卒業までに、きみとシたい100のこと

 その日はイジュンの部屋に泊まった。
 翌日は土曜で、学校は休み。

「大丈夫。大した怪我じゃない」と主張するイジュンを、半ば強引に病院へ連れて行く。
 幸い骨に異常はなく、診断は軽い捻挫と右手の打撲だった。

「週末はなるべく安静にしてください」と医師に言われたイジュンは、しょんぼりとうなだれる。
「せっかく成瀬くんと遊べると思ったのに……」

「家でも実行できる海100リストがあるぞ」
「何?」
「ゲームと、映画観賞会。あと、勉強会も」
 イジュンの瞳が輝き、見えない尻尾と犬耳が、ピンッと立つ。
「やったぁ!」
 久々の、やったぁが出た。
 イジュンが笑うと、俺も嬉しい。

 母親に、『今日も友だちの家に泊まる』とメッセージを送ると、『羽目外さないようにね』というメッセージと共に、なぜか一万円送金されてきた。

 ゲームをして、映画を観て、一緒に宿題もやった。
 特別なことを話したわけじゃない。それでも、同じ部屋で過ごすことが、不思議なくらい心地よかった。

 結局、俺は、月曜の朝までイジュンの部屋にいた。
 日曜のうちに制服と教科書を自宅に取りに戻っておいたので、月曜はそのままイジュンの部屋から登校した。

「成瀬くんの髪、僕がセットしたい」
 ドライヤーで髪を乾かしていると、イジュンにそう言われた。
 額を怪我して以降、ずっと前髪を伸ばし続けている。
 正直、額を出すのは怖い。
 だけど——イジュンと友だちでいるためには、きっと、俺は変わらなくちゃいけない。
 ガキの頃にできた傷を、引きずり続けていちゃダメだ。

「……いいよ」
 少し、声が震えた。
「本当に? 無理してない?」
 優しい瞳が、俺の目を覗き込む。
 同じ高さにある、とてもきれいな、澄んだ瞳。
 心の奥底まで、見透かされてしまいそうだ。

「ああ……」
 勇気を振り絞って、頷くと、イジュンは、ニコッと笑ってくれた。

 イジュンに髪をいじられるのは、ちょっとくすぐったくて、だけど心地いい。
「コンシーラー使えば、傷、目立たなくできると思うけど」
 気遣うような声で、イジュンは言ってくれた。
「いや……いい」
 どうせ、噂は高校でも広まっている。
 俺の額に傷があるのは、周知の事実なのだ。

「できた。すっごくかっこいいよ!」
 イジュンの明るい声に釣られるように、鏡を見る。
 そこには、イジュンがヘアピンを使って額を出すようにセットしてくれたポンパドールと、きれいに整えられた眉が映っていた。

 自分では、ちっともかっこいいと思えなかったけれど。
 俺が変わるために、イジュンがしてくれたんだって思うと、すごく嬉しかった。

 まだ少し足を引きずるイジュンに歩調を合わせ、マンションを出る。
 学校が近づくにつれ、いつもとは違う視線が集まっていることに気づいた。

「えっ、嘘。あれ、成瀬くん? あんな顔してたの!?」
「やば……。高身長顔整い×2とか。眩しすぎ」
 女子のざわめきの端々に、俺の苗字が混ざっている。

「独り占めしたい気持ちもあったけど、やっぱりちょっと気分がいいかも。——みんな、表面的な部分しか見ないもんね。成瀬くんは、出会ったときからずっとかっこよかったし、誰より優しくて最高なのに」

 イジュンがいつもの柔らかな表情とは少し違う、満足そうな笑みを浮かべる。

 教室に入ると、再び女子の視線が集まった。
「えぇっ、成瀬くん。どうしたの!? イメチェン!? わ、超かっこいい!」
 真っ先に駆け寄ってきたのは、笹野さんだ。
「成瀬くんは元々かっこいいよ! みんなが気づかなかっただけ」
 どうだ、と言わんばかりに、イジュンが自慢げな顔をする。

「すごいね! この髪と眉、イジュンくんがやったの?」
「そうだよ」
「さすがー。センスよすぎ。えぇ、成瀬くんも、素材よすぎ。何で今まで隠してたの!?」
 笹野さんの歓声に釣られるように、他の女子たちも集まってくる。
 あぁ、これは、よくない兆候だ。
 脳内に警鐘が鳴り始めたそのとき——

 ガタン、と何かを叩きつけるような音がした。
 音のするほうに視線を向けると、不機嫌そうな長浜の姿があった。

「萌亜奈、お前さぁ。彼氏の目の前で、他の男褒めちぎるとか、最近、ビッチすぎねぇ?」
「は? 別に浮気してるわけじゃないし。かっこいい男子にかっこいいって言って、何がいけないの?」
 笹野さんは負けじと言い返す。

「長浜くん。余計なことかもしれないけど、笹野さんは、いつも男女関係なく、みんなのいいところを見つけて褒めてるんだよ。そんな子に対して、今の侮辱はよくないんじゃないかな」
「うるせぇ。だいたいなぁ、お前が調子乗ってんのが悪ぃんだよ! 韓国人だかなんだか知らないけど。どうせ整形なんだろ? いじった顔で、イキってんじゃねぇぞ」

「慶太! やめなさいよ!」
 教室内の空気が、さらに緊迫する。
 長浜は、止めようとした笹野さんに向かって手を振り上げた。
 そのとき、ガラリと教室の扉が開いた。

「おい、お前たち、とっくにチャイム鳴ってるぞ! 席につけ!」
 青柳先生の怒声が響き、クラスメイトたちは、弾かれたように席に戻る。

「女の子に暴言を吐いて、暴力まで振るおうとするなんて。最低最悪の行為だ」
 いつになく険しいイジュンの声が、教室内に響く。
 
 長浜はイジュンを思いきり睨みつけると、近くの机をダンッと殴り、自分の席に戻っていった。