「えっ、成瀬先輩、ミスターコン出るんですか!?」
しっかり口止めしておけばよかった。
翌日の部活動の時間、イジュンが女子部員たちに、俺が文化祭で行われるミスターコンに出場することを漏らしてしまった。
「——なりゆき上、仕方なく」
「もしかして、イジュン先輩を守るためですか!?」
後輩女子が、瞳を輝かせ、前のめりに尋ねてくる。
図星すぎて辛い。
何も答えられない俺に代わって、イジュンが勝手に答えてしまった。
「成瀬くんは優しいからね。もしこの世界に本当に天使がいたら、成瀬くんの形をしてるよ、きっと」
ちょっと待て。それは以前、俺がお前に対して感じた言葉だ。
なんでまったく同じことを言うんだ、とツッコミを入れかけ、海100リストで最近そのセリフを使ったことを思い出した。
「海100リストのセリフですね! うぅ、イジュン先輩の声で聴くと、最高すぎますー!」
きゃああ、と悲鳴を上げたあと、二年の女子が心配そうな顔をした。
「確かミスターコンって、アピールタイムがあるんですよね。ダンスとか、歌とか、たくさんの人の前で披露することになると思いますけど、成瀬先輩、大丈夫ですか?」
「なに!?」
ミスコンにもミスターコンにも興味がなく、一度も見に行ったことがない。審査方法なんて、まったく知らなかった。
「イジュン、悪い。やはり俺には無理だ」
「笹野さんにお断りの連絡、入れる?」
「頼む」
イジュンが笹野さんにメッセージを送る。
「返事来た。もう正式エントリーしたから、取り消すなら代わりの出場者を立ててほしいって。それも、絶対に長浜くんに勝てそうな人。——残念だけど、そんなの成瀬くん以外にいないよ」
イジュンにキッパリと言い切られ、俺は頭を抱えて、その場に座り込んでしまった。
「文化祭っていつ?」
「九月の半ばですよ、イジュン先輩」
「今からなら、二ヶ月ある。成瀬くん、特訓しよう。僕が教える!」
イジュンが俺の隣にしゃがみ込み、顔を覗き込んでくる。
前髪のバリアがないせいで、キラキラしたイジュンの美貌を、至近距離で直に浴びる羽目になった。
「いや、無理だ。そもそも、俺は人前に立つことに致命的に向いてない」
「知ってる。でも——この先、ずっと逃げ続けるわけにはいかないよ? 大学受験で面接があるかもしれないし、就職活動なんて、きっと人前に立つ機会だらけだ。それに社会に出たら、絶対に逃げられない」
イジュンの言うとおりだ。
今は『苦手だ』と言って避けていても、社会に出れば、そうはいかない。
俺は、ここ数ヶ月、何度もSNSで連絡をくれている出版社の編集者だという女性のことを思い出した。
『ぜひ、「海辺の青春100リスト」を商業化させていただきたいと思っているんです。一度、お話をさせていただけませんか?』
そんな夢みたいなことを言ってくれているのに。俺は、身バレが怖くて逃げ続けているのだ。
「そういえば、成瀬先輩って、歌、上手いですよね。すごくいい声してるし」
後輩の一人が、そんなことを言い出した。
「えっ、成瀬くんの歌声、聞いたことあるの!?」
「ありますよー。去年、みんなでカラオケ行ったんです」
「ずるい! 僕、聞いたことないよ!」
「転校する部員の送別会だったんだ。俺だけ行かないわけにもいかなかった」
「何歌ったの?」
「私たちが勝手にリクエストしたんですけど、アニソンとか、歌ってくれましたよ!」
「じゃあ、アニソンで行こう! 僕でよければ、色々手伝うし」
「いっそ二人で歌ったらいいんじゃないですか?」
「ダメだよ。僕は、人前で歌っちゃいけない決まりだから」
「なんで?」
「なんでも」
おそらく、事務所との契約か何かで、イジュンは行動を制限されているのだろう。
これ以上、突っ込まれると、ボロが出るかもしれない。
「じゃあ、お前がジャッジしてくれ。特訓でどうにかなるものなのかどうか。俺自身の評価では、どうにもならないと思ってる」
「いいよ。今からカラオケ行こうか」
「わ、いいな! 私たち、見学に行かせてください!」
やめてくれ、恥ずかしい! 断ろうと思ったのに——
「いいよ。人前で歌う練習にもなっていいと思う」
イジュンが勝手に了承してしまった。
部活終了後。
俺とイジュンは、美術部員全員と共に、カラオケに向かった。
「ものすごく歌いにくいんだが——」
なんだ、この拷問は。
俺だけがマイクを握らされ、部員全員が、すっかり観客状態で俺に視線を向けている。
「本番では、この何十倍も人がいるわよ」
高嶺部長の冷静なツッコミに、俺は何も言い返せなくなってしまう。
「ダンスも、する?」
「するわけないだろう!」
邪気のない顔で尋ねるイジュンに、俺は食い気味に即答する。
「じゃあ、踊らなくても大丈夫な曲にしたほうがいいね。バラードとか。じっくり聴かせる感じの曲。アニメの曲のが馴染みあるよね。成瀬くん、これ歌える?」
イジュンが指差したのは、少し前に流行ったアニメの主題歌だった。
「歌えなくはない」
「じゃ、とりあえず、これにしよう。声域は? どれくらいから、どれくらいまでが出しやすい?」
「セイイキ?」
「えっと、僕に合わせて声を出してみて。ドーレーミーファーソーラーシードーレーミーファー……」
イジュンが、音階を一音ずつ発声してゆく。
ただ音の高さを確かめているだけなのに、その声は驚くほど艶やかで、俺を含めた全員が、ぽかんと口を開けてしまった。
「ん? どうしたの、みんな」
「いや……お前の声がきれいすぎて、みんな、聴き惚れてる」
「イジュン先輩、声楽か何かやってるんですか?」
「韓国にいた頃に、少しね。僕のことはいいから、成瀬くん、声を出してみて」
イジュンに促され、再び発せられた音階に、俺も声を重ねてゆく。
おい、待て。どこまで出るんだ。一オクターブを超え、さらに続いていく。
「む、無理。これ以上は、出ない」
「わかったよ。下は、もう少し出るのかな?」
イジュンはそんなふうに呟きながら、リモコンでキーを調整した。
「楽に出せるのは、多分、このくらいのキー。まずはこれで歌ってみて」
言われたとおり、部員たちの視線を避けるように、壁のほうを向いて歌い始める。
あれ……なんだ……?
前に歌ったときより、断然歌いやすい。
辛かったサビの高音も、ちゃんと歌える。
歌いやすさにつられて、なんとか最後まで歌いきる。
「わー、成瀬先輩の声、やっぱすごくいい!」
部員たちから拍手が起こる。
イジュンもにっこり笑って、「いいと思う」と言ってくれた。
「声は、すごくいい。音程は、時折、怪しい部分もある。でも、リズム感がいいから、しっかり練習すれば、なんとかなると思う。あとは、ちょっと淡々としてるから、感情の込め方も教えるね」
言葉は、優しい。でも、イジュンの目は、いつになく真剣だった。
あぁ、そうか。これが、この男の本当の姿なんだ。
歌やダンス。それが、この男の本職だ。
「歌の練習は、毎日したほうがいい。夏休み、僕の部屋に来れる?」
「まあ、行けなくはない。受験勉強の合間でよければ。——というか、お前はいいのか? 夏休み、忙しいんじゃないのか」
「忙しくないよ。それに、成瀬くんに会えないの、辛いから。会う理由ができて助かる」
部員たちが、一斉に色めき立つ。
「やめろ、勘違いされる」
「勘違い?」
不思議そうな顔で、イジュンが首を傾げた。
「じゃあ、歌の練習は、一日一時間だけ。それ以外は、一緒に勉強しよう。それでいい? ご褒美に、ごはんもおやつも出すよ」
「えっ、もしかして、イジュン先輩が手料理作るんですか!?」
「うん。成瀬くんも料理上手だよ。僕、成瀬くんの作ってくれるごはん、大好き! 朝ごはんのパンケーキとか、ふわっふわに焼いてくれるんだ!」
カラオケルーム内に、絶叫に近い悲鳴が響き渡る。
「いいからお前は口を閉ざせ。絶対に色々勘違いされてるから!」
俺が慌ててイジュンの口を塞ぐと、なぜか部員たちの悲鳴は、さらに大きくなってしまった。
しっかり口止めしておけばよかった。
翌日の部活動の時間、イジュンが女子部員たちに、俺が文化祭で行われるミスターコンに出場することを漏らしてしまった。
「——なりゆき上、仕方なく」
「もしかして、イジュン先輩を守るためですか!?」
後輩女子が、瞳を輝かせ、前のめりに尋ねてくる。
図星すぎて辛い。
何も答えられない俺に代わって、イジュンが勝手に答えてしまった。
「成瀬くんは優しいからね。もしこの世界に本当に天使がいたら、成瀬くんの形をしてるよ、きっと」
ちょっと待て。それは以前、俺がお前に対して感じた言葉だ。
なんでまったく同じことを言うんだ、とツッコミを入れかけ、海100リストで最近そのセリフを使ったことを思い出した。
「海100リストのセリフですね! うぅ、イジュン先輩の声で聴くと、最高すぎますー!」
きゃああ、と悲鳴を上げたあと、二年の女子が心配そうな顔をした。
「確かミスターコンって、アピールタイムがあるんですよね。ダンスとか、歌とか、たくさんの人の前で披露することになると思いますけど、成瀬先輩、大丈夫ですか?」
「なに!?」
ミスコンにもミスターコンにも興味がなく、一度も見に行ったことがない。審査方法なんて、まったく知らなかった。
「イジュン、悪い。やはり俺には無理だ」
「笹野さんにお断りの連絡、入れる?」
「頼む」
イジュンが笹野さんにメッセージを送る。
「返事来た。もう正式エントリーしたから、取り消すなら代わりの出場者を立ててほしいって。それも、絶対に長浜くんに勝てそうな人。——残念だけど、そんなの成瀬くん以外にいないよ」
イジュンにキッパリと言い切られ、俺は頭を抱えて、その場に座り込んでしまった。
「文化祭っていつ?」
「九月の半ばですよ、イジュン先輩」
「今からなら、二ヶ月ある。成瀬くん、特訓しよう。僕が教える!」
イジュンが俺の隣にしゃがみ込み、顔を覗き込んでくる。
前髪のバリアがないせいで、キラキラしたイジュンの美貌を、至近距離で直に浴びる羽目になった。
「いや、無理だ。そもそも、俺は人前に立つことに致命的に向いてない」
「知ってる。でも——この先、ずっと逃げ続けるわけにはいかないよ? 大学受験で面接があるかもしれないし、就職活動なんて、きっと人前に立つ機会だらけだ。それに社会に出たら、絶対に逃げられない」
イジュンの言うとおりだ。
今は『苦手だ』と言って避けていても、社会に出れば、そうはいかない。
俺は、ここ数ヶ月、何度もSNSで連絡をくれている出版社の編集者だという女性のことを思い出した。
『ぜひ、「海辺の青春100リスト」を商業化させていただきたいと思っているんです。一度、お話をさせていただけませんか?』
そんな夢みたいなことを言ってくれているのに。俺は、身バレが怖くて逃げ続けているのだ。
「そういえば、成瀬先輩って、歌、上手いですよね。すごくいい声してるし」
後輩の一人が、そんなことを言い出した。
「えっ、成瀬くんの歌声、聞いたことあるの!?」
「ありますよー。去年、みんなでカラオケ行ったんです」
「ずるい! 僕、聞いたことないよ!」
「転校する部員の送別会だったんだ。俺だけ行かないわけにもいかなかった」
「何歌ったの?」
「私たちが勝手にリクエストしたんですけど、アニソンとか、歌ってくれましたよ!」
「じゃあ、アニソンで行こう! 僕でよければ、色々手伝うし」
「いっそ二人で歌ったらいいんじゃないですか?」
「ダメだよ。僕は、人前で歌っちゃいけない決まりだから」
「なんで?」
「なんでも」
おそらく、事務所との契約か何かで、イジュンは行動を制限されているのだろう。
これ以上、突っ込まれると、ボロが出るかもしれない。
「じゃあ、お前がジャッジしてくれ。特訓でどうにかなるものなのかどうか。俺自身の評価では、どうにもならないと思ってる」
「いいよ。今からカラオケ行こうか」
「わ、いいな! 私たち、見学に行かせてください!」
やめてくれ、恥ずかしい! 断ろうと思ったのに——
「いいよ。人前で歌う練習にもなっていいと思う」
イジュンが勝手に了承してしまった。
部活終了後。
俺とイジュンは、美術部員全員と共に、カラオケに向かった。
「ものすごく歌いにくいんだが——」
なんだ、この拷問は。
俺だけがマイクを握らされ、部員全員が、すっかり観客状態で俺に視線を向けている。
「本番では、この何十倍も人がいるわよ」
高嶺部長の冷静なツッコミに、俺は何も言い返せなくなってしまう。
「ダンスも、する?」
「するわけないだろう!」
邪気のない顔で尋ねるイジュンに、俺は食い気味に即答する。
「じゃあ、踊らなくても大丈夫な曲にしたほうがいいね。バラードとか。じっくり聴かせる感じの曲。アニメの曲のが馴染みあるよね。成瀬くん、これ歌える?」
イジュンが指差したのは、少し前に流行ったアニメの主題歌だった。
「歌えなくはない」
「じゃ、とりあえず、これにしよう。声域は? どれくらいから、どれくらいまでが出しやすい?」
「セイイキ?」
「えっと、僕に合わせて声を出してみて。ドーレーミーファーソーラーシードーレーミーファー……」
イジュンが、音階を一音ずつ発声してゆく。
ただ音の高さを確かめているだけなのに、その声は驚くほど艶やかで、俺を含めた全員が、ぽかんと口を開けてしまった。
「ん? どうしたの、みんな」
「いや……お前の声がきれいすぎて、みんな、聴き惚れてる」
「イジュン先輩、声楽か何かやってるんですか?」
「韓国にいた頃に、少しね。僕のことはいいから、成瀬くん、声を出してみて」
イジュンに促され、再び発せられた音階に、俺も声を重ねてゆく。
おい、待て。どこまで出るんだ。一オクターブを超え、さらに続いていく。
「む、無理。これ以上は、出ない」
「わかったよ。下は、もう少し出るのかな?」
イジュンはそんなふうに呟きながら、リモコンでキーを調整した。
「楽に出せるのは、多分、このくらいのキー。まずはこれで歌ってみて」
言われたとおり、部員たちの視線を避けるように、壁のほうを向いて歌い始める。
あれ……なんだ……?
前に歌ったときより、断然歌いやすい。
辛かったサビの高音も、ちゃんと歌える。
歌いやすさにつられて、なんとか最後まで歌いきる。
「わー、成瀬先輩の声、やっぱすごくいい!」
部員たちから拍手が起こる。
イジュンもにっこり笑って、「いいと思う」と言ってくれた。
「声は、すごくいい。音程は、時折、怪しい部分もある。でも、リズム感がいいから、しっかり練習すれば、なんとかなると思う。あとは、ちょっと淡々としてるから、感情の込め方も教えるね」
言葉は、優しい。でも、イジュンの目は、いつになく真剣だった。
あぁ、そうか。これが、この男の本当の姿なんだ。
歌やダンス。それが、この男の本職だ。
「歌の練習は、毎日したほうがいい。夏休み、僕の部屋に来れる?」
「まあ、行けなくはない。受験勉強の合間でよければ。——というか、お前はいいのか? 夏休み、忙しいんじゃないのか」
「忙しくないよ。それに、成瀬くんに会えないの、辛いから。会う理由ができて助かる」
部員たちが、一斉に色めき立つ。
「やめろ、勘違いされる」
「勘違い?」
不思議そうな顔で、イジュンが首を傾げた。
「じゃあ、歌の練習は、一日一時間だけ。それ以外は、一緒に勉強しよう。それでいい? ご褒美に、ごはんもおやつも出すよ」
「えっ、もしかして、イジュン先輩が手料理作るんですか!?」
「うん。成瀬くんも料理上手だよ。僕、成瀬くんの作ってくれるごはん、大好き! 朝ごはんのパンケーキとか、ふわっふわに焼いてくれるんだ!」
カラオケルーム内に、絶叫に近い悲鳴が響き渡る。
「いいからお前は口を閉ざせ。絶対に色々勘違いされてるから!」
俺が慌ててイジュンの口を塞ぐと、なぜか部員たちの悲鳴は、さらに大きくなってしまった。

