まずはビールで! -ダイエット女子の出張チート飯-



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 ダイエットを始めたのはちょうど一年前。家に遊びに来ていた妹・沙弥に【あるもの】を見られたことがきっかけだった。

「お姉ちゃん、なにコレ!」

 狭いワンルームに沙弥の怒号が響き渡る。その手には先日受け取った【健康診断の結果】がある。怒りのあまり一度握りしめたのか、結果表がぐしゃぐしゃになっていた。

「ちょっと、妹だからって勝手に見ないでよ。私のプライバシーよ」

 ポテチを食べながらそう返すと、沙弥は私の手からポテチの袋を勢いよく奪った。そして結果を読み上げる。

「体重が95キロぉ?! ほぼ100キロじゃん! ほぼ私の倍じゃん!」

 すらりとした体で仁王立ちして、沙弥は私に向かって威嚇してくる。フンッと横を向き、手元にあった缶ビールをあおってからこう返す。

「でも、体重以外は問題ないしー」
「基準値ギリギリ下なだけじゃない! 中性脂肪もコレステロールも肝臓も血糖値も! お菓子とかコンビニスナックばっかり食べてるからこうなるの! いい加減生活見直しなよ!」
「やめられないんだって~。新作だってすぐ食べたいし。沙弥も元デブなんだからわかるでしょ?」

 我が家は代々デブ家系である。両親も両祖父母もぽっちゃり。父方の伯父にいたってはぽっちゃりを超えたたっぷり、もはや球体のような体型。そんなデブのエリートに比べたら私なんて全然可愛いもの。

「元デブだから言ってんの!」

 沙弥が睨みながら仁王立ちになる。沙弥も、高校生までは私と似たり寄ったりの体型だった。しかし突然ダイエットを宣言、食事も自分で作るようになりみるみると痩せていきリバウンドもせずに10年間その体型をキープし続けている。今どきの言い方をすると「スぺ110」というスタイルだ。腕も脚もウエストも、私の半分以下にしか見えない。

「妹の私が痩せることができたんだから、お姉ちゃんだってできるよ。やろうよ、ダイエット」
「でも、もうアラサーだよ。今さらダイエットしてもたかが知れてるっていうか……」
「まだ20代でしょ! 30歳になったら、35歳になったら、今以上に痩せにくくなるんだよ? 今が一番若くて、一番痩せやすい時期なの!」

 どれだけ言い訳をしても、ダイエット成功者には焼け石に水だった。むしろこちらがどんどん追い詰められていく。

「でも……」

 私は沙弥が持っている健康診断の結果に目を落とす。アラサーの今で基準値すれすれなのだ。30歳になったら、35歳になっても生活が変わらないままだったら、きっと数値も悪くなっていくだろう。私は想像する、心臓や脳の血管にコレステロールが溜まっていく様子を。血糖値が高すぎて腎臓や膵臓がダメージを追っていく姿を。沈黙の臓器と呼ばれる肝臓が突然悲鳴を上げる日を。
 けれど、私の心を動かしたのは他でもない、大切な妹である沙弥の言葉だった。

「でも、じゃない。私だって意地悪で言ってるんじゃない、お姉ちゃんに早死にしてほしくないだけ」
「沙弥……」
「よし! やる? やるよね? ダイエット!」

 沙弥が私の手を握ってこようとするので、私は寸でのところで躱す。

「でも、どうせ長続きしないもん。ご飯だって毎日テキトーだし、運動嫌いだし」
「私が見張っててあげるから」
「どうやって?」

 沙弥はもう一通の封筒を取り出した。不動産屋から送られてきた、一通の封筒。

「お姉ちゃん、マンションの更新時期近いんでしょ」
「う、うん」
「私もなの。いいタイミングだよ、一緒に暮らそう! 二人ならちょっと広めで綺麗なマンションで暮らせるでしょ」
「えぇ?!」
「私が運動もご飯も、全部見てあげる。お姉ちゃんは私の言うとおりにしてくれたらそれでいいから」
「でも……」
「嫌とは言わせないから。これは決定事項なんで」

 最後はドスのきいた声で、半ば脅されるような形で私は頷いていた。
 
 引っ越す前に普段の食事を知りたいと沙弥に言われて、新居に移るまでの間はひたすら食べたものを記録し続けた。わが社の主力商品である美しさ・使いやすさを売りにした手帳に、私のだらしない食生活が書き綴られていく。引っ越し当日の夜、その手帳を見た時の沙弥の絶句した表情といったら。

「これだけの量、どこに入ってるの?」
「私も分からない……」

 記録していて、私もドン引きした。一日三食とちょっとしたおやつ……を飛び越えて、一日五食も食べているような日々だった。朝は菓子パンを二つ、10時のおやつとか言ってチョコバーと甘いカフェオレ、お昼は会社近くの蕎麦屋でお気に入りの天丼・ざるそばのセット、3時もしっかりコンビニスイーツを食べて、定時に上がったら近くのコーヒーチェーンで新作のフラペチーノ。そして晩ご飯をテイクアウトしたり、コンビニで買ったり、宅配を頼んだり。夕食のメニューだって、丼もの、うどんやパスタ。糖質の塊。それに晩酌のビールや缶チューハイ。野菜なんてほとんど食べていない。

「しかもしっかり晩ご飯の後にアイスも食べてるし……よく100キロにならなかったね」

 三桁の大台に乗るもの時間の問題だったに違いない。

「安心して、お姉ちゃん。これからは私が三食用意してあげるし、運動も付き合ってあげるから」
「う、うん」

 沙弥の頼もしい言葉に、私は頷くしかなかった。
 いや、本当に頼もしかった。沙弥が指揮するダイエットは……とてもストイックで、非常にスパルタなのだった。

「お姉ちゃん、涼しい時間にウォーキングだよ!」

 と朝5時に叩き起こされてたっぷりと歩くところから一日が始まる。帰ってきてからはシャワーの前にトレーニング系配信者の動画を見ながら一緒に筋トレをして、シャワーの後はしっかりとストレッチ。ガチガチだった体は、どんどんしなやかになっていく。

 食事の面も厳しかった。

「甘い飲み物は禁止ね」
「お酒は!?」
「お酒も! ビールなんて言語道断。チートデー以外は絶対にだめ。まずは水2リットルを飲むことを意識して」
「2リットルも?!」
「水は体の中のめぐりを良くして、老廃物の分泌を助けてくれるから」

 もちろん飲み物だけではない。食事も制限がかかった。お菓子はゼロカロリーのゼリーばかり、買い食いは禁止。それに、沙弥は毎日、高たんぱく低脂質メニューを作ってくれた。
引っ越して初めての夜、シューッと音を立てる炊飯器を見て私はとても驚いたのを覚えている。

「ご飯、食べていいの? 糖質制限ダイエットってあるじゃん、お米は食べちゃいけないものなんじゃ……」
「糖質制限はねー……短期的に痩せることはできるけれど、お姉ちゃんの目標はたとえ時間がかかったとしても痩せて健康的になることだから。糖質を抜いている状態でお米とかパンを食べたら、血糖値が急上昇して太りやすくなるし」
「ふーん、そうなんだ。じゃあ、お米は食べていいんだね!」
「白米じゃないけどね」

 そう言って、沙弥が炊きあがったばかりの炊飯器を開ける。そこにはわずかに紫がかった、豆やらゴマやらが混じったご飯があった。

「雑穀米とかもち麦ご飯は血糖値の急激な上昇を防ぐから。私はお米は絶対にこれにしてるの」
「はあ……」

 菓子パンだけだった朝はサラダから始まるようになった。焼き魚に卵焼き、野菜や根菜たっぷりのお味噌汁。雑穀米かもち麦ご飯かは、その日の沙弥の気分によって変わる。

「良く噛んで食べることを意識して。一度口にいれたら、30回噛むの」
「はい……」

 お昼ご飯も沙弥お手製のお弁当。最初、同僚に「彼氏でもできたの?」と冷やかされたけれど理由を話したら「あー。いい妹さんだね」と体を見ながら納得された。お弁当の中身もたんぱく質や野菜がたっぷり詰まっている。ブロッコリー率が異様に高い。

「ブロッコリーはダイエット最強食材だから。脂肪を燃焼させる栄養素が含まれているし、ビタミンも食物繊維も豊富だし」

 沙弥がそう力説していた。そういえば、彼女がダイエットしていた頃、めちゃくちゃブロッコリーを食べていたのを思い出す。

 忘れられないダイエットメニューは、沙弥が作るサラダチキン。

「ちょっと沙弥ちゃん、今何捨てたの?!」

 沙弥がビッと勢いよく鶏むね肉の皮を剥いだかと思えば、彼女はそれをノールックでゴミ箱にシュートする。

「鶏肉の一番おいしい部分だよ!」
「あれは脂質のかたまり」
「だからって、まるで親の仇みたいに捨てなくても!」

 悲鳴を上げる私を、沙弥がまるで地獄の門番みたいな顔で睨んでくる。私はヒッと息を飲み、そのまま押し黙った。そう、私は文句を言える立場ではないのだ。妹に言われるまま副菜の用意をする無様な姉、それが私。鶏むね肉は電子レンジで加熱されることでたんぱく質たっぷりのサラダチキンとなり、沙弥はあっさりとした酢と醤油と香味野菜のタレをかけた。

「ウチでは鶏もも肉も皮も食べられないと思ってね」
「そんな……」
「早死にしたい?」

 首を横に振って、耐えるしかない。まずはサラダを食べてから、しっとりとしたサラダチキンに箸を伸ばした。

 初めは過酷だったけれど、初めの一か月ですぐに成果が出た。体重は一気に3キロも減って、肌の調子が良くなった。あれだけおでこの吹き出物に悩まされていたのに……。

「水いっぱい飲んで汗かくようになったから、肌の代謝が良くなったのかな?」
「ね? いいものでしょ、ダイエット」
「……うん」

 料理以外の家事は私が担うようになったからと言って、沙弥の負担は大きすぎる。私もダイエット食の勉強を始めてお弁当を作るようになったり、言われる前に自主的に運動するようになって……あっという間に一年すぎて、あっという間に20kgも痩せた。

「やるじゃん、お姉ちゃん」

 姉としても名誉も回復できた。でも、ここまで私のために頑張ってくれている妹にすら隠している重大な秘密……私は結局、ビールも鶏皮もやめることはできないのだ。