ラブレターの差出人は、同じクラスの『姫』だった。

 恋人関係の終了を告げられて以来、初とは全く言葉を交わしていない。
 同じクラスとはいえ、習熟度別のクラスや選択科目はばらばらだ。意図的に関わりを持とうとしなければ、一言も喋らずとも学校生活が成立してしまうほど、初との共通点がなかったことに勇助は愕然とした。

 以前はよく、弘毅に夕食当番の順番を入れ替えてもらい、初の部活がない日に合わせて一緒に勉強をした。子ども園に和を迎えに行き、そのまま一緒に夕飯を食べることもあった。
 それももう、今は……。

「ゆーすけ、チョコ!」

 子ども園のお迎えの帰りにスーパーで買い物をしている途中、突如思い立ったように和が叫んだ。

「和、お菓子は一個までだよ」
「ちがうよ! ゆーすけ、はじめにチョコつくるっていってたじゃん。
 ざいりょうかわないと」
「そんなこと……」

 ……言った。

『ゆーすけは、ことしもてつやにチョコつくるの?』
『今年は作らないよ。哲ちゃんには桃ちゃんさんって彼女がいるからね』
『そっか。じゃあ、はじめには?』 
『はじめさん? ……そうだなあ、日頃お世話になってるし、今年ははじめさんに作ろうかな』

 当時の自分の浮かれ具合にため息をもらす勇助に構うことなく、和は買い物かごに板チョコを放り込んだ。

「つくろーよ。おれもはじめにシールもらったおれい、したいし」

 にっこりと笑いかける和を前に、「作らない」とは言えなかった。


 こうしてバレンタイン当日を迎えることになった勇助は、昨日和と一緒に作ったチョコの処遇に思い悩んでいた。
 例年はカップチョコレートを作るのだが、

『はじめはハンバーグがすきだから、ハンバーグがたのチョコにしたらきっとないてよろこぶ』

 今年は和の謎提案によって、一口大の楕円型に絞った歪な形のチョコレートが三つ出来上がった。

 泣くどころか、喜ぶ顔すら想像できない。渡すべきではないのだろうが、せっかく和が考えて、湯煎やラッピングを手伝ってくれたのだ。
 勇助からのものだとわかれば、きっと嫌な気持ちにさせる。当たり障りのない一言だけのメッセージカードを添えて、放課後靴箱に入れておけば、もしかすると数多ある義理チョコのひとつとして手に取ってもらえるかもしれない。

 よし、そうしよう。
 たとえ捨てられたとしても、それはそれで致し方ない。
 勇助は顔を上げると、校門をくぐっていった。


「——勇助君。今日も図書室で勉強していくのかい?」

 休み時間、桜慈に声を掛けられた勇助は、頷きながら「はい」と答えた。

「今日は妹のお迎えがあるので、十七時くらいには帰ろうと思っています」
「そうか。
 ……帰り間際の十分でいい。僕に時間を貰えないだろうか?」
「生徒会のお手伝いですか? でしたら十分とは言わず」
「いや、仕事を手伝ってほしいわけじゃないんだ。
 お心遣いありがとう。
 ……十六時五十分頃に、この教室で待ってるから」
「わかりました。時間厳守で参りますね」

 穏やかに微笑みかける桜慈に、勇助も笑顔を返した。


 そして、あっという間に桜慈との約束五分前になった。
 図書室での勉強を終えた勇助は、二年一組の教室ではなく靴箱の前にいた。
 周囲にようやく人の気配がなくなったことを確認すると、ひと思いに、ガムテープ跡の残る初の靴箱を開けた。

 そこには、クリスマス前後から履きはじめた、比較的新しめのスニーカーがひとつ。

「『ハッピーバレンタイン』。
 ……どうか、幸せに」

 桃色のリボンが結ばれた、メッセージカード付きの小ぶりなラッピングバッグを供えるように手前に置くと、勇助は桜慈の待つ二年一組の教室に向かっていった。