翌朝は今日の仕事現場に近いカフェで朝メニューを食べることにしていた。
そこも箸袋のあった店。カフェに箸袋とは随分渋いなと思っていたら、ここも一軒目のイタリアンレストランのように改装してしまい、以前の洋食屋からカフェに変わってしまったらしい。飲食店というくくりでは同じだけど、残念ながら経営者は違うそう。
それでもここまで来た理由は、同じ場所にあるのなら、何か当時を思い出せないかと思ったからだ。
箸袋にある名前は“洋食屋・ホルン亭”。日付は私が十歳の時のもの。
現在は“カフェ・峰”という名で営業しているお店は、どちらかと言うと最近のカフェと言うより、少し古い喫茶店を彷彿させる造りをしていた。
内装もシンプルなテーブルや椅子ではなく、全て木製の重そうなもの。もう少し細身のデザインなら、座席数も増やせそうで、比較的新しい店にしては中古感の否めない印象だった。
人の少ない店内で、窓側を案内されると、早速メニューを広げた。
モーニングメニューは三つしかなく、迷うようなことは特にない。私はクロワッサンモーニングを注文すると、少しタイムスリップしてしまったような雰囲気の店内を見回してみた。
窓にかかるレースのカーテン、壁紙、キッチンの造り……そういったものは新しくなっているみたい。レジも最近よく見る、タブレットで済ませるタイプだ。
でもこのテーブルと椅子にはうっすらと記憶にひっかかるものがある。
古めかしいだけで珍しいものではないとは思うので、どこかで見たものと間違えている可能性もあるけど。
私はなんとなくランチタイムのメニューを眺めながら、十歳の頃について考えていた。
あの頃、まだ甘えたい私と、自立したい私がせめぎ合っている時だったな、と思う。
元々甘えることが出来るほど母は傍にいなかった。だから三年生くらいまでは「我慢しなきゃ」という思いが漠然とあったと思う。でもそれが四年生になってくると、「恥ずかしいからもうしない」という自分の意思に変わって来た。
でも学校で嫌なことがあった時や、眠る前のちょっとした時間、お母さんの腕の中に行きたいなと思う瞬間がまだあった。
だから、あの時はまだ外食に連れてってくれることがとても嬉しかった気がする。
メニューの中に、“洋食屋さんのオムライス”を見つけた。そうだ。確か私は以前の洋食屋さんでオムライスを食べている。
でもわざわざ“洋食屋さん”がついていることに違和感を覚え、ちょうど料理が運ばれて来たので店員さんに聞いてみることにした。
「すみません、ランチメニューのオムライス、“洋食屋さん”とついているのはどうしてですか?」
「あ、ここのお店、以前は洋食屋さんがあったんですよ。ホルン、ていうんですけど」
「あ、知ってます。私、あんまり覚えてはいないんですけど、実は今日、本当はそのホルンに行きたくて来てみたんです」
そう言って私は箸袋を見せた。少しよれてしまっている袋を見て、店員の女性は「そんなのあったんですね」と驚いた。
「このオムライス、そのホルンで出していたオムライスのレシピをそのまま教わったんです。前のオーナーが高齢で店を畳もうとしていたんですけど、母がそのオーナーと山友達で。カフェをしたかった私に譲っていただいたんです」
「そうだったんですね……」
「お店の名前のホルンて、山のマッターホルンのことなんですよ。それでこのお店も峰と書いて“ほう”です。まあ、山好きの母が私に“美峰”って付けたからっていうのもあるんですけどね」
「……素敵ですね」
「ありがとうございます」
素敵だと思う。名前じゃなくて、なんだろう……母との関係性が?
お店を譲るって、簡単な事じゃないと思う。だからきっとその母親とオーナーは随分と色んな話をしたんじゃないかな。
このお店の形がホルンの形跡を残しているのも、名前に繋がりがあるのも、みんなそこにある思いを継いでいこうといている感じがして、それが本当に素敵だと思う。
クロワッサンはバターの香りが豊かで、ほんのりと温かくサクサクだった。
コーヒーはこれも山の名前のキリマンジャロ。深煎りと書いてあったけど、コクがあって酸味が柔らかく、後味がスッキリしているのでバター香るクロワッサンとは相性が良かった。
ホルンで食べたオムライスはどんなだったかな。
お母さんもオムライスは比較的よく作ってくれた。具のない、ケチャップで炒めただけのご飯を、破れた卵で包んで。ほぼケチャップだけの味で、しかも使う量が少ないから、味がとても物足りない。正直、あまり好きではなかった。でも卵の上からケチャップで文字を書いてくれるのが面白くて、それで喜んでいた覚えがある。
結果的に、楽しい食事はしていたのかもしれない。
だからホルンのオムライスは小四の私には衝撃的だったんだ。
クロワッサンの最後の一口を食べて、あのオムライスの卵からはバターがふわっと香っていたことを思い出す。
卵からバターの香りがしてびっくりしたんだ。
そしてケチャップ以外の味がしたことも。
中のご飯には鶏肉が入っていて、他にも野菜が細かく刻んで入っていた。多分、玉ねぎと人参は入っていたはずだ。あの頃“味に奥行きがある”なんて言い方は知らなかったけど、今なら適切な表現が見つかる。
ケチャップひとつを取っても、市販の味とは違う。どれにも深みがあって、卵はどこも破れていないどころか、ふわふわで厚みがあるのだ。最近よく見るとろっとしたタイプではなく、チキンライスがきちんとくるまれているタイプ。
「これが本物のオムライスなんだ」と思った。
同時に、母が料理下手なことを残念に思った。
でも本当は下手だったんじゃなくて、少ない材料でやりくりしていたからああなったのだろう。
私も同じ材料で作ったら、同じ結果になると思う。
……だからケチャップ文字で楽しませてくれていたのか。
「いつかランチに来たいです」
そして、あのオムライスをもう一度食べてみたい。
そう思った時、私は自然ともう一言付け足していた。
「母も、一緒に」
「是非! お待ちしています」
お店を出て、箸袋をもう一度見る。
一言メモは“ケチャップ”。やっと料理に関するメモが出て来たのに、やはりどういう意味で書いたのかは理解できなかった。
そこも箸袋のあった店。カフェに箸袋とは随分渋いなと思っていたら、ここも一軒目のイタリアンレストランのように改装してしまい、以前の洋食屋からカフェに変わってしまったらしい。飲食店というくくりでは同じだけど、残念ながら経営者は違うそう。
それでもここまで来た理由は、同じ場所にあるのなら、何か当時を思い出せないかと思ったからだ。
箸袋にある名前は“洋食屋・ホルン亭”。日付は私が十歳の時のもの。
現在は“カフェ・峰”という名で営業しているお店は、どちらかと言うと最近のカフェと言うより、少し古い喫茶店を彷彿させる造りをしていた。
内装もシンプルなテーブルや椅子ではなく、全て木製の重そうなもの。もう少し細身のデザインなら、座席数も増やせそうで、比較的新しい店にしては中古感の否めない印象だった。
人の少ない店内で、窓側を案内されると、早速メニューを広げた。
モーニングメニューは三つしかなく、迷うようなことは特にない。私はクロワッサンモーニングを注文すると、少しタイムスリップしてしまったような雰囲気の店内を見回してみた。
窓にかかるレースのカーテン、壁紙、キッチンの造り……そういったものは新しくなっているみたい。レジも最近よく見る、タブレットで済ませるタイプだ。
でもこのテーブルと椅子にはうっすらと記憶にひっかかるものがある。
古めかしいだけで珍しいものではないとは思うので、どこかで見たものと間違えている可能性もあるけど。
私はなんとなくランチタイムのメニューを眺めながら、十歳の頃について考えていた。
あの頃、まだ甘えたい私と、自立したい私がせめぎ合っている時だったな、と思う。
元々甘えることが出来るほど母は傍にいなかった。だから三年生くらいまでは「我慢しなきゃ」という思いが漠然とあったと思う。でもそれが四年生になってくると、「恥ずかしいからもうしない」という自分の意思に変わって来た。
でも学校で嫌なことがあった時や、眠る前のちょっとした時間、お母さんの腕の中に行きたいなと思う瞬間がまだあった。
だから、あの時はまだ外食に連れてってくれることがとても嬉しかった気がする。
メニューの中に、“洋食屋さんのオムライス”を見つけた。そうだ。確か私は以前の洋食屋さんでオムライスを食べている。
でもわざわざ“洋食屋さん”がついていることに違和感を覚え、ちょうど料理が運ばれて来たので店員さんに聞いてみることにした。
「すみません、ランチメニューのオムライス、“洋食屋さん”とついているのはどうしてですか?」
「あ、ここのお店、以前は洋食屋さんがあったんですよ。ホルン、ていうんですけど」
「あ、知ってます。私、あんまり覚えてはいないんですけど、実は今日、本当はそのホルンに行きたくて来てみたんです」
そう言って私は箸袋を見せた。少しよれてしまっている袋を見て、店員の女性は「そんなのあったんですね」と驚いた。
「このオムライス、そのホルンで出していたオムライスのレシピをそのまま教わったんです。前のオーナーが高齢で店を畳もうとしていたんですけど、母がそのオーナーと山友達で。カフェをしたかった私に譲っていただいたんです」
「そうだったんですね……」
「お店の名前のホルンて、山のマッターホルンのことなんですよ。それでこのお店も峰と書いて“ほう”です。まあ、山好きの母が私に“美峰”って付けたからっていうのもあるんですけどね」
「……素敵ですね」
「ありがとうございます」
素敵だと思う。名前じゃなくて、なんだろう……母との関係性が?
お店を譲るって、簡単な事じゃないと思う。だからきっとその母親とオーナーは随分と色んな話をしたんじゃないかな。
このお店の形がホルンの形跡を残しているのも、名前に繋がりがあるのも、みんなそこにある思いを継いでいこうといている感じがして、それが本当に素敵だと思う。
クロワッサンはバターの香りが豊かで、ほんのりと温かくサクサクだった。
コーヒーはこれも山の名前のキリマンジャロ。深煎りと書いてあったけど、コクがあって酸味が柔らかく、後味がスッキリしているのでバター香るクロワッサンとは相性が良かった。
ホルンで食べたオムライスはどんなだったかな。
お母さんもオムライスは比較的よく作ってくれた。具のない、ケチャップで炒めただけのご飯を、破れた卵で包んで。ほぼケチャップだけの味で、しかも使う量が少ないから、味がとても物足りない。正直、あまり好きではなかった。でも卵の上からケチャップで文字を書いてくれるのが面白くて、それで喜んでいた覚えがある。
結果的に、楽しい食事はしていたのかもしれない。
だからホルンのオムライスは小四の私には衝撃的だったんだ。
クロワッサンの最後の一口を食べて、あのオムライスの卵からはバターがふわっと香っていたことを思い出す。
卵からバターの香りがしてびっくりしたんだ。
そしてケチャップ以外の味がしたことも。
中のご飯には鶏肉が入っていて、他にも野菜が細かく刻んで入っていた。多分、玉ねぎと人参は入っていたはずだ。あの頃“味に奥行きがある”なんて言い方は知らなかったけど、今なら適切な表現が見つかる。
ケチャップひとつを取っても、市販の味とは違う。どれにも深みがあって、卵はどこも破れていないどころか、ふわふわで厚みがあるのだ。最近よく見るとろっとしたタイプではなく、チキンライスがきちんとくるまれているタイプ。
「これが本物のオムライスなんだ」と思った。
同時に、母が料理下手なことを残念に思った。
でも本当は下手だったんじゃなくて、少ない材料でやりくりしていたからああなったのだろう。
私も同じ材料で作ったら、同じ結果になると思う。
……だからケチャップ文字で楽しませてくれていたのか。
「いつかランチに来たいです」
そして、あのオムライスをもう一度食べてみたい。
そう思った時、私は自然ともう一言付け足していた。
「母も、一緒に」
「是非! お待ちしています」
お店を出て、箸袋をもう一度見る。
一言メモは“ケチャップ”。やっと料理に関するメモが出て来たのに、やはりどういう意味で書いたのかは理解できなかった。
