「田沢さん、お久しぶりで……えっ? 本当に田沢さんですか?」
「お久しぶりです、渡辺さん。今回もどうぞよろしくお願いします」
四葉百貨店で文具フェスが開催されるのは一年ぶり。私・田沢亜弥の胸も弾む。
文具フェスの百貨店側の担当者・渡辺さんは私の姿を見て、驚きのあまり大きく目を丸めていた。無理もない、と私はほくそ笑む。けれどその表情を、会社の後輩である安藤君に見られてしまった。
「田沢先輩、ダイエットに成功したんです」
先に言われてしまった。
「でしょっ?!」
渡辺さんの驚く声がフロアに響く。設営や陳列をしている他のスタッフさんがこっちに注目してしまい、何だか恥ずかしくなってしまう。
「ちょっと、安藤君……そうなんです、実は去年からダイエットをしていて、それで20キロ痩せまして」
一年前ここに来た時の私の体重は3桁目前だった。コロンとしたダルマみたいな体型が渡辺さんの脳裏に色濃く残っていることだろう。まだ標準体重ではないけれど、相当な見た目の変化があったはずだ。ウエストはだいぶ細くなったし、サッカーボールみたいだったフェイスラインもシャープになって「私って元はこんな顔だったんだ」と驚いたものだ。
「20キロも? やば!」
渡辺さんがググっと迫ってきたと思ったら、すっと身を引いた。仕事を思い出したのか何度か咳ばらいをしている。
「ウィンドペーパーさんの手帳は、すでにあちらに並べています。ご確認いただいていいですか?」
「はい、ありがとうございます」
渡辺さんに続いてフロアを進む。手帳ブースにはわが社・ウィンドペーパーの手帳がずらりと並んでいた。業界ナンバーワンや大手メーカーの手帳の横、結構目立つポジションにある。
「いつもありがとうございます、こんなにいいところ」
「私がウィンドペーパーさんのファンですから。ちょっと表紙のざらついた感じとか、ぱっと開けるところとか。新しく出た四月始まりは表紙もオシャレでいいですね」
無骨な黒や紺色、茶色の手帳の横には淡いピンクや空色の表紙が並んでいる。とてもシンプルな表紙、開きやすさ、紙の手触りの良さ。わが社のちょっとしたこだわりが昨今のジャーナリングブームと相性が良かったのか、いろんなお客さんに手に取ってもらう機会が増え、各地で開催される文具フェスへ出店することも多くなった。おかげで、私も月に一回は出張している。
私が並んでいるわが社の手帳を食い入るように見ていると背後から渡辺さんの感嘆の声が聞こえてきた。
「20キロ……すごいですね、どうやったんですか?」
「私自身は何もしていなくって。全部妹に言われるままなんですよ、食事も運動も」
「でも、それを継続している田沢さんもすごいですよ。誘惑にも負けず」
私はその「誘惑」という言葉に、ちょっとだけ乾いた笑いで返していた。遠くから渡辺さんを呼ぶ声が聞こえてくる。
「それでは私はこれで。明日は開店前からいらっしゃいますよね?」
「はい、私も安藤もそのつもりでいます。どうぞよろしくお願いします」
「お願いします!」
安藤君は勢いよく頭を下げている。その熱血ぶりに渡辺さんは笑い、そのまま去っていった。
「俺、出張も文具フェスも初めてなんで……不手際あるかもしれないんですけど、よろしくお願いします」
「私だってまだまだ勉強中だよ、安藤君の方がしっかりしてるかも」
「でも、田沢さん、毎月出張行ってるじゃないですか? 文具系即売会の。係長も田沢さんが一緒なら何も心配ないって」
毎月出張。それには【理由】がある。私が率先して出張を引き受ける、ある【理由】が……。
安藤君はスマホの画面を確認した。
「ホテル戻る前に、晩飯行きません?」
「あっ! ……ご、ごめん、私晩ご飯は……」
安藤君は「あー」と言いながらスマホを仕舞った。
「ダイエット中ですもんね。あまり食事を抜いたら良くないとは思うんですけど……頑張ってくださいね、田沢さん」
安藤君は何か勘違いをしているみたいだったけれど、私にとってこれは好都合だった。百貨店の前で別れて、安藤君は繁華街方面へ。私は一度ホテルに向かう……フリをして、同じように飲食店が立ち並ぶ繁華街へ向かった。
「さて、行くか――チート飯を食べに」
私が出張に行く【理由】――それは、一人で好きなだけ好きなものを食べる【チートデー】をしたいから、である。
「お久しぶりです、渡辺さん。今回もどうぞよろしくお願いします」
四葉百貨店で文具フェスが開催されるのは一年ぶり。私・田沢亜弥の胸も弾む。
文具フェスの百貨店側の担当者・渡辺さんは私の姿を見て、驚きのあまり大きく目を丸めていた。無理もない、と私はほくそ笑む。けれどその表情を、会社の後輩である安藤君に見られてしまった。
「田沢先輩、ダイエットに成功したんです」
先に言われてしまった。
「でしょっ?!」
渡辺さんの驚く声がフロアに響く。設営や陳列をしている他のスタッフさんがこっちに注目してしまい、何だか恥ずかしくなってしまう。
「ちょっと、安藤君……そうなんです、実は去年からダイエットをしていて、それで20キロ痩せまして」
一年前ここに来た時の私の体重は3桁目前だった。コロンとしたダルマみたいな体型が渡辺さんの脳裏に色濃く残っていることだろう。まだ標準体重ではないけれど、相当な見た目の変化があったはずだ。ウエストはだいぶ細くなったし、サッカーボールみたいだったフェイスラインもシャープになって「私って元はこんな顔だったんだ」と驚いたものだ。
「20キロも? やば!」
渡辺さんがググっと迫ってきたと思ったら、すっと身を引いた。仕事を思い出したのか何度か咳ばらいをしている。
「ウィンドペーパーさんの手帳は、すでにあちらに並べています。ご確認いただいていいですか?」
「はい、ありがとうございます」
渡辺さんに続いてフロアを進む。手帳ブースにはわが社・ウィンドペーパーの手帳がずらりと並んでいた。業界ナンバーワンや大手メーカーの手帳の横、結構目立つポジションにある。
「いつもありがとうございます、こんなにいいところ」
「私がウィンドペーパーさんのファンですから。ちょっと表紙のざらついた感じとか、ぱっと開けるところとか。新しく出た四月始まりは表紙もオシャレでいいですね」
無骨な黒や紺色、茶色の手帳の横には淡いピンクや空色の表紙が並んでいる。とてもシンプルな表紙、開きやすさ、紙の手触りの良さ。わが社のちょっとしたこだわりが昨今のジャーナリングブームと相性が良かったのか、いろんなお客さんに手に取ってもらう機会が増え、各地で開催される文具フェスへ出店することも多くなった。おかげで、私も月に一回は出張している。
私が並んでいるわが社の手帳を食い入るように見ていると背後から渡辺さんの感嘆の声が聞こえてきた。
「20キロ……すごいですね、どうやったんですか?」
「私自身は何もしていなくって。全部妹に言われるままなんですよ、食事も運動も」
「でも、それを継続している田沢さんもすごいですよ。誘惑にも負けず」
私はその「誘惑」という言葉に、ちょっとだけ乾いた笑いで返していた。遠くから渡辺さんを呼ぶ声が聞こえてくる。
「それでは私はこれで。明日は開店前からいらっしゃいますよね?」
「はい、私も安藤もそのつもりでいます。どうぞよろしくお願いします」
「お願いします!」
安藤君は勢いよく頭を下げている。その熱血ぶりに渡辺さんは笑い、そのまま去っていった。
「俺、出張も文具フェスも初めてなんで……不手際あるかもしれないんですけど、よろしくお願いします」
「私だってまだまだ勉強中だよ、安藤君の方がしっかりしてるかも」
「でも、田沢さん、毎月出張行ってるじゃないですか? 文具系即売会の。係長も田沢さんが一緒なら何も心配ないって」
毎月出張。それには【理由】がある。私が率先して出張を引き受ける、ある【理由】が……。
安藤君はスマホの画面を確認した。
「ホテル戻る前に、晩飯行きません?」
「あっ! ……ご、ごめん、私晩ご飯は……」
安藤君は「あー」と言いながらスマホを仕舞った。
「ダイエット中ですもんね。あまり食事を抜いたら良くないとは思うんですけど……頑張ってくださいね、田沢さん」
安藤君は何か勘違いをしているみたいだったけれど、私にとってこれは好都合だった。百貨店の前で別れて、安藤君は繁華街方面へ。私は一度ホテルに向かう……フリをして、同じように飲食店が立ち並ぶ繁華街へ向かった。
「さて、行くか――チート飯を食べに」
私が出張に行く【理由】――それは、一人で好きなだけ好きなものを食べる【チートデー】をしたいから、である。



