4、五代文弥は……
ブンヤは、小さい頃から賢い男だった。
図書館になりたいというぐらいだから、本が好きで、ずっと本を読んでいた気がする。
本当はもっと偏差値が高い学校に行けるはずだったのに、何故か西高を選んで一緒に進学した。
中学から始めた新聞部では、校内の話題になる記事を度々書いていて、最後は部長になっていた。
高校でも続けていて、本人も、大学を出たらマスコミ関係で働く気でいる。
そんなブンヤが、男五人で遊園地に遊びに行った日から数日経ったある日の放課後、俺たちを「さわやか」に呼び出した。
運動部が終わった後の時間だ、夕飯時で食堂は混んでいる。
でも、爽太のばあちゃんが、いつも通り座敷の一番奥の席に案内してくれた。
「からあげ五つね」
「はいよ、いつものね」
爽太が注文して、ばあちゃんが愛想よく笑って頷いた。
若菜は座布団の上に正座をしていて、塁は胡座をかいている。
「で、どしたの」
俺が聞くと、難しい顔をしているブンヤが、口を開いた。
「エスカレートしてるんだ」
そう言ってブンヤが見せてきたのは、例のSNSだ。
相変わらず、俺たちの画像がたくさん流れてきている。
が。
「ええ」
「うわ」
「ひえええ」
爽太も流石に引いていて、若菜は怯えている。塁は眉を寄せていた。
それは、ブンヤと塁の写真がAIによって捏造されていたように、俺たちの写真も、捏造されまくっている。
もはや、なんでもあり、だ。
塁がブンヤを壁に押し付けていたり、爽太と若菜がキラキラ背景で一つの飲み物を一緒に飲んでいたり。
しかも、遊園地で身に付けていた、キャラクターの耳をつけている。
うわあ。
「あと、これ」
ブンヤが見せてきたのは、観覧車での一幕だ。
塁が俺の鼻を摘んでいるところだけれど、見え方によっては、キスされているようにも見える。
画角的に、俺たちの隣のゴンドラの窓から撮影したのかもしれない。
撒いたように見せかけて、こっそり後からついて来ていた人たちもいたんだろう。
「こんな風に、真偽入り混じってて」
「ルイとレン、ちゅーしたの?」
「してねえ」「騙されないで!?」
爽太が首を傾げて聞いてくるのに、俺と塁の声が重なる。
爽太でさえもそう見えるんだから、インパクトが相当強い。
「まあ、いつも通りといえばいつも通りなんだけど。悪質なのが、こっち」
そう言って、ブンヤはアプリ画面を切り替えた。
それは学校裏サイトではなく、有名なSNSの画面だ。鍵も何もなく、世界中誰でも見られる場所。
そこに、俺と塁の、観覧車での写真が投稿されていた。
「ええ……」
そのアプリは、俺でも見られる。
嫌な予感がしながらスマホでアプリを立ち上げると、おすすめの欄にその投稿が流れてきた。
フォロワーからも、『男と付き合ってたのかよwww』『すげーバズってんじゃん』『おめでとう』などというコメントが流れていて、俺がタグ付けされている。するな。
「ひいぃ怖い怖すぎるでござる……廉氏ブロックしよ……」
「すんなよ!!」
「廉だけじゃないよ」
若菜も自分のスマホを出して確認してブルブルと震えてそう言うから、強めに返した。寂しいだろうが!
ブンヤもそれを止めるように、もう一度スマホを見せる。同じアプリで、違うアカウントから、塁とブンヤが抱き合っているAI加工の画像、若菜が爽太をお姫様抱っこしているのがやけにキラキラ加工された画像が、それぞれ投稿されている。そして、お気に入りやいいねの数が、ぐんぐんと伸びているのだ。
「これはちょっと、笑えねえかも」
爽太が珍しく、本当に珍しく、眉を寄せている。
「消せねえのか」
塁が低い声で言った。
「言ったでしょ、消すと増えるって。でも……ちょっと、今まで以上に警戒したほうがいいかもしれない」
ブンヤの声は真剣だ。
この騒動をずっと気にかけているブンヤの言葉なら、説得力がある。
なんとも言えない、気まずい空気が流れ始めたところで、「はいお待たせ、からあげ定食だよ!」と元気の良い爽太のばあちゃんの声が響いた。大盛りのからあげを、まずは二つ、テーブルに載せてくれる。爽太は慌てて靴を履いて厨房に残りの二つを取りに行き、ばあちゃんが最後の一皿を届けてくれる。
「いただきまーす」
そう言って手を合わせてからあげを食べ始めるけれど、今までで一番、無言の食事となった。
「明日から、廉、一人で起きなよ」
「えっ」
からあげ定食を食べ終えて満腹になった腹を擦りながら「さわやか」を出ると、すっかり日が暮れて辺りは暗くなっていた。
爽太はもう店の手伝いに入っていて、あとは四人で家に帰るってときだ。
思い出したようにブンヤが言った。
「なんで、無理だよ遅刻します」
「そこは頑張って」
「俺の朝飯が」
「じゃあ、時間ずらして出て」
「急にどうしたんでござるか?」
ブンヤの突然の指示に、若菜が首を傾げて尋ねる。
小学生から続いている習慣を、急に止めるのは難しい。
ブンヤは小さく息を吐いて、俺たちを見た。
「本当は、爽太もいるときに話した方がいいんだけど」
そう前置きをして、ブンヤはスマホの画面を見せた。
そこには、若菜が爽太をお姫様抱っこしている画像が映し出されている。
そうだ、俺の黒歴史が裏サイトで流出されたときに、演劇部での稽古の場面を盛って記事にしたと、若菜がブンヤを責めていた。
「廉の黒歴史が流出したのは僕の責任だ。あのデータ、新聞部のパソコンに入れてたんだ」
「なんで? え? 今?」
さらっと元凶が暴露される。
「塁の中学時代の写真もね」
「んなことだろうと思った」
「いや俺はタイムカプセルが勝手に掘り起こされてんだと思ってた!」
「廉氏……今、写真は全部データの時代でござるよ……」
盲点だった……!
若菜の控えめな突っ込みにはっと気付かされる。
「ってか、それとこれとが、どう関係あんの!?」
黒歴史の流出の根源がブンヤってことはわかったけど、じゃあ今見せられているキラキラお姫様抱っこの写真は何?
「もちろん、僕は流出はしていない。勝手に、新聞部のパソコンからデータを抜いて流出した人が別にいる。――この、若菜と爽太の写真に関しても」
塁が小さく息を呑み、若菜が「えっこわっ怖すぎるでござる」と自分の身体を抱えている。
俺の頭の中は、はてなマークでいっぱいだ。
「どういうこと?」
「この写真、前に記事に使ったものと同じだ」
「拙者と爽太氏の捏造記事でござる~」
「そうそれ。学校新聞は紙媒体だけで配っていて、データ化していない。情報流出の危険性を考えてるからね。でもこうやって、全世界に拡散された。さあ、犯人は?」
「新聞部じゃん!!!」
俺が反射的に答えると、ブンヤは口角を持ち上げる。
「御名答。というわけで、僕は本格的に動かないといけない。責任を取る意味でも。――だから、明日から一人で起きてよ、廉」
ブンヤの声色は、真剣だ。
メガネ越しの瞳が細くなっていて、何も言い返せなかった。
塁を見ると、片眉を上げて息を吐いている。
「明日、朝飯いらねえっておばさんに言っといて」
「えーまじかー」
「がんばれよ、高校生」
「くっ」
どうやら、塁は、ブンヤに協力するようだ。
ぽんと頭に手を置かれ、何も言えない。
「いい加減自立するチャンスでござる」
若菜にまで言われてしまった。
仕方ない、腹を括ろう。
「いや待てよ、それがなんの関係があんの?」
やたら真剣な雰囲気に飲まれてしまいそうになったが、目的を一応確認しておく。
ブンヤは、くいっとメガネのブリッジを指で押し上げた。
「ネタを与えないため。暫くは僕たち、別行動にしよう。連絡はアプリで」
はーなるほどねえ。
学校裏サイトから飛び出して、世界中に拡散されてしまった俺たちの写真。
さらにネタを提供しないためにも、落ち着くまではバラバラに行動しましょうってことだ。
確かに、塁が俺を起こしに来るところまでキャッチ済みの人たちだ。
敵は、手強い。
「大丈夫。すぐに始末をつけるよ」
ブンヤの真面目な声は、少し、怖いぐらいだった。
――次の日。
ピピピ、ピピピ、ピピ……。
うるさいアラームは、もう消してしまった。
布団に抱きついて、二度寝の心地よさを味わう。
もう少し、もう少しだけ、この気持ちいい時間を堪能したい。
「廉ー! 起きなさい! 今日は塁くん来れないんでしょう! 早くしないともう起こさないからね!」
「んん……あと五分……」
一階から母親が大声を出して起こしてくれるけれど、今の俺には、通用しなかった。
この次に目覚めるのは、朝のHRが始まる十分前だった。
「なんで起こしてくんなかったの!?!」
引っ掴んだ制服を乱雑に着て、ネクタイを結ぶのを諦めてカバンの中に突っ込みながら大慌てで階段を下りて、リビングで洗い物をしている母親を責める。
「起こしたわよ! あんたが起きなかったんでしょうが」
やっぱり塁くんがいないとダメねえ、と大きなため息を吐く母親に、言い返している暇もなかった。朝飯を食う時間もない。
「行って来ます!!」
「はいはい」
塁がいるときはにこやかに「行ってらっしゃい」と見送るのに、実の息子だけだとこの落差だ。
そんなことも気にしていられないぐらい、玄関を出て、猛ダッシュで学校に向かった。
徒歩で行ける距離でよかった。
心底そう思いながら、ぜえはあと息を切らして学校に着くのは、ギリギリ校門が閉まる直前だった。
後ろで閉ざされる門を見ている暇もなく、そのまま、慌てて教室へ向かう。
担任との同時入室に、「おはようございます!!」と元気よく挨拶をすると、クラスメイトにわっと笑われた。
なんとか間に合ったことに、椅子に座って脱力する。
息を整えるのに必死で担任の話なんか聞けなかったが、これが毎日になるのは、やばい。
心なしか母親の機嫌も悪いし。ていうか塁は朝飯、ちゃんと食えたのか。
そもそも俺、今日部活の朝練サボったな……。
塁と爽太と登校しないのも、初めてだった。
テニス部の部長になんて言おうとか、明日も一人で来なきゃいけないのかとか、ネクタイいつ結ぼうとか、腹減ったとか、そんなことを考えていると、あっという間に午前中の授業が終わった。
昼休みになり、購買でいつもの倍の数のパンを買った。空き教室に行こうとするけれど、止められてたんだっけと思い出し、仕方なく教室に戻って自分の席でパンと紙パックのジュースを開けていたら、「二葉がいんの珍しいな」と隣の席の澤本くんに声を掛けられた。あんまり関わることはないけれど、フツーにいいヤツだ。
「まーね」
「すげえバズってんじゃん、あの写真マジ?」
「澤本くんまで知ってんの?!」
「回ってきたんだよ」
「マジじゃないですウソです捏造です~」
大きく口を開けてカツサンドを頬張りながら答えると、澤本くんが「だよな」と笑った。
「昨日は三島とキスしてるとこで、今日は五代押し倒してるとこだろ? いくらなんでも無節操だと思ったんだよな」
「ちょっと待って???」
てっきり、塁とキスしてる(ように見える)写真のことかと思ったら、ブンヤの名前が出てきて目を丸める。
自分のスマホを開くより先に、「これだよ」と澤本くんがスマホの画面を見せてくれた。
そこには、犬耳をつけた俺がウサ耳をつけたブンヤを押し倒している様子をキラキラに盛った画像が映し出されている。
「あー、これはAI画像っすねー」
「マジかよ、悪質じゃね?」
ああ、澤本くん。キミの感性がフツーでよかった……。
引いたように画像を見る澤本くんの様子に安堵しながらクリームパンを頬張っていると、「俺もそれ見たよ」「あたしも」と周りにいた子たちも声をかけてくれた。「やっぱ捏造だったんだ」「二葉超被害者じゃん」と、同情的な声を上げてくれて、ほっとした。
面白がっている人だけじゃない。
よかった。
「なんか誤解してるヤツがいたら言っとくわ」
澤本くんがそこまで言ってくれて俺は感激した。
「澤本くん超いい人じゃね? アンパンあげる」
「え、いいの」
「うん、ほんの気持ち」
「あざす」
アンパンを受け取って笑ってくれるのも、好感度急上昇だ。
そういえば、いつも昼休みは五人でいるから、こうやってクラスメイトと関わることも少なかった。
他の四人が、どう過ごしているのか気になって、五人のグループメッセージを開く。
『教室怖いでござる早くみんなと食べたい』
最新のメッセージでは、若菜がまず怯えたメッセージをよこしていた。
そこから上に遡って見ていくと……。
『廉がいねえ』『寝坊?』『さすがレン! 朝練サボり~!』『まだ廉がいねえ』『塁見すぎ』というやり取りがあって、ひえっと肝が冷える。
『ごめん、俺寝坊』
今更ながらポワルンが謝るスタンプ(若菜がプレゼントしてくれた)と一緒にメッセージを送ると、一気に既読がつく。
『間に合ったのか』
『ギリねギリ!』
『塁と廉、放課後空き教室に来て』
ブンヤからの新しいメッセージに、目を丸める。
何故空き教室。そして何故俺と塁。
『部活がある』
『一瞬で済むから、部活前に』
『わかった』
『おっけー』
心配をかけた俺に、拒否権はない。
『面白そうだから俺も行くわ、ワカもな』
爽太のその宣言の後、若菜が『ござる』のスタンプを送ってきた。これは、了承の合図だろう。
ブンヤが、何か掴んだのかもしれない。
パンとジュースのごみを袋にまとめてゴミ箱に捨てて、トイレでやっとネクタイを結び、午後の授業に臨む俺である。
やっぱり、いつもと違うと、調子が出ない。
「あ」「おう」
放課後、空き教室まで向かおうとすると、廊下で塁とバッタリ会った。
塁が手を挙げて声を掛けてくるのが、なんだか妙な感じがする。
「塁がいないとおかんの機嫌悪いんだけど」
「つーか寝坊すんな」
「無理ー、明日起こしに来て」
軽い調子で言い合って、空き教室のドアを開ける。既にブンヤと爽太、若菜の姿があった。
爽太が、若菜を壁に押し付けている。
「え、なに」
爽太の方が背が低く、背伸びをして迫っていて、若菜は限界まで顔を背けていた。
その様子を、真面目な顔でブンヤが一眼レフカメラで撮っている。
窓から差し込んだ夕日が教室をオレンジに染め上げているのが、また雰囲気が出ている。なんのだ。
「ああ、ちょっとね。餌をまこうと思って」
「餌」
「もういいでござるか」
「ワカ縮めよー」
「無理でござる」
爽太が若菜の頭をぐっと押し込もうとして、若菜が忍者さながらのスピードで逃げた。
じゃれ合っている二人が、餌。
「はい、塁と廉も近付いて」
「近付いてって何」
「それらしいことすればいいから」
ブンヤ監督は指示が曖昧だ。
塁を見ると、仕方ねえなって顔をして、何も言わずに俺の顎に手をかけてきた。
「んん!?」
そしてそのまま距離を詰められているところを、ブンヤが連射する。
シャッター音が聞こえる間、ずっと塁の顔が近い。
思わず動けないでいると、「はい、いいよ」というブンヤの声を合図に塁が離れて行って、ほっとする。
「かっ、過激じゃない……?」
なんだか、キスを奪われたような気になってくる。いや、何もされてないんだけど。
思わず顔を覆って呟くと、塁が、「ばーか」と言って頭をコツンと叩いてくる。
「初めてなんだから、責任取ってよね……」
「何もしてねえっつの」
「ルイさあ、朝ヤバかったんだよなー」
俺たちのやり取りを見ていた爽太が、部活に行く準備をしながらさらりと言った。
「朝?」
「レンが来ないじゃん? でさあ」
「爽太」
どうやら、二人はいつも通りの時間に登校することができたらしい。すごい。
爽太が笑って暴露話をしようとすると、塁が低い声で爽太を呼んで制止する。
爽太は肩を揺らして笑った。
「ふは、ダメだってさ。あとは本人に聞いて」
「つーか、明日もダメなの? 俺ひとり?」
塁のヒミツも気になるところだけれど、俺としては朝起きれるかが大問題だ。
カメラのデータをチェックしているブンヤを見て言うと、ブンヤが顔を上げた。
「そうだね、明日だけは我慢して」
「えー。つーかなんだったのこの時間」
明日もダメが出てしまって不満が声に出る。改めて聞くと、ブンヤが口角を持ち上げて笑った。
「画像流出の犯人を特定するために、もう一回、僕のフォルダに今日撮った写真を保存しておこうと思って」
ブンヤが言うのは、こうだ。
俺たちの絡みがなくなって焦っている犯人をあぶり出すために、わざと直接的な絡みのある写真を新しく保存しておく。
その写真が流出されたら、新聞部内部に犯人がいることが確定される。
更に、ブンヤは、自分のフォルダにアクセスしたのが誰なのかもわかるような仕組みを仕込んでおくらしい。
難しい話はよくわからなかったけど、ブンヤが、これ以上の被害拡大を止めてくれようとしているのが、十分に伝わってきた。
「ただ、今はコミュニティが育っていて、流出元ひとりを突き止めたところで、氷山の一角になるかもしれない」
ブンヤは小さく息を吐く。
校外のSNSにまで拡散されたことで、予想外の育ち方をしているようだ。
「最後は大人に頼るつもりだから、みんなも協力してほしい」
それを聞いて安心した。
ブンヤだけでどうにかするつもりがないっていうのも、俺たちからしたら大事なことだ。
もちろん、と頷いて、明日の朝も一人で起きるのを我慢しようと心に誓う。
部活に行くために空き教室を出たときに、「廉」と塁に呼び止められた。
「なに?」
「目覚まし、一個じゃなくて複数かけとけ。あと制服はすぐ着られるように傍に置く。起きたらまず俺に連絡しろ」
「ぶはっ、過保護かよ!」「爽太うるせえ」
どうやら俺は、めちゃくちゃ心配をかけてしまったらしい。
塁にしては珍しく早口でそう言われて、「わかりました」と頷いてしまう。
なんだかそれが、やけに、くすぐったかった。
テニス部部長に、朝練をサボったことを平謝りしたら、笑って許してくれた。なんて寛大なんだ。
感謝して明日は気をつけますと言って、放課後の練習はいつもの倍の気迫で頑張った、つもりだ。
あっという間に部活の終了時間になり、汗を拭きながら終わりの支度をしていると、ピコン、とメッセージの着信が鳴っている。
スマホを取り出して画面を見て、息を呑んだ。
『新聞部集合』
ブンヤからの短いメッセージだ。
きっと、コトが動いたんだ。
俺は慌てて身支度をし、「お先っす!」と挨拶をしてテニス部の部室を後にした。
部室棟の途中で、塁と爽太とも合流した。いつもよりも言葉少なに、足早に新聞部の部室の方へと向かう。
文化部ゾーンに差し掛かると、おろおろとした若菜がいた。
「ああっ、待ってたでござる」
「先行っとけよ~」
「そんなの怖いでござる」
「忍びだろ! 頑張れ!」
若菜と爽太のいつものやり取りを聞き、何故か俺の後ろにくっつく若菜をそのままにしておきながら、奥にある新聞部の前へと向かった。
新聞部の部室の前では、ブンヤが一人で立っている。
俺たちが声を掛けようとすると、「し、」と、人差し指を唇に当てて口止めをした。
異様な雰囲気に、小さく息を呑む。
ブンヤに指さされて、閉じている部室の扉の前を囲むようにして立った。
「……ああもう、何個あるのこの質問……」
部室の中から、女の子の苛立つ声が聞こえてくる。
思わずブンヤを見ると、小さく頷いた。
それが突撃の合図だと察して、俺は、ガチャリとドアノブを開けた。
ドアノブを開けた先には、薄暗い新聞部の部室が広がっている。
元はパソコン室だったらしく、デスクの上に、何台ものデスクトップパソコンが置かれていた。
その中の一つに向き合っているのは、黒髪で二つの三つ編みを下ろし、メガネを掛けた女の子だ。
「ッ、誰?!」
「どうも、新聞部二年の五代です」
「テニス部二年二葉です!」
「サッカー部二年四辻!」
「演劇部二年の一色でござる」
「言う意味あんのかそれ」
塁以外が流れで自己紹介をしてしまった。
ブンヤはにこやかに笑いながら、後手にガチャリと部室の鍵を閉めてしまった。
これで、彼女は逃げられない。
「随分苛立ってるみたいだけど、何か上手くいかないんですか?」
「え、えーと」
「新聞部三年、黒川先輩」
どうやら本当に、犯人は新聞部の子だったみたいだ。
顔が真っ青になり、視線があちこち落ち着かない。
「僕手伝いますよ、あれれ」
ブンヤが後ろに回り込んで彼女が立ち上げているパソコンの画面を見た途端、わざとらしい声を上げた。
「これ、僕が仕組んだコードですね。僕のフォルダを無断で開けようとすると、八百一個の質問が出てくるんです」
「なっ、」
「何か用があったんですか、先輩」
ブンヤのネタばらしを受けて思わず声を上げた黒川さんに対し、ブンヤの声が一段と低くなる。
黒川さんは、震える唇をきゅっと結んだ。
「最近、僕のフォルダから画像をコピーして盗み出して、SNSに拡散してる人がいて困ってるんですよね。何か知りませんか、せんぱい」
うわあ、こわい……。
傍から見ている俺でもぞくっとするブンヤの声色に、ついに、黒川さんは泣き出した。
「ちがっ、ちがうの」
「何が違うんです」
「最初は軽い気持ちで、二葉くんの中学時代の動画を拝借して裏サイトに拡散したら、反応がすごくて」
その軽い気持ちのおかげで、俺は初彼女と別れることになったんですけどね!!
そう言ってやりたいけれど、ブンヤの邪魔は出来なくて、ぐっと拳を握り締めて堪えた。
横にいる塁が、ぽん、と軽く肩を叩いてくれる。
「三島くんファンの友達から、三島くんの写真もねだられて……」
なるほど、映画館で対峙してきた子が塁の中学時代の写真を待ち受けにしていたのは、そういう理由だったわけだ。
「反応がよくなる一方で、どんどん要求もエスカレートしてきて……」
「なるほど、承認欲求に抗えなくなったと」
「そっ、そういうわけじゃ、」
涙声で語られる彼女の心情を聞いて、ブンヤは小さく息を吐いた。
「僕も気持ちはわかります。でも、僕たちはただの高校生で、エンタメで消費されていい存在じゃない」
「ッ、」
「そこの二葉は、そのおかげで彼女とも別れてます」
「!!」
「僕たちの人生、ボロボロにするつもりですか」
ブンヤが小さく言うと、黒川さんは泣き崩れた。
最初は小さな出来心。それがどんどん大きくなって、取り返しのつかないところまで行ってしまったんだろう。
何も言えずにいると、ドンドン、とドアを叩く音がした。
「五代、いるのか」
先生の声だ。
ブンヤに目配せすると頷くのが見えたから、ガチャリと扉の鍵を開ける。
扉を開けて入って来たのは、スーツの上にジャージを着ている杉先生だ。
バスケ部の顧問だが、現国担当だからか、新聞部も兼任しているようだ。
「あとは、自分で先生に話してもらえませんか」
「っ、え、」
「大丈夫、僕もついてますよ」
瞳を細めるブンヤの笑みは、恐ろしい。
黒川さんはぎゅっと拳を握ってから立ち上がり、俺たちの前に来た。
「ごめんなさい。……もう、あなたたちに関する投稿はしないし、過去の画像も削除する」
しっかりと頭を下げられてそう告げられると、もういいか、という気にもなってくる。
爽太と若菜も、頷いていた。
「でも……、もう、随分多くの人に拡散されちゃって。私が止めたからといって、止まらないかも」
「まあ、そうでしょうね。でも、新しい供給がなくなれば、興味は自然とシフトしていきますよ」
「うん……先生、実は……」
杉先生に対して罪を告白する黒川さんのことをこれ以上見ていたくなくて、俺たちは目配せし、新聞部を後にした。
ブンヤだけは残って、黒川さんの供述のフォローをしているんだろう。
すっかり暗くなった道を歩きながら、爽太が伸びをした。
「なーんか、スッキリしねえなー」
「そーね」
それには俺も、同意する。
黒川さんだけが罪を被って、それに乗っかっている有象無象が無罪というのも、なんだかおかしな話だ。
若菜も塁も、何も言わずに歩いている。
その途中、ピコン、と着信音が鳴った。
スマホを見ると、ブンヤから、『少し待ってて』と短いメッセージが送られてきた。
俺たちは顔を見合わせて、頷く。
ちょうど通り掛かった公園に寄って、『公園にいるよ』とブンヤに返事をしておく。
この公園は、タイムカプセルを埋めた場所だ。
「うは、懐かしいー。掘ってみる?」
「道具ねえだろ」
「手でいけんじゃね?」
すっかり葉桜になっている桜の木の下に行き、爽太が片手をワキワキさせている。
たった一年少ししか経っていないのに、掘り起こすのも違う気がする。
でも、掘るなら今だろ、という気もする。
何より、このモヤモヤ感をそのままにしておきたくなくて、俺も爽太と同じく、素手で土を掘り起こすことにした。
気付いたら、若菜も参加している。
塁だけは、腕を組んでそれを見ていた。
「全然掘れねえ!」
爽太が笑う。
「手強いでござる」
若菜が唸る。
「ふはっ、もういいんじゃね、諦めよ」
指先に泥がつくだけで、全く掘り起こすことができない。
埋めたときはスコップを使って、奥深くまで掘ったと思うから、手には限界があるだろう。
つい笑ってそう提案すると、「そうだな!」「御意」と爽太と若菜があっさり頷いて、中途半端に掘った土を上からまた被せた。
泥だらけになった手を見て、なんかいいな、と思う。
「あのさあ」
手を洗いに水道に向かう爽太と若菜、そして近くで見ていた塁に、声をかける。
「開けんのさ。卒業式にしようよ」
「卒業式!」
「な、なんででござるか」
「バラバラになる前にさ、やりてえじゃん。そんで、また思い出詰め込も」
「ばっ、バラバラ!!」
俺の提案に、若菜が思いの外大きな反応を示した。
爽太も、大きな目で瞬いている。
塁は何も言わず、手を伸ばして俺の髪をぐしゃぐしゃに撫でてきた。
「うわ、わ」
「嫌でござる~なんでそんなこと言うでござるか~」
「バラバラかあ」
若菜が泣き出した。
爽太は繰り返して、手を洗っている。
俺も水道に行って、手を洗う。
石鹸がないから、まだ爪に少し泥が残っているが、仕方ない。
「ごめん、お待たせ……何してるの?」
走ってくる足音が聞こえてきて、ブンヤが姿を現した。
ぐすぐす泣いている若菜と、泥だらけの手を洗っている俺たちを、不審そうに見ている。
それはそうだ。
経緯を話すとブンヤは笑って、「卒業式に埋めるの賛成」と顎を引いてくれた。
俺と爽太と涙目の若菜がベンチに座り、塁とブンヤが立って、ブンヤからの報告を聞いた。
杉先生も、黒川さんからの突然の告白に戸惑ったようだ。
ブンヤからは、指定の時間に部室に来てほしいとしか連絡していなかったらしい。
杉先生個人で決められることじゃないからと、この件は、学校に上げられることになった。
黒川さんは猛反省していて、ブンヤの前で、裏サイトと有名SNSのアカウントを消したのだという。
友達にも、もうこの界隈には関わらないし、できればあなたもやめてほしい、という旨のメッセージを送ることも約束したようだ。
「でも、こんな感じで、ネットにはまだウヨウヨいるよね」
ブンヤがため息混じりにスマホの画面を見せてくる。
そこには、相変わらず、AIで加工したらしい俺たちの生々しい絡みがある画像が投稿されていた。
「あれ?」
ふと、気がつく。
いいねとお気に入りの数は相変わらず多いが、コメント欄がいつもと違った。
いつもはその画像に対して肯定するものが多いが、『本人たちの許可とったの?』『悪質だと思う。通報します』『学生でしょ、ヤバいって』と、投稿主を批判するようなコメントが増えていた。
――「なんか誤解してるヤツがいたら言っとくわ」。
澤本くんの一言を思い出し、ぐっと胸が熱くなる。
澤本くんのような違和感を抱く人も、少なくないんだ。
「うん。批判コメントも増えてる」
「そっか、よかった」
「つーかさ」
ほっと胸を撫で下ろしていると、爽太が口を開いた。
「もう、なんも気にしなくてよくね?」
それはあまりにも爽太らしい言葉だが、意味がわからず目を丸める。
「俺らは俺ら! ネットの画像とは別人! 気にすんのやめよーぜ!」
「うわっ」「爽太氏~」
爽太が勢いよく、俺と若菜に肩を回してきて、身体が沈む。
ブンヤは目を丸めてから、小さく笑った。
「そうだね。これ以上流出されるものはないし」
「バラバラになるかもしれねえしな」
「やめて塁氏ッ」
「今まで通り、登校も昼も一緒でいいっしょ。ルイもレン心配しすぎてハゲそうだし、いて、」
爽太が言い終わる前に、塁の手が出た。頭を軽く叩かれて首を竦めている。
俺は小さく息を吐いた。
明日からは、いつも通りの日常だ。
それに安心している自分がおかしくて、笑った。
その笑いが伝播して、みんなも笑っている。
きっとこの日は、俺たちの思い出に残るぞ。
どこか、清々しい思いだった。
ブンヤは、小さい頃から賢い男だった。
図書館になりたいというぐらいだから、本が好きで、ずっと本を読んでいた気がする。
本当はもっと偏差値が高い学校に行けるはずだったのに、何故か西高を選んで一緒に進学した。
中学から始めた新聞部では、校内の話題になる記事を度々書いていて、最後は部長になっていた。
高校でも続けていて、本人も、大学を出たらマスコミ関係で働く気でいる。
そんなブンヤが、男五人で遊園地に遊びに行った日から数日経ったある日の放課後、俺たちを「さわやか」に呼び出した。
運動部が終わった後の時間だ、夕飯時で食堂は混んでいる。
でも、爽太のばあちゃんが、いつも通り座敷の一番奥の席に案内してくれた。
「からあげ五つね」
「はいよ、いつものね」
爽太が注文して、ばあちゃんが愛想よく笑って頷いた。
若菜は座布団の上に正座をしていて、塁は胡座をかいている。
「で、どしたの」
俺が聞くと、難しい顔をしているブンヤが、口を開いた。
「エスカレートしてるんだ」
そう言ってブンヤが見せてきたのは、例のSNSだ。
相変わらず、俺たちの画像がたくさん流れてきている。
が。
「ええ」
「うわ」
「ひえええ」
爽太も流石に引いていて、若菜は怯えている。塁は眉を寄せていた。
それは、ブンヤと塁の写真がAIによって捏造されていたように、俺たちの写真も、捏造されまくっている。
もはや、なんでもあり、だ。
塁がブンヤを壁に押し付けていたり、爽太と若菜がキラキラ背景で一つの飲み物を一緒に飲んでいたり。
しかも、遊園地で身に付けていた、キャラクターの耳をつけている。
うわあ。
「あと、これ」
ブンヤが見せてきたのは、観覧車での一幕だ。
塁が俺の鼻を摘んでいるところだけれど、見え方によっては、キスされているようにも見える。
画角的に、俺たちの隣のゴンドラの窓から撮影したのかもしれない。
撒いたように見せかけて、こっそり後からついて来ていた人たちもいたんだろう。
「こんな風に、真偽入り混じってて」
「ルイとレン、ちゅーしたの?」
「してねえ」「騙されないで!?」
爽太が首を傾げて聞いてくるのに、俺と塁の声が重なる。
爽太でさえもそう見えるんだから、インパクトが相当強い。
「まあ、いつも通りといえばいつも通りなんだけど。悪質なのが、こっち」
そう言って、ブンヤはアプリ画面を切り替えた。
それは学校裏サイトではなく、有名なSNSの画面だ。鍵も何もなく、世界中誰でも見られる場所。
そこに、俺と塁の、観覧車での写真が投稿されていた。
「ええ……」
そのアプリは、俺でも見られる。
嫌な予感がしながらスマホでアプリを立ち上げると、おすすめの欄にその投稿が流れてきた。
フォロワーからも、『男と付き合ってたのかよwww』『すげーバズってんじゃん』『おめでとう』などというコメントが流れていて、俺がタグ付けされている。するな。
「ひいぃ怖い怖すぎるでござる……廉氏ブロックしよ……」
「すんなよ!!」
「廉だけじゃないよ」
若菜も自分のスマホを出して確認してブルブルと震えてそう言うから、強めに返した。寂しいだろうが!
ブンヤもそれを止めるように、もう一度スマホを見せる。同じアプリで、違うアカウントから、塁とブンヤが抱き合っているAI加工の画像、若菜が爽太をお姫様抱っこしているのがやけにキラキラ加工された画像が、それぞれ投稿されている。そして、お気に入りやいいねの数が、ぐんぐんと伸びているのだ。
「これはちょっと、笑えねえかも」
爽太が珍しく、本当に珍しく、眉を寄せている。
「消せねえのか」
塁が低い声で言った。
「言ったでしょ、消すと増えるって。でも……ちょっと、今まで以上に警戒したほうがいいかもしれない」
ブンヤの声は真剣だ。
この騒動をずっと気にかけているブンヤの言葉なら、説得力がある。
なんとも言えない、気まずい空気が流れ始めたところで、「はいお待たせ、からあげ定食だよ!」と元気の良い爽太のばあちゃんの声が響いた。大盛りのからあげを、まずは二つ、テーブルに載せてくれる。爽太は慌てて靴を履いて厨房に残りの二つを取りに行き、ばあちゃんが最後の一皿を届けてくれる。
「いただきまーす」
そう言って手を合わせてからあげを食べ始めるけれど、今までで一番、無言の食事となった。
「明日から、廉、一人で起きなよ」
「えっ」
からあげ定食を食べ終えて満腹になった腹を擦りながら「さわやか」を出ると、すっかり日が暮れて辺りは暗くなっていた。
爽太はもう店の手伝いに入っていて、あとは四人で家に帰るってときだ。
思い出したようにブンヤが言った。
「なんで、無理だよ遅刻します」
「そこは頑張って」
「俺の朝飯が」
「じゃあ、時間ずらして出て」
「急にどうしたんでござるか?」
ブンヤの突然の指示に、若菜が首を傾げて尋ねる。
小学生から続いている習慣を、急に止めるのは難しい。
ブンヤは小さく息を吐いて、俺たちを見た。
「本当は、爽太もいるときに話した方がいいんだけど」
そう前置きをして、ブンヤはスマホの画面を見せた。
そこには、若菜が爽太をお姫様抱っこしている画像が映し出されている。
そうだ、俺の黒歴史が裏サイトで流出されたときに、演劇部での稽古の場面を盛って記事にしたと、若菜がブンヤを責めていた。
「廉の黒歴史が流出したのは僕の責任だ。あのデータ、新聞部のパソコンに入れてたんだ」
「なんで? え? 今?」
さらっと元凶が暴露される。
「塁の中学時代の写真もね」
「んなことだろうと思った」
「いや俺はタイムカプセルが勝手に掘り起こされてんだと思ってた!」
「廉氏……今、写真は全部データの時代でござるよ……」
盲点だった……!
若菜の控えめな突っ込みにはっと気付かされる。
「ってか、それとこれとが、どう関係あんの!?」
黒歴史の流出の根源がブンヤってことはわかったけど、じゃあ今見せられているキラキラお姫様抱っこの写真は何?
「もちろん、僕は流出はしていない。勝手に、新聞部のパソコンからデータを抜いて流出した人が別にいる。――この、若菜と爽太の写真に関しても」
塁が小さく息を呑み、若菜が「えっこわっ怖すぎるでござる」と自分の身体を抱えている。
俺の頭の中は、はてなマークでいっぱいだ。
「どういうこと?」
「この写真、前に記事に使ったものと同じだ」
「拙者と爽太氏の捏造記事でござる~」
「そうそれ。学校新聞は紙媒体だけで配っていて、データ化していない。情報流出の危険性を考えてるからね。でもこうやって、全世界に拡散された。さあ、犯人は?」
「新聞部じゃん!!!」
俺が反射的に答えると、ブンヤは口角を持ち上げる。
「御名答。というわけで、僕は本格的に動かないといけない。責任を取る意味でも。――だから、明日から一人で起きてよ、廉」
ブンヤの声色は、真剣だ。
メガネ越しの瞳が細くなっていて、何も言い返せなかった。
塁を見ると、片眉を上げて息を吐いている。
「明日、朝飯いらねえっておばさんに言っといて」
「えーまじかー」
「がんばれよ、高校生」
「くっ」
どうやら、塁は、ブンヤに協力するようだ。
ぽんと頭に手を置かれ、何も言えない。
「いい加減自立するチャンスでござる」
若菜にまで言われてしまった。
仕方ない、腹を括ろう。
「いや待てよ、それがなんの関係があんの?」
やたら真剣な雰囲気に飲まれてしまいそうになったが、目的を一応確認しておく。
ブンヤは、くいっとメガネのブリッジを指で押し上げた。
「ネタを与えないため。暫くは僕たち、別行動にしよう。連絡はアプリで」
はーなるほどねえ。
学校裏サイトから飛び出して、世界中に拡散されてしまった俺たちの写真。
さらにネタを提供しないためにも、落ち着くまではバラバラに行動しましょうってことだ。
確かに、塁が俺を起こしに来るところまでキャッチ済みの人たちだ。
敵は、手強い。
「大丈夫。すぐに始末をつけるよ」
ブンヤの真面目な声は、少し、怖いぐらいだった。
――次の日。
ピピピ、ピピピ、ピピ……。
うるさいアラームは、もう消してしまった。
布団に抱きついて、二度寝の心地よさを味わう。
もう少し、もう少しだけ、この気持ちいい時間を堪能したい。
「廉ー! 起きなさい! 今日は塁くん来れないんでしょう! 早くしないともう起こさないからね!」
「んん……あと五分……」
一階から母親が大声を出して起こしてくれるけれど、今の俺には、通用しなかった。
この次に目覚めるのは、朝のHRが始まる十分前だった。
「なんで起こしてくんなかったの!?!」
引っ掴んだ制服を乱雑に着て、ネクタイを結ぶのを諦めてカバンの中に突っ込みながら大慌てで階段を下りて、リビングで洗い物をしている母親を責める。
「起こしたわよ! あんたが起きなかったんでしょうが」
やっぱり塁くんがいないとダメねえ、と大きなため息を吐く母親に、言い返している暇もなかった。朝飯を食う時間もない。
「行って来ます!!」
「はいはい」
塁がいるときはにこやかに「行ってらっしゃい」と見送るのに、実の息子だけだとこの落差だ。
そんなことも気にしていられないぐらい、玄関を出て、猛ダッシュで学校に向かった。
徒歩で行ける距離でよかった。
心底そう思いながら、ぜえはあと息を切らして学校に着くのは、ギリギリ校門が閉まる直前だった。
後ろで閉ざされる門を見ている暇もなく、そのまま、慌てて教室へ向かう。
担任との同時入室に、「おはようございます!!」と元気よく挨拶をすると、クラスメイトにわっと笑われた。
なんとか間に合ったことに、椅子に座って脱力する。
息を整えるのに必死で担任の話なんか聞けなかったが、これが毎日になるのは、やばい。
心なしか母親の機嫌も悪いし。ていうか塁は朝飯、ちゃんと食えたのか。
そもそも俺、今日部活の朝練サボったな……。
塁と爽太と登校しないのも、初めてだった。
テニス部の部長になんて言おうとか、明日も一人で来なきゃいけないのかとか、ネクタイいつ結ぼうとか、腹減ったとか、そんなことを考えていると、あっという間に午前中の授業が終わった。
昼休みになり、購買でいつもの倍の数のパンを買った。空き教室に行こうとするけれど、止められてたんだっけと思い出し、仕方なく教室に戻って自分の席でパンと紙パックのジュースを開けていたら、「二葉がいんの珍しいな」と隣の席の澤本くんに声を掛けられた。あんまり関わることはないけれど、フツーにいいヤツだ。
「まーね」
「すげえバズってんじゃん、あの写真マジ?」
「澤本くんまで知ってんの?!」
「回ってきたんだよ」
「マジじゃないですウソです捏造です~」
大きく口を開けてカツサンドを頬張りながら答えると、澤本くんが「だよな」と笑った。
「昨日は三島とキスしてるとこで、今日は五代押し倒してるとこだろ? いくらなんでも無節操だと思ったんだよな」
「ちょっと待って???」
てっきり、塁とキスしてる(ように見える)写真のことかと思ったら、ブンヤの名前が出てきて目を丸める。
自分のスマホを開くより先に、「これだよ」と澤本くんがスマホの画面を見せてくれた。
そこには、犬耳をつけた俺がウサ耳をつけたブンヤを押し倒している様子をキラキラに盛った画像が映し出されている。
「あー、これはAI画像っすねー」
「マジかよ、悪質じゃね?」
ああ、澤本くん。キミの感性がフツーでよかった……。
引いたように画像を見る澤本くんの様子に安堵しながらクリームパンを頬張っていると、「俺もそれ見たよ」「あたしも」と周りにいた子たちも声をかけてくれた。「やっぱ捏造だったんだ」「二葉超被害者じゃん」と、同情的な声を上げてくれて、ほっとした。
面白がっている人だけじゃない。
よかった。
「なんか誤解してるヤツがいたら言っとくわ」
澤本くんがそこまで言ってくれて俺は感激した。
「澤本くん超いい人じゃね? アンパンあげる」
「え、いいの」
「うん、ほんの気持ち」
「あざす」
アンパンを受け取って笑ってくれるのも、好感度急上昇だ。
そういえば、いつも昼休みは五人でいるから、こうやってクラスメイトと関わることも少なかった。
他の四人が、どう過ごしているのか気になって、五人のグループメッセージを開く。
『教室怖いでござる早くみんなと食べたい』
最新のメッセージでは、若菜がまず怯えたメッセージをよこしていた。
そこから上に遡って見ていくと……。
『廉がいねえ』『寝坊?』『さすがレン! 朝練サボり~!』『まだ廉がいねえ』『塁見すぎ』というやり取りがあって、ひえっと肝が冷える。
『ごめん、俺寝坊』
今更ながらポワルンが謝るスタンプ(若菜がプレゼントしてくれた)と一緒にメッセージを送ると、一気に既読がつく。
『間に合ったのか』
『ギリねギリ!』
『塁と廉、放課後空き教室に来て』
ブンヤからの新しいメッセージに、目を丸める。
何故空き教室。そして何故俺と塁。
『部活がある』
『一瞬で済むから、部活前に』
『わかった』
『おっけー』
心配をかけた俺に、拒否権はない。
『面白そうだから俺も行くわ、ワカもな』
爽太のその宣言の後、若菜が『ござる』のスタンプを送ってきた。これは、了承の合図だろう。
ブンヤが、何か掴んだのかもしれない。
パンとジュースのごみを袋にまとめてゴミ箱に捨てて、トイレでやっとネクタイを結び、午後の授業に臨む俺である。
やっぱり、いつもと違うと、調子が出ない。
「あ」「おう」
放課後、空き教室まで向かおうとすると、廊下で塁とバッタリ会った。
塁が手を挙げて声を掛けてくるのが、なんだか妙な感じがする。
「塁がいないとおかんの機嫌悪いんだけど」
「つーか寝坊すんな」
「無理ー、明日起こしに来て」
軽い調子で言い合って、空き教室のドアを開ける。既にブンヤと爽太、若菜の姿があった。
爽太が、若菜を壁に押し付けている。
「え、なに」
爽太の方が背が低く、背伸びをして迫っていて、若菜は限界まで顔を背けていた。
その様子を、真面目な顔でブンヤが一眼レフカメラで撮っている。
窓から差し込んだ夕日が教室をオレンジに染め上げているのが、また雰囲気が出ている。なんのだ。
「ああ、ちょっとね。餌をまこうと思って」
「餌」
「もういいでござるか」
「ワカ縮めよー」
「無理でござる」
爽太が若菜の頭をぐっと押し込もうとして、若菜が忍者さながらのスピードで逃げた。
じゃれ合っている二人が、餌。
「はい、塁と廉も近付いて」
「近付いてって何」
「それらしいことすればいいから」
ブンヤ監督は指示が曖昧だ。
塁を見ると、仕方ねえなって顔をして、何も言わずに俺の顎に手をかけてきた。
「んん!?」
そしてそのまま距離を詰められているところを、ブンヤが連射する。
シャッター音が聞こえる間、ずっと塁の顔が近い。
思わず動けないでいると、「はい、いいよ」というブンヤの声を合図に塁が離れて行って、ほっとする。
「かっ、過激じゃない……?」
なんだか、キスを奪われたような気になってくる。いや、何もされてないんだけど。
思わず顔を覆って呟くと、塁が、「ばーか」と言って頭をコツンと叩いてくる。
「初めてなんだから、責任取ってよね……」
「何もしてねえっつの」
「ルイさあ、朝ヤバかったんだよなー」
俺たちのやり取りを見ていた爽太が、部活に行く準備をしながらさらりと言った。
「朝?」
「レンが来ないじゃん? でさあ」
「爽太」
どうやら、二人はいつも通りの時間に登校することができたらしい。すごい。
爽太が笑って暴露話をしようとすると、塁が低い声で爽太を呼んで制止する。
爽太は肩を揺らして笑った。
「ふは、ダメだってさ。あとは本人に聞いて」
「つーか、明日もダメなの? 俺ひとり?」
塁のヒミツも気になるところだけれど、俺としては朝起きれるかが大問題だ。
カメラのデータをチェックしているブンヤを見て言うと、ブンヤが顔を上げた。
「そうだね、明日だけは我慢して」
「えー。つーかなんだったのこの時間」
明日もダメが出てしまって不満が声に出る。改めて聞くと、ブンヤが口角を持ち上げて笑った。
「画像流出の犯人を特定するために、もう一回、僕のフォルダに今日撮った写真を保存しておこうと思って」
ブンヤが言うのは、こうだ。
俺たちの絡みがなくなって焦っている犯人をあぶり出すために、わざと直接的な絡みのある写真を新しく保存しておく。
その写真が流出されたら、新聞部内部に犯人がいることが確定される。
更に、ブンヤは、自分のフォルダにアクセスしたのが誰なのかもわかるような仕組みを仕込んでおくらしい。
難しい話はよくわからなかったけど、ブンヤが、これ以上の被害拡大を止めてくれようとしているのが、十分に伝わってきた。
「ただ、今はコミュニティが育っていて、流出元ひとりを突き止めたところで、氷山の一角になるかもしれない」
ブンヤは小さく息を吐く。
校外のSNSにまで拡散されたことで、予想外の育ち方をしているようだ。
「最後は大人に頼るつもりだから、みんなも協力してほしい」
それを聞いて安心した。
ブンヤだけでどうにかするつもりがないっていうのも、俺たちからしたら大事なことだ。
もちろん、と頷いて、明日の朝も一人で起きるのを我慢しようと心に誓う。
部活に行くために空き教室を出たときに、「廉」と塁に呼び止められた。
「なに?」
「目覚まし、一個じゃなくて複数かけとけ。あと制服はすぐ着られるように傍に置く。起きたらまず俺に連絡しろ」
「ぶはっ、過保護かよ!」「爽太うるせえ」
どうやら俺は、めちゃくちゃ心配をかけてしまったらしい。
塁にしては珍しく早口でそう言われて、「わかりました」と頷いてしまう。
なんだかそれが、やけに、くすぐったかった。
テニス部部長に、朝練をサボったことを平謝りしたら、笑って許してくれた。なんて寛大なんだ。
感謝して明日は気をつけますと言って、放課後の練習はいつもの倍の気迫で頑張った、つもりだ。
あっという間に部活の終了時間になり、汗を拭きながら終わりの支度をしていると、ピコン、とメッセージの着信が鳴っている。
スマホを取り出して画面を見て、息を呑んだ。
『新聞部集合』
ブンヤからの短いメッセージだ。
きっと、コトが動いたんだ。
俺は慌てて身支度をし、「お先っす!」と挨拶をしてテニス部の部室を後にした。
部室棟の途中で、塁と爽太とも合流した。いつもよりも言葉少なに、足早に新聞部の部室の方へと向かう。
文化部ゾーンに差し掛かると、おろおろとした若菜がいた。
「ああっ、待ってたでござる」
「先行っとけよ~」
「そんなの怖いでござる」
「忍びだろ! 頑張れ!」
若菜と爽太のいつものやり取りを聞き、何故か俺の後ろにくっつく若菜をそのままにしておきながら、奥にある新聞部の前へと向かった。
新聞部の部室の前では、ブンヤが一人で立っている。
俺たちが声を掛けようとすると、「し、」と、人差し指を唇に当てて口止めをした。
異様な雰囲気に、小さく息を呑む。
ブンヤに指さされて、閉じている部室の扉の前を囲むようにして立った。
「……ああもう、何個あるのこの質問……」
部室の中から、女の子の苛立つ声が聞こえてくる。
思わずブンヤを見ると、小さく頷いた。
それが突撃の合図だと察して、俺は、ガチャリとドアノブを開けた。
ドアノブを開けた先には、薄暗い新聞部の部室が広がっている。
元はパソコン室だったらしく、デスクの上に、何台ものデスクトップパソコンが置かれていた。
その中の一つに向き合っているのは、黒髪で二つの三つ編みを下ろし、メガネを掛けた女の子だ。
「ッ、誰?!」
「どうも、新聞部二年の五代です」
「テニス部二年二葉です!」
「サッカー部二年四辻!」
「演劇部二年の一色でござる」
「言う意味あんのかそれ」
塁以外が流れで自己紹介をしてしまった。
ブンヤはにこやかに笑いながら、後手にガチャリと部室の鍵を閉めてしまった。
これで、彼女は逃げられない。
「随分苛立ってるみたいだけど、何か上手くいかないんですか?」
「え、えーと」
「新聞部三年、黒川先輩」
どうやら本当に、犯人は新聞部の子だったみたいだ。
顔が真っ青になり、視線があちこち落ち着かない。
「僕手伝いますよ、あれれ」
ブンヤが後ろに回り込んで彼女が立ち上げているパソコンの画面を見た途端、わざとらしい声を上げた。
「これ、僕が仕組んだコードですね。僕のフォルダを無断で開けようとすると、八百一個の質問が出てくるんです」
「なっ、」
「何か用があったんですか、先輩」
ブンヤのネタばらしを受けて思わず声を上げた黒川さんに対し、ブンヤの声が一段と低くなる。
黒川さんは、震える唇をきゅっと結んだ。
「最近、僕のフォルダから画像をコピーして盗み出して、SNSに拡散してる人がいて困ってるんですよね。何か知りませんか、せんぱい」
うわあ、こわい……。
傍から見ている俺でもぞくっとするブンヤの声色に、ついに、黒川さんは泣き出した。
「ちがっ、ちがうの」
「何が違うんです」
「最初は軽い気持ちで、二葉くんの中学時代の動画を拝借して裏サイトに拡散したら、反応がすごくて」
その軽い気持ちのおかげで、俺は初彼女と別れることになったんですけどね!!
そう言ってやりたいけれど、ブンヤの邪魔は出来なくて、ぐっと拳を握り締めて堪えた。
横にいる塁が、ぽん、と軽く肩を叩いてくれる。
「三島くんファンの友達から、三島くんの写真もねだられて……」
なるほど、映画館で対峙してきた子が塁の中学時代の写真を待ち受けにしていたのは、そういう理由だったわけだ。
「反応がよくなる一方で、どんどん要求もエスカレートしてきて……」
「なるほど、承認欲求に抗えなくなったと」
「そっ、そういうわけじゃ、」
涙声で語られる彼女の心情を聞いて、ブンヤは小さく息を吐いた。
「僕も気持ちはわかります。でも、僕たちはただの高校生で、エンタメで消費されていい存在じゃない」
「ッ、」
「そこの二葉は、そのおかげで彼女とも別れてます」
「!!」
「僕たちの人生、ボロボロにするつもりですか」
ブンヤが小さく言うと、黒川さんは泣き崩れた。
最初は小さな出来心。それがどんどん大きくなって、取り返しのつかないところまで行ってしまったんだろう。
何も言えずにいると、ドンドン、とドアを叩く音がした。
「五代、いるのか」
先生の声だ。
ブンヤに目配せすると頷くのが見えたから、ガチャリと扉の鍵を開ける。
扉を開けて入って来たのは、スーツの上にジャージを着ている杉先生だ。
バスケ部の顧問だが、現国担当だからか、新聞部も兼任しているようだ。
「あとは、自分で先生に話してもらえませんか」
「っ、え、」
「大丈夫、僕もついてますよ」
瞳を細めるブンヤの笑みは、恐ろしい。
黒川さんはぎゅっと拳を握ってから立ち上がり、俺たちの前に来た。
「ごめんなさい。……もう、あなたたちに関する投稿はしないし、過去の画像も削除する」
しっかりと頭を下げられてそう告げられると、もういいか、という気にもなってくる。
爽太と若菜も、頷いていた。
「でも……、もう、随分多くの人に拡散されちゃって。私が止めたからといって、止まらないかも」
「まあ、そうでしょうね。でも、新しい供給がなくなれば、興味は自然とシフトしていきますよ」
「うん……先生、実は……」
杉先生に対して罪を告白する黒川さんのことをこれ以上見ていたくなくて、俺たちは目配せし、新聞部を後にした。
ブンヤだけは残って、黒川さんの供述のフォローをしているんだろう。
すっかり暗くなった道を歩きながら、爽太が伸びをした。
「なーんか、スッキリしねえなー」
「そーね」
それには俺も、同意する。
黒川さんだけが罪を被って、それに乗っかっている有象無象が無罪というのも、なんだかおかしな話だ。
若菜も塁も、何も言わずに歩いている。
その途中、ピコン、と着信音が鳴った。
スマホを見ると、ブンヤから、『少し待ってて』と短いメッセージが送られてきた。
俺たちは顔を見合わせて、頷く。
ちょうど通り掛かった公園に寄って、『公園にいるよ』とブンヤに返事をしておく。
この公園は、タイムカプセルを埋めた場所だ。
「うは、懐かしいー。掘ってみる?」
「道具ねえだろ」
「手でいけんじゃね?」
すっかり葉桜になっている桜の木の下に行き、爽太が片手をワキワキさせている。
たった一年少ししか経っていないのに、掘り起こすのも違う気がする。
でも、掘るなら今だろ、という気もする。
何より、このモヤモヤ感をそのままにしておきたくなくて、俺も爽太と同じく、素手で土を掘り起こすことにした。
気付いたら、若菜も参加している。
塁だけは、腕を組んでそれを見ていた。
「全然掘れねえ!」
爽太が笑う。
「手強いでござる」
若菜が唸る。
「ふはっ、もういいんじゃね、諦めよ」
指先に泥がつくだけで、全く掘り起こすことができない。
埋めたときはスコップを使って、奥深くまで掘ったと思うから、手には限界があるだろう。
つい笑ってそう提案すると、「そうだな!」「御意」と爽太と若菜があっさり頷いて、中途半端に掘った土を上からまた被せた。
泥だらけになった手を見て、なんかいいな、と思う。
「あのさあ」
手を洗いに水道に向かう爽太と若菜、そして近くで見ていた塁に、声をかける。
「開けんのさ。卒業式にしようよ」
「卒業式!」
「な、なんででござるか」
「バラバラになる前にさ、やりてえじゃん。そんで、また思い出詰め込も」
「ばっ、バラバラ!!」
俺の提案に、若菜が思いの外大きな反応を示した。
爽太も、大きな目で瞬いている。
塁は何も言わず、手を伸ばして俺の髪をぐしゃぐしゃに撫でてきた。
「うわ、わ」
「嫌でござる~なんでそんなこと言うでござるか~」
「バラバラかあ」
若菜が泣き出した。
爽太は繰り返して、手を洗っている。
俺も水道に行って、手を洗う。
石鹸がないから、まだ爪に少し泥が残っているが、仕方ない。
「ごめん、お待たせ……何してるの?」
走ってくる足音が聞こえてきて、ブンヤが姿を現した。
ぐすぐす泣いている若菜と、泥だらけの手を洗っている俺たちを、不審そうに見ている。
それはそうだ。
経緯を話すとブンヤは笑って、「卒業式に埋めるの賛成」と顎を引いてくれた。
俺と爽太と涙目の若菜がベンチに座り、塁とブンヤが立って、ブンヤからの報告を聞いた。
杉先生も、黒川さんからの突然の告白に戸惑ったようだ。
ブンヤからは、指定の時間に部室に来てほしいとしか連絡していなかったらしい。
杉先生個人で決められることじゃないからと、この件は、学校に上げられることになった。
黒川さんは猛反省していて、ブンヤの前で、裏サイトと有名SNSのアカウントを消したのだという。
友達にも、もうこの界隈には関わらないし、できればあなたもやめてほしい、という旨のメッセージを送ることも約束したようだ。
「でも、こんな感じで、ネットにはまだウヨウヨいるよね」
ブンヤがため息混じりにスマホの画面を見せてくる。
そこには、相変わらず、AIで加工したらしい俺たちの生々しい絡みがある画像が投稿されていた。
「あれ?」
ふと、気がつく。
いいねとお気に入りの数は相変わらず多いが、コメント欄がいつもと違った。
いつもはその画像に対して肯定するものが多いが、『本人たちの許可とったの?』『悪質だと思う。通報します』『学生でしょ、ヤバいって』と、投稿主を批判するようなコメントが増えていた。
――「なんか誤解してるヤツがいたら言っとくわ」。
澤本くんの一言を思い出し、ぐっと胸が熱くなる。
澤本くんのような違和感を抱く人も、少なくないんだ。
「うん。批判コメントも増えてる」
「そっか、よかった」
「つーかさ」
ほっと胸を撫で下ろしていると、爽太が口を開いた。
「もう、なんも気にしなくてよくね?」
それはあまりにも爽太らしい言葉だが、意味がわからず目を丸める。
「俺らは俺ら! ネットの画像とは別人! 気にすんのやめよーぜ!」
「うわっ」「爽太氏~」
爽太が勢いよく、俺と若菜に肩を回してきて、身体が沈む。
ブンヤは目を丸めてから、小さく笑った。
「そうだね。これ以上流出されるものはないし」
「バラバラになるかもしれねえしな」
「やめて塁氏ッ」
「今まで通り、登校も昼も一緒でいいっしょ。ルイもレン心配しすぎてハゲそうだし、いて、」
爽太が言い終わる前に、塁の手が出た。頭を軽く叩かれて首を竦めている。
俺は小さく息を吐いた。
明日からは、いつも通りの日常だ。
それに安心している自分がおかしくて、笑った。
その笑いが伝播して、みんなも笑っている。
きっとこの日は、俺たちの思い出に残るぞ。
どこか、清々しい思いだった。



