卒業までに、きみとシたい100のこと

「ああ。別に、構わない」
 本当は、邪魔だと思っていた。
 短くしても怖がらずにいてもらえるのならば、切ってしまいたかった。

「ほら、もったいないよ。成瀬くんの目、すごくかっこいいから」
 イジュンの指が、そっと俺の前髪を持ち上げる。
「かっこよく、なんてない」
 かっこいいという言葉は、お前のような男に使うための言葉だ。
 俺なんかのために、使うような言葉じゃない。

「かっこいいよ。僕の審美眼、めちゃくちゃ高性能! えっとね……ちょっとクリップで留めていい? 左手しか使えないから、上手くできないかもだけど」
 イジュンはポケットからヘアクリップを取り出し、俺の前髪をくるんとねじって、頭のてっぺんで留めた。

「うん。やっぱり! ポンパドール、すごく似合う!」
「ポンパドール……? 韓国語?」
「違う。フランス語。こっち、来て」
 イジュンに手を引かれ、洗面所に連れて行かれる。
 映し出されたのは、湯上がりでゆで卵みたいにツヤツヤした肌のイジュンと、おでこが丸見えになった俺の姿だ。

「いや、これは怖いだろ」
「怖くない。あ、うーん、眉毛がちょっと主張強いかもね。——少し整えていい?」
「何をする気だ」
「ほんの少し、整えるだけ」
 イジュンは洗面台の収納から、コーム付きの眉毛用シェーバーを出して、俺の眉毛を軽く整えた。

「細かい部分は、僕の右手が治ってから。でも、長さを整えただけでも、全然違う」
 イジュンの言う通り、主張の強すぎた眉が、だいぶ大人しくなっている。
「あぁ、でも、やっぱり、おでこは出さなくていいかも!」
「さっきは出したほうがいいって言ってただろ」
「だって、こんな顔で学校に行ったら、友だちたくさん増えちゃうよ!」
 イジュンは冗談めかして笑ったあと、小さな声で付け加えた。
「遊んでもらえる時間が減ったらやだし。彼女ができたら、さらに構ってもらえなくなる」
「できるわけない。彼女なんて。友だちだって——」
 お前以外、誰もいないんだ。そう言いかけて、虚しすぎてやめる。

「自己評価の低さは、成瀬くんのチャームポイントの一つだけど。視力の悪化は、絵師にとって最大の危機だ。長く創作を続けるには、前髪は切ったほうがいいと思うよ。ギリギリ傷が隠れるくらいの髪型に、してもらうとかね」
「そんなこと、できるのか?」
「腕のいい美容師さんなら、できるんじゃないかな。今度、僕の通ってるとこ、一緒に行こう」
「美容室なんて、行ったことないし!」
「大丈夫。怖くないよ。それより——絶対に誰にも見せないし、SNSにも公開しない。だから、一枚だけでいいから、成瀬くんと写真が撮りたい」

 日本に来てから、ずっと、『海辺の青春100リスト』の再現に取り組み続けているイジュン。
 オリジナルは三人なのに。イジュンはいつも一人きりで写真に収まっている。

「俺なんかの写真、持ってても、やな気分になるだけだぞ」
「なるわけないよ! 嫌な気分になんて。——お願い。一生の、宝物にしたい」
 そんな大袈裟な、と言いかけて、イジュンが著名なアイドルグループの一員だということを思い出す。

「そういえば、お前の所属してるアイドルグループって、今、どうなってるんだ?」
「活動休止中だよ。年長組が兵役中だからね。来年の春までは、無理言ってお休みを取らせてもらってるんだ」

 来年の春まで。
 つまり、高校を卒業したら、韓国に戻って芸能活動を再開するってことか。

 予想は、していたことだった。
 卒業したら終わる。
 ずっと、その予感はあった。
 だけど、実際に現実を突きつけられると、とてつもなく辛い。

「……ごめん。やっぱり、写真は無理だ」
「そっか。ごめんね。無理言って」
 イジュンは残念そうに眉を下げたけれど、それ以上、頼んではこなかった。

 来年の春には、こいつは韓国に帰ってしまうかもしれない。
 それでも俺には、写真に写る勇気が、どうしても出せなかった。