2、一色若菜は忍びたい
若菜は、小さい頃から大人しくて地味なヤツだった。早生まれのせいか平均よりも一回り小さくて、言葉も遅かった気がする。一緒にいるのが当たり前だったから、そんなに気にしたことはなかったけど。
そんな若菜が夢中になったのが、忍者だ。
子ども向けのアニメで忍者を目にしたときに目が釘付けになり、次の日には、「わか、にんじゃになる」と目を輝かせて言っていた。
俺はその頃から女の子からモテモテのアイドルに憧れていたし、塁は野球選手、爽太はサッカー選手になる夢を見ていた。ブンヤは図書館を目指していた。若菜の夢はいつか変わるだろうと思っていたのだが、一途に忍者を思い続けている。
中学に上がって、部活を選ぶときも、本気で「忍者部」を探していた。もちろんそんな部活はなく、「忍びならどんな姿にも化けられなければ」ということで演劇部に入部した。どういうことだ。
高校に入ってからも演劇を続けている傍らで、若菜は、未だに忍者を志している。
「で、なにしてんの」
「バレたでござる!」
テニス部が終わり、制服に着替えて帰ろうと歩き始めた時だ。
植木の隙間に、黒髪長髪のひょろ長い男の影が見えたら、それはもう気になって声を掛けるしかない。
その影の主の若菜はすぐに立ち上がって現れた。
「バレバレ」
「ぐぬぬ、修行不足……」
「だから、なにしてたの」
「拙者、密偵の任を受けたでござる! 現在、忍務中である」
しい、と口許に指先を当てる仕草にイラッとして、長髪の毛先をぐいっと引っ張った。
「いたた、痛いでござる~」
「誰から?」
「文弥氏、あっ」
「忍者が簡単に喋んなよ」
依頼主をすぐ口に出す忍者があっていいのか。
髪から手を離して突っ込むと、「内緒にしてほしいでござる」と両手を合わせて懇願してきた。
小さく息を吐いて、若菜を見上げる。
「パピコ半分」
「うっ、乗ったでござる……」
「っしゃ」
ブンヤへの告げ口をしない代わりにアイスの半分をねだる交渉が成立し、ガッツポーズをする。
若菜は背を丸めながら、一緒に歩き始めた。
「もう帰っていいの?」
「廉氏の密偵なんで」
「忍んでなくね?」
「明日から頑張るでござる……」
続くのかよ!
落ち込みながら宣言する若菜と共に帰路につき、途中でパピコの半分を奢ってもらった。
二人並んでちゅーちゅーとアイスを啜りながら、別れ道までを共にする。
そのあとは普通に家に帰って普通に寝た。
もちろん、ブンヤには連絡してない。というか、口止めされたのも忘れていた。
次の日。ちゅんちゅんと雀が鳴く音がして、カーテンの隙間から朝日が差し込んでくる。それと同時に二段飛ばしで階段を上って来る勢いの良い足音が聞こえ、直後にバーンと遠慮の欠片もなく扉が開けられる。ズカズカと入り込んだ人影は、俺の布団を一気に剥がしに掛かった。
「んん、んー……まだ……」
「うるせえ起きろ」
「いやだあー」
ぎゅうと布団を抱きしめる抵抗も虚しく、布団ごと身体も起こされてしまう。
瞬きして目を開けると、そこには、夏服の半袖ワイシャツを着て紺色のスラックスを履いた塁がいる。
「今日から夏服だっけー?」
「最近暑いから解禁だと」
「まだ用意してねーや」
「いつものでいいんじゃねえか」
腹をかきながら欠伸をして、クローゼットを開けて制服を取り出す。
俺が着替える間、自分が引き剥がした布団をきちんとベッドの上に整えて掛け直してくれる塁は、出来る男だと思う。
中学に入ってからか、それとも小学校の時からだったかももう定かではないが、毎朝こうして塁が起こしに来てくれるのは、習慣となっている。
ピンクのTシャツの上に長袖のワイシャツを羽織り、紺色のスラックスを履いて、紺色のスクールバッグを持って塁と一緒に階段を下りる。
何故か、うちの母親が塁の分も朝食を用意して、塁も塁で当たり前のようにうちで朝飯を食べていく。
これも、いつからだったか覚えていない。
塁の両親が共働きで、朝早く出るから、とかの理由だった気もするが、今はただ、毎朝起こしてくれる礼のようなものなのかもしれない。
「いつもありがとうねえ、塁くん」
「いえ、こちらこそ。ご馳走様です」
「いいのよお、なんなら夜も食べに来ていいからね」
「ありがとうございます」
うちの親は、実の息子より隣の息子の方を溺愛しているという疑惑がある。
塁も塁で、いつもより少し愛想よく礼を言っている。
まあ、そんなやり取りも、いつものこと、だ。
朝食を終えたら、洗面所に並んで歯を磨く。塁の分の歯磨きセットが用意されたのがいつの頃かも、もう覚えていない。
「そういやさ」
玄関で靴を履きながら、思い出して声をかけた。
「若菜が忍んでたよ」
「なんだそれ」
「忍務だって。ブンヤ、なんか企んでんのかな」
「へえ。……今日午後練は?」
「あるけど」
「帰り、待ってろよ」
「えー」
玄関を出ると、青空が広がっていた。
このまま、三軒先の爽太の家まで向かう。
若菜とブンヤは、朝練がないから遅く登校する。
「野球部遅いじゃん」
「そんなに遅くならねえ、と思う」
「わかったー」
下校も塁と一緒が確定した。
玄関先で待っていた爽太と合流し、三人で学校に向かう。
いつもと変わらない、普通の朝の光景だ。
その後も、いつも通りの一日だった。
朝練を終え、教室に行き、午前の授業をぼんやりと受け、昼になったらなんとなく五人で集まって食べる。
すっかりお決まりになった空き教室の窓際で、それぞれが用意した昼食を食べている時だった。
「そういえばさ」
ブンヤが、購買で買ったパンを食べながら片手にスマホを持って言う。
「みんなの写真が売られてたんだけど」
「は?」「なんて?」
塁と俺の声が重なる。爽太はおにぎりを限界まで頬張っていて、若菜はゼリー飲料を頬を窄めて飲んでいた。
俺たちみんなが見えるように、ブンヤはスマホの画面を向けた。
画面の中には、確かに、俺たちの写真が並んでいる。
俺がテニスをしているところ、塁が野球をしているところ、爽太がサッカーをしているところ。
若菜が植木の後ろに潜もうとしてバレバレなところ……。
「って、コレ昨日じゃん!」
「だ、誰が拙者を隠し撮りしたんでござるか~!!」
思わず突っ込むと、若菜も焦って辺りをキョロキョロと見渡している。
「で、このアカウントを遡っていくと、」
ブンヤは動じずに、スマホを操作する。
画像販売の画面から、SNSのアカウントへと移った。
匿名アカウントは、うちの高校の制服を着た男たちが仲良さそうに並ぶ写真を上げては、『#秘密の関係』というハッシュタグをつけて投稿している。
ブンヤが指で画面をスライドさせると、黒髪長髪長身の男と、茶髪のサッカーウェアを着た爽やかな男が肩を組んで笑い合っている写真が出てきた。
「って、若菜と爽太じゃん!」
見覚えがあるはずだ。
目の前にいる二人は、その写真を見て瞬いた。
「これってアレじゃね、お前の稽古の後に俺が慰めてるところ」
「爽太氏、姫抱きするにはガタイ良すぎてマジでプルプルしたんですわ」
しみじみ言うところじゃなくね?
何故か動じない二人に内心で突っ込んでいるうちに、また画面が変わった。
今度は、塁とブンヤが並んで歩いているところが映っている。『#秘密の関係』『#身長差堪らん』というハッシュタグが増えている。
「悪趣味だな」
塁が眉を顰めた。
ブンヤが次に手を止めたのは、ブンヤと塁の間に俺が立っている写真だ。『#邪魔』とハッシュタグが付け足されている。
「どゆこと!?」
思わず立ち上がって声を上げた。
他の二人組はなんかいい感じなのに、俺だけ邪魔者扱いって何!? この写真の俺、こんなにいい笑顔してるのに!!!
「まあ、廉は対象外なのかもしれない」
「喜んでいいのか悪いのか!?」
「つーか、いいね数の差えぐ! 塁とブンヤ大人気じゃん」
爽太が面白そうに笑っている。
確かに、若菜と爽太の写真よりも、塁とブンヤの写真のほうが、反応が良い。
なんなんだ、この世界は……。
「まあ、普通に盗撮なんだけどね」
スマホを自分の元に戻しながら、冷静にブンヤが言った。
いつこんな写真を撮られたのか、全く身に覚えがない。
「このアカウントが出来たのが最近なんだけど、周知されてるのが早いし、毎日更新されてる。今日も何かあるかもしれないから、気をつけて」
「もしかして若菜の忍務って」
「れれれれ廉氏!!」
「若菜がバレるのも廉に漏らすのも想定内」
「パピコの無駄ァ!!」
俺がブンヤを見て言うと、若菜が慌てるが、ブンヤは冷静だった。
あっさり言われて、若菜はダメージを受けて机に突っ伏している。
「誰がいつどう出るかわかんないからね。餌は十分に撒いておこうと思って」
くい、と黒縁メガネを押し上げながら不敵に笑うブンヤは、策士の風格があった。
そう。
俺はまだ、気付いていなかった。
俺たちの戦いが、既に始まっていることに――。
午後の部活が終わり、校門の前でスマホを見ながら時間を潰していると、ぬっと影が出来て顔を上げる。
「うお、」
「待たせたな」
声を掛ける前に、わしゃわしゃと髪をかき混ぜられて思わず声が出る。
乱れた髪をいつの間にか俺よりでかくなった手で戻すように撫でられ、小さく息を吐いた。
「待ちくたびれたからアイス奢って」
「昨日若菜にも奢らせたんだろ」
「パピコ半分だもーん。今日はダッツがいい」
「贅沢言うな、コンビニ寄るか」
「あざーす」
「奢るとは言ってねえ」
とかなんとか話しながら、塁と並んで帰り道を歩き始める。
すっかり空は夕焼けと藍色の合間の色になっていて、俺たちと同じように下校する生徒の後ろ姿がぱらぱらと見える。
駅に行く道とは反対方向、住宅街へ向かう道を歩いて、途中のコンビニに寄って二人でアイスを買った。
なんだかんだ、塁がアイスを奢ってくれた。ダッツじゃないのは仕方ない。俺がご機嫌に二人分のアイスが入った袋を下げてコンビニを出た直後のこと。
「今日は暑いでござるな~~」
「!?」
不意に姿を現したのは、若菜だ。
全く気付かなかった!
昨日はバレバレだったのに、一体どんな術を使ったんだ。
「拙者にもアイス奢って~~」
「えっ、嫌だけど」
「つーか買った後だ」
塁と同時に答えるけれど、若菜は気にした様子なく、俺と塁の間に入り込んできた。
「いけずう~」
そして何故か、左腕に塁、右腕に俺、といった形で、がっしり腕を組んでくる。
「えっ、これ何?」
「暑ィから離れろ」
「拙者たち幼馴染なんだから、これぐらい普通普通~」
「普通じゃなくない?」
少なくとも、今までこんな遊びはしたことがない。
いつもとテンションが違う若菜に、引きずられるようにしながら三人団子で歩いて行く。
――パシャッ、パシャッ、パシャッ。
連射しているシャッター音は、脇を通った車のエンジン音にかき消されていた。
ピコン。
風呂も寝る準備も済ませて、ベッドの上でゴロゴロスマホを眺めていたら、通知音が鳴って反射的に五人のグループメッセージを開く。
『若菜、でかした』
ブンヤの一言と同時に、添付されていた画像を見て目を丸めた。
それは、今日の帰り道だ。若菜に挟まれた俺と塁が、窮屈そうに歩いているところを、斜め前の画角から撮った写真が、『#秘密の関係』『#三角関係?』『#邪魔』のハッシュタグと一緒に投稿されている。匿名アカウントの名前も読み取れた。邪魔って。
『塁表情死んでるw』
爽太がすぐにツッコミを入れてくる。
『この画角から察するに、電信柱の影から撮られたものと思われる』
若菜は、自分が発言したあとに、必ず『でござる』と言っている忍者のスタンプを送るから鬱陶しい。
『いいね、明日も頼むよ』
『了解』
『ふつーに怖いんだけど』
俺も会話に参加した。二人が何かを企んでいるのも怖いし、堂々と隠し撮りされるのも怖い。
『いろんなパターンを試してみよう』
いや、試す必要あります?
という俺の疑問は、『ワクワクでござる』と目を輝かせている忍者のスタンプにかき消された。
もう寝ているのか興味がないのか、塁からはなんの反応もなかった。
次の日。
「なにそれ」
午前中の授業が終わり、いつもの空き教室に向かったら、教室の前で、若菜と爽太が手を繋いでいた。しかも、ガッシリ恋人繋ぎだ。
若菜の顔は引きつっていて、爽太は余裕そうな顔をしている。よーく見たら、お互い力比べでもしているかのように、指先がぷるぷると震えている。
思わず突っ込むと、爽太が笑って繋いだ腕をブンブンと振った。若菜が「はげし、はげしいでござるッ」と細い身体ごと揺れている。
「いやー、俺たち仲良しだから?」
「そ、そうでござる、ソウルメイトでござる、爽太氏そろそろ大丈夫だから、」
「えー、もうちょっとやろうぜ」
「千切れる千切れるマジで拙者の腕千切れる」
若菜の必死の願いに、爽太は残念そうに手を離した。若菜の手のひらが真っ赤になっている。可哀想に……。
教室のドアを開けると、中には既にブンヤと塁の姿があった。
塁はおにぎりを食べていて、ブンヤはパンを片手にスマホを見ている。
「あー、ダメだね」
「なにが?」
「若菜と爽太は、イマイチ」
「ひでえー」
「死ぬかと思ったのにひどいでござる」
スマホの画面には、どこで撮られたのか、爽太が満面の笑みで若菜と手を繋いでいる画像が写っている。その下のハートを見ると、確かに、そこまで数字がついていない。
「僕と塁はそれなり」
ブンヤが指をスライドさせると、塁とブンヤがただ並んで廊下を歩いている場面の、上半身アップの写真が表れる。ハートの数が、若菜と爽太の写真より、二桁ほど違う。
「わあ、残酷」
「何故か悔しいでござるっ」
「はは、おもしれー」
若菜は地団駄を踏み、爽太は笑っている。大物だ。
俺も椅子に座って、今日の昼飯の菓子パンを袋から出して齧りついた。
「次は、塁と廉、行ってみよう」
「どういうこと」
「とりあえず二人でデートしてきて」
「は?」
ブンヤから、意味不明な提案をされる。
「ほら、廉、あの映画見たいって言ってたじゃん」
「いや、それは彼女と行く予定で」
「別れたのに?」
「うっ」
「はい決定、いってらっしゃーい」
「なんで??」
話題になっているミステリーアニメ映画は、彼女と行こうと約束していたものだ。
それをどうして幼馴染(男)(坊主頭)と行かないといけないのか。
ブンヤはにっこり笑って手を振るし、当の塁は何も言わない。なんでだ。
「あっ、ちょうど放課後の回があるでござる」
「今日部活ないし良いんじゃね?」
なんでこういうときに限ってチームワークを発揮するんだ。
若菜が上映時間を調べ、爽太が首を傾げる。
「どーすんの、塁」
「行くか」
「なんでえ!?」
「いってらっしゃい!」
まさかの当事者の即決。
四人からの圧を断りきれず、放課後、男ふたりで映画デートが決定事項となった……。なんでだ。
放課後、校門の前で待ち合わせをして、駅前の商業施設の中にある映画館まで一緒に行く。チケットは塁がスマホで取ってくれた。
確かに、いつもは感じない視線を感じるような気がするのは、自意識過剰ってヤツだろうか。
平日とはいえ、制服姿の高校生や、親子連れで、施設の中は賑わっている。
うちの制服を着た女の子同士の連れ合いを見かけると、警戒心がむくむくと育ってくる。
「うお、」
不意に、背中に背負ったスポーツバッグごと身体を背中に引き寄せられて声が出た。
とん、と、塁の身体に受け止められる。
「なに?」
「ぼーっとすんな、危ねえ」
「あ、ごめん」
見上げて尋ねたら、数歩先によちよち歩きの小さい男の子がいた。あのまま進んでいたら俺の足にぶつかっていただろう。
すぐに手を離されて解放されるけれど、なんとなーく嫌な予感がする。
スマホは見たくなくて、来ている通知に気付かない振りをした。
そのまま、塁と一緒に、映画館へと入る。
館内は暗くて、流石にここでは隠し撮りが出来そうにない。
俺は一息ついて、大きいスクリーンに流れる予告映像を観た。
「あ」
「あ?」
平日の夕方ということもあり、館内は空席が多い。
物足りなさを感じて思わず声を出すと、隣の塁が反応した。
「ポップコーンとコーラ、忘れたー」
「あー。まあ、集中しろ」
「ちぇー」
手持ち無沙汰になるんだよなあ。
仕方なく足の上で手を組んで、スクリーンを眺めることにする。
「うっ、ううっ、うえ、」
ポップコーンとコーラ、買わなくてよかったかも……。
猫の名探偵が主人公のミステリアニメは、子ども向けと侮るなかれ。
要所要所でぐっとくる仕掛けが隠されていて、最後、ゲストキャラがお互いを思って海に飛び込むところでは胸が詰まって、エンドロールが終わっても俺の目から流れる涙は止まらない……。
「これ、女と来なくてよかったな」
「た、たしかにいぃ……」
(元)彼女と来ていたら、昔の動画どころじゃなくドン引きされていたかもしれない。
ずびずび、鼻を啜って、制服のシャツの肩で涙を拭っていたら、すっと青いハンカチが差し出された。
「あ、りがと」
こういうところが、コイツのモテる所以なのかもしれない……。
遠慮なく涙をハンカチで拭かせてもらう。
「自分でも持っとけよ、泣き虫」
「ちがいますー感受性が豊かなんですう」
コツンと頭を小突かれて正論を言われ、感情論で言い返しながら、鼻も拭かせてもらう。後で洗って返せば問題ないでしょ。
二人で言い合って劇場を出ると、明るさに目がやられる。眩しい。
ポップコーンや飲み物の容器を捨てる人を横目に、通路を出て、映画館のロビーに着いたときだ。
「塁くん、どうして!?」
「!?」
急に、見覚えのない、うちの学校の制服に身を包んだメガネでポニーテールの女の子が、仁王立ちをして塁を名指しで叫んだ。
その勢いに思わず動きが止まる。塁を見ると、首を捻っていた。塁も、覚えがないようだ。
「塁くんには絶対好きな人がいると思って今まで追って来たけれど……」
どうやら、塁のストーカーのようだ。
「どうして、よりによって、このチャラ男なの!?」
「!?」
いきなりディスられた!
はっ!
今まで、SNSで、『#邪魔』のハッシュタグを付け続けられていたのって……。
ある可能性に辿り着いて、ぞくりとする。
女の子は、肩を震わせていた。
「塁くんには、もっと華奢でメガネで黒髪で守ってあげたくなるような子が相応しいのに……」
ブンヤじゃん!!!
僕と塁はそれなり、と言ってブンヤに見せられた画面を思い出す。
特に接触がなくても、ふたり並んでいるだけで、多くの反応があったのは、そういうことなのか……?
「チャラ男!!」
「!?」
「塁くんとどうしても付き合うっていうなら、あたしを倒してからにしな!!」
どういうこと!?
そもそも塁と俺は付き合ってないし、何をどうしたらこの子を倒すことになるかも全くわからない。
二葉 廉 は 混乱 した!
RPGだったら状態異常にかかっているかのように動けずにいたら、場面を静観していた塁が大きな息を吐き出した。
「もしかして、コイツの黒歴史を拡散したのはあんたらか」
「なんのこと? あ、チャラ男が昔テニス部でアニメの技を」「やめてええええ」
詳細に言葉にしないで!!
しっかり俺の動画を観ていたらしい女の子が説明しようとするのを思わずかき消した。
この一連の騒ぎで、映画館にいる人たちの視線をすっかり集めているが、気にしてはいられない。
「あれはあたしじゃない。でも、塁くんの過去なら持ってるわ」
ニヤリと笑った彼女は、自分のスマホを取り出してその画面を見せてきた。
そこには、バッチリ、坊主じゃない頃の塁の写真が写っている。――ていうか、待ち受けにしてる……!?
「ふふっ、拡散してほしくなければ、そんなチャラ男じゃなくて華奢な黒髪メガネ受けと」
「したいならすれば」
「えっ」
興奮しきった女の子が脅迫をし終える前に、塁はあっさりとそう言った。
女の子も虚をつかれている。
「廉、帰るぞ」
「え、あ、うん、ん!?」
「ほら、」
「う、うん」
今までそんなことしたことないのに、塁は、わざとらしく俺の肩を抱いてきた。
戸惑うのも許されないように耳元で囁かれ、頷くしかない。
そうして俺たちはゼロ距離のまま歩いて、映画館を後にするのだった。
「ぎゃああああ解釈違いいぃいいいい」
後ろの方で彼女の雄叫びが聞こえてくるのは、気のせいだと思いたい。
「な、なんだったの……」
映画館から商業施設に移り、女の子の気配がなくなったところで、漸く塁は俺の肩から手を離した。
ちらりと映画館の方を見るが、追いかけてくる様子はなかった。
「悪いな、巻き込んで」
「いやいや、塁も被害者でしょ」
あれは明らかに、塁のストーカーだ。
こっちを気遣うのに首を振って、はっと気付いた。
「つーか、いいの、写真」
「べつに」
「あの頃の塁、悔しいけどかっけーから、拡散されたら余計にモテちゃうよ」
多分、塁にはその自覚がある。
俺は手を伸ばして、塁の後頭部に触れた。坊主頭になってから、ザリザリとして触り心地が良い。
「まあ、俺は今のザリザリ頭が好きだけどお」
「お前な……」
目を合わせて言うと、塁が大きなため息を吐いた。
そのまま撫でる手を取られて、離される。
代わりに、俺のオレンジ頭が、両手でわしゃわしゃとかき混ぜられた。
「わ、わ」
「あいつら、何するかわかんねえから、なるべく一人になんなよ」
「? わかった」
「ブンヤには言っとく」
「うん」
どうやら、塁なりに心配してくれているらしい。
素直に頷いて、何故か額をコツンと小突かれるのを受け止め、その日はそのまま二人で帰った。
スマホには、ブンヤから、俺と塁が写っているSNSの画面がたくさんスクショして送られてきていたが、一つずつ確認する気にはならなかった。
◇◇◇
「なるほどねえ、厄介だな……」
文弥は、新聞部の部室でパソコンを触りながら一人で呟いた。
塁から個人メッセージで映画館での出来事が共有され、僅かに口角を持ち上げる。
「敵は、<<腐死鳥軍団>>……」
パソコンの画面には、学校の裏サイト、中でも選ばれし者しか入れない掲示板が映し出されていた。
掲示板を開くと、校内のあらゆるところで隠し撮りされた写真が並んでいる。
塁と文弥、爽太と若菜、塁と廉。今はこの組み合わせが多く目についた。
中には、過激なコメントがずらりと並んでいた。
文弥は小さく息を吐き、ブラウザを閉じる。
対策を練る必要がありそうだ。
「人の恋路を邪魔するヤツは、馬に蹴られて死んじまえ、ってね」
口角を持ち上げて、小さく囁くブンヤの瞳は、本気だった。
若菜は、小さい頃から大人しくて地味なヤツだった。早生まれのせいか平均よりも一回り小さくて、言葉も遅かった気がする。一緒にいるのが当たり前だったから、そんなに気にしたことはなかったけど。
そんな若菜が夢中になったのが、忍者だ。
子ども向けのアニメで忍者を目にしたときに目が釘付けになり、次の日には、「わか、にんじゃになる」と目を輝かせて言っていた。
俺はその頃から女の子からモテモテのアイドルに憧れていたし、塁は野球選手、爽太はサッカー選手になる夢を見ていた。ブンヤは図書館を目指していた。若菜の夢はいつか変わるだろうと思っていたのだが、一途に忍者を思い続けている。
中学に上がって、部活を選ぶときも、本気で「忍者部」を探していた。もちろんそんな部活はなく、「忍びならどんな姿にも化けられなければ」ということで演劇部に入部した。どういうことだ。
高校に入ってからも演劇を続けている傍らで、若菜は、未だに忍者を志している。
「で、なにしてんの」
「バレたでござる!」
テニス部が終わり、制服に着替えて帰ろうと歩き始めた時だ。
植木の隙間に、黒髪長髪のひょろ長い男の影が見えたら、それはもう気になって声を掛けるしかない。
その影の主の若菜はすぐに立ち上がって現れた。
「バレバレ」
「ぐぬぬ、修行不足……」
「だから、なにしてたの」
「拙者、密偵の任を受けたでござる! 現在、忍務中である」
しい、と口許に指先を当てる仕草にイラッとして、長髪の毛先をぐいっと引っ張った。
「いたた、痛いでござる~」
「誰から?」
「文弥氏、あっ」
「忍者が簡単に喋んなよ」
依頼主をすぐ口に出す忍者があっていいのか。
髪から手を離して突っ込むと、「内緒にしてほしいでござる」と両手を合わせて懇願してきた。
小さく息を吐いて、若菜を見上げる。
「パピコ半分」
「うっ、乗ったでござる……」
「っしゃ」
ブンヤへの告げ口をしない代わりにアイスの半分をねだる交渉が成立し、ガッツポーズをする。
若菜は背を丸めながら、一緒に歩き始めた。
「もう帰っていいの?」
「廉氏の密偵なんで」
「忍んでなくね?」
「明日から頑張るでござる……」
続くのかよ!
落ち込みながら宣言する若菜と共に帰路につき、途中でパピコの半分を奢ってもらった。
二人並んでちゅーちゅーとアイスを啜りながら、別れ道までを共にする。
そのあとは普通に家に帰って普通に寝た。
もちろん、ブンヤには連絡してない。というか、口止めされたのも忘れていた。
次の日。ちゅんちゅんと雀が鳴く音がして、カーテンの隙間から朝日が差し込んでくる。それと同時に二段飛ばしで階段を上って来る勢いの良い足音が聞こえ、直後にバーンと遠慮の欠片もなく扉が開けられる。ズカズカと入り込んだ人影は、俺の布団を一気に剥がしに掛かった。
「んん、んー……まだ……」
「うるせえ起きろ」
「いやだあー」
ぎゅうと布団を抱きしめる抵抗も虚しく、布団ごと身体も起こされてしまう。
瞬きして目を開けると、そこには、夏服の半袖ワイシャツを着て紺色のスラックスを履いた塁がいる。
「今日から夏服だっけー?」
「最近暑いから解禁だと」
「まだ用意してねーや」
「いつものでいいんじゃねえか」
腹をかきながら欠伸をして、クローゼットを開けて制服を取り出す。
俺が着替える間、自分が引き剥がした布団をきちんとベッドの上に整えて掛け直してくれる塁は、出来る男だと思う。
中学に入ってからか、それとも小学校の時からだったかももう定かではないが、毎朝こうして塁が起こしに来てくれるのは、習慣となっている。
ピンクのTシャツの上に長袖のワイシャツを羽織り、紺色のスラックスを履いて、紺色のスクールバッグを持って塁と一緒に階段を下りる。
何故か、うちの母親が塁の分も朝食を用意して、塁も塁で当たり前のようにうちで朝飯を食べていく。
これも、いつからだったか覚えていない。
塁の両親が共働きで、朝早く出るから、とかの理由だった気もするが、今はただ、毎朝起こしてくれる礼のようなものなのかもしれない。
「いつもありがとうねえ、塁くん」
「いえ、こちらこそ。ご馳走様です」
「いいのよお、なんなら夜も食べに来ていいからね」
「ありがとうございます」
うちの親は、実の息子より隣の息子の方を溺愛しているという疑惑がある。
塁も塁で、いつもより少し愛想よく礼を言っている。
まあ、そんなやり取りも、いつものこと、だ。
朝食を終えたら、洗面所に並んで歯を磨く。塁の分の歯磨きセットが用意されたのがいつの頃かも、もう覚えていない。
「そういやさ」
玄関で靴を履きながら、思い出して声をかけた。
「若菜が忍んでたよ」
「なんだそれ」
「忍務だって。ブンヤ、なんか企んでんのかな」
「へえ。……今日午後練は?」
「あるけど」
「帰り、待ってろよ」
「えー」
玄関を出ると、青空が広がっていた。
このまま、三軒先の爽太の家まで向かう。
若菜とブンヤは、朝練がないから遅く登校する。
「野球部遅いじゃん」
「そんなに遅くならねえ、と思う」
「わかったー」
下校も塁と一緒が確定した。
玄関先で待っていた爽太と合流し、三人で学校に向かう。
いつもと変わらない、普通の朝の光景だ。
その後も、いつも通りの一日だった。
朝練を終え、教室に行き、午前の授業をぼんやりと受け、昼になったらなんとなく五人で集まって食べる。
すっかりお決まりになった空き教室の窓際で、それぞれが用意した昼食を食べている時だった。
「そういえばさ」
ブンヤが、購買で買ったパンを食べながら片手にスマホを持って言う。
「みんなの写真が売られてたんだけど」
「は?」「なんて?」
塁と俺の声が重なる。爽太はおにぎりを限界まで頬張っていて、若菜はゼリー飲料を頬を窄めて飲んでいた。
俺たちみんなが見えるように、ブンヤはスマホの画面を向けた。
画面の中には、確かに、俺たちの写真が並んでいる。
俺がテニスをしているところ、塁が野球をしているところ、爽太がサッカーをしているところ。
若菜が植木の後ろに潜もうとしてバレバレなところ……。
「って、コレ昨日じゃん!」
「だ、誰が拙者を隠し撮りしたんでござるか~!!」
思わず突っ込むと、若菜も焦って辺りをキョロキョロと見渡している。
「で、このアカウントを遡っていくと、」
ブンヤは動じずに、スマホを操作する。
画像販売の画面から、SNSのアカウントへと移った。
匿名アカウントは、うちの高校の制服を着た男たちが仲良さそうに並ぶ写真を上げては、『#秘密の関係』というハッシュタグをつけて投稿している。
ブンヤが指で画面をスライドさせると、黒髪長髪長身の男と、茶髪のサッカーウェアを着た爽やかな男が肩を組んで笑い合っている写真が出てきた。
「って、若菜と爽太じゃん!」
見覚えがあるはずだ。
目の前にいる二人は、その写真を見て瞬いた。
「これってアレじゃね、お前の稽古の後に俺が慰めてるところ」
「爽太氏、姫抱きするにはガタイ良すぎてマジでプルプルしたんですわ」
しみじみ言うところじゃなくね?
何故か動じない二人に内心で突っ込んでいるうちに、また画面が変わった。
今度は、塁とブンヤが並んで歩いているところが映っている。『#秘密の関係』『#身長差堪らん』というハッシュタグが増えている。
「悪趣味だな」
塁が眉を顰めた。
ブンヤが次に手を止めたのは、ブンヤと塁の間に俺が立っている写真だ。『#邪魔』とハッシュタグが付け足されている。
「どゆこと!?」
思わず立ち上がって声を上げた。
他の二人組はなんかいい感じなのに、俺だけ邪魔者扱いって何!? この写真の俺、こんなにいい笑顔してるのに!!!
「まあ、廉は対象外なのかもしれない」
「喜んでいいのか悪いのか!?」
「つーか、いいね数の差えぐ! 塁とブンヤ大人気じゃん」
爽太が面白そうに笑っている。
確かに、若菜と爽太の写真よりも、塁とブンヤの写真のほうが、反応が良い。
なんなんだ、この世界は……。
「まあ、普通に盗撮なんだけどね」
スマホを自分の元に戻しながら、冷静にブンヤが言った。
いつこんな写真を撮られたのか、全く身に覚えがない。
「このアカウントが出来たのが最近なんだけど、周知されてるのが早いし、毎日更新されてる。今日も何かあるかもしれないから、気をつけて」
「もしかして若菜の忍務って」
「れれれれ廉氏!!」
「若菜がバレるのも廉に漏らすのも想定内」
「パピコの無駄ァ!!」
俺がブンヤを見て言うと、若菜が慌てるが、ブンヤは冷静だった。
あっさり言われて、若菜はダメージを受けて机に突っ伏している。
「誰がいつどう出るかわかんないからね。餌は十分に撒いておこうと思って」
くい、と黒縁メガネを押し上げながら不敵に笑うブンヤは、策士の風格があった。
そう。
俺はまだ、気付いていなかった。
俺たちの戦いが、既に始まっていることに――。
午後の部活が終わり、校門の前でスマホを見ながら時間を潰していると、ぬっと影が出来て顔を上げる。
「うお、」
「待たせたな」
声を掛ける前に、わしゃわしゃと髪をかき混ぜられて思わず声が出る。
乱れた髪をいつの間にか俺よりでかくなった手で戻すように撫でられ、小さく息を吐いた。
「待ちくたびれたからアイス奢って」
「昨日若菜にも奢らせたんだろ」
「パピコ半分だもーん。今日はダッツがいい」
「贅沢言うな、コンビニ寄るか」
「あざーす」
「奢るとは言ってねえ」
とかなんとか話しながら、塁と並んで帰り道を歩き始める。
すっかり空は夕焼けと藍色の合間の色になっていて、俺たちと同じように下校する生徒の後ろ姿がぱらぱらと見える。
駅に行く道とは反対方向、住宅街へ向かう道を歩いて、途中のコンビニに寄って二人でアイスを買った。
なんだかんだ、塁がアイスを奢ってくれた。ダッツじゃないのは仕方ない。俺がご機嫌に二人分のアイスが入った袋を下げてコンビニを出た直後のこと。
「今日は暑いでござるな~~」
「!?」
不意に姿を現したのは、若菜だ。
全く気付かなかった!
昨日はバレバレだったのに、一体どんな術を使ったんだ。
「拙者にもアイス奢って~~」
「えっ、嫌だけど」
「つーか買った後だ」
塁と同時に答えるけれど、若菜は気にした様子なく、俺と塁の間に入り込んできた。
「いけずう~」
そして何故か、左腕に塁、右腕に俺、といった形で、がっしり腕を組んでくる。
「えっ、これ何?」
「暑ィから離れろ」
「拙者たち幼馴染なんだから、これぐらい普通普通~」
「普通じゃなくない?」
少なくとも、今までこんな遊びはしたことがない。
いつもとテンションが違う若菜に、引きずられるようにしながら三人団子で歩いて行く。
――パシャッ、パシャッ、パシャッ。
連射しているシャッター音は、脇を通った車のエンジン音にかき消されていた。
ピコン。
風呂も寝る準備も済ませて、ベッドの上でゴロゴロスマホを眺めていたら、通知音が鳴って反射的に五人のグループメッセージを開く。
『若菜、でかした』
ブンヤの一言と同時に、添付されていた画像を見て目を丸めた。
それは、今日の帰り道だ。若菜に挟まれた俺と塁が、窮屈そうに歩いているところを、斜め前の画角から撮った写真が、『#秘密の関係』『#三角関係?』『#邪魔』のハッシュタグと一緒に投稿されている。匿名アカウントの名前も読み取れた。邪魔って。
『塁表情死んでるw』
爽太がすぐにツッコミを入れてくる。
『この画角から察するに、電信柱の影から撮られたものと思われる』
若菜は、自分が発言したあとに、必ず『でござる』と言っている忍者のスタンプを送るから鬱陶しい。
『いいね、明日も頼むよ』
『了解』
『ふつーに怖いんだけど』
俺も会話に参加した。二人が何かを企んでいるのも怖いし、堂々と隠し撮りされるのも怖い。
『いろんなパターンを試してみよう』
いや、試す必要あります?
という俺の疑問は、『ワクワクでござる』と目を輝かせている忍者のスタンプにかき消された。
もう寝ているのか興味がないのか、塁からはなんの反応もなかった。
次の日。
「なにそれ」
午前中の授業が終わり、いつもの空き教室に向かったら、教室の前で、若菜と爽太が手を繋いでいた。しかも、ガッシリ恋人繋ぎだ。
若菜の顔は引きつっていて、爽太は余裕そうな顔をしている。よーく見たら、お互い力比べでもしているかのように、指先がぷるぷると震えている。
思わず突っ込むと、爽太が笑って繋いだ腕をブンブンと振った。若菜が「はげし、はげしいでござるッ」と細い身体ごと揺れている。
「いやー、俺たち仲良しだから?」
「そ、そうでござる、ソウルメイトでござる、爽太氏そろそろ大丈夫だから、」
「えー、もうちょっとやろうぜ」
「千切れる千切れるマジで拙者の腕千切れる」
若菜の必死の願いに、爽太は残念そうに手を離した。若菜の手のひらが真っ赤になっている。可哀想に……。
教室のドアを開けると、中には既にブンヤと塁の姿があった。
塁はおにぎりを食べていて、ブンヤはパンを片手にスマホを見ている。
「あー、ダメだね」
「なにが?」
「若菜と爽太は、イマイチ」
「ひでえー」
「死ぬかと思ったのにひどいでござる」
スマホの画面には、どこで撮られたのか、爽太が満面の笑みで若菜と手を繋いでいる画像が写っている。その下のハートを見ると、確かに、そこまで数字がついていない。
「僕と塁はそれなり」
ブンヤが指をスライドさせると、塁とブンヤがただ並んで廊下を歩いている場面の、上半身アップの写真が表れる。ハートの数が、若菜と爽太の写真より、二桁ほど違う。
「わあ、残酷」
「何故か悔しいでござるっ」
「はは、おもしれー」
若菜は地団駄を踏み、爽太は笑っている。大物だ。
俺も椅子に座って、今日の昼飯の菓子パンを袋から出して齧りついた。
「次は、塁と廉、行ってみよう」
「どういうこと」
「とりあえず二人でデートしてきて」
「は?」
ブンヤから、意味不明な提案をされる。
「ほら、廉、あの映画見たいって言ってたじゃん」
「いや、それは彼女と行く予定で」
「別れたのに?」
「うっ」
「はい決定、いってらっしゃーい」
「なんで??」
話題になっているミステリーアニメ映画は、彼女と行こうと約束していたものだ。
それをどうして幼馴染(男)(坊主頭)と行かないといけないのか。
ブンヤはにっこり笑って手を振るし、当の塁は何も言わない。なんでだ。
「あっ、ちょうど放課後の回があるでござる」
「今日部活ないし良いんじゃね?」
なんでこういうときに限ってチームワークを発揮するんだ。
若菜が上映時間を調べ、爽太が首を傾げる。
「どーすんの、塁」
「行くか」
「なんでえ!?」
「いってらっしゃい!」
まさかの当事者の即決。
四人からの圧を断りきれず、放課後、男ふたりで映画デートが決定事項となった……。なんでだ。
放課後、校門の前で待ち合わせをして、駅前の商業施設の中にある映画館まで一緒に行く。チケットは塁がスマホで取ってくれた。
確かに、いつもは感じない視線を感じるような気がするのは、自意識過剰ってヤツだろうか。
平日とはいえ、制服姿の高校生や、親子連れで、施設の中は賑わっている。
うちの制服を着た女の子同士の連れ合いを見かけると、警戒心がむくむくと育ってくる。
「うお、」
不意に、背中に背負ったスポーツバッグごと身体を背中に引き寄せられて声が出た。
とん、と、塁の身体に受け止められる。
「なに?」
「ぼーっとすんな、危ねえ」
「あ、ごめん」
見上げて尋ねたら、数歩先によちよち歩きの小さい男の子がいた。あのまま進んでいたら俺の足にぶつかっていただろう。
すぐに手を離されて解放されるけれど、なんとなーく嫌な予感がする。
スマホは見たくなくて、来ている通知に気付かない振りをした。
そのまま、塁と一緒に、映画館へと入る。
館内は暗くて、流石にここでは隠し撮りが出来そうにない。
俺は一息ついて、大きいスクリーンに流れる予告映像を観た。
「あ」
「あ?」
平日の夕方ということもあり、館内は空席が多い。
物足りなさを感じて思わず声を出すと、隣の塁が反応した。
「ポップコーンとコーラ、忘れたー」
「あー。まあ、集中しろ」
「ちぇー」
手持ち無沙汰になるんだよなあ。
仕方なく足の上で手を組んで、スクリーンを眺めることにする。
「うっ、ううっ、うえ、」
ポップコーンとコーラ、買わなくてよかったかも……。
猫の名探偵が主人公のミステリアニメは、子ども向けと侮るなかれ。
要所要所でぐっとくる仕掛けが隠されていて、最後、ゲストキャラがお互いを思って海に飛び込むところでは胸が詰まって、エンドロールが終わっても俺の目から流れる涙は止まらない……。
「これ、女と来なくてよかったな」
「た、たしかにいぃ……」
(元)彼女と来ていたら、昔の動画どころじゃなくドン引きされていたかもしれない。
ずびずび、鼻を啜って、制服のシャツの肩で涙を拭っていたら、すっと青いハンカチが差し出された。
「あ、りがと」
こういうところが、コイツのモテる所以なのかもしれない……。
遠慮なく涙をハンカチで拭かせてもらう。
「自分でも持っとけよ、泣き虫」
「ちがいますー感受性が豊かなんですう」
コツンと頭を小突かれて正論を言われ、感情論で言い返しながら、鼻も拭かせてもらう。後で洗って返せば問題ないでしょ。
二人で言い合って劇場を出ると、明るさに目がやられる。眩しい。
ポップコーンや飲み物の容器を捨てる人を横目に、通路を出て、映画館のロビーに着いたときだ。
「塁くん、どうして!?」
「!?」
急に、見覚えのない、うちの学校の制服に身を包んだメガネでポニーテールの女の子が、仁王立ちをして塁を名指しで叫んだ。
その勢いに思わず動きが止まる。塁を見ると、首を捻っていた。塁も、覚えがないようだ。
「塁くんには絶対好きな人がいると思って今まで追って来たけれど……」
どうやら、塁のストーカーのようだ。
「どうして、よりによって、このチャラ男なの!?」
「!?」
いきなりディスられた!
はっ!
今まで、SNSで、『#邪魔』のハッシュタグを付け続けられていたのって……。
ある可能性に辿り着いて、ぞくりとする。
女の子は、肩を震わせていた。
「塁くんには、もっと華奢でメガネで黒髪で守ってあげたくなるような子が相応しいのに……」
ブンヤじゃん!!!
僕と塁はそれなり、と言ってブンヤに見せられた画面を思い出す。
特に接触がなくても、ふたり並んでいるだけで、多くの反応があったのは、そういうことなのか……?
「チャラ男!!」
「!?」
「塁くんとどうしても付き合うっていうなら、あたしを倒してからにしな!!」
どういうこと!?
そもそも塁と俺は付き合ってないし、何をどうしたらこの子を倒すことになるかも全くわからない。
二葉 廉 は 混乱 した!
RPGだったら状態異常にかかっているかのように動けずにいたら、場面を静観していた塁が大きな息を吐き出した。
「もしかして、コイツの黒歴史を拡散したのはあんたらか」
「なんのこと? あ、チャラ男が昔テニス部でアニメの技を」「やめてええええ」
詳細に言葉にしないで!!
しっかり俺の動画を観ていたらしい女の子が説明しようとするのを思わずかき消した。
この一連の騒ぎで、映画館にいる人たちの視線をすっかり集めているが、気にしてはいられない。
「あれはあたしじゃない。でも、塁くんの過去なら持ってるわ」
ニヤリと笑った彼女は、自分のスマホを取り出してその画面を見せてきた。
そこには、バッチリ、坊主じゃない頃の塁の写真が写っている。――ていうか、待ち受けにしてる……!?
「ふふっ、拡散してほしくなければ、そんなチャラ男じゃなくて華奢な黒髪メガネ受けと」
「したいならすれば」
「えっ」
興奮しきった女の子が脅迫をし終える前に、塁はあっさりとそう言った。
女の子も虚をつかれている。
「廉、帰るぞ」
「え、あ、うん、ん!?」
「ほら、」
「う、うん」
今までそんなことしたことないのに、塁は、わざとらしく俺の肩を抱いてきた。
戸惑うのも許されないように耳元で囁かれ、頷くしかない。
そうして俺たちはゼロ距離のまま歩いて、映画館を後にするのだった。
「ぎゃああああ解釈違いいぃいいいい」
後ろの方で彼女の雄叫びが聞こえてくるのは、気のせいだと思いたい。
「な、なんだったの……」
映画館から商業施設に移り、女の子の気配がなくなったところで、漸く塁は俺の肩から手を離した。
ちらりと映画館の方を見るが、追いかけてくる様子はなかった。
「悪いな、巻き込んで」
「いやいや、塁も被害者でしょ」
あれは明らかに、塁のストーカーだ。
こっちを気遣うのに首を振って、はっと気付いた。
「つーか、いいの、写真」
「べつに」
「あの頃の塁、悔しいけどかっけーから、拡散されたら余計にモテちゃうよ」
多分、塁にはその自覚がある。
俺は手を伸ばして、塁の後頭部に触れた。坊主頭になってから、ザリザリとして触り心地が良い。
「まあ、俺は今のザリザリ頭が好きだけどお」
「お前な……」
目を合わせて言うと、塁が大きなため息を吐いた。
そのまま撫でる手を取られて、離される。
代わりに、俺のオレンジ頭が、両手でわしゃわしゃとかき混ぜられた。
「わ、わ」
「あいつら、何するかわかんねえから、なるべく一人になんなよ」
「? わかった」
「ブンヤには言っとく」
「うん」
どうやら、塁なりに心配してくれているらしい。
素直に頷いて、何故か額をコツンと小突かれるのを受け止め、その日はそのまま二人で帰った。
スマホには、ブンヤから、俺と塁が写っているSNSの画面がたくさんスクショして送られてきていたが、一つずつ確認する気にはならなかった。
◇◇◇
「なるほどねえ、厄介だな……」
文弥は、新聞部の部室でパソコンを触りながら一人で呟いた。
塁から個人メッセージで映画館での出来事が共有され、僅かに口角を持ち上げる。
「敵は、<<腐死鳥軍団>>……」
パソコンの画面には、学校の裏サイト、中でも選ばれし者しか入れない掲示板が映し出されていた。
掲示板を開くと、校内のあらゆるところで隠し撮りされた写真が並んでいる。
塁と文弥、爽太と若菜、塁と廉。今はこの組み合わせが多く目についた。
中には、過激なコメントがずらりと並んでいた。
文弥は小さく息を吐き、ブラウザを閉じる。
対策を練る必要がありそうだ。
「人の恋路を邪魔するヤツは、馬に蹴られて死んじまえ、ってね」
口角を持ち上げて、小さく囁くブンヤの瞳は、本気だった。



