卒業までに、きみとシたい100のこと

 美術準備室を抜け出し、職員室に向かう。
 職員室では、石川先生と青柳先生が、イジュンを見物しに来る生徒への対応を話し合っていた。
 石川先生は、この学校で最年長の教師で、美術を担当し、美術部の顧問も務めている。
 真っ白な髪に穏やかな笑みを浮かべた、いかにも老紳士然とした人だ。

「当面は、用のない生徒が教室前に集まらないよう、教師が交代で見回りましょう。盗撮禁止についても、改めて全校へ注意が必要ですねぇ」
 石川先生の言葉に、青柳先生が腕を組む。
「成瀬。お前、イジュンの隣の席だよな。移動教室とか校内の案内を、しばらく手伝ってやってくれないか?」
「……俺でよければ」
「何かあっても一人でどうにかしようとすんな。すぐ近くの教師を呼べ。お前まで怪我したら意味がないからな」
「……わかりました」

 自分の身体が大きいことも、傷のある顔を怖がられることも、今までずっと嫌だった。
 だけど、それがイジュンを守るために使えるのなら。
 この身体も、少しくらい役に立つのかもしれない。

「あの、石川先生。お願いがあるんですが……」
 普段、自分から誰かに話しかけることなんて、ほとんどない。
 喉が強張り、声が掠れそうになったけれど、それでも言わなくちゃいけない。

「イジュンは美術部への入部を希望しています。明日の江ノ島スケッチにも、参加したがってて……。入部を認めてもらえませんか」
「彼は、あなたを入部の交渉役として寄越したのですか?」
「違います。俺が勝手に、お願いしてるだけです」
 石川先生は少しだけ目を見開いた。

「では、まず本人と話をしましょう。入部の意思が確認できれば、明日のスケッチへの参加を認めます。正式な書類は、そのあとでも構いません」
「ありがとうございます」
 思わず、深く頭を下げる。
「ずいぶん熱心だな。お前が自分から誰かのために頼みごとするなんて、初めてじゃないか?」
 青柳先生に返す言葉もなく、俺は石川先生に向き直った。
「美術室の前には、野次馬が集まっています。イジュンをここまで連れてくるのは危険なので……美術室まで来ていただいてもいいですか」
「もちろんです。一緒に行きましょう」
 石川先生と一緒に、職員室を出る。

 誰かのために教師に頼みごとをしたのも。
 こんなにたくさんの言葉を、自分から口にしたのも。
 たぶん、生まれて初めてだった。