮見 健は、俺たち4人の中で1番元気で騒がしい。明るめの茶髪マッシュヘアが良く似合う。
え…カラオケ?…いやいや、友達とカラオケなんか行ったことないんだけど。
しおみーからの提案に1人焦ってしまう。
だって俺は、いわゆる大学デビューだから。高校までの俺は人見知り全開で、平凡なグループに所属するにもかなりの時間を要した。
心機一転、大学入学を機に自分を知る人がいない環境に身を投じた俺。生まれ変わることを決意し、無事一軍グループ入りを果たしたわけだが、人間そんな簡単に変われない。
「お、いいじゃん。俺は暇だから行ける」
しおみーの隣でそう言ったのは、ヤマモこと山本 桔平。ツーブロックの髪型に細マッチョの爽やか男子。
「いや、ヤマモの予定は知ってっから!」
しおみーとヤマモは同じ高校出身で、今は大学からバスで20分ほどのマンションでルームシェアをしている。
「相楽は?バイトだっけ?」
「いや、その日は休み」
クールに答えた相楽 颯は、いつも落ち着いていて、誰が見てもイケメン。黒髪センターパートと高身長で色気を放っている。実家暮らしで、大学から電車で10分ほどの近さらしい。
「お、よかった。あとは、佐野っちだけだな。行けそ?」
来週の金曜の夕方はバイトが休みで、特に予定もない。…だが、正直断りたい。普段のノリに合わせるのが精一杯な俺にカラオケなんて無理すぎる!
「あー、予定確認して、また返事するわ」
「おっけー!」
やってしまった…。キッパリ断ることもせず、中途半端に相手を期待させてしまうような言い方を…。
「つーか、佐野の今日の服お洒落だな。どこの?」
「えっ、あー、ネットで適当に買ったから忘れた」
「なんだよそれ。タグ見せろって」
ヤマモは俺の襟元を掴んで、タグを見ようとする。
「やめろ、引っ張んなよ。伸びるだろ」
「あはは」
この褒められた服も俺自身のセンスではない。ファッションに疎い俺は、一軍男子の見た目に近づくために洋服を定額でレンタルしている。コーディネートも組んでくれるし、本当に便利で有難い世の中だ。
✳︎
夕方、アパートに帰り着いた俺は床に置いてある大きなクッションにダイブし「はぁー…」と大きくため息をつく。
「やっぱ自分ん家が1番落ち着くな。…今日も1日よく頑張った。偉いぞ、俺」
身体を起こし、キッチンに向かった俺は冷蔵庫に入れていたシュークリームを取り出し、その場で頬張った。
「うまっ。夜ご飯前にデザート食べても怒られないって最高だな」
自分で自分のことをしっかり褒めて、甘やかす。それが明日も陽キャを演じる俺にとって大切なこと。
夜、シャワーを浴びる前に洗濯をしようとした俺は気付く。
「あ、洗剤無くなったんだった」
また服を着るのが面倒で、シャワー後買いに行くことにした。
✳︎
近所のドラッグストアに着いた俺は、部屋着代わりの高校時代のジャージを着ている。シャワー後なので、今朝ヘアアイロンとワックスで念入りに造り上げたヘアセットは、ただのストレートヘアに戻っている。
洗濯洗剤の他にいくつかカゴに入れレジに並んだ。
「いらっしゃいませー」
「…。」
「……袋どうされますかぁ?」
「…あ…い、要らないです…」
店員と目を合わせられず、小声で答えてしまう人見知りモードの俺。
レジ横の台でエコバッグに詰めていると、隣に他のお客さんが来た。もちろん見知らぬ人の顔をわざわざ見ないし、手元をチラッと確認して距離を把握するだけ。
「…佐野」
突然横の人に名前を呼ばれて顔を上げた俺は、固まってしまう。
「え…」
俺の横にいたのは、相楽だった。
え、何でここに…。もしかして、そっくりさん…?なわけないじゃん!こんなイケメンがその辺にゴロゴロいても困る。え、相楽の家って大学寄りだったよな?…俺が何のためにわざわざ大学から1時間離れてるこのエリアにアパート借りたと思ってんだよ。大学以外の生活圏で知り合いに会わなくていいように選んだのに。あぁ、普段の俺の格好してる時は名前呼ばれても反応しないって決めてたのについ……って、そんなことより今のこの状況どうすんだ!?
ここまでの思考回路約3秒。
「佐野、この辺に住んでんだ」
相楽はいつもと変わらないトーンで言ってくる。
え、これ返事したら俺だと認めることになるよな!?…ていうか相楽は何で完全なるオフモードの俺に気付いてんの!?あー、どうする俺!!話す?誤魔化す?……だめだ、逃げろっ!
迷った挙句、何も言わずにダッシュで店から出た。相楽がどんな反応をしたかなんて確認する暇もなく、ひたすら家に向かって走り続けた。
「はぁ…はぁ……」
急いで玄関の中に入り鍵を閉め、額に汗をかいたまま、その場に座り込んだ。
「完全にやらかした…。明日、どうしよ…」
◇
翌朝、鏡の前でいつものルーティンをこなす俺の頭の中は、昨夜の出来事で埋め尽くされている。
「…はぁ。さすがに逃げるのはアウトだったよなぁ…」
いや、あの場で認めていたら順調なキャンパスライフが水の泡だった。…大丈夫、まだ隠し通せる。
✳︎
大学の最寄駅の改札を抜けると、いつもと違う光景が見えた。
「え…」
この時間すでに大学に到着しているはずの相楽がスマホを見ながら立っている。
待って待って。何でいるんだよ!え、たまたま?昨日の今日でそんなことある!?
頭の中でぐるぐる思考を巡らせている間に相楽が俺に気がついた。
「おはよ」
「あっ、相楽じゃん!おはよう!どうしたの、この時間に駅にいるの珍しくない?」
いつも通り精一杯の明るさで会話を開始する。
「寝坊して1本遅いので来たから」
「そうなんだ。相楽と朝一緒に行くの初めてだよな。今日はラッキーだわ!」
いやいやいや、何言ってんの俺!昨日のこと聞かれるんじゃないかって、さっきから脈の早さが尋常じゃないくせに!
「確かに駅で会うのは新鮮かも。…会うで思い出したけど……俺たち昨日の夜、会ったよな?」
…!!
相楽の声や表情から俺への疑いや怒りは感じない。
出会って1ヶ月ちょっと、相楽のことは良い奴だと思ってるし、こんな俺と仲良くしてくれてるのは本当に感謝している。だから、なるべく嘘はつきたくないけど、この件だけは許してほしい…。
「え、昨日の夜?俺ずっと家にいたけど…」
「いや、ドラッグストアで…」
「ドラッグストア?昨日は行ってないよ。人違いじゃね?俺みたいな顔どこにでもいるし」
「……。」
助演男優賞ばりの演技で嘘をついてしまった俺を相楽がそれ以上追求してくることは無かった。
「おはよーっ…いや、違うな。…おっはよー!…うん、今の感じだ」
鏡の前でこんな独り言を言っていても、誰にもツッコまれないのは、一人暮らしのメリットかもしれない。
佐野 夏樹、18歳。この春から大学1年生になった。親元を離れ、アパートで一人暮らしを始めて1ヶ月ちょっと。少しずつ家事も出来るようになってきたし、学業とバイトの両立も慣れてきた。
アパートの最寄駅から大学の最寄り駅まで約1時間。電車に揺られている間が朝の勉強タイム。
大学の最寄駅に着き、電車を降りる俺は誰にも気付かれないように小さく深呼吸をする。
✳︎
講義室に入ると、1番後ろの中央辺りの席に集まっている男3人の姿が見えた。その内1人が俺に気付き「あ、佐野っちだ!おはよーっ!」と大きな声で挨拶をしてきた。
「おっはよー!」
朝の洗面台で練習した笑顔と言い方を無事にやり遂げた俺は、内心ホッとしながら席に着く。
「そういや、来週の金曜の講義終わった後ヒマ?カラオケ行こうぜ!」
さっき大きな声で挨拶をしてきたしおみーが聞いてきた。
しおみーこと潮見 健は、俺たち4人の中で1番元気で騒がしい。明るめの茶髪マッシュヘアが良く似合う。
え…カラオケ?…いやいや、友達とカラオケなんか行ったことないんだけど。
しおみーからの提案に1人焦ってしまう。
だって俺は、いわゆる大学デビューだから。高校までの俺は人見知り全開で、平凡なグループに所属するにもかなりの時間を要した。
心機一転、大学入学を機に自分を知る人がいない環境に身を投じた俺。生まれ変わることを決意し、無事一軍グループ入りを果たしたわけだが、人間そんな簡単に変われない。
「お、いいじゃん。俺は暇だから行ける」
しおみーの隣でそう言ったのは、ヤマモこと山本 桔平。ツーブロックの髪型に細マッチョの爽やか男子。
「いや、ヤマモの予定は知ってっから!」
しおみーとヤマモは同じ高校出身で、今は大学からバスで20分ほどのマンションでルームシェアをしている。
「相楽は?バイトだっけ?」
「いや、その日は休み」
クールに答えた相楽 颯は、いつも落ち着いていて、誰が見てもイケメン。黒髪センターパートと高身長で色気を放っている。実家暮らしで、大学から電車で10分ほどの近さらしい。
「お、よかった。あとは、佐野っちだけだな。行けそ?」
来週の金曜の夕方はバイトが休みで、特に予定もない。…だが、正直断りたい。普段のノリに合わせるのが精一杯な俺にカラオケなんて無理すぎる!
「あー、予定確認して、また返事するわ」
「おっけー!」
やってしまった…。キッパリ断ることもせず、中途半端に相手を期待させてしまうような言い方を…。
「つーか、佐野の今日の服お洒落だな。どこの?」
「えっ、あー、ネットで適当に買ったから忘れた」
「なんだよそれ。タグ見せろって」
ヤマモは俺の襟元を掴んで、タグを見ようとする。
「やめろ、引っ張んなよ。伸びるだろ」
「あはは」
この褒められた服も俺自身のセンスではない。ファッションに疎い俺は、一軍男子の見た目に近づくために洋服を定額でレンタルしている。コーディネートも組んでくれるし、本当に便利で有難い世の中だ。
✳︎
夕方、アパートに帰り着いた俺は床に置いてある大きなクッションにダイブし「はぁー…」と大きくため息をつく。
「やっぱ自分ん家が1番落ち着くな。…今日も1日よく頑張った。偉いぞ、俺」
身体を起こし、キッチンに向かった俺は冷蔵庫に入れていたシュークリームを取り出し、その場で頬張った。
「うまっ。夜ご飯前にデザート食べても怒られないって最高だな」
自分で自分のことをしっかり褒めて、甘やかす。それが明日も陽キャを演じる俺にとって大切なこと。
夜、シャワーを浴びる前に洗濯をしようとした俺は気付く。
「あ、洗剤無くなったんだった」
また服を着るのが面倒で、シャワー後買いに行くことにした。
✳︎
近所のドラッグストアに着いた俺は、部屋着代わりの高校時代のジャージを着ている。シャワー後なので、今朝ヘアアイロンとワックスで念入りに造り上げたヘアセットは、ただのストレートヘアに戻っている。
洗濯洗剤の他にいくつかカゴに入れレジに並んだ。
「いらっしゃいませー」
「…。」
「……袋どうされますかぁ?」
「…あ…い、要らないです…」
店員と目を合わせられず、小声で答えてしまう人見知りモードの俺。
レジ横の台でエコバッグに詰めていると、隣に他のお客さんが来た。もちろん見知らぬ人の顔をわざわざ見ないし、手元をチラッと確認して距離を把握するだけ。
「…佐野」
突然横の人に名前を呼ばれて顔を上げた俺は、固まってしまう。
「え…」
俺の横にいたのは、相楽だった。
え、何でここに…。もしかして、そっくりさん…?なわけないじゃん!こんなイケメンがその辺にゴロゴロいても困る。え、相楽の家って大学寄りだったよな?…俺が何のためにわざわざ大学から1時間離れてるこのエリアにアパート借りたと思ってんだよ。大学以外の生活圏で知り合いに会わなくていいように選んだのに。あぁ、普段の俺の格好してる時は名前呼ばれても反応しないって決めてたのについ……って、そんなことより今のこの状況どうすんだ!?
ここまでの思考回路約3秒。
「佐野、この辺に住んでんだ」
相楽はいつもと変わらないトーンで言ってくる。
え、これ返事したら俺だと認めることになるよな!?…ていうか相楽は何で完全なるオフモードの俺に気付いてんの!?あー、どうする俺!!話す?誤魔化す?……だめだ、逃げろっ!
迷った挙句、何も言わずにダッシュで店から出た。相楽がどんな反応をしたかなんて確認する暇もなく、ひたすら家に向かって走り続けた。
「はぁ…はぁ……」
急いで玄関の中に入り鍵を閉め、額に汗をかいたまま、その場に座り込んだ。
「完全にやらかした…。明日、どうしよ…」
◇
翌朝、鏡の前でいつものルーティンをこなす俺の頭の中は、昨夜の出来事で埋め尽くされている。
「…はぁ。さすがに逃げるのはアウトだったよなぁ…」
いや、あの場で認めていたら順調なキャンパスライフが水の泡だった。…大丈夫、まだ隠し通せる。
✳︎
大学の最寄駅の改札を抜けると、いつもと違う光景が見えた。
「え…」
この時間すでに大学に到着しているはずの相楽がスマホを見ながら立っている。
待って待って。何でいるんだよ!え、たまたま?昨日の今日でそんなことある!?
頭の中でぐるぐる思考を巡らせている間に相楽が俺に気がついた。
「おはよ」
「あっ、相楽じゃん!おはよう!どうしたの、この時間に駅にいるの珍しくない?」
いつも通り精一杯の明るさで会話を開始する。
「寝坊して1本遅いので来たから」
「そうなんだ。相楽と朝一緒に行くの初めてだよな。今日はラッキーだわ!」
いやいやいや、何言ってんの俺!昨日のこと聞かれるんじゃないかって、さっきから脈の早さが尋常じゃないくせに!
「確かに駅で会うのは新鮮かも。…会うで思い出したけど……俺たち昨日の夜、会ったよな?」
…!!
相楽の声や表情から俺への疑いや怒りは感じない。
出会って1ヶ月ちょっと、相楽のことは良い奴だと思ってるし、こんな俺と仲良くしてくれてるのは本当に感謝している。だから、なるべく嘘はつきたくないけど、この件だけは許してほしい…。
「え、昨日の夜?俺ずっと家にいたけど…」
「いや、ドラッグストアで…」
「ドラッグストア?昨日は行ってないよ。人違いじゃね?俺みたいな顔どこにでもいるし」
「……。」
助演男優賞ばりの演技で嘘をついてしまった俺を相楽がそれ以上追求してくることは無かった。



