ラブレターの差出人は、同じクラスの『姫』だった。

 どれだけの時間が経っていたのだろう。

 虚ろに床を眺めていると、玄関から呼び鈴の音が鳴った。
 相手を確かめることもなく、鍵を開けた先にいたのは哲哉だった。

「ユッケごめん! 世界史の資料集借りっぱだったから返しにきた。
 利息でポテチ付けるから許して……って、え……ちょっ、ユッケ。どしたん?
 泣いてんの……もしかしておれのせい?」

 自分でも気付かぬうちに、泣いていたようだった。
「ごめん、この資料集がそんなに大事だったとは知らず」と謝る哲哉にかぶりを振ると、釈明しなければと思いながら口を開いた。

「はじめさんが、京都に転校……」
「え……マジで?」

 両目を見開く哲哉に、勇助は力なく頷いた。

「明日から、京都に行くんだって。
 ……こんなことなら、嫌われてるってわかってても、『好きです』って、伝えればよかった」
「それなら伝えてくればいいじゃん」
「でも……電話が」

 繋がらないから、伝えられない。
 失意に俯く勇助の肩を、哲哉が力強く叩いた。

「電話? だめだめ。こういうのは直接会って伝えないと。
 姫ちゃんちの場所、知ってるだろ? 今すぐ行ってこい。
 今日はまだ東京(こっち)にいるんだから」
「……ご迷惑にならないかな」
「あのさ。はたから見てるおれからすれば、ユッケも姫ちゃんも圧倒的に言葉が足りないの。
 だから、最後くらい余すことなく伝え切って……そしたらまた戻ってこいよ。それまで弘毅と和は見ててやっから。
 迷惑かどうかなんて構うもんか。ユッケのほうが今までよっぽど振り回されてきただろうが」

 顔を上げると、いつもの調子でにっこりと笑う哲哉の顔が見えた。
 この底なしの明るさと笑顔に、勇助は何度も救われてきた。
 呼吸を整え、手の甲で乱暴に涙を拭うと、勇助は哲哉に向き直った。

「迷惑だって言われたら、すぐ戻ってくる」
「わかった。そしたらおれが入れ替わりでソッコー姫ちゃんブン殴りに行く」

 拳を作って腕を回してみせる哲哉に、勇助の口から自然と笑みが漏れる。

「殴るのは気持ちだけで十分だよ。
 哲ちゃん。ありがとう」

 勇助はそのまま家を飛び出そうとしたが、ふと"あるもの"を思い出して部屋に引き返すと、制服のポケットから生徒手帳を取り出してズボンのポケットにしまった。
 目の前にあったサンダルを履き、敬礼のポーズを構えた哲哉に声を掛けた。

「——それじゃあ、行ってきます」