卒業までに、きみとシたい100のこと

 その日から俺は、読み切り掲載と芸術大学受験に向けて、全力で取り組むことになった。

 美術部を引退し、学校が終わったらまっすぐ家に帰って、漫画と芸大受験対策に打ち込む。
 イジュンは、一緒に過ごせる時間が減ることを寂しがりながらも、俺の挑戦を応援してくれた。
 
 長浜は、文化祭後、一週間学校を休んだ。
 久々に登校したその足で、イジュンに土下座した。

「許してくれとは言わない。……萌亜奈を取られると思うとたまらなく怖かったし、お前たちを見てると、どうしたって劣等感が刺激されて、八つ当たりせずにはいられなかった。韓国人だからって見下すようなことまで言った。言い訳できねぇ。馬鹿げたことをして、すまなかった」
 イジュンは安易に和解の言葉を口にしなかった。
「簡単には、許せない。だけど、責め続ける気もない。僕は、人を憎み続けるのが、すごく苦手だから」
 イジュンらしい言葉だと思った。

「俺を殴れ」と頬を突き出す長浜に、イジュンは「そんなので、スッキリされたくない」と言い放った。
 ただ、優しいだけではない。まっすぐな男なのだと、俺は思った。

 それ以降、長浜はイジュンに対する嫌がらせを一切しなかった。
 長浜に同調していた取り巻きたちにも、イジュンを仲間外れにするなと告げたらしく、彼らも普通にイジュンと会話をするようになった。
 イジュンも、長浜にはそっけないままだったけれど、必要なときには言葉を交わした。

 ぎこちなさは残っていた。それでも、表面上は平和なクラスが戻ってきた。

**

 クラスはすっかり受験期の空気に包まれ、あっという間に十二月になった。
 クリスマスを一週間後に控えたある日、笹野さんが教室の最後列にある、俺とイジュンの席までやってきた。

「イジュンくん、成瀬くん。その節は、本当にごめんね!」
「別に、笹野さんが謝ることじゃないよ」
 イジュンは、少し澄ました顔で、そう答えた。

「イジュンくんも成瀬くんも、クラゲ好きでしょ? よかったらこれ、二人で使って」
 笹野さんはクラゲの写真が印刷された一枚のチケットを、俺たちに差し出した。
 チケットには、『クリスマス・ナイトアクアリウム・ペア特別入場券』と書かれている。

「クリスマスイブにね、夜のえのすいで貸切イベントが行われるの。閉館後の館内を、招待券を持ってる人だけが、ゆっくり観覧できるんだよ!」
「ええっ!? すごい!!!」
 イジュンが目を見開き、前のめりに叫ぶ。
「すごいでしょ! 応募が多くて、なかなか当たらないらしいの。クラゲ好きの二人に、丁度いいんじゃないかなって思って」

「え、でも……貴重なものなんでしょ? 僕らがもらっちゃっていいの?」
「申し込んだの、今年の春なんだけど。行く相手、いなくなっちゃったし。お詫びの気持ちも込めて、もらってもらえたらいいなぁって」
「お詫びは、必要ないよ。ナイトアクアリウムは気になるけど、笹野さん、行きたくて申し込んだんでしょ?」
「そのときはね。今は、誰とも行きたくない。去年も一昨年も、クリスマスは慶太と過ごしたし。慶太とは行きたくないけど、別の誰かとも行きたくないの」
 笹野さんは、チラッと誰も座っていない長浜の机に視線を向け、大きなため息を吐いた。
 
 反省し、行動を改めた長浜だけれど。
 イジュンからも、笹野さんからも許されてはいない。
 当然だ。人の行いは、簡単になかったことにはできないから。

「わかった。じゃあ、もらうね。その代わり、約束してほしい。もう、申し訳ないなんて思わないで。これで、あいこにしよう」

 笹野さんの瞳が、みるみるうちに潤んでゆく。
「ありがとう、イジュンくん……! イジュンくんって顔だけじゃなくて、心も天使!」
「成瀬くんには負けるけどね!」

 おい、やめてくれ。
 イジュン、そこで俺の名前を出すな!

「相変わらず、イジュンくんは成瀬くんのことばっかだね」
「親友だからね」
「やめろ、日本では、そういうの、普通は口に出さない!」
「あはは。ほんっと仲良しだね。その日はサムエル・コッキング苑もイルミネーションやってるから、ついでに行くといいよ。すっごくきれいだから!」
「教えてくれてありがと。帰国前の楽しみができたよ!」
 
 帰国前。
 さらっと発されたその言葉に、心臓が、ぎゅうっと締め付けられる。
 卒業したら、イジュンは韓国に帰ってしまう。
 二月からの自由登校期間も、向こうで過ごすのかもしれない。

 別れのときが、近づいている。
 そう思うと、せっかくの特別観覧を、喜ぶことはできそうになかった。