俺が俺に惚れてる

「帰ってきたか?」

和樹が、俺の顔を覗き込みながら聞いて来た。
俺が思考の海から抜け出したことに気付いたらしい。
いや、ほんとマジで何も見えてなかったわ。

「ご、ごめん。俺、考え事してて、全く何も見えてなかった」

慌てて謝ると、和樹は楽しそうに笑った。

「だろうな。マジで反応無いから、おもろかった」

クスクス笑う和樹は新鮮だ。
和樹の顔自体は、毎日鏡で見ていたくらい見慣れたものなのに。
こんな風に、楽しそうに笑う事を想像したことは無かったな。

唐突に気付いた。
和樹は稔(俺)に惚(ほ)れてる。
この事実を、世界の絶対的真理(しんり)くらいに思っていたけど、そうじゃないかも知れないんだ。
和樹が俺を好きになるかどうかは、未知(みち)なんだ。
勝手に俺のものとか思っていたけど、そうじゃないんだ。
和樹は、和樹のものなんだ。

「あれ?またどっか行った?」

和樹の顔が、また近づいてくる。
和樹は稔が好きだけど、稔は和樹を親友としてしか見てない。
俺はずっと、そう思い込んでいた。
でも、それも違うのかも知れない。
和樹の頭の中は稔でいっぱいだと思っていたけど。そうじゃない。

「なんか、悟り開いた」

ちょっとふざけて呟いてみたら、『マジかよ』と返してくれた。
和樹という人間に、初めて向き合った気がする。
……俺は、もしかして、和樹に惚(ほ)れてるのか?

「悟りを開くと同時に、煩悩(ぼんのう)で満たされている」

また適当な事を呟いてみたら、今度は何も返って来なかった。
あれ?駄目だった?と思って和樹を見たら、何かちょっと不機嫌だった。
なぜ?

「ふ~ん」

とだけ言って先に歩いて行ってしまう。

「え?何で怒ってんの?」

慌てて追いかけても、和樹はむくれたままだ。
え?何?俺が煩悩に満たされている事を怒っているのか?
……なぜ?

「まぁ、稔も初めて女子とお出掛けだったから、煩悩にも満たされるだろうけどな」

なるほど。
俺が女子にときめいて、煩悩だらけになっていると思ったのか。
え、それは、もしかして、俺の前で他の奴の事考えるなよ的な?そういう?
いや、違いますね。
友達と居るのに、女の事ばっか考えてんじゃねぇよ的なやつですね。分かります。
調子に乗りました。

「普通に楽しかったけど、別にそんなことで煩悩に満たされてる訳じゃねぇし」

だったら何考えていたのか聞かれたら、それは答えられませんけどね。

「って言うか、お前こそ、水流さんとめちゃくちゃ仲良くなってただろ」