お母さんの箸袋

 出張の前日、私は記憶の端っこにある景色を特に感慨もなく見つめた。
 特急を降りた先には、ロータリーや駅ビルが少しばかり並ぶ、ほどほどの都市感。私はまずは宿泊先のホテルに荷物を預けると、スマホを確認した。
 最初に行くお店は、ちょっとお洒落なイタリアンレストラン。ネットの情報によると、今は二代目の店主で、パスタももちろん、リゾットが絶品とあった。
 
 母の箸袋には“イタリア食堂 ジャルディーノ”と書いてある。もしかして私が十二歳の時とは店舗の様子が違うのかもしれない。そもそもお洒落な“イタリアンレストラン”に箸があるというのも不思議な話だけど、手元には電話番号の一致する箸袋があるのだから、この店で間違いないはずだ。

 ホテルからタクシーで少し移動すると、“お洒落な”という形容通り、白い外壁に色とりどりの花が飾られた、そこだけ洋風でくりぬいたように見える可愛いお店があった。
 店名も“イタリア食堂”ではない。“トラットリア ジャルディーノ”だ。

 うーん。
 私の十二歳の記憶には、こんな小洒落た店はない。二代目店主が大幅リニューアルしたのかもしれない。
 いきなりこれかあ。幸先悪いなあ。
 でも仕方ない。どちらにしろもうお昼だし、こうして見てる間にも二組入店していった。
 
 私はカランとお店のベルを軽快に鳴らしてドアを開けると、店内を見て微かに記憶にひっかかるものを見つけた。
 それはヒゲを生やした妙にリアルな、シェフをかたどった木彫りの像。十二歳の私は、ちょっと剥げかかった目のペイントが、まるで死んだ魚のように見えて、それが怖くて目を逸らして食事をしていたのを思い出した。

「いらっしゃいませ。一名様ですか」

 その声に思考が中断される。私は案内された二人掛けの席に座ると、もう一度店内を見回した。
 外観ほど中は綺麗ではない。これは新しくないという意味で、清潔さは当然あるし、濃い茶色の家具たちは使い込まれた様子があった。
 うん、店内だけ見ていると、なんとなくあの時を思い出してくる。
 あの時もこうして二人掛けの席に母と二人で座っていた。母は運送会社の制服のままで、それがちょっとだけ嫌だった。
 こういうお洒落な店は、やっぱりそれなりにお洒落な恰好をしてくるべきだと、まだ子供の私でも思っていた。いわゆるTPOだけど、でも今こうして店内を見ていると、別段母が浮いて見える気はしなかった。
 というのも、近くのオフィスで働いているだろう、ベストとスカート姿の女性や、同じように背広姿の男性も見える。母のように作業着の人はいないが、つまりは近くで仕事をしている人にも人気のお店のようなのだ。
 お洒落に見えた店だけど、それは世間を知らない子供だったから過剰にそう思ったのかもしれない。
 それに元々は“食堂”とついていて、どちらかと言うと大衆向けの店だった可能性だってある。

 だめだ。
 憶測だけじゃ何もわからない。わざわざ箸袋を頼りに店に来たのだから、せめてお店の人に聞いてみよう。
 私は広げたままのメニューに再び目を落とすと、ネットで評価の高いリゾットではなく、“イタリアセット”を注文した。
 説明文には“サラダ、スープ、パン、本日のパスタ、肉料理、ピクルスのついたイタリア版定食です”と書かれていた。多分、母が頼んだのはこれな気がする。量があったり、種類が豊富なものを“お得”と言いながら好む傾向にあるから。
 私は確か、何かのスパゲティを食べた記憶がある。ああ、ボンゴレだ。ボンゴレの意味が分からないまま、“ボンゴレ・ビアンコ”という響きがかっこよく思えて、知ったかぶりして頼んだんだった。お母さんへのマウントもあったはずだ。「お母さん、こんなお洒落なの、知らないでしょ?」って。
 そうだ……あの頃、なんでも母に反発するだけじゃなくて、対抗したがっていたんだ。

 今はまだ店員さんは忙しそうなので、あれこれ聞くのは後にするとして、私は木彫りのシェフを見ながら当時に思いを馳せていた。

『お母さん、なんでそんな服のままなの。恥ずかしいよ』
『なんでよ。別に泥にまみれてるわけじゃないし、なんも問題ないだろ。リーマンのスーツと何が違うんだよ』

 なんでそんなに恥ずかしかったんだろう。
 高学年にもなって色々分かってくると、自分の家は貧乏で、他の家庭とはちょっと違うってことを理解していた。
 ……思い出した。
 クラスの女子に、母の仕事をバカにされたんだ。反論しようとして、出来なかった覚えがある。男の人がする仕事だと思っていたし、ずっと貧乏だから給料が低いと思っていたんだ。
 それを恥ずかしいことだと思ってしまった。
 そして八つ当たりのように母を責めた。
 
「お待たせいたしました。イタリアセットです。本日のパスタはボロネーゼとなっております」
「あ、ありがとうございます」

 やって来たトレイには、それこそ定食のように皿がいくつも乗っていた。
 お洒落カフェごはんと言えば、ワンプレートになりがちだけど、これは定食の魂を間違いなく持っていると思う。
 そして特徴的なのは箸があること。フォークもあるが、一緒に箸も置かれている。割りばしではなく洗って何度も使えるタイプだけど、きっとこれが昔は箸袋に入った割り箸だったんだろう。

 
 せっかくなので、箸を手に取って、早速サラダを食べてみる。
 サニーレタスと、ちょっと厚めに切ったきゅうり、そしてダイスカットのトマトが乗っていた。そこにパセリが散らしてあり、お店オリジナルのドレッシングがかかっている。
 美味しい。ドレッシングの胡椒が強めで、オリーブオイルの香りが強かった。そして驚いたのがパセリ。これ、生のものを刻んであるんだろうけど、乾燥したものとは風味がまるで違う。ちょっとほろ苦さもあるけど、酸味のあるトマトと一緒に食べると新鮮な味わいで、なんと言うか、摘みたての葉っぱを食べています感がとてもある。
 
 子供の頃は生野菜が苦手だったな。
 これはお代わりしたくなる。皿があっという間に空っぽになってしまって、次はスープを一口飲んでみた。
 これは澄んだ黄金色のコンソメスープだけど、野菜の出汁なのかな? 味わいが深い。ここにも刻んだパセリとオリーブオイルが垂らしてあるけど、そのおかげかコクがある。甘みを感じるのは、玉ねぎかな。味付けは塩でシンプルだけど、“優しい味”とかじゃない。野菜とオイルのコクが沁み渡る、深い一杯だと思う。
 お母さん、こういう味の違いとか、ちゃんと分かってたのかな。
 そもそもどうしてこの店に連れてきてくれたんだろう。
 
 パスタは平打ちのタリアテッレ。赤ワインの風味広がるパスタソースはミートソースと違って、肉料理を食べているような肉の歯ごたえがしっかりとある。あの時の母のパスタがなんだったかまでは忘れたけど、これは美味しい。肉料理が別でいらないのではと思うくらい肉の味わいが楽しめて、これ、しっかりした食事が好きな母でも大満足するだろうな。
 早食いの母はよく「パスタはなんか、腹に溜まらない気がする」と言っていたけど、これなら母のパスタの概念がひっくり返りそうだ。
 
 肉料理に手を付ける時には、けっこうお腹がいっぱいになっていた。
 けど鶏肉のレモンバターソースは柑橘のさっぱりした味わいが助けて、なんやかんやペロッと食べてしまった。

 食後のコーヒーを飲みながら、昔の食事を振り返ってみる。
 十二歳の私は、ボンゴレの正体があさりで、がっかりしたことは覚えている。味に不満はなかった記憶だけど、母がラーメンみたいに箸で食べているパスタの方が美味しそうだと思ったんだった。
 
 食事にお洒落を求めた私。
 それも一つの楽しみ方だとは思う。
 でもそれは、どちらかと言うと共有できる人がいて初めて成立するような気がするのだ。少なくとも、私は。だからSNSでアップする人が多いんじゃないかな。
 あの日の食事は、私は母といながら孤独を感じていたかもしれない。
 うまく食べられないあさりを前に、後悔の念を抱いて、それをまた母のせいにしたような。

 一緒にイタリアセットを食べて、「うまい」と言えた方が、ずっとよかったんじゃないだろうか。

 木彫りのシェフに別れを告げて、会計の時にお店について尋ねてみた。

「ああ、外装ですか? リニューアルしたのは去年です。メニューも一部改訂しましたけど、先代からのリゾットとイタリアセットは変わらずです。まあ、こんなこと大きな声では言えないですけど、ちょっと気の迷いというか……“映え”たら集客になるかと思ったんですけど、結局父の味を引き継ぐことにしました。トラットリアも、食堂みたいな意味ですし」

 気さくな店員さんはそう答えてくれた。
 
 私は、母から何か継いだものは、何かあっただろうか。
 そういえば箸袋の日付の横にあった一言メモ、“ガチャガチャの指輪”の謎は最後まで回収出来なかった。