卒業までに、きみとシたい100のこと

 その日から、長浜のイジュンに対する嫌がらせが始まった。
 毎日欠かさず学食に誘っていた長浜は、あれ以来、イジュンを徹底的に無視し続けた。
 
 クラスの大半の男子は、長浜の攻撃対象になることを恐れ、彼に従った。
 体育の球技では、誰もイジュンにパスを回さなくなった。
 掃除当番も、イジュン一人に押し付けるようになった。
 まるで小学生のようないじめが、繰り広げられた。
 どれも教師の目の届かないところで行われ、問い詰められれば、「たまたまだ」と言い逃れできるようなものばかりだった。
 俺は、その幼稚さに呆れながら、イジュンをサポートし続けた。

「ごめんね。成瀬くん、今日は掃除当番じゃないのに……」
「謝るな。悪いのは、イジュンじゃない」
 悪いのは、長浜だ。
 だけど、その長浜に立ち向かって、『幼稚な真似はやめろ!』と言うことも、青柳先生に相談することもできない俺は、大概情けない。

 笹野さんは、嫌がらせをやめるよう、何度も長浜に訴えてくれた。
 だけど長浜は、やめようとしなかった。

 長浜と笹野さんが別れた、と噂が流れ始めたのは、期末テストが終わったばかりの頃だった。

 それから数日後の放課後。
 その笹野さんが——今、俺とイジュンの前で、必死で頭を下げている。
「一生のお願い! 頼める相手が、イジュンくんしかいないのっ」

「何? もし、長浜くんに暴力をふるわれてるなら、僕より先生や警察に相談したほうがいい」
「違う。あいつとは、もう別れた。頼みたいのは——今年のミスターコンで、慶太に勝ってほしいってこと」
「ミスターコン?」
「この学校で、誰が一番かっこいいか決める大会だ」
「そんな外見至上主義な大会を、教育現場がするの!?」
「褒められたものじゃないのは、わかってる。でも、このままだと慶太は二連覇して、今以上に調子に乗る。だから一度、負けたほうがいいと思うの」
「どうして、負ければ目を覚ますと思うの?」
「あいつね、昔はちっちゃくて、そのせいでずっといじめられてて。見た目にものすごくコンプレックスがあるの。だから、死ぬ気で努力して、今の見た目になったのよ」
「努力したことと、今、人を傷つけていることは別だ。僕は、長浜くんを簡単には許せない」
「許さなくていい。ただ、このまま放っておいたら、もっと取り返しのつかないことになる。そうなる前に、目を覚ましてほしいの」
 普段は温厚なイジュンが、冷淡な声で尋ねた。
「もう別れたのに、どうしてそこまで長浜くんのことを心配するの?」
「慶太が『変わりたい』って思ったのは、『私と釣り合う男になりたいから』って理由だったから。今回のイジュンくんへの嫌がらせも、私のせい。私のせいで、慶太は……」
 笹野さんの瞳が、みるみるうちに潤んでゆく。
 イジュンの表情が、少しだけ和らいだ。

「長浜くんの言動は最低最悪だけど。誰かのために変わりたいって思う気持ちだけは、ほんの少しだけ、わかる。——好きな気持ちが大きすぎて、おかしくなってしまうのも。わからなくはない」
 イジュンは、なぜか俺のほうを見た。

「でも——ごめんね。僕は、容姿で戦う場には、出られない」
「どうして?」
「どうしても。悪いけど、他を当たってほしい」
「この学校に慶太を倒せる男子なんて、イジュンくん以外にいないよ! お願い。これを逃したら、きっとあいつは——」
 
 イジュンに縋りつこうとした笹野さんを、俺は、やんわりと遮る。
「事情はわかった。だけど、イジュンにも事情があるんだ」
 笹野さんは今にも泣き出しそうな顔で、じっと俺を見上げた。
 次の瞬間、その目が大きく見開かれる。

「待って。イジュンくんが無理なら、成瀬くんがいる!」
「うん。圧勝だね。成瀬くんは僕のだから。絶対に貸さないけどね」
 イジュンがよくわからないことを言いながら、俺と笹野さんの間に割って入る。

「物みたいに言うな。出るかどうかは、俺が決める」
「成瀬くん……?」

 長浜に立ち向かって、幼稚な真似はやめろと言うことさえできなかった。
 だからといって、このままイジュンだけに我慢させ続けるのは、もっと嫌だ。
 クラスの雰囲気をよくして、イジュンが俺以外ともちゃんと楽しく高校生活を送れるようにしてやりたい。
 殴り合う必要も、怒鳴り合う必要もない。
 学校が用意した舞台で、俺なりに立ち向かえるなら、何もしないでいるよりずっといい。

「俺が出る」
「でも、成瀬くんは、そういうの嫌いでしょ?」
「嫌いだ。だけど、お前がこれ以上嫌がらせを受け続けるよりはましだ」
「成瀬くん……」
「お前は事情があって出られない。だったら、俺が出る」

 言ってしまってから、ハッとした。
 勝敗は、容姿で決めるのだ。
 俺なんかが出たところで、勝てるはずがない。

「やった! 今の成瀬くんなら、絶対に勝てるよ! ありがとっ!」
 やっぱりなしで、と言いかけたそのとき、笹野さんが俺の腕に抱きついてきた。
「だめ! 成瀬くんに触れるの禁止!」
 イジュンが、勢いよく笹野さんを俺から引き剥がす。

 こうして俺は、高校生活で最も縁がないと思っていたミスターコンテストに、出場することになってしまった。