俺が俺に惚れてる

前世(ぜんせ)
それは、今生きる世の前の世。

俺は、過去、友井(ともい)和樹(かずき)という男だった。

前世の俺――友井和樹という男は、まあまあ波乱万丈(ハードモード)な家庭に生まれた。
父親はちゃらんぽらんでいい加減。(あね)さん女房(にょうぼう)の母親に尻に敷かれながら何とか働いていたが、母親が和樹を妊娠している間に浮気。
浮気相手にも子供が出来てしまって中絶費用(ちゅうぜつひよう)を要求され、母親にバレた。
だが、そんな金があるはずもない。父親は相手方の自称弁護士に(そそのか)されて借金。実はその男、ヤのつく自由業(じゆうぎょう)に関わる人で、結果として母親も父親も水商売で借金を返済することになった。

父親は、男相手の水商売が天職だったようで、(いま)(かつ)てないほど生き生きと働き始めた。……いや、そんなことあるか?
一方、母親はすぐに精神を病み、実家近くの病院で療養(りょうよう)することになった。

和樹が三歳になる頃には、父親と二人で結構いいマンションに暮らしていた。父親は大抵留守(るす)にしていたが、たまに金持ちそうな男を連れ込んではよろしくやっている。
そんな環境にいたからか、当時の(和樹)は、当然のように「男が恋愛対象」として設定されてしまった。

そして小学校高学年の頃には、同級生で親友の赤坂(あかさか)(みのる)という男に惚れていた。

――現世(げんせ)の、この()だ。

そう。つまり、現世の俺()が、前世の俺(和樹)に惚れられているのだ。
複雑すぎるんだが???

まあ、もう少し、前世の(和樹)の話をしよう。

小学校高学年にもなると、和樹の家庭環境は同級生にほぼ認知(にんち)されていた。保護者の情報網というのは、なかなか侮れない。当然のように、友達からは少し距離を置かれた。

「男が好きな男の子供だから、あいつも男が好きなんだ」
「ヤバい奴らと関わってるらしいよ。仲良くしたら目を付けられるから、やめといた方がいい」

そんな言葉が聞こえてくることも少なくなかった。
男が好きだと言うのは、誤解じゃない。気持ち悪いと思われるのも、まあ、仕方のないことだろう。なにせ、人には男女という性別がある。男は女を好きになって、子供を作る。生物としてそれが正しい姿であることは、納得している。

ヤバい奴らと関わっているというのも、本当のことだ。
父親は、借金を作らされたことなんて微塵(みじん)も気にしていないようで、自分に合う仕事を斡旋(あっせん)してくれたことに感謝すらしていた。「天職に巡り合わせてくれた」とか言っていた。めでたい頭だ。
見た目だけで他には何もできない父親は、付き合う女性にいつも「顔だけ」「飾りとしてしか価値がない」と否定されて生きてきた。

母親も、割とそんな感じだったらしい。「自分がいないと何もできない」「あなたは一人じゃ何もできない」と言い続けていたのだ。毎日言われることで、父親も追い詰められていた部分があったのだろう。結果的にそれが、浮気やら借金やらに繋がったわけだ。

逆に、ヤのつく自由業の人たちは父親に優しかった。おじちゃんというより、おじいちゃんの方がしっくりくる年齢の男たちが、「馬鹿な子ほど可愛い」みたいな目で父親を見守ってくれている。ヤルことはヤッているけれど、それこそが、父親の自己肯定感を育んでいたのだ。

だから、クラスメイトの言う事は一理も二理もある。

(和樹)は、この現状をただ粛々(しゅくしゅく)と受け入れるしかなかった。