日中は出張の目的であるクライアントとの現地視察があった。不動産関係で働く私は、今はこうして物件の現地視察をすることが多い。
だから出張先での食事は、実は趣味を兼ねている部分でもある。美味しいお店を探して、じっくり堪能。家で食事するより外食が好きなのは、もしかしたら子供の頃の反動なのかな。
仕事は順調に終わり、私は最後のお店に行く前に、近くにあったファミレスで視察内容をまとめておいた。
最後のお店は、電車でひとつ隣の駅に行ったところにある蕎麦屋。
人気店でもなんでもない。お昼時に行列が出来るわけでもない。でも昔からずっとある。実はこの蕎麦屋だけは、他の飲食店と違って、子供の頃に何度も連れてってもらっている。
家の近所には違う蕎麦屋があって、そこはお昼には並んでいる人を見たことがある。なのに母はこちらの店を選ぶのは、当時は母はせっかちで並ぶのが嫌だからだと思っていた。
箸袋には“花柄のワンピース”とあった。指輪、ショーパン、ワンピースはどれも服飾のこと。私が着ていた服やアクセだ。そうなるとケチャップが逆に異質で、繋がりがない分やはり謎を解く鍵にはならなかった。
“そば処・寿里庵”――小学校の頃は気にならなかった、例の爆笑した店名だ――は、席の七割くらいが埋まっていた。工事現場の作業着の人もいれば、スーツの人、地元のご近所さんといった風体の人もいて、誰でも気さくに入れる雰囲気のお店だった。メニューは多くの蕎麦屋と大差があるようには思えず、私は“盛り安曇野”を頼んだ。ここへ来ると必ず頼んだのが、一番安いこの品だったからだ。
安曇野、と言えば長野のそば処として有名。店名に冠しているということは、店主がその地の出身だったのかもしれない。
五分程度で運ばれたきた蕎麦は、山盛りのおろしたてワサビが添えられているのが特徴と言えば特徴で、他に特筆すべきことはなかった。
だけど、一口食べてみて子供の頃には気づかなかったことに気づいた。
蕎麦のコシが強く、風味もまた他にはない香りがあったのだ。ぼそっとした感じはしないから、十割蕎麦とは違うと思うけど、それにしても蕎麦の香りが豊か。これにおろしたてのさわやかな辛さのワサビがとても合う。
母はこのワサビを多めにつけて、目に涙を浮かべながら「これだよなー」とよく言っていた。
そう言えば私は母の出身地を知らない。ちょっと飛躍した想像かもしれないけど、母は長野の出身で、蕎麦にだけ故郷を求めていた、なんてことはないだろうか。だから、ちょっと遠いこっちのお店をわざわざ選んでいたなんてことは……。
私は何度も通っていながら、その日だけ残された箸袋に目をやる。
日付は、私の誕生日。
どうしてこの袋だけ残されているのだろう。
ここで気づいた。あの日は花柄のワンピースを着ていた。これも実は母のお下がりなのだが、肝心の母は“柄じゃねえ”と言って一回も袖を通したことがない。もらったものらしいが、一回も袖を通していないということは、新品だ。それは私の中ではお下がりには入らず、しかも綺麗な花柄に十三歳の乙女心をくすぐられた思い出がある。
ああ……。そうだ。
誕生日、どうせ外食するのならお洒落なお店に行きたかったんだ。またここでもお洒落がネックだったんだな、と自分が嫌になる。クラスの女子が中学生向けのファッション誌を広げては服やアクセサリーの話をしていたので、お洒落でない私には人権がないような気分になっていたから、きっとお洒落コンプレックスだったのかな。
それで、じゃあ服だけでも、って押し入れで眠っていたこの服を出してもらったんだ。
意気揚々とワンピースを着て、自分で下手なりに髪を整えて、出来る精一杯のお洒落をした。
だけど行った先はいつもの蕎麦屋。
たまたま同級生と道ですれ違って、私はいつもと違う装いをしているから「どこに行くの?」と聞かれたんだ。
その時、急にお洒落して蕎麦屋に行くことが恥ずかしく感じた。
お母さんはジャージみたいな恰好してるのに、なんで私だけこんなにお洒落を? って。
花柄のワンピースを着ていくのには、あまりに場違いに感じた。
白地の布に、そばつゆを飛ばさないよう、そればかりが気がかりだった。
食べている間、ずっとお母さんを恨んでいた気がする。
誕生日くらい、お洒落な店にしてよって。
でも、私の誕生日は月末。
きっと給料日前で、カツカツだったんだと思う。
それでもどこかで外食を、と思ってくれたのかもしれない。その方が私が喜ぶから。
思春期の私は、お洒落に取りつかれて、母の思いを何一つ汲んでいなかった。
クラスで浮きたくなくて、少しでも見栄を張りたくて。
最後に、蕎麦湯で割ったお出汁をいただいた。
少しワサビが溶けた、カツオの風味がすっと鼻に抜けるお出汁。
濃厚な蕎麦の香りが口の中に残り、私の苦い思い出は店の外に出た後にも残った。
だから出張先での食事は、実は趣味を兼ねている部分でもある。美味しいお店を探して、じっくり堪能。家で食事するより外食が好きなのは、もしかしたら子供の頃の反動なのかな。
仕事は順調に終わり、私は最後のお店に行く前に、近くにあったファミレスで視察内容をまとめておいた。
最後のお店は、電車でひとつ隣の駅に行ったところにある蕎麦屋。
人気店でもなんでもない。お昼時に行列が出来るわけでもない。でも昔からずっとある。実はこの蕎麦屋だけは、他の飲食店と違って、子供の頃に何度も連れてってもらっている。
家の近所には違う蕎麦屋があって、そこはお昼には並んでいる人を見たことがある。なのに母はこちらの店を選ぶのは、当時は母はせっかちで並ぶのが嫌だからだと思っていた。
箸袋には“花柄のワンピース”とあった。指輪、ショーパン、ワンピースはどれも服飾のこと。私が着ていた服やアクセだ。そうなるとケチャップが逆に異質で、繋がりがない分やはり謎を解く鍵にはならなかった。
“そば処・寿里庵”――小学校の頃は気にならなかった、例の爆笑した店名だ――は、席の七割くらいが埋まっていた。工事現場の作業着の人もいれば、スーツの人、地元のご近所さんといった風体の人もいて、誰でも気さくに入れる雰囲気のお店だった。メニューは多くの蕎麦屋と大差があるようには思えず、私は“盛り安曇野”を頼んだ。ここへ来ると必ず頼んだのが、一番安いこの品だったからだ。
安曇野、と言えば長野のそば処として有名。店名に冠しているということは、店主がその地の出身だったのかもしれない。
五分程度で運ばれたきた蕎麦は、山盛りのおろしたてワサビが添えられているのが特徴と言えば特徴で、他に特筆すべきことはなかった。
だけど、一口食べてみて子供の頃には気づかなかったことに気づいた。
蕎麦のコシが強く、風味もまた他にはない香りがあったのだ。ぼそっとした感じはしないから、十割蕎麦とは違うと思うけど、それにしても蕎麦の香りが豊か。これにおろしたてのさわやかな辛さのワサビがとても合う。
母はこのワサビを多めにつけて、目に涙を浮かべながら「これだよなー」とよく言っていた。
そう言えば私は母の出身地を知らない。ちょっと飛躍した想像かもしれないけど、母は長野の出身で、蕎麦にだけ故郷を求めていた、なんてことはないだろうか。だから、ちょっと遠いこっちのお店をわざわざ選んでいたなんてことは……。
私は何度も通っていながら、その日だけ残された箸袋に目をやる。
日付は、私の誕生日。
どうしてこの袋だけ残されているのだろう。
ここで気づいた。あの日は花柄のワンピースを着ていた。これも実は母のお下がりなのだが、肝心の母は“柄じゃねえ”と言って一回も袖を通したことがない。もらったものらしいが、一回も袖を通していないということは、新品だ。それは私の中ではお下がりには入らず、しかも綺麗な花柄に十三歳の乙女心をくすぐられた思い出がある。
ああ……。そうだ。
誕生日、どうせ外食するのならお洒落なお店に行きたかったんだ。またここでもお洒落がネックだったんだな、と自分が嫌になる。クラスの女子が中学生向けのファッション誌を広げては服やアクセサリーの話をしていたので、お洒落でない私には人権がないような気分になっていたから、きっとお洒落コンプレックスだったのかな。
それで、じゃあ服だけでも、って押し入れで眠っていたこの服を出してもらったんだ。
意気揚々とワンピースを着て、自分で下手なりに髪を整えて、出来る精一杯のお洒落をした。
だけど行った先はいつもの蕎麦屋。
たまたま同級生と道ですれ違って、私はいつもと違う装いをしているから「どこに行くの?」と聞かれたんだ。
その時、急にお洒落して蕎麦屋に行くことが恥ずかしく感じた。
お母さんはジャージみたいな恰好してるのに、なんで私だけこんなにお洒落を? って。
花柄のワンピースを着ていくのには、あまりに場違いに感じた。
白地の布に、そばつゆを飛ばさないよう、そればかりが気がかりだった。
食べている間、ずっとお母さんを恨んでいた気がする。
誕生日くらい、お洒落な店にしてよって。
でも、私の誕生日は月末。
きっと給料日前で、カツカツだったんだと思う。
それでもどこかで外食を、と思ってくれたのかもしれない。その方が私が喜ぶから。
思春期の私は、お洒落に取りつかれて、母の思いを何一つ汲んでいなかった。
クラスで浮きたくなくて、少しでも見栄を張りたくて。
最後に、蕎麦湯で割ったお出汁をいただいた。
少しワサビが溶けた、カツオの風味がすっと鼻に抜けるお出汁。
濃厚な蕎麦の香りが口の中に残り、私の苦い思い出は店の外に出た後にも残った。
