幼馴染最強伝説~ツンデレスパダリ坊主が、俺を好きなの!?~

5、三島塁は告げる



 公園を出ると、すぐにブンヤの家がある。ブンヤは「今日は悪かったね、また明日」と言って家に帰って行った。
 次に若菜、爽太、と続いて、最後に残るのが塁と俺だ。
 塁の家には、まだ電気が点いていない。俺の家からは明かりが洩れている。
「んじゃ、また明日」
「廉」
 ばいばい、と手を振って家に入ろうとしたら、塁に呼び止められる。
 住宅街の狭い道路で二人、向かい合っていた。
 街灯の明かりが照らしている。
「なに?」
「落ち着いたら、話があるって言ったよな」
「あ! なんだったの、あれ」
 遊園地の最後、観覧車で塁が真剣に話そうとしていたことだ。
 引っ越しでもない。彼女でもない。じゃあ……。
「進路決めた、とか?」
 公園で、高校卒業後に進路がバラバラになる可能性を初めて感じた。
 将来の夢の話は何度もしたことがあるけれど、具体的な進路の話は、誰からも聞いたことがなかった。
 俺が小さく息を呑んで問いかけると、塁は瞬いて、「はああ」と深く重いため息を吐いた。
「えっ、なんで」
「そういうヤツだよおまえはよ」
「なになに、どういうこと、わ、」
 自分の坊主頭を掻いたと思ったら、その手で俺の頭をわしゃわしゃと強めに撫でられる。髪が乱れた。
 いつもは乱れた髪ごと直してくれるのに、今日はそのまま、顔を塁の肩に押し付けられる。
 小さい頃は変わらない背丈だったはずなのに、野球部のトレーニングのせいか、胸板まで厚くなってる。

「おまえが好きだよ、廉」

 そして顔を見せないまま、塁は、そう囁いた。

「へ?」

 間の抜けた声が、こぼれ出る。
 どういうこと。
「幼馴染としての好きなら、改めて言う必要ねえよな」
 俺の思考を読んだように、塁が先にそう言った。
 ゆっくりと腕が離され、塁と視線が合う。
 塁は初めて見る顔をしていた。
 照れとも違う、なんとも複雑そうな顔で、眉を寄せて俺を見ている。
「自分でも趣味が悪ィと思う」
「悪口言われた? んむ、」
 軽口を返そうとすると、両方の頬を手で挟まれて間抜けな声が出る。
 塁は改めて俺を見て、もう一度、ため息を吐いた。
 そして諦めたように両手を離す。
「言うつもりもなかったんだがな。ああいう騒ぎがあったのに、言わねえのも、なんかずるいだろ」
 塁は自分の首の後ろを触りながらそう言った。
 まだ、俺の理解は追いつかない。
「そういうわけだから、明日から起こすのも――」
「えっ」
「あ?」
「起こしてくんないの……!?」
 どういうわけでそう繋がるのかわからない。
 今日、塁がいない朝が俺にとってどれだけ大変かって実感したばっかりだ。
 やっと、何も気にせずいつも通りの五人でいようぜって結論が出たというのに。
 俺が縋るように言うと、塁が思い切り眉を寄せた。
「あのなあ」
「だって塁がいないと俺遅刻するよ」
「おまえな」
「今日も朝飯食えないし制服ボロボロだしおかん不機嫌だし」
「――わかった」
 必死に言い募ると、青筋を立てたままの塁が、言葉少なに頷く。
 ほっとするのも束の間、目が笑っていない塁が小さく口角を上げて、低く囁いたのでぞっとした。
「何されても文句言うんじゃねえぞ」
 一体、何をする気なんですか。
「じゃあな」
「あ、うん。おやすみ!」
「おやすみ」
 ひらりと片手を挙げて、塁が、暗い家へと入って行く。
 俺は小さく息を吐いて、明るい家へと帰ったのだった。






 次の日。
 ちゅんちゅんと雀が囀る声がして、カーテンの隙間から日差しが差し込んでくる。
 それでもまだ俺は夢の中にいたい。この心地良い時間になるべく長く浸っていたいんだ。
 布団をぎゅっと抱き締めて惰眠を貪っていると、いつも二段飛ばしで階段を上ってきて、勢いよくドアを開ける音がするんだけれども、今日はその激しい音がしない。その代わり、ぎし、とベッドが軋んで、人の気配を間近に感じた。
 流石に意識が浮上して目を開けると、近い位置に、既に制服に身を包んだ塁の姿がある。
「ぅえ、」
「ちっ、起きたか」
「おはよ……?」
「おー、はよ」
 何故か舌打ちをされた。
 目を擦りながら挨拶をし、ふあ、と欠伸をこぼす。
 塁は俺の上から退いて、その代わりに腕を引いて身体を起こしてくる。
「なんか塁、変じゃね」
「おまえ」
「うん?」
「昨夜のこと、忘れてねえよな」
 立ち上がって向かい合うと、塁が低い声でそう言った。
 昨夜。昨日。
 寝ぼけた頭が、俺の記憶を巻き戻す。

『おまえが好きだよ、廉』

 そうだ。
 別れ際、お互いの家の前で、目の前の男に、そう言われた。
 塁はじっと俺を見て、目を逸らさない。
 肩口に押し付けられたときの体温を思い出した瞬間、ぶわ、と、体中から熱が上がってきた。
「やっと意識したかこのポンコツ」
「朝から悪口!!」
「鈍すぎんだよ。キスするぞ」
「意味わかんないなにそれ!! 好きってそういう好き!?」
「だからそう言ってるだろうが、触りたいしなんなら抱きたい」
「待って待って待って落ち着いて」
 次から次、塁から投げられる言葉が予想の範囲外すぎてキャパオーバーだ。
 顔を覆ってしゃがみこんだ俺を見て、塁が深く重いため息を吐いた。昨日から多いぞ、それ。
「だからな」
 塁もしゃがみこんで、目線を合わせてくる。
「起こしに来ねえ方がいいんじゃねえかと思ったんだよ」
 昨日、言いかけた塁の言葉を思い出す。
 塁が起こしに来ない朝は、俺にとってよくないことの連続だ。
 それが続くのが考えられなくて、引き留めてしまったけど。
 それは正しい選択だったのだろうか。
「塁って……」
「あ?」
「むっつりスケベ?」
「犯されてえってことか」
「ちがっ、ちがうちがうちがくて」
 ちらりと視線を上げて尋ねた言葉は地雷だったようだ。
 青筋を立てて低い声で言われて慌てて手と首を振る。
「だって絶対俺が嫌なことしないじゃん」
 そう。
 何を心配しているのかがわからなくて俺が断言すると、塁は面食らったような顔をして、それから、顔に手を伸ばしてきた。
「あだ、」
 指先で額を弾かれる。
 軽い痛みに声を出すと、「ばーか」と塁が言った。
「だから別に塁が怖いとか嫌とかないよ、ていうか起こしに来てくんないと困るし」
「おまえな」
「――塁が、いや?」
 気持ちを知られたまま、いつも通りにいるのは負担なのだろうか。
 眉を下げて首を傾げると、塁が息を呑んだ。
 そのまま、わしゃわしゃと力強く頭を撫でられる。寝癖がさらに強くなった。
「嫌とかそういう問題じゃねえっつーの。――仕方ねえな」
 目を細めるのは、了承の合図だ。
 よかった。
 小さく安堵の息を吐くと、「あんたたち遅刻するわよ!」と母親が階段下から叫んでくる声が同時だ。
 顔を見合わせて、ふっと目を細める。
「おかんも寂しがるからさ。朝は来てよ」
「わかったわかった」
「ん。ありがと」
「おー」
 頷く塁の優しさに、甘えることにする。
 そう。
 この判断が、まさに、甘かったんだ……。








 母親が準備した朝ご飯を並んで食べ、洗面所で並んで歯磨きをして、俺が支度するのを待ってもらって、一緒に玄関を出る。
「廉」
 ふと呼び止められて立ち止まると、塁の手が伸びてきて、首元のネクタイを直してくれる。
「曲がってんぞ」
「あざす」
 礼を言うと、ふっと目を細めた塁が、俺の頬を指先で撫でてから手を離して歩き出した。
 いつものやり取りだ。
 珍しくもなんともない、いつもだって塁はこれぐらい距離が近かった。
 いや、でも。
 何故か妙に意識してしまって、俺は、塁に触れられた頬に自分で触ってみる。
 なんの変哲もないほっぺだ。
「早くしろ、爽太待ってんぞ」
 立ち止まった俺を訝しげに振り返った塁が促してきて、慌てて「ごめん」と言って駆け寄る。
 なんだか塁の顔を上手く見られなくて、息が詰まった。なにこれ。
「おっはよ! あれ? レン、風邪?」
「えっ!? なんで!?」
「だって顔すげー赤いよ」
 「さわやか」の店先の前で合流した爽太が元気に挨拶をした直後に、すぐに俺の顔を覗き込んできてそう指摘する。
 いや知らない知らない、顔が赤いとか知らない。
 塁はふっと笑って「バカだから引かねえだろ」とか言っている。「そっかー」と爽太も納得……するな!
「バカじゃないけど風邪じゃないですー」
「元気ならいいよ。ルイもよかったな、レンがいてさ」
「あ?」
「昨日マジでずっとそわそわしててさ、ぶは、」
 一緒に歩き出した爽太が思い出し笑いをしている。
 塁に口止めされたことを呆気なくバラしているが、塁は素知らぬ顔で歩くだけだ。
 それだけ俺を心配してくれたってことが、昨日はくすぐったいだけだったけど、今日はなんだか気恥ずかしい。
「そ、そうなんすか」
「そーそ。もうさー、地球滅亡レベルだったよ」
「言いすぎだ、爽太」
「さーせーん」
 爽太が楽しそうに言うのに、塁が低い声で止めに入って、爽太はそれでも笑いながら謝った。
 俺はなんとも言えずに、そのまま三人で並んで学校へ向かう。運動部三人、朝練組だ。
 爽太が一人で喋ってて、「レンなんか元気なくね?」と聞いてくるのに、「んなことないよ」と誤魔化すしかできないのであった。






 俺、彼女がいたとき、どうしてたっけなー。
 よく知らない子だったけど、舞い上がってOKして、連絡先交換して、毎日少しずつメッセージのやり取りをして。
 お互い部活がない日は一緒に帰ったけど、二週間のうち、数回だ。
 映画に行く約束はしたけれど、その日が来ないうちに、振られてしまった。
 デートすらしてないから、手も繋いでいない。
 かわいいなって思ったけれど、それぐらいだ。
 昼ご飯は結局お互い友達と食べていたし。
 ていうかそもそも、『好き』ってなんだ?
 俺は小さい頃から女の子にモテたい気持ちは強かった。
 でも、誰かを本気で好きになったことって、あったっけ?
 授業中も、空き教室で購買で買ったパンを食べている間も、そんなことばかりが頭を過ぎる。
 今日は、塁は野球部の用事で早々に昼飯を食べて部室に行ってしまった。
 まだ教室に残って、ゼリー飲料をゆっくり飲んでいる若菜を見る。
「なあ、若菜」
「なんでござるか」
「若菜の初恋っていつ?」
「ぶはっ」
 俺の問いかけに若菜がゼリー飲料を吹き出した。汚い。
「いいいいきなりなんの話をするでござるか」
「なになに、恋バナ? 俺も混ぜて!」
「珍しいね、何かあったの」
 口許を拭って動揺しまくる若菜と、話に入ってくる爽太、ブンヤは目を丸めて驚いている。
「いやっ、べつにっ、なにもないんだけど! まったく! これっぽっちもな!」
「うわっ、怪しい! ブンヤ、コイツ何か隠してます!」
「へえ、詳しく吐かせる必要があるね」
「拙者ただのとばっちりでござるな!?」
 ぶんぶんと大きく首を横に振るが、面白がっている爽太が俺を箸で指さして言ってくる。
 ブンヤはわざとメガネを上げ直し、若菜は気付いてしまった。
 ぜ、絶対に、言えない……。
 三人の顔を改めて見ると、塁の顔が浮かんでくる。
 特にこの三人には、口が裂けても言うわけにはいかない。
「そっ、爽太は!? 好きな人いる!?」
「俺はサッカーボールが恋人だから」
「そうでしたね! ブンヤは!?」
「僕はペンが恋人だから」
「それな! 若菜は!?」
「ひぃい戻ってきたでござる……せ、拙者は……」
 苦無が恋人、とでも言うと思った。
「五人でいるのが一番楽しい、でござる」
 ちら、と俺たちを見た若菜が、頬を染めて、指先をツンツンと合わせながら、ぽつりと言う。
「わっ、若菜……!!」
 それを聞いてなんだか感激してしまって、俺と爽太は、同時に若菜をぎゅうぎゅうと抱き締めた。
 ブンヤも、目を細めてその様子を見ている。
 若菜は「苦しいでござる」と言いながらも、嬉しそうだ。
 そうだな。
 五人でいるのが、いちばん、楽しい。







 午後も俺はぐるぐると考えていた。何をって、恋について。いつもの数十倍、頭を使っている気がする。
 その分、集中力が迷子になってしまって、今日の部活ではミスをしまくってしまった。
 普段は取れるボールも取れなくて、慌てて追いかけようとしたら滑って転んで膝を擦り剥いてしまう。
 中学時代だったら大袈裟に医者を呼ぶ真似とレギュラー降格の小芝居を盛大にされていたな……、と黒歴史を思い出して遠くを見ながら、先輩たちに促されるまま、傷を洗ってから保健室に向かった。
 当たりどころが悪かったのか、出血が多い。
 床に垂れないように気をつけながら、保健室のドアを開けようとして、手を止める。
 少し開いた保健室のドアの隙間から、聞き慣れた声が聞こえたからだ。
「これぐらい、大したことねえよ」
「でも、大事な時期ですから」
 心配そうな声が後に続いて、どきりと心臓が跳ねた。
 保健室の中には、塁がいる。
 えー、気まずい。
 非常に気まずい。
 このまま戻ろうかな、とも思うが、脛まで垂れ始めた血が、それを許してくれなかった。
 ええい、ままよ。
「三島先輩……」
「えっ」
 ガラ、とドアを開けたのと、塁と向かい合っていた黒髪の男の子が頬を染めて熱っぽく塁を呼ぶのが同時だった。
 思わず声を上げてしまい、はっと気付いた男の子が慌てて顔を逸らす。
 えっ! これ、めちゃくちゃ間が悪いってヤツですか……!!
「る、塁も怪我?」
「あ? つーかその血、どうしたんだよ」
「転んで擦り剥いてさ」
「早く洗え」
「うん、一回洗ったんだけど」
「垂れてるだろ」
「はい……」
 何も言えずに頷き、保健室にある洗面所の水を借りて、膝の血を流す。ぴり、とした痛みが走って眉を寄せた。
「み、三島先輩、」
「ほら、座れ」
「先輩も怪我してるのに」
「大したことねえよ」
 黒髪ジャージ姿の子が、なんとも言えない顔で俺を見た。
 塁の腕を心配そうに見ている。なるほど、これが、黒髪で華奢で守ってあげたくなるような子ってヤツ……。
「塁は、腕?」
「捻っただけだ」
「いやダメじゃん、冷やして大人しくしないと」
「いいから」
 促されて、俺は素直に椅子に座る。黒髪ジャージの子の視線が痛い。うっ、先輩をこき使ってごめん。
 塁は俺の心情も知らず、丁寧に傷を拭うと、びしゃ、と大雑把に消毒液をかけてくる。
「い、っだ、やさしくしてやさしく」
「十分優しいだろうが」
「やさしくないぃ」
 半分泣きが入ってくると、塁が笑って、上からガーゼつきのテープを貼ってくれた。
 これで出血は大分マシになるはずだ。
 塁は俺の頭をぽんと撫でて「無理すんなよ」と言って立ち上がった。
「先輩、」
「ああ、悪いな」
「ごめん、ありがと。塁も無理しないで」
「ああ。帰り、待ってろよ」
「うん。……ん!? あ、俺もしようか、手当て」
 俺ばっかりしてもらったのが悪いと思ってそう申し出ると、「結構です」と塁じゃなくて黒髪くんが湿布を手にして結構強めに言ってきた。
 塁が上着の袖を捲くるのを見て、「じゃあ、よろしくー」とへらりと笑って黒髪くんに託すことにする。
 うーん、俺、嫌われてる?
 今日初めて会ったばかりの黒髪くんから拒絶オーラを感じて首を捻りながら、部活へと戻るのだった。







 部活を終えて部活棟を出ると、外がすっかり暗くなっている。
 同じように部活終わりの人たちがぞろぞろと歩いて校門を出て行くのを見送りながら、俺は立ち止まって待っている。
 まずブンヤが来て、「おつかれ」と俺の隣に立った。その後すぐに若菜が来て、「おつかれでござる」とその横で立ち止まる。
 少ししてから爽太が来て、「おつかれー」と立ち止まった。
「あれ、塁は?」
「まだだけど」
「野球部もう終わってたけどなー」
 爽太が俺たちの顔を見て、首を捻る。
 噂をすればで、すぐに、塁の姿が現れた。その横には、保健室で見た黒髪くんの姿がある。あのときはジャージだったけど、今はちゃんと制服だ。
「先輩、ほんとに無理しちゃダメですからね」
「わかったよ」
「今日は家トレも禁止です」
「ああ、……おう。おつかれ」
「おつかれー」
 黒髪くんが隣で一生懸命話してるのに頷いていた塁が、俺たちに気付いて手を挙げた。
 返事をすると、黒髪くんがぎょっとした顔で俺を見てくる。なんでだ。
「先輩、」
「じゃあな、牧瀬」
「は、はい。お疲れ様でした」
 塁が挨拶をすると、黒髪くんは何度か瞬いた後になんとも言えない表情をして、ぺこりと頭を下げる。
 ぱたた、と、俺たちの横を走り去ってしまった。
 つい、俺たちは、彼の去った方向を見る。
「罪な男だね」
「ああ?」
「塁、男からもモテんのかよ」
「そういうんじゃねえだろ」
 ブンヤがふっと笑って言うのに、爽太が不満そうに言った。
 塁はそれをキッパリ否定して、俺は何度か瞬く。

『三島先輩、』

 熱っぽく囁いていたあの声や、塁の手当をしたがっていた様子、俺に対する敵意。
 そして最後の、傷ついたような表情。
 あああああ、そうか。そうだったのか。
 あれが、恋をしている顔!!
 全てに合点がいって、今日の悩みが全て吹っ飛んだ気になった。





 「昨日の今日だけど、随分、勢いが落ち着いたよ」
 帰り道、思い出したようにブンヤが言った。
「SNS?」
「そう。学校裏サイトでは、僕たちの投稿はかなり減ってる」
 もしかしたら、黒川さんが頑張ってくれたんじゃないだろうか。
 泣きじゃくりながら謝罪していた先輩のことを思い出す。
「まあ、案の定、僕ら以外の方にシフトしてるんだけど」
 ブンヤが複雑そうに言い、見せてくれたスマホの画面には、バスケ部の部長と副部長の写真が上がっている。
 去年県大会の決勝まで進んだバスケ部はかなり注目されていて、部長も誰もが認めるイケメンだから、話題には丁度いいのかもしれない。
「そっちでも、全盛期に比べて反応はかなり減ってるよ」
「そっか、よかったじゃん」
「ブンヤありがとね、気にしてくれて」
 爽太が頷き、俺はブンヤに礼を言った。
 なんだかんだ、騒動の最中も、全部ブンヤに任せてしまっていた。
 俺が言うとブンヤは意外そうに目を丸めて、それから首を振った。
「自分で蒔いた種だから」
 確かに……。
 ブンヤがデータを残していなければ、俺は彼女と別れることにはならなかった……。
 ――ん?
 んん?
 ふと、引っかかりを覚える。
 俺があの子と付き合ってたときも、塁は俺を好きだったの?
 付き合うことを伝えた日、振られたことを伝えて慰めてもらった日。
 どちらも、塁に変わったことはなかった気がする。
 気付いたら俺は塁をじっと見つめていたらしい。
 目が合って、「んだよ」と頭を小突かれた。
「いやっ、あ、ブンヤばいばい! また明日!」
「また明日、おやすみ」
 ちょうどブンヤの家の前で、手を振って挨拶することでどうにか誤魔化せた。
 若菜と爽太も、同じように手を振って別れると、やっぱり、塁と二人きりになってしまう。
 気まずい。
「あ、あのさ」
「なんだ」
「あの子、後輩? すげえ懐かれてるじゃん」
「あー、まあな」
 黒髪くん、塁が牧瀬って呼んでた子について聞いてみると、塁が頷いた。
「マネージャーなんだよ。色々世話焼いてくる」
「そうなんだ」
「つーかおまえ、怪我は大丈夫なのか」
「いや、塁こそ」
「痛ェからって風呂サボんなよ」
「サボりませんー」
 うっ、それを言われると入りたくなくなる……。
 小さい頃から、こういう怪我に弱いのを、塁は知り尽くしている。
 そう。塁は俺のことを知っているのに、俺は、知らないことばかりだ。
「じゃあまた明日な」と言って家に入ろうとする塁のことを、背中のシャツを引っ張って止めた。
「塁」
「んだよ、」
「あのさ」
 うわ。聞きにくい。
 さっき浮かんだ疑問を尋ねたいけれど、どうにも聞きにくくて躊躇っていると、塁が俺を見た。
 シャツを掴む手を離されて、視線が合わさる。
「家、上がるか」
「え」
「なんか話してえんだろ」
「えー」
「今更警戒すんな」
 何もしねえよ、と笑う塁に頷いて、俺はそのまま、塁の家にお邪魔した。母親には、塁の家にいることを伝えるメッセージを送っておく。






 小さい頃からほとんど変わらない塁の部屋には、俺がゲーセンで取ったでっかいぬいぐるみが置いてある。床に座ってそのぬいぐるみを抱きしめて、塁が戻って来るのを待つ。
 制服からTシャツと半ズボンの部屋着に着替えた塁は、右の肘に、湿布を貼っていた。
「大丈夫なの」
 視線を上げて尋ねると、塁が腕を動かす。
「大人しくしてりゃすぐ治る」
「そっか、よかった」
 スポーツと怪我は付き物だ。
 俺はテニスを、爽太はサッカーを、塁は野球を始めてから、明らかに怪我が多くなった。
 でも、お互い知っているから、必要以上の心配はしていない。
 そうだ。俺は今、俺の知らないことを聞きに来た。
「あのさ、」
「ん」
「その、いつから、すきなの、俺のこと」
 うわっ。
 それを聞いてから恥ずかしさが一気に込み上げてきて、灰色の猫がサングラスをかけているキャラクターのぬいぐるみの後ろ頭に顔を押し付ける。
 一瞬、間が空いた。
 塁がどんな顔をしているのか、見ることができない。
「小四だな」
「小四!?」
 しかし、返ってきた答えが思ったよりも小さい頃の話で、驚いて顔を上げてしまった。
 小四って。
 まだ、ダンゴムシを捕まえて喜んでいた頃だ。
「な、なんで……?」
「――佐々木、覚えてるか」
「ああ、りえちゃん」
 中学ですっかりギャルになった佐々木りえちゃんは、小学生の頃は普通の女の子だった。
 ただ、ませている部分はあったようで、いつも恋バナをしていた気がする。
「小四で告白されたんだが」
「えっ、知らない!!」
「言ってねえ」
「なんで!」
「最後まで聞け」
 衝撃の事実が暴露されて思わず非難するが、塁が面倒そうに制止してくるから大人しく口を噤んだ。
 そのあとの話は、こうだ。
 生まれて初めて女子に「塁くんが好きなの、あたしと付き合って」と告白された塁は、好きってなんだ、と疑問を持ち始める。
 そこで、俺たちに話をしようと探したら、ダンゴムシを捕まえてはしゃいでいる俺たち四人を見つける。
 その中でも、特に俺の顔を見てときめいてしまった、と。
「自分でも意味わかんねえしすげえ複雑だったけどな」
 女よりも、廉が好きだとか。
 改めて言葉にされると、じわじわと体中に熱が巡ってきそうで、逃げ出したくなる。
「なっ、なんで俺なの」
「顔」
「へ」
「顔だな」
「ええ」
 幼馴染は四人もいる。実際に色んな組み合わせが生み出された。その中でなんで俺なんだという問いかけに、塁は即答する。
 面食らってる俺に構わず、塁は腕を伸ばして、俺の頬に触れてきた。

「バカかわいい」
「ひえ」

 暴言なんだかわからないその言葉を聞いた瞬間、間の抜けた声が出てきた。
 耳先まで熱くなるのを自覚しながら、俺は慌てて、立ち上がる。
 ダメだ、このままここにいたら、絶対ダメ。
 なんでかわからないけどそう直感が言っていて、部屋の扉まで早足で行く。
「きっ、聞いてくれてありがと! それじゃあ! また明日! おやすみばいばいっ」
 塁の顔を見ることも出来ず、早口で一気に捲し立て、猛ダッシュで自分の家に戻った。
 隣の家っていうのは、こういうときにすごく助かる!




 一方、残された塁はというと。
「――っふ、はは」
 目まぐるしく家を出て行った廉の一連の動作と表情を思い出して、笑いが止まらなかったとか。