幼馴染最強伝説~ツンデレスパダリ坊主が、俺を好きなの!?~

3、四辻爽太は閃く




 朝、塁と爽太、ブンヤと若菜と一緒に登校すると、いつもと違う視線を感じた。
 そう、女の子からの目線だ。
 チラチラと俺たちの方を見ては、頬を染めてひそひそと話している。
「なになに? ついに俺のモテ期来ちゃった感じ?」
「いやー、レンのことっていうより……」
 ちょっと髪の毛先を整えてみたけれど、爽太がニヤニヤしながら俺じゃなくて塁の方を見た。
 塁は我関せずといった感じで、俺の隣を歩いて欠伸を噛み殺している。
「これ、拡散されちゃってるね」
 いつもと違う様子に気付いたからか、スマホを見ていたブンヤが、原因を突き止めたようだ。
 みんなで足を止めて、ブンヤのスマホの画面を見る。
 そこには、中学時代のショートヘアの塁が、野球部のユニフォームを着ている画像が映し出されている。
 学校の裏サイトの割に、いいねの数も多い。
 くっ、また、またコイツのモテモテ伝説が始まってしまうのか……。
 悔しさに歯ぎしりをしていると、ぐい、と肩を引き寄せられる。
「うお、」
「おら、早く行くぞ」
 そのまま、頭をぽんと叩かれて、何事もなかったかのように塁は歩き始めた。
 ブンヤは何故かスマホを構えていて、爽太はいつも通りに、若菜は「コワ……人多……」と呟いて背を丸めながら歩いている。
 一瞬静かになったギャラリーだが、少しの間の後、「見た!?」「見た!!」「見たァア」とざわつきが大きくなっていった。
 なんとも複雑な気持ちになりながら、俺も塁の後を追いかけて校舎に向かう。







 昼飯の時間になって、いつもの空き教室に向かったけど、その道中も人の目がすごく気になる。
 確かに女の子からの視線なんだけれども、純粋な好意は一切感じないというか……。
 いつもよりも早足で空き教室に行き、扉を開けて、他のみんなが集まっている机に辿り着く。
 既にパンを食べている爽太が気付いて、手を挙げた。
「すげーことになってんね」
「怖いでござる怖すぎるでござる」
 爽太は笑い、若菜はいつもよりも端っこにいてガクガクブルブルと震えながら酢昆布を食べていた。
「目、つけられちゃったみたい」
 弁当を食べていたブンヤが、朝のようにスマホの画面を見せてくる。
 そこには、髪が伸びた塁とブンヤがくんずほぐれつしている明らかにAI生成の画像が映し出されていた。
「ええっ」
「ぶはっ」
 爽太がパンを吹き出した。
「爽太と若菜のもある」
 ブンヤが画面を切り替えると、爽太が若菜を壁ドンしているイラストが出てくる。
「廉と塁もね」
 塁が俺の頭を撫でているところが、やたらキラキラしたエフェクトをつけられてアップされていた。
 中学時代の塁の写真の拡散がきっかけになって、SNSが随分とカオスになっている……。
 食欲もなくなるが、部活もあるし、仕方なく購買で買ったパンをもそもそと食べる。
「うはっ、俺とレンもある! 見て見て」
「きゃー見せないでえ」
 ブンヤのスマホを奪って、爽太が俺に画面を見せてくる。
 ふざけて言って顔を逸らすが、ふと目に入ったコメントに瞬いた。
『チャラ男攻め最高』『黒髪眼鏡との絡み希望』
「僕とレンも望まれてるみたいだね」
 ブンヤがスマホを取り返して、ため息混じりに言った。
 どんな組み合わせでも、男同士ならなんでもいいのかもしれない……。
 焼きそばパンを食べ終え、クリームパンの袋を開けて齧りついていると、今まで黙っていた塁が口を開いた。
「そろそろ止めさせねえとな」
「え?」
「実害が出るかもしれねえだろ」
「こういうのはスルーが鉄則だよ、反応すると余計激しくなる」
 不機嫌そうに言う塁の言葉に、ブンヤが軽く肩を竦めて冷静に言った。
 それはそうだ。
 一瞬、気まずい沈黙が流れた。
 俺も現状をどうにかしたいけど、だからといって、良い案が浮かぶわけではない。

「じゃあさー、わざとそれっぽいことしてみねえ?」

「は?」「何?」

 パンを食べ終えて、袋を丸めてゴミ箱に投げ入れた爽太が、面白そうに瞳を細めてそう提案する。
 塁とブンヤの、怪訝そうな声が重なった。
「どの組み合わせが一番反応いいのか気になんじゃん。ちょっとやってみよ」
「そんな、ちょっとサッカーしよ、みたいなノリで」
「そもそも何をどうすんだよ」
「二人でデートは塁とレンがしたから、俺らみんなで遊園地デートとか?」
 爽太は明らかに思いつくままに喋っているのだが、それを聞いたブンヤが、「いいかもしれない」なんてまさかの頷きを返すからぎょっとする。
「学校よりも広いし、一般客の目もある。そこまで暴挙には出ないだろうしね、向こうも」
「そんな対策が必要なレベルなんすか」
「まあまあ、やってみる価値はあると思うよ」
 ――というわけで、次の週末に、俺たちは五人で遊園地デートをすることになった。なんでだ。







 あっという間に、その日がやって来た。
 遊園地デートと言ったって、俺たちの家は超近所だ。
 駅から電車に乗るまでの道のりも同じで、今は、遊園地の最寄り駅まで向かう電車に揺られている。
 俺とブンヤが座って、その前に爽太と塁と若菜がつり革を掴んで立っている。
「日に日に過激になってるね」
 スマホを見ていたブンヤが、小さく息を吐いてその画面を見せてきた。
「ぶはっ」
 爽太がまず吹き出し、塁は眉を顰め、若菜は「怖すぎでござる」と震えている。
 その画面は例のSNSで、今朝もいつもと同じように、塁が俺の部屋に起こしに来たのだが、その様子が映っている。
 画角的には、窓の外の上部から撮られたものだ。
「つか、動画じゃん!」
 塁がドアを開けて部屋に入って来て、俺から布団を剥がすまでの一連の流れが、画像は粗いけれど、全て収まっている。
「隠しカメラとかか」
「いやー、角度的に、もっとアナログな気がするんだよね」
「アナログって」
「電柱の上から、でござるか……」
「いやそんな忍者じゃないんだから」
 若菜が神妙に呟くのに突っ込むが、もしそうだったら、女子高生が電柱に上がって、人の家にスマホを向けて動画を撮ってたってこと?
 その執念が怖い、怖すぎる。
「いいねえ、面白くなってきたじゃん」
「マジで? 俺もう面白がる余裕ないんだけど」
 爽太が口角を持ち上げるのに、もう、ついていけない……。
 思わず項垂れると、くしゃ、と髪を撫でられた。視線を上げると、腕を伸ばしてきている塁と目が合った。
「まず、カーテンをちゃんと閉めろ」
「それ」「それなぁ!」
 塁の真面目な声色に、ブンヤと爽太の声が続く。
「うっ、気をつけます……」
 映画館での遭遇以降、気をつけていたつもりだったんだけど、昨日はうっかり閉め忘れたみたいだ。
 でも、こうやって誰かから見られていると思うと、毎日ちゃんとカーテンを閉めて寝ようと改めて心に誓う。
 いやいや、物騒すぎでしょ。
 ガタンゴトンと電車に揺られて目的地に着くまでも、誰かに見張られているような気がして、落ち着かない。
 ――ちなみに、例の動画がバズり、『同棲!?』『同棲してるの!?』『ルイレンの皆さんおめでとう』『解釈違いすぎる』等とコメント欄が大荒れだったことは、知る由もない。








 電車を下りたら、そこは、ゆめカワ空間でした……。
 ル・ポワールパーク、というここは、最近出来た遊園地だ。
 駅のホームからも見えるカラフルな観覧車が一番の推しポイントらしいが、園内全体の雰囲気が、ピンクとか紫とか黄色で統一されていて、カップルのみならず小さい女の子連れの家族も多い。少なくとも、男五人で来る場所ではない。
 ここを選んだのは爽太で、「行ったことねーんだもん」ということだった。そりゃそうだ、俺たちは全員彼女がいない。残念ながら。彼女持ちか、女の子同士じゃなきゃ、来ない場所だろう。
 駅を出たらすぐに入場ゲートがあり、事前に買っていたチケットをスマホの画面に提示して、読み込ませてからゲートを通る。
 細長いパンフレットも、ピンクと紫のカラーリングだ。
 ゆめカワがテーマだからか、目がくりくりとしているユニコーンが、マスコットキャラクターのようだ。
「どうする!? 何から行く!?」
 パンフレットを眺めた爽太が普通に全力テンションで楽しもうとしている。すごいな!
「目的、忘れてねえか」
「どの組み合わせがバズるか確かめるんじゃなかった?」
「そうだった!」
 塁とブンヤの冷静なツッコミに、爽太が素直に頷いて、俺たちの顔をぐるりと見回した。
「じゃあ、まず、塁とブンヤがお化け屋敷行って。んで、俺とワカでジェットコースター!」
「俺は!?」
「おるすばーん!」
「ひでえ!」
「一人にはさせねえ方がいいんじゃねえか」
 爽太の采配に早速ハブかれてショックを受けていると、塁が助け舟を出してくれた。
 今朝の動画の件もあるし、映画館のこともある。
 一人になって、過激派の人に絡まれるのは避けたい。
 爽太は少し考えてから、「それもそっか」と頷いた。この単純さは、爽太の良いところだ。
「んじゃあ、まず全員でお化け屋敷行こ! レンは俺とワカと一緒!」





 爽太に引っ張られる形で入ったお化け屋敷は、『旧・梨花女子学園の怪談』 と銘打った実在の旧校舎を使ったタイプの本格的なものだった。
 このユメカワ空間には異質な場所だが、ここを目当てに通うホラーマニアも多いというこだわりの場所だ。
 今日も、カップルや友達連れで賑わっていた。
 前に塁とブンヤが並び、その後に俺たち三人が並ぶ。
 ちなみに、二人か三人グループという人数制限がある。狭い校舎の中を二人で歩くことで吊り橋効果的なものがあり、恋が生まれるカップルが多いというのも話題になっていた。
「すげ、本格的じゃん」
「出来た頃バズってたよね」
 蔦が絡まる木造建ての校舎の様子は、周囲のユメカワ空間から一線を画している。
 爽太が面白そうに言い、前に並ぶブンヤが振り向いて言った。
「ワカ、怖くねーの?」
「せせせせ拙者を誰だと思ってるでござる忍びに怖いものなどないでござる」
「めっちゃ震えてるじゃん」
 爽太に聞かれた若菜は、ガクガクと身震いをしながら強がっていた。
「つーか、カップルばっかっすね……」
 俺は施設の中よりも、現状を嘆く。
 だって、俺たち以外、男女二人組ばっかりだ。
 彼女が「こわーい」なんて言って、「大丈夫大丈夫」と彼氏が宥める。
 そんな風景があちらこちらで繰り広げられている。
 精神的に特大ダメージを食らっていると、ブンヤがメガネをくいっと指先で上げた。
「大丈夫。僕たちもある意味カップルだから」
「全然大丈夫じゃねーしそこ認めたら終わりじゃね!?」
「ぶはっ、ブンヤ開き直りすぎ!」
 ブンヤが冷静に言うのに即座に突っ込み、爽太は爆笑した。
 塁は会話に参加せず、静かに周囲に視線を巡らせている。
「どいつもこいつも怪しく見えてくるな」
「つーかさ、俺思ったんだけど」
 爽太がお化け屋敷を挙げたときから感じていた疑問を、恐る恐ると口に出してみる。

「お化け屋敷って暗くて写真撮れなくね?」

 一瞬、沈黙が流れた。
「そうでござるそのとおりでござるそもそも撮影禁止の場所が多いでござるじゃあ入る意味がないでござるな!」
「えーここまで並んだんだから普通に入ってみようぜ」
「まあそうだね、試す価値はあると思う」
 早口でそう言う若菜の願いは、聞き入れられることはなかった。残念。
 ブンヤは何を考えているのか、真面目な顔のままそう言った。
 こんな話をしている間に、もう、ブンヤたちの番が目前だ。
 俺たちは、結局、二組に別れてお化け屋敷を楽しむしかなくなってしまった。




 「かつてこの学園で消えた少女を探してください。ただし――途中で聞こえる“鈴の音”に振り向いてはいけません」
 先に入った塁とブンヤの後に続いて校舎の入口に入ると、黒いセーラー服を着た生気のない少女が、注意事項を伝えながら手のサイズの小さな懐中電灯を渡してくれた。爽太がそれを受け取り、早速つけたり消したりしていると、「電池がなくなってしまいます……」と受付の少女から注意を受けた。
「なんかすげー本格的じゃん」
「謎解きも入ってる感じ?」
「そうそう。行こうぜ」
 爽太が歩き出し、俺と若菜が後に続く。ん? 不意に重さを感じて後ろを振り向くと、若菜が、俺の服の裾をぎゅっと握り締めてきていた。
「若菜ー、そういうのいいから」
「べべべべべつに怖くないけど爽太氏がダッシュして見失わないようにしてるだけでござるから」
「爽太じゃねーし、掴んでん俺のだし」
「廉氏は絶対拙者のこと見捨てないって信じてるでござる」
 どこかで見ている例の人たちへのサービスでやっているのかと思ったが、どうやら素で怯えているらしい。
 俺よりも十センチぐらい背が高い男を守ってやる趣味はないけれど、仕方ない。
 やりたいようにさせて、ぐんぐん前を進む爽太を見失わないように二人でついていく。
 狭い廊下を歩く度にギシギシと鳴る仕掛けは、よく出来ている。
 二人並んで歩くのがやっとの横幅で、なるほどこれは男女で来ていたら密着せざるを得ないなと、カップル誕生の秘密に納得する。
 ――俺に密着しているのは、黒髪ロン毛の自称忍者男ですが。
「全然脅かしに来なくね? あ、」
「え」
「ひえっ」
「わああああああ」「うははははは」
 小さな懐中電灯をぶんぶん振り回して辺りを照らして、爽太が退屈そうに言った瞬間、カチッと音がして、廊下の壁の両サイドから空気砲のようなものが飛び出してきた。咄嗟に目の前にいる爽太に背中から抱きつき、更にその隣から若菜が抱きついてきて、男三人で団子になる。爽太だけは動じないどころか、楽しげにウケていた。
「なに今のおもしろ、もっかい押していい?」
「いややめて」「先に進むでござる! 早く!」
「ちぇー」
 ガチギレモードの若菜に急かされ、爽太は残念そうにしながらも足を進めた。俺と若菜も、なるべく距離を空けないようにしながら先に進んでいく。





 その後も、旧校舎の探検は続いた。
 音楽室では誰もいないピアノからポロンと音が鳴り響いてきて若菜が飛びついてきたし、理科室では人体模型が動き出して追いかけてくるからダッシュで逃げる羽目になったし(ここでの若菜の逃げ足はピカイチだった)、鏡張りの部屋に閉じ込められたときには、若菜がくっついて離れなかった。
 そろそろ細身長身ロン毛男の体重にも慣れてきた頃、いよいよ最後の部屋と思しき場所に辿り着く。
「なんもなくね?」
「休憩ポイントとか?」
「もう十分でござる早く帰りたいでござる」
 若菜が俺の背中にひっついて離れない。
 爽太は相変わらず懐中電灯をあちこち向けて照らしていて、真っ黒な部屋に異変がないかを確かめている。
 小さく息を吐くと、ぼと、と上から何か落ちてきた。
 反射的にそれを両手で受け止めてしまう。
「ぎゃ、ぎゃあぁああああ」
「日本人形! ベタかよー」
「うげえ、持っちゃったよ。若菜あげる」
「いらないでござるいらないでござる見せないでぇえ」
 爽太が持つ懐中電灯が照らして、それが黒髪おかっぱの日本人形だということがわかる。不気味だ。
 両手で持ってしまったのがどうにも嫌な感じがして若菜に押し付けようとしたら、俺から離れて壁に背をつけた若菜が首をぶんぶん横に振った。
 ピカ、と、日本人形の両目が赤く光る。
「なになになに、こわいって」
「ふはっ、どういう仕掛けだよ」
 ずっと笑っている爽太が一番怖いかもしれない……。
 俺の手から人形をひょいっと取った爽太は、人形の赤い目を黒い壁の方に向けた。
 爽太が人形を傾け、赤い光を壁に這わせる。何度か位置を調整したところで、ガチャリと音が鳴って扉が開く。
 やっと密室から解放されたが、まだ、終わりではない。
 薄暗い廊下が現れて、「ひえええまだあるでござるかあああ」と嘆く若菜が俺に寄り添ってきた。盾か何かだと勘違いされている。
 一歩廊下に踏み出すと、りん、りん、と、小さな鈴の音が聞こえてきた。
「これって」
「振り向いちゃいけないヤツ?」
 受付で注意されたことを思い出して爽太と顔を見合わせる。
 次の瞬間、

「置いていかないでぇええぇえ」

 後ろから、少女の声がした。
「えっ」
「はわわわわ見ちゃった見ちゃったセーラー服の女の子でござる」
「言うなよー」
「逃げろってこと? 行くぜー!」
「ちょっ、爽太!」
 爽太は爽やかに言って、猛ダッシュで駆け出した。
 サッカー部レギュラーの脚力は、強い。
 俺と若菜も慌てて追いかけ、後ろから迫りくる鈴の音と、セーラー服の少女から、なんとか無事に逃げおおせることができた。




 「っはあ、はあ、はあ」
 無事にゴールを迎えたはいいが、最後に係の人になんて言われてクリアできたのかも覚えていないぐらい、息が上がっている。
 若菜もげっそりしつつも、最後まで俺に寄りかかっていた。なんでだ。
「おつかれさま」
 先にゴールしていたブンヤと塁が、涼しい顔で出迎えてくれる。
「すっげー楽しかったね!」
 爽太はご満悦だ。
「なんでそんな死にそうなんだ」
 塁が俺にひっつく若菜を無理矢理引き剥がしてくれながら、訝しげな目線を向けてきた。
「最後めっちゃ追いかけられたじゃん」
「別に走らなくても逃げられたけど」
「マジ!?」
「振り向かなければいいだけだろ」
「爽太がすげー走るからさあ」
「はは、楽しかったからいーじゃん!」
「おまえはね!?」「爽太氏だけでござる……」
 もしかして、セーラー服の女の子役の人も、あんなに走るとは思っていなかったかもしれない……。
 内心気の毒に思いながら、満足そうな爽太の顔を見ていれば、まあいいかと思えてしまう。
「んじゃ、次はジェットコースターね!」
 そしてまた、キラキラな笑顔で、宣言されてしまうのであった。









 ジェットコースターは、パステルピンクのわいらしい見た目に反して、国内最大級のスピードが売りだ。
 超高速で線路を進み、三回転、次は二回転、更に高所からの滑車、と絶叫系フルコースが待っていた。
 ブンヤと隣に座ったが、もう何を叫んだかも覚えていない。塁と隣になった若菜は途中から魂が抜けていて、一人で座った爽太は両手を持ち上げて超良い笑顔を浮かべていた。なんで表情がわかるのかって、写真に撮られていたからだ。
 絶叫ポイントでの記念撮影と題し、終了時点で売っている写真を、ブンヤがデータでも紙でも買っていた。
 それを見せてもらったあと、「もう無理三半規管が悲鳴あげてる」「拙者もダウンでござる……」と、若菜と一緒にベンチに座って休憩することとなった。
「大丈夫か」
 塁が冷えたペットボトルを差し出してくれる。中身はスポーツドリンクだ。若菜には爽太が、炭酸を買って来てあげていた。
「ありがとー超たすかる」
「感謝でござる……」
 キャップまで開けて渡してくれる塁は、いい彼氏になる男だと思う。
 礼を言ってスポーツドリンクを飲むと、気持ち悪さが少し和らぐ気がした。
「うぎゃっ、そ、爽太氏~~~」
「ふはっ、悪い、振っちゃったかも!」
「わざとでござる~!」
 若菜がキャップを開けると、中から炭酸の中身がしゅわしゅわと溢れてきた。間一髪、若菜の服は濡れなかったが、哀れな液体がピンクの床を濡らしている。爽太は悪戯が成功したように楽しげに笑っていた。
「すごいね。更新が途絶えてないよ」
 黙ってスマホを眺めていたブンヤが、ぽつりと呟くのに、全員の視線が集中した。
 ブンヤが見せてきた画面には、今日の遊園地での出来事が、そのまま写真に撮られて上げられている。
 園内に到着したときの様子を、斜め前方から。
 お化け屋敷の待機列にいる塁とブンヤを、前方から。
 お化け屋敷の後、若菜に寄りかかられている俺を、斜め横から。
 ジェットコースターの待機列で並ぶ俺とブンヤを、遠方から拡大して。
 コーラを買って思いっきりシェイクしている爽太の動画を見て、「やっぱりわざとでござる!!」と若菜が非難した。
「これ、めっちゃ近くにいるってことじゃん……」
 思わず声を小さくし、周囲を見渡してしまう。
 辺りには、カップルや家族連れ、女の子同士のグループなどが数多くいて、一体誰がどうやって、俺たちのことを撮っているのか、判別しにくい。
「一人じゃないよ。複数アカウントが、それぞれの推しを撮ってる」
「ふ、複数!?」
 余計こわい。
 ブンヤは冷静だけれど、とんでもないことになってるんじゃないか。
「なあなあ、どの組み合わせが一番いいねついてる?」
 爽太は相変わらず、面白がってブンヤに聞いている。
「僕と塁かな。相変わらず、AI使ってご丁寧に捏造までしてくれてるし」
 ブンヤが見せてきた画面には、お化け屋敷の内部を背景にして、塁が黒い壁にブンヤを押し付けている画像が映し出されている。
 確かに、お化け屋敷の密室空間そっくりの背景で、現実にあったことだと誤解してしまいそうだ。
「俺たちはそんなにかあ」
「いや、爽太は単推しの熱烈ファンがいるし、今日は若菜と廉の組み合わせが沸いてる。僕と廉もまあまあ」
「たんおし? わいてる?」
 専門用語、使わないでもらっていいですか。
 ブンヤの丁寧な説明で、単推しっていうのは、爽太だけのファンっていうこと、沸いてるっていうのは盛り上がってることっていうのがわかった。
「ていうか! これ! いい加減止めてほしいんだけど」
「前も言ったけど、消すと増えるからね……」
「おまえらの黒歴史も晒されるかもしれねーじゃん?」
 俺と塁のは、もう、拡散されてしまったけれど、この三人はまだ被害にあっていない。
 それを伝えると、若菜と爽太とブンヤが、顔を見合わせた。
「拙者、別に黒歴史とかないでござる」
「絶賛更新中だもんな」
「俺も特にねえから困んないなー」
「ミリも変わってねーもんな」
「僕も特に困ることはないかな」
「ガード硬いもんな!」
 くそっ、こいつら、強い。
「俺らももう晒されたからな」
 塁が冷静に言う。
「そういうことじゃない! そういうことじゃなくてー……」
 くっ。
 もう、本音を言うしかない。

「このままじゃ、彼女、できねーじゃん……!」

 そう。
 幼馴染で付き合ってるみたいだとか、そういう噂が流れているこの現状じゃ、新しい彼女が出来る気がしない。
 出来たとしても、ネットの現状を知られたら、またすぐ振られること請け合いだ。
 俺が振り絞った声でそう言うと、四人が顔を見合わせる。
 小さく息を吐いた塁が、俺の頭にぽんと手を置いてきた。
「まあ、これがなくても出来るかわかんねえが」
「ひどいッ」
「気持ち悪いことは確かだしな」
 塁の同意を得られただけで、ほっと安心して肩の力が抜けた。
 そう。私生活を見張られるのは、気分が悪い。
 最初から面白がっている爽太が、口角を持ち上げた。
「まあまあ、大丈夫っしょ。なんとかなるって」
「爽太氏のそれ、信用ならないでござる……」
 若菜が言うのに、心から同意する。
「そうだな……複数人いるなら、こっちも、そうしようか」
 ブンヤが、真面目な声で、新しい提案をしてきた。
 その内容に、目を丸める。








 「――これ、意味あんのか」
 眉を寄せて訝しげに言う塁の頭には、狼の耳つきの帽子が被さっていた。
「木を隠すには森の中、ってね」
 不敵に笑うブンヤの頭には、ウサギの垂れ耳つきの帽子がある。
「いいねいいね、遊園地と言えばこれっしょ!」
 楽しそうな爽太の頭には、ユニコーンの角と馬の耳がついたカチューシャがついている。ハート型のサングラスも装着済みだ。
「どう考えても拙者のは間違ってるでござる」
 虚ろな顔で呟く若菜の頭には、パステルピンクとパープルのリボンがついたカチューシャがついている。こっちは、星型のサングラス。
「絵面やば」
 俺も例に漏れず、犬の耳がついた帽子を被らされた。
 ブンヤが言うには、人混みに紛れてしまえば、写真を撮る方も追えないだろうということだった。
 このカチューシャや帽子を買うのも、爽太ひとりに任せたという徹底っぷりだ。
「人混みといえば、ショーでしょ!」
 そして、爽太のこの一言で、ユメカワショーを見ることに決まったのだった。
 ショーが行われる、園内中央のステージへと向かう間も、ブンヤと塁、俺と爽太と若菜、という布陣に別れて歩いた。
 ステージの近くで合流したのだが、予想以上の人混みだ。
 円形のステージを囲むように立ち見することができるのだが、このショーもこの遊園地の魅力の一つらしく、人で溢れかえっていた。
 なるほど、確かにこの人混みで、しかも帽子やサングラスをつけている俺たちを特定し、盗撮することは難しいだろう。
「いやでも、人すご」
「押し流されるでござる」
「ワカ、俺に掴まれー!」
 本当に人並みに流されていく若菜を、爽太が手を差し伸べて救い出している。
 その間もブンヤは冷静にスマホを見て、例のSNSをチェックしていた。
 周囲は、同じようにキャラクターの耳がついた帽子やカチューシャをつけている人や、派手な限定Tシャツを着ている人たちが大勢いる。
「どうやら、撒けたみたいだね」
 ブンヤがメガネをくいっと指で上げて、スマホの画面を見せてきた。
 『見失った』『人混みやばーい』『耳つけてなかった!?』『写真はよ』と、SNSに書き込まれている。
 確かにこれを見ると、それぞれ別のアカウントで、何人もの人が同時にこの遊園地に足を踏み入れ、隠れて写真を撮っていたらしい。
 ぞくりとした。

「はーい、みんなー! 今日はポワールパークに来てくれてありがとポワ~!」

 パァン、と火花が散る演出と同時に、その火花の激しさに似つかわしくない、ユニコーン型のゆるキャラの着ぐるみがステージの上に現れた。
 短く太い腕をぶんぶんと振ると、「きゃあああああ」「ポワルーン!!」「かわいいいい」と雄叫びに近い声援が送られる。
 ポワルンと呼ばれたゆるキャラの周りには、パステルカラーのワンピースやスーツに身を包んだ男女入り乱れるダンサーが現れる。
 そういえば、このダンサーの中心にいるお姉さんがかわいいって、話題になっていたっけ。
「みんなー、今日もポワッてる~?」
 ポワルンが聞くと、「ポワってる~!!」と元気な声が返ってくる。
 コーレスが完璧だ。
 みんな、プロである。
「それじゃ、いっくよ~!」
 ポワルンが合図をすると、軽快な音楽が鳴り響き、それに合わせてポワルンとダンサーが踊り始める。
 ダンサーに手拍子を煽られて、観客もみんな、それに合わせて手を鳴らす。
 爽太はノリノリで、若菜は控えめに、ブンヤはスマホを見て、塁は腕を組んで、それを眺めていた。
 俺も周りに合わせて手拍子をする。
 音楽の区切りに合わせて大量のスモークと共にシャボン玉が飛んできたり、紙吹雪が舞ったり、大量の泡が飛んできたり、極めつけはでっかい風船が飛び出してきて、ガチ勢はその風船を取ろうと必死だった。
 アンコールを経て、ショーが終わる頃には、紙吹雪や泡まみれというわけである。
「みんなー、最後まで楽しんでポワ~!」
 パタパタと手を振るポワルンに見送られ、観客は散り散りになってそれぞれの目的の場所へと帰っていく。
「すっげー楽しかった!」
「ポワルン……かわいかったでござる……」
「泡すごくね?」
「拭いとけ」
 俺の頬についた泡を塁が親指で拭ってくれる。あざす。
 ブンヤはスマホを確認して、ニヤリと口角を持ち上げた。
「どうやら、撒けたようだよ」
 そこには、耳つきカチューシャを人数分買っている爽太の後ろ姿の写真が写っていた。その写真のコメント欄に『これが最後』『見失った~悔しい』『塁ブンください』『離脱します』などといった言葉が並んでいる。その後の投稿は途絶えていて、ブンヤの作戦が功を奏したことがわかり、肩の力を抜く。
「んーじゃ、こっからはフツーに遊ぼうぜ!」
 そして伸びをした爽太が、高らかにそう宣言した。
「今までもフツーに遊んでなかった?!」
「俺はな。でもレンは緊張してたろ」
「そりゃあ」
「解放解放! 腹減ったからメシでも食お」
 俺の肩を叩いて爽太が笑って、俺もつられて笑ってしまった。
 ブンヤも、やっとスマホをポケットにしまった。
「ポワルンコラボメニュー、食べてみたいでござる」
 すっかりポワルンにハマった若菜が、近くのカフェレストランのポスターを指さしてそう提案する。
「これ、脱いでいいか」
「まだダメだよ」
 塁が帽子を脱ごうとするのをブンヤが止めて、とりあえず、五人でカフェレストランに入って遅い昼食にした。






 昼飯を食べたあとは、メリーゴーランドに乗ったり、チュロスを食べたり、『ポワルンを救え』がテーマの謎解きアトラクションで遊んだりと、フツーに遊園地を満喫していたら、あっという間に日が暮れた。すっかり、空に星が瞬き始めている。
「楽しかったなー!」
 爽太が身体をぐっと伸ばしながら言った。
 途中の売店でTシャツやぬいぐるみを買い、すっかりポワルン一色になった若菜も、ホクホク顔で「最高でござる……」と呟いている。
「もうこれ脱いでいいか」
 塁は相変わらず帽子を嫌がっていて、許可を得る前に脱いで坊主頭を晒していた。
「疲れたね」
 ブンヤはマイペースにメガネを上げている。
 俺も例に漏れず、心地良い疲労を感じていた。
「じゃあ、最後にー」
 このまま出入り口に戻ってあとは電車に乗って帰るだけだろうと思っていたら、歯を見せてにっと笑った爽太が、パステルカラーに輝いている大きな観覧車を指さした。
「アレ! 乗ってこ!!」





 そして今、夜の観覧車の待機列に並んでいる。男五人で。
 ユメカワ遊園地の中でも一際ユメカワ度が高いこの観覧車は、デートスポットとして優秀だ。
 辺りを見ると、男女、男女、男女。
 しかもいちゃいちゃしている。くそ、爆ぜろ。
 男だらけで並んでいるのなんて、俺たちぐらいだ。
「あ、これ、四人乗りだって」
 並んでいる間に、爽太が気付いた。
「ワカ、ソロで行く?」
「なんででござるか! 絶対嫌でござる!」
 ポワルンぬいぐるみを抱き締めている若菜が大きく首を横に振った。
「塁と廉で乗れば」
「俺とブンヤとワカ? いいじゃん! そうしよ!」
 ブンヤが促すと、爽太が乗り気になって頷いた。
 俺たちへの意思確認はなく、当たり前のように爽太とブンヤと若菜が前に並び、その後に俺たち二人が続く。
 塁は帽子がなくなってスッキリしたのか、自分の坊主頭を手で撫でつけていた。





 列が進み、爽太が勢いよくゴンドラに乗り込んで係の人に注意され、若菜が慌てて、ブンヤが代わりに謝っているという前の三人の背中を笑って眺めていたら、すぐに俺たちの番になる。
「ふはっ、どピンク!」
「やめていいか」
「今更!? 諦めて行こー」
 ゴンドラが、一番派手なショッキングピンクだった。爽太たちが乗ったのはパステルグリーンできれいな色だったのに。
 塁が列から出ようとするのを、腕を掴んで引き留めて、一緒にゴンドラに乗る。
 男二人分の体重を受け止めたゴンドラが一瞬揺れて、すぐに落ち着いた。
 ゴンドラの中もピンクが濃くて、星やハートのマークで彩られている。
 そこに鎮座する坊主頭のイケメンに、笑ってしまう。
「これこそバズるんじゃね」
「やめろ」
「ギャップすごいって」
 ゆっくりとゴンドラが上昇していく。
 動き出したと思ったら、ゴンドラ内の電気が消えて、代わりにピカピカとピンクの照明がリズミカルに車内を照らしてくる。
「なんなのこれ、面白すぎる」
「このゴンドラで告白したら上手くいくんだと」
「都市伝説かよー」
「書いてある」
「お膳立て!!」
 塁が示したのが、俺の背中側にあるポワルンからのコメントだった。ゴンドラの壁に描いてあるポワルンの顔から吹き出しが出ていて、『ラッキーラブゴンドラだポワ~。ここで告白して成立したカップルは幸せになるポワ~』と言っている。若菜が見たら喜びそうだ。
 まあ、確かに。
 ピンクのチカチカは置いておいて、ゴンドラの窓から見える夜景は、きれいだ。
 パーク内もライトアップされているし、近くのビルの明かりも見下ろせる。
 ロマンチックっていうのは、こういうことを言うんだろう。
「ま、ちょっと忘れられるよね。最近のバタバタも」
 黒歴史拡散のことも、好き勝手捏造される写真たちのことも忘れて楽しむことができたと思う。
 小さく息を吐くと、塁の手が伸びてきて、そのまま、被ったままの犬耳帽子を取られた。
「わ、」
 ぺたんとなったオレンジの髪を、わしゃわしゃと撫で回される。
「なになに、なに」
「いや、こうしたくなった」
「なにそれー」
 乱れた髪を撫でつけられて、その言い分につい笑ってしまう。
 不意に、塁がじっと俺を見て来た。
 生まれた頃から見ている顔だ。
 五人の中でも一番家が近くて、毎朝起こしに来てくれて、朝の歯磨きまで並んで行っているけれど、塁の真剣な顔が、俺に向けられているのは珍しい。
「どしたの」
 問いかけると、塁の手が、俺の頬に伸びてくる。
 ちょうど、ゴンドラがてっぺんに差し掛かった。
 一番高いところからの景色よりも、目の前の塁に意識が向かってしまう。
 頬に触れてくるかと思った手は、結局触れずに、塁の方へ戻って行く。
「廉」
「はい」
「この件が落ち着いたら、聞いてほしいことがある」
「えっ」
 真面目な顔と同じ、真面目なトーンで言われて、驚きの声が出る。
 塁からそんなこと、言われたことがない!
 若菜が舞台で主演を演じることになったとか、ブンヤが別の高校の推薦を受けていたとか、爽太のサッカー部が全国に進出したとか、俺が高校デビューしたいとか。それぞれ『聞いてほしいこと』はあったけれど、塁のそんな話を聞くのは初めてだ。こいつは、野球部のレギュラーになったときも、県大会に出場したときも、事前に何も知らせない。
「な、なに? 引っ越すとか?」
 いやいや、おばちゃんになんにも聞いてないよ!
 塁の家のおばちゃんもおじさんも、仕事でいない日が多いけど、会ったら俺にもすごくよくしてくれた。
 だから、そんなことがあればすぐに話してくれると思う。
「違ェよ」
「じゃあなに!?」
「だから、あとでな」
「すげー気になるんだけど!」
「気にしとけ」
「意地悪だ意地悪!」
 引っ越しじゃないと知ってほっとするのも束の間、じゃあ一体なにを言いたいんだと想像もつかなくて俺がじたばたすると、塁が俺の頭を抑えつけてくる。
 こうなった塁は絶対口を割らないのを知っているから、余計気になってしまう。
「あ」
 そして、閃いた。
「彼女、できた?」
 こっそり問いかけると、塁が瞬く。
 その後、思いっきり、鼻を摘まれた。
「んむ」
「言ってろ、ばーか」
「今日冷たくね??」
 離された鼻を擦りながら、呆れた視線を送る塁を見る。
 塁はもう俺とは目を合わせず、「もう終わりだな」と冷静に地上に近付いている外の景色を見て分析していた。
 俺はといえば、疑問が増える一方で、なんともスッキリしないまま、ゴンドラを下りることになるのだった。