ラブレターの差出人は、同じクラスの『姫』だった。

「——兄(にい)、勇兄(ゆうにい)。大丈夫?」

 勇助が我に返ると、心配そうに顔を覗き込む弟、弘毅のドアップと、

「うわあああ! ごめん!!」

 フライパンの上で焼けこげた匂いを放つ、真っ黒な魚の姿が目に入った。
 慌ててガスコンロのつまみに手を伸ばすが、既に火は止まっていた。

「さっき火は止めたよ」
「……ありがとう。弘毅」
「料理で失敗するなんて、勇兄らしくない。
 どうしたの? ……学校で何かあった?」

 核心を突かれた衝撃で、全身が強張る。
 打ち明けてしまいたい。けれど、弟に余計な心配を掛けたくない。

「なんでもないよ」

 笑顔の仮面を貼り付けて、勇助は焦げた魚を片付けた。



「——勇助君!」
「……あ、桜慈くん」

 学校での昼休み中、教室で桜慈と一緒に弁当を食べていた時にも、勇助はぼうっとしてしまっていた。

「ごめんなさい……少し、寝不足で」
「大丈夫かい? これから生徒会の用事で抜ける。すまない。なるべくすぐ戻るようにするから」
「はい……お待ちしてますね」 

 桜慈は困ったように微笑み、教室を出ていった。

 勇助は教室を眺め見た。
 少し離れた、右斜め前。頬杖をついた初が、窓の外を虚ろげに眺めている。

『もう十分だ』

 いつから、初は我慢を重ねていたのだろう。

『今までこんな恋人ごっこに付き合わせて』

 付き合わせていたのは自分のほうだ。
 とっくに用済みだったことにも気付かず、『恋人』という大義名分のもと、そばにいるのが当たり前だと思っていた。
 それが、どれだけ初を苦しめていたかも知らずに。

『悪かった』

 この一言が、すべてを物語っていた。
 一緒に過ごした時間を楽しいと、嬉しいと思っていたのは自分だけだった。
 勇助に付き合い続けてくれていたのは、優しい初の、律儀な罪悪感からに過ぎなかったのに。

 引き際に気付けなかった……いや、気付こうとしなかった自分のせいで、最後まで初に辛い役回りをさせてしまった。

「はじめさん……ごめんなさい」

 決してこちらを向くことのない背中に、勇助は小さく声を落とした。