江ノ島を出て、観光エリアから少し離れた場所にある定食屋で、朝食を摂る。
「お食事処」と染め抜かれた暖簾が掛かる、年季の入ったおんぼろな店だ。
海が見える洒落た店のほうが喜ばれるかとも思ったけれど、魚のうまさはこの界隈ではここが一番だ。
「너무 맛있어!」
すごくおいしい、かな。イジュンは瞳を輝かせ、夢中になって地魚のフライを口いっぱい頬張った。
満腹になったら、残る二つの最寄り駅、江ノ電・江ノ島駅と、湘南モノレール・湘南江の島駅で海100リストを補完。
さらに、江ノ電が車道を走る区間に行って、そこでもリストにある構図を再現した。
そのほかの聖地もひと通り回ったあと、水族館へ向かう。
水族館では、海100リストと同じように、イジュンが年間パスポートを購入した。
パスポートの写真をぬいぐるみと一緒に撮れるため、作品を再現して、クラゲのぬいぐるみを選んだ。
俺もやるように誘われたけれど、すでに年パスを持っている。
「更新のときに、やって」
「やだよ。一人で来てそんなことやってたら、やばいやつだと思われる」
「一人で来なければいい。僕と来よう。せっかく年パス買ったんだから、たくさん来ないと」
男子高校生二人で水族館に来るのは、はたから見たらおかしいんじゃないか? と言いたくなったけれど、イジュンが嬉しそうな顔をしているから、やめておくことにした。
片瀬江ノ島駅前のハンバーガー屋で昼食を済ませると、再び島へ戻った。岩屋を散策したり、茶屋でかき氷を食べたりした後、シーキャンドルへと向かう。
シーキャンドルの最上階、屋外展望台に出るなり、イジュンが歓声を上げた。
「와, 진짜 멋지다!」
何を言っているのかよくわからないが、興奮しているのはわかる。
イジュンが嬉しそうだと、俺まで嬉しい。
こういうのを、友だち、というのだろうか。
同じ景色を見て、同じように感動できる。
しかも——同じ目線の高さで。
いつも、周囲から少し怯えた目で見上げられていた俺にとって、それは、とても新鮮な感覚だった。
「はい。今日のお礼」
真っ青な空と、青く輝く相模湾。
潮風に柔らかそうな髪をもてあそばれながら、イジュンは何かを俺に差し出した。
それは——ちいさなクラゲのマスコットだった。
海100リストで、三人がお揃いでつけているやつだ。
ふと見ると、イジュンのベルトループにも、同じクラゲがぶら下がっていた。
「夢だったんだ。友だちと、いっしょのものを身につけるの」
イジュンの目が、まっすぐ俺を見据える。
その声が、いつになく切実に聞こえて。
俺は、もしかしたらイジュンが、自分以上に何か重たいものを抱えているんじゃないかって心配になった。
「あ、ごめん。恥ずかしい? 嫌?」
イジュンはハッとした顔で、手を引っ込めようとする。
俺は、素早くその手を掴んだ。
「別に、恥ずかしくない。ただ、人に見せて回るのは、趣味じゃない。鍵につけてもいいか?」
「もちろん」
ポケットから家の鍵を出して、そこに、マスコットをつける。
「고마워。受け取ってくれて、ありがとう」
友だちのありがとう。いつものそれを言われたから、俺は韓国語で、どういたしまして、と答えた。
「천만에」
「わざわざ覚えてくれて嬉しい! でも、友だちの『どういたしまして』は『아니야』。日本語だと、『いいよ』って感じかな」
「아니야」
教えてもらったばかりの言葉を、俺が真似すると、イジュンは嬉しそうに笑ってくれた。
それだけじゃ、足りない。
今度は俺から、伝えなくちゃいけない言葉がある。
「これ、ありがとう。고마워。大事にする」
母親以外の人間に、何かをもらうのは初めてだ。
俺はポケットの中のクラゲのマスコットを、大切にそっと握りしめた。
「お食事処」と染め抜かれた暖簾が掛かる、年季の入ったおんぼろな店だ。
海が見える洒落た店のほうが喜ばれるかとも思ったけれど、魚のうまさはこの界隈ではここが一番だ。
「너무 맛있어!」
すごくおいしい、かな。イジュンは瞳を輝かせ、夢中になって地魚のフライを口いっぱい頬張った。
満腹になったら、残る二つの最寄り駅、江ノ電・江ノ島駅と、湘南モノレール・湘南江の島駅で海100リストを補完。
さらに、江ノ電が車道を走る区間に行って、そこでもリストにある構図を再現した。
そのほかの聖地もひと通り回ったあと、水族館へ向かう。
水族館では、海100リストと同じように、イジュンが年間パスポートを購入した。
パスポートの写真をぬいぐるみと一緒に撮れるため、作品を再現して、クラゲのぬいぐるみを選んだ。
俺もやるように誘われたけれど、すでに年パスを持っている。
「更新のときに、やって」
「やだよ。一人で来てそんなことやってたら、やばいやつだと思われる」
「一人で来なければいい。僕と来よう。せっかく年パス買ったんだから、たくさん来ないと」
男子高校生二人で水族館に来るのは、はたから見たらおかしいんじゃないか? と言いたくなったけれど、イジュンが嬉しそうな顔をしているから、やめておくことにした。
片瀬江ノ島駅前のハンバーガー屋で昼食を済ませると、再び島へ戻った。岩屋を散策したり、茶屋でかき氷を食べたりした後、シーキャンドルへと向かう。
シーキャンドルの最上階、屋外展望台に出るなり、イジュンが歓声を上げた。
「와, 진짜 멋지다!」
何を言っているのかよくわからないが、興奮しているのはわかる。
イジュンが嬉しそうだと、俺まで嬉しい。
こういうのを、友だち、というのだろうか。
同じ景色を見て、同じように感動できる。
しかも——同じ目線の高さで。
いつも、周囲から少し怯えた目で見上げられていた俺にとって、それは、とても新鮮な感覚だった。
「はい。今日のお礼」
真っ青な空と、青く輝く相模湾。
潮風に柔らかそうな髪をもてあそばれながら、イジュンは何かを俺に差し出した。
それは——ちいさなクラゲのマスコットだった。
海100リストで、三人がお揃いでつけているやつだ。
ふと見ると、イジュンのベルトループにも、同じクラゲがぶら下がっていた。
「夢だったんだ。友だちと、いっしょのものを身につけるの」
イジュンの目が、まっすぐ俺を見据える。
その声が、いつになく切実に聞こえて。
俺は、もしかしたらイジュンが、自分以上に何か重たいものを抱えているんじゃないかって心配になった。
「あ、ごめん。恥ずかしい? 嫌?」
イジュンはハッとした顔で、手を引っ込めようとする。
俺は、素早くその手を掴んだ。
「別に、恥ずかしくない。ただ、人に見せて回るのは、趣味じゃない。鍵につけてもいいか?」
「もちろん」
ポケットから家の鍵を出して、そこに、マスコットをつける。
「고마워。受け取ってくれて、ありがとう」
友だちのありがとう。いつものそれを言われたから、俺は韓国語で、どういたしまして、と答えた。
「천만에」
「わざわざ覚えてくれて嬉しい! でも、友だちの『どういたしまして』は『아니야』。日本語だと、『いいよ』って感じかな」
「아니야」
教えてもらったばかりの言葉を、俺が真似すると、イジュンは嬉しそうに笑ってくれた。
それだけじゃ、足りない。
今度は俺から、伝えなくちゃいけない言葉がある。
「これ、ありがとう。고마워。大事にする」
母親以外の人間に、何かをもらうのは初めてだ。
俺はポケットの中のクラゲのマスコットを、大切にそっと握りしめた。

